小学校学習指導要領
社 会 科 編
(試 案)
昭和26年(1951)
文 部 省
ま え が き
今度の学習指導要領の改訂は,前の学習指導要領や,学習指導要領補説に示された教育内容をできるだけ動かさないという方針のもとに行なわれた。というのは,わが国の社会科はなにぶん実施の日が浅いので,根本的な改訂をする根拠となる資料が,実際の教育の経験からは,まだじゅうぶんに得られないし,また現在全国的にその指導計画のおもな手がかりとされている学習指導要領補説が刊行されてから,わずか二年ほどしか経ていないので,ここで大きな改訂をすることは,まだじゅうぶん固まらない社会科の地盤をゆり動かし,混乱を起すことになりはしないかという懸念があるからである。
今次の改訂では,学習指導要領補説の線を大きく動かすことなく,それをいっそう有効な指導の手がかりになるように作り直したにすぎない。
その改訂の要点としては,次のようなものかあげられる。
第一に,社会科の目標を以前のものよりいっそう明確にしたことである。
第二に,各学年の単元の基底例を検討して,その学年の児童の発達にいっそうふさわしいものにするために,若干の加除と配置換えを行なったことである。
第三に,各単元の基底例の主眼を明確に示唆し,その主眼に基いて,さらに具体的な指導の観点を示したことである。
第四に,社会科における評価の観点を示したことである。
次に右のような改正の要点を,章を追っていっそう具体的に述べてみよう。
第1章 社会科の意義児童の発達の特性については,従来これを身体的発達・知的発達・社会的並びに情緒的発達等の各側面からられつ的に記述する方法が多く用いられていたが,このように記述されたものではただちに学習内容構成の手がかりにはなりえない。学習内容構成の基礎的観点になるものは,児童の経験の総合的な発展方向,すなわち,児童が周囲の世界の人や事物やそれらのもつ関係のいかなる点に関心をもち,これをどのようにとらえるかということである。ここではそのような点を明らかにしようと試みた。ただしそのような研究は,わが国ではまだあまり行われていないために,これをくわしく描き出すための資料が乏しいので,きわめておおまかな素描を試みたにすぎない。今後学者と現場の教師との協力によって,もっとつっこんだ研究が進められることを期待する。
なお,学習指導要領補説では、各学年の学習内容構成の基盤となるべき児童の経験の領域を主要経験領域ということばでよんだのであるが,この領域ということばは,とかく空間的なひろがりだけを意味するように誤解されるおそれがあるので,今後はこのことばを用いないことにした。「発達の特性」がこれに代わるのである。
次に各学年の目標について簡単に説明する。
そもそも社会科の目的は,児童の,人間生活社会生活に対する見方考え方を確立させることにある。1年生には1年生なりの,6年生には6年生なりの人間観・社会観をもたせなくてはならない。
ここで各学年の目標として掲げられたものは,各学年の児童にふさわい人間生活社会生活の見方考え方,すなわち人間観・社会観の要素とでもいうべきものである。このようなものを根本的に育てていくことにより,望ましい人間像の形成が期待されるのである。もちろんここに掲げられたものだけで完全だということはできないのであって,今後修正してよりよいものをつくっていくことがたいせつであるが,学年目標は上のような性質をもつものであるということと,このような学年目標こそ社会科の教育課程ならびに指導の骨子をなすべきものであることを強調したいのである。
なお,学年目標は,すでに述べたように,物の見方考え方である以上,これは単なる知的な理解事項でなく,態度の根底となるものであり,見方によっては能力ともいえるものである。それゆえ,前の学習指導要領や学習指導要領補説では,これを理解事項という表現で示していたのを,今次の改訂では目標という包括的なことばで示すことにしたのである。
次に,単元の基底の例について述べてみたい。
周知のとおりさきに学習指導要領補説で,学年ごとの単元の基底の例を示したのであったが,これはわが国の社会科が実施されてから1年足らずで立案されたもので,経験的にいってじゅうぶんな根拠をもっているとはいえず,実際にこれに基いて単元をつくって指導している状況を見ると,いくたの欠陥が目につくのである。たとえば学年の児童の関心や能力に合致しないもの,目標が明確でないもの,他の単元の基底と重複するものなどが見いだされるのである。そこでそのような著しい欠陥を除去するために,加除・廃合・配置換え等を行ない,前のものよりはいっそう児童の発達に合致し,しかも目標の明確なものにしようと企てたのである。その数も前よりは少なくして,1年から3年まで二つずつ,4年以上は三つずつとした。主題の表現のしかたも,なるべくその目標や内容な示唆しうるようにくふうしたつもりである。
しかしこれはどこまでも,各地域で単元の基底を設定する場合の参考例にすぎない。各学年の目標に児童を到達させるためには,このような領域の経験をもたせることが必要であろうと考えられたものにすぎない。経験領域をほかのやり方で組織することも,もちろん可能である。
ここで例示したいちいちの単元の基底の主眼および,その主眼に基いて取り上げるのが適当と思われる内容については付録に示してある。
一般に評価の意味が狭く考えられているきらいがある。すなわち,評価といえば,児童が学習によって得た成果を,児童の個々について評価してこれを記録するだけのように考えられがちである。
ここではもっと広い立場に立って,社会科における学習指導計画・学習指導法・児童の学習成果の三点についての評価の観点および方法の概略について述べた。
現在各学校で行っている単元学習を見ると,単元の取りあげ方,あるいは指導の主眼がめいりょうでなく,ただその単元の主眼に関係のあるもろもろの知識を得させるにとどまっている場合や,単元の主眼が適切でないために,いわば労多くして益の少いような学習の行れているのをしばしば見るのである。
いずれの単元にも,現代のわが国の小学校の社会科の使命にかんがみて,最も適切だと思われるねらい,すなわち主眼があるべきである。ここではまずそれを明らかに示そうとした。
次にその主限に基いて,取りあげることが望ましい経験内容が考えられなくてはならない。いかに主眼は適切であっても,主眼に添わないような学習内容を多く取りあげることはむだである。学習指導要領補説には,やはり付録に,各単元の基底の内容を構成する手がかりとして,多くの事項を列挙してあるが,これらの事項を全部学習させなくてはならないように誤解されているきらいがあり,また各事項をどのような角度から取りあげればよいかがわからないために,雑ぱくな無意味な学習が行われる傾きがみられる。
そこで,今次の改訂においては,各単元の基底の主眼に添うような内容を精選するとともに,いちいちの内容を,単なる事項の列挙の形式によらずに 問題形式で示すことにより,その望ましい取りあげ方をも示唆しようと試みた。
重ねていうが,学習内容を問題形式で示したのは,教師が,いちいちの内容を有意義に取りあげることができるように配慮したからである。したがって,これらの問題のすべてを,そのまま児童にぶっつけてよいわけではない。中にはそのまま児童の問題になるものもあるであろうが,そうでないものも少なくないまたこれらの問題は,そのすべてを取りあげなくてはならないものではなく,ましてつぎつぎに取りあげて学習させなくてはならないものではない。ことに一つの問題から切り込んでいって,他の問題の学習にもおのずから発展する場合も多いことであろう。これらの問題はそれぞれその基底の内容に切り込んでいく観点だということができる。したがって,これらの問題を生かすためには教師の指導上のくふうが多分に必要になるわけである。
なお付録の末尾に,各学年の単元の具体例をあげておいた。いうまでもなく,単元は,基底の上に立ちながらも,基底とは一応別なものであって,地域の特性や,児童の関心・欲求に基いて,各教師が具体的につくるべきものである。したがって単元の具体例をあげれば無数にあげうるわけであるが,ここでは一般に参考になるようなものを少数掲げておいた。これによって,単元の基底と具体的な単元とは別のものであることをはっきり理解してもらうこともできるであろう。
単元は,狭く深く入って,自然に広がっていくのを理想としている。単元の学習にはいっていく場合,児童はまずなにを目あてにして学習をしていけばよいかをはっきりとらえることができ,とまどいしないでよいようになっていることが,ぜひとも必要である。その意味で,児童の目あてになる単元の名称は,教師がそれに関して学習させようと考えている範囲をおおっていないことも,当然起りうるわけである。したがって単元の名称は,学習の途上において変っていくということも考えられる。このような傾向は,低学年ほど顕著であるが,特に1年生では,教師の一貫した計画の中で,小さな単元が児童に即して取りあげられるということもできるであろう。
単元例は以上のような見方で選ばれているが,もちろんそれらの単元名を選んだからといって,ただちに成功を保証しえないことはいうまでもない。
本書の内容をこのように簡素なものにとどめたのは,次のような理由に基くのである。
第一に,社会科の学習指導計画は地域によってそうとう異なるはずである。先に学習指導要領補説で,各都道府県や郡市などを単位にして,各地域の実状に即して単元の基底をつくることを勧奨したところ,各地に基底設定の気運が盛り上がり,今日では全国各地にりっぱな教育課程がたくさんつくられてきている。それはやがて地方の学習指導要領に移行するであろう。まことに喜ばしいことである。したがって文部省の学習指導要領の使命は,全国各地で教育課程をつくる場合の参考になる観点や方法を示唆するだけでじゅうぶん果されると考えられる。
第二に,学習指導法に関しては,昨年4月に「小学校社会科学習指導法」を刊行しているから,本書ではそれに当る部分を割愛することにした。したがって学習指導法に関しては上記の書物を参考にしていただきたい。
なお,単元の展開のしかたについては,本年度の計画として,望ましい単元展開の実例を編修し刊行する予定である。
終りに臨み,それぞれにいそがしい職務をもちながら,本書の編修に絶大な努力を傾注された委員各位に対して,心から謝意を表したい。
また委員以外の多数の教師・学者・有識者からいくた貴重な資料や意見を寄せていただいたことに対しても,深く感謝する次第である。
委 員 氏 名(五十音順) |
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神奈川県足柄上郡福沢小学校長 | 井 上 喜 一 郎 |
文部省初等中等教育局初等教育課 | 上 田 薫 |
東京学芸大学教授 | 小 沢 栄 一 |
東京都港区白金小学校長 | 大 石 譲 |
東京都千代田区錦華小学校教諭 | 大 原 祥 子 |
信州大学松本附属小学校教諭 | 上 条 為 人 |
奈良女子高等師範学校附属小学校教諭 | 倉 富 崇 人 |
東京学芸大学大泉附属小学校教諭 | 木 暮 強 |
東京学芸大学豊島附属小学校教諭 | 小 山 昌 一 |
静岡県駿東郡小泉小学校長 | 芹 沢 茂 一 |
東京都目黒区教育課主事 | 丹 治 守 雄 |
文部省初等中等教育局初等教育課 | 長 坂 端 午 |
東京都港区桜田小学校教諭 | 樋 口 澄 雄 |
新潟県教育研究所員 | 日 浦 儀 一 郎 |
国立教育研究所員 | 馬 場 四 郎 |
東京学芸大学追分附属小学校教諭 | 松 村 謙 |
東京都中央区築地小学校長 | 向 山 嘉 章 |
埼玉県川口市元郷小学校長 | 村 田 孝 之 |
目 次
ま え が き
一 単元とは何か
二 単元は,だれがどうしてつくるか
三 望ましい単元の備えるべき条件
一 学習指導計画の評価
二 学習指導法の評価
三 児童の学習成果の評価
付 録 単元の基底の主眼