学 習 指 導 要 領

職 業 科 農 業 編

(試 案)

 

昭和二十二年度

 

文  部  省

 

目    次

ま え が き

はじめのことば

第一章 農業の教育の目標

第二章 農業の学習と生徒の発達

第三章 農業の教材

 

1 教材一覧表

2 教材配当表

第四章 農業の学習指導法

第五章 学習結果の考査

第六章 第七学年の農業指導

 

単元1 私たちは何を学ぶか

単元2 作物の栽培にとりかかる前にどんなことを知らなければならないか

単元3 稲   作

単元4 野菜の栽培

単元5 豆と雑穀

単元6 麦   作

単元7 果   樹

単元8 さつまいもとじゃがいも

第七章 第八学年の農業指導  

単元1 土地をよく利用するにはどうしたらよいか

単元2 農業の繁閑を調節するにはどうしたらよいか

単元3 肥料をむだなく使うにはどうしたらよいか

単元4 経営と栽培技術とはどんな関係があるか

単元5 養   蚕

単元6 養   畜

単元7 森   林

単元8 農業工作

第八章 第九学年の農業指導  

単元1 農家経済の実際はどうなっているか

単元2 農耕地を拡げるにはどうしたらよいか

単元3 どんな仕組みの経営をしたらよいか

単元4 農産加工

単元5 機械・電気の利用

単元6 豊作と凶作

単元7 農村の生活

単元8 私たちの将来

あ と が き

 

ま え が き

 

中学校の職業科について

 

 人が社会の一員として,その社会の発展のために力を合わせることは,まことに欠くことのできないところである。このような社会の発展への協力を具体的に考えると,職業生活はじつにたいせつな意味をもっている。人は職業の社会生活における意義と貴さとを自覚し,これに必要な知識や技術を身につけ,そうしてそこに自らのあらん限りの力をつくして忠実にこれを営むことで,りっぱな職業人となり,これによって社会の発展に協力することができるのである。だからこれから,このようなよき社会の一員とならなくてはならない青少年に対して,勤労の精神を養い,職業の意義と貴さとを自覚するようにし,また職業を営むために必要な基礎的な知識や技術を身につけるようにすることは教育の大きい目標とならなければならないのである。

 このように,職業についての教育はきわめてたいせつであるが,ただこのような教育が効果をあげるためには青少年が職業というものについてある程度の経験をもち,またこれについて理解し習得する能力の発達が,ある程度とげられていることを條件とする。このような点から,職業科は中学校ではじめて課せられることになったのであるが,なお中学校の生徒は義務教育の修了によって社会に出ていって,職業につくベき時を間近にひかえていることも,この教育が中学校でなされる一つの理由なのである。

 しかし一方からいうと,中学校の生徒でもその将来の職業として何を選ぶかという志望は,一部分をのぞいてはなおきまっていないのが普通であるから,ここであるきまった職業についての特殊の教育をすることは適当ではない。そこで,中学校の職業科は,まず生徒が勤労の態度を堅実にすることを第一のたてまえとし,さらに職業生活の意義と貴さとを理解させ,将来の職業をきめることについて,自分で考えることのできるような能力を養うことを主眼とし,そうして,将来の職業のある程度きまっているものや,ある仕事を特に希望するものに対しては,この上にやや専門的な知識や技術を学ばせるようにすべきであろう。必修教科としての職業科は,この前の趣旨により,選択教科としての職業科は,おおむねこの後の趣旨によって設けられたのである。

 中学校の職業科は,このような目標をもっているのであるから,ただある種の観念や知識をあたえるのでは不適当である。どこまでもぢみちな仕事をとおして生徒の経験の基礎をかため,どうしたら仕事がうまくいくか,どういう態度が必要か,どういう考え方がたいせつかといったことをつかませることが,最も肝要である。そうして,その上に広く職業についての展望をもつように導く要があるのである。

 さて,かようにして中学校の職業科は生徒がその地域で職業についてどういう経験をもっているかを考え合わせて,農・工・商・水産の中の一科——時としては数科——を選んで,これを試行課程として,勤労の態度を養い,職業についての理解をあたえ,その上にいわゆる職業指導によって,職業について広い展望をあたえるように考えられたのである。この行き方については,新しく加えられた家庭科も同じように考えらるべきである。これは女子のみが修めるべきであるとも,また女子にのみ必要だとも考える要はないのである。

 これら農・工・商・水産・家庭の教科と職業指導とをどのような関連で課すかについては,次のよな場合が考えられる。

 これらはその地域の事情に則し,生徒の実情に則し,学校の実情によってどういう関連で指導するかを校長の裁量によって決定してもらいたい。

 以上述べたのは必修教科としての職業科の指導についてである。選択教科としての職業科は,まだ志望の決定しない生徒でも特に必要や興味を感じた事がらを選択したり,将来の志望がある程度決定した生徒がその方面の事がらを選択したりして,多少とも専門的な知識や技術を学ぶようにしたい。この場合にも実習を中心として,いつも身をもってこれを学んでいくようにすることがたいせつである。

 教師は以上のような職業科の一般目的をよく理解して,他の教科との関連と,それぞれの指導要領の趣旨とするところをよく考えて,この教科を設けた目的を達するように努められたい。

 

学 習 指 導 要 領 職 業 科 農 業 編

は じ め の こ と ば

 

 まえがきのところでも述べたように,中学校に学ぶころの生徒は,体力も知能も相当に発達してきているから,このころ,具体的な仕事を通して,勤勉に働く習慣を身につけることは,あらゆる職業に向かうものにとって極めて必要なことである。そうして,勤勉に働く習慣は,ただ命令されていやいやながらそれをやるというようなことで身につくものではない。その仕事の個人的な意義,社会的な意義を十分にさとって仕事に向かい,しかも,それをいっそうよく,能率的になしとげようとしてくふうしたり,興味ある問題にぶつかったら,それを深く研究したりしながら,その仕事にいそしむときにほんとうに身につくのである。したがって,社会科や理科その他の教科でねらっているような点を実際の仕事の方面から学習することにもなり,すべての職業に必要な知識技能,日常生活に必要な知識技能もおのずから身につくようになるであろう。

 また,このような実際の仕事を行うときに,生徒の個性は最もよく現われるものであるから,いろいろな仕事をする間に,生徒は自分の個性をさとり,教師も生徒の個性を見抜く機会が得られる。また実際の仕事を通して,社会における職業を正しく理解することもできる。

 この学校に学ぶ程度の生徒の将来の職業や進路は,まだきまっていない場合が多く,大部分は第七学年・第八学年・第九学年と,学年の進むとともに,だんだん職業について具体的に考えてみるようになる程度であろう。また,いったんきまったとしても,もっと適当な職業があることに気づく場合もあるし,自分できめた方向にだれもが進み得るとは限らない。したがって,この教科において生徒が自分の個性をさとり,職業を正しく理解し,教師が生徒の個性を観察する機会を得るということは,生徒のこの後の進路を決定する上に大いに役立つであろう。

 職業の中には,農業のように極めて広い範囲の知識技能を必要とするものもあるし,工業のように極めて専門的な知識技能を必要とするものもあるが,今日,わが国では,中学校修了者の大部分がただちに何かの職業につくのであるから,このように広い範囲の知識技能や専門的な将来の職業に,直接役立つ知識技能をこの学校において学んでおくことは極めてたいせつなことである。

 農業の体系にしたがっていろいろな仕事をとり上げてゆくことは,農業やその他の産業の全体を理解する上に大きな役割を果たすであろうし,またその中のある仕事に興味をもって深入りするときは,その個性に合った各方面の仕事に対する知識技能を身につけることになるのである。

 以上の点をまとめてみると,職業科には,一般教育・職業指導・職業教育の三つの任務があるということになる。そうして,この三つの面の必要さと,またその必要をどの程度までみたすことができるかということが,どんな内容を,どんな目標に向かって,どんなふうに学ぶかを考える出発点となるであろう。

 上に述べたような職業科の任務を,農業を通して達成させようとするのが職業科農業であって,その内容として次のようなことが考えられる。

(1) 将来農業に従わないものにとっては農業の実務を通じて行うよい一般教育でなければならない。

 農業の一般教育としての意義は,勤勉に働く態度,及びすべての職業や日常生活に必要な知識技能,科学的に物事を見たり考えたり,扱ったりする態度を身につけるとともに,農業及びその他の産業・職業・仕事に対する理解を深めるにある。従来,作業科といい,あるいは戸外農耕作業と名づけて,農業の実務を一般の教育の中に取り入れていたのはこのためである。今後は,その任務も農業が担当するのである。

(2) まだ進路のはっきりきまっていないものにとっては,その進路を決定する上に役立つように指導されなければならない。

 生徒はこの農業の学習において,農業の各部門の仕事だけでなく,農業に関係あるいろいろな仕事を体験し,いろいろな産業や職業を理解することができるから,将来の職業を選択する能力が得られる。たとえば,農業に関連して,小農具や下肥小屋・たい肥小屋・うさぎ箱・小家畜小屋・サイロなどを作るとすれば,木工・金工・セメント工などの工作を体験することができるし,農産加工は製造工業に,農業機械は機械工業に,肥料は化学工業に,養蚕は製糸業に,あい通じている。

 また,農産物の収支計算や販売,農業経営の実際についての調査や計画などは,商業の実務に似かよったところがあり,また,こいを飼うことは水産の一部であって,生徒は農業の学習によっていろいろな職業を理解することができる。もちろん,これらのそぼくな体験によって,安易に将来の職業を決定するようなことはいましめなければならないが,やはり一つの重要な資料となるに違いないであろう。

(3) 将来農業を営む生徒にとってはよい農業教育でなければならない。

 わが国の農業はおもに家族単位に営まれているから,農業に従うものの一人一人が,小さいながらも経営者であると同時に技術者であることがたいせつである。ことにわが国の農業は今後,古いからを破って新しい成長をしなければならないのである。そのためにいろいろな指導も行われるに違いないが,これを自然的・経済的な環境の違う個々の経営に適当に取り入れるためには,農業に従うものの一人一人がくふうしなければならない点が少なくない。しかるに,農業に従うものの大部分が,中学を修了しただけで,ただちに農業の実務についている実情であるから,中学校の農業は,このような人々のために真に役立つものでなければならない。

 また,上級の農業高等学校へ行くものにとっても,郷土に根ざした農業について学んでおくことは,非常な強みである。

 このような三つの方面からの要求をみたし,しかもむだのない能率的な教育を行うには,次のような方法がよいであろう。

(1) 第七学年から第九学年までの職業科農業には必修として毎年140時間(毎週4時間平均)があてられる。学年の進むにつれて,将来,農業以外の方面に進む可能性の大きい生徒も,ぽつぽつ現われるであろうから,職業科農業の内容は,図のように農業固有のものの占める分野が次第に減り,農業以外の一般教育的な分野,即ち,職業科の他の科目の中の一般教育的な性格の強いものや,理科的なもの,社会科的なものが,具体的に農業を通じて学習できるように職業科農業の体系の中に織りこまれる。したがって,必修教科としての農業の中の農業的な性格は,学年の進むにつれて薄らいでくるわけである。

(2) 選択教科としての職業科の時間は農業に進むことがはっきりしてきたものについては図のように農業の学習に向けられることが多くなる。しかし,純農村地帯などで,第七年にはいった時から農業に向かうことが明らかになっている生徒や,農業本来の性質から考えたり,教師・施設・環境の点から考えたりして,農業による教育が最も効果があがると考える学校では,農業が,更に図の斜線あるいは点線の程度まで拡げられ,また,第七学年から選択の140時間(毎週4時間平均)全部が農業にあてられるようなこともあろう。

農業を必修として学習する

場合の選択の時間の取り方

 

(3) 必修教科として農業を学んでいる場合でも,学年が進むにつれて他の方向へ進むことが明らかになってきた生徒は,選択教科として,その進む方向にとって適当な科目が選ばれるであろう。時として,製図とか簿記というような,他の科目の教材が農業の中に取り入れられるようなこともあろうし,特に各方面に向かう生徒が多く,しかも教師にその人を得ているような場合は,社会科の中で行うことになっている職業指導を独立させて,第九学年ごろ集約的に指導することも考えられるであろう。

(4) 選択教科としての職業科の学習は,おおむね高学年において盛んになるわけであるから,第七学年から140時間があてられてはいるが,低学年には他の選択教科目に向けられることが多いであろう。しかし,場合によっては職業科の中の他の科目を選択教科として,むしろ一般教育的なねらいをもって第七学年から取り入れるというようなこともあろう。またこのころから職業指導の大まかなところを取り扱うということもあろう。