第2章 社会科の目標

  前章に述べた社会科の目的を達成するためには,次のような目標によって指導を行うのが望ましいであろう。

一,自己および他人の人格,したがって個性を重んずべきことを理解させ,自主的自律的な生活態度を養う。

二,家庭・学校・市町村・国その他いろいろな社会集団につき,集団内における人と人との相互関係や,集団と個人,集団と集団との関係について理解させ,集団生活への適応とその改善に役だつ態度や能力を養う。

三,生産・消費・交通・通信・生命財産の保全・厚生慰安・教育・文化・政治等の根本的な社会機能が,相互にどんな関係をもっているか,それらの諸機能はどんなふうに営まれ,人間生活にとってどんな意味をもっているかについて理解させ,社会的な協同活動に積極的に参加する態度や能力を養う。

四,人間生活が自然環境と密接な関連をもっていることを理解させ,自然環境に適応し,それを利用する態度や能力を養う。

五,社会的な制度・施設・慣習などのありさまと,その発達について理解させ,これに適応し,これを改善していく態度や能力を養う。
 
 

 学習指導の実際にあたっては,これらの根本的目標をさらに具体化し,活用しやすいものにしていかなくてはならないことはいうまでもない。あとに示す学年目標も,これらの目標を,各学年の児重の経験の発達に応じて具体化してつくったものである。しかし教師は,いかに具体化した目標をもっていても,絶えずこれらの根本的目標を念頭に置き,学習の方向を誤らぬようにすることがたいせつである。

 上記の根本的目標は,社会科の指導に関するすべてのねらいを包含したものである。すなわち理解・態度・能力に関するねらいがすべてこの中に含まれているといってよい。

 しかしながら,これだけでは,後にあげる学年の目標と合わせて,理解に関する目標をとらえることは比較的容易であるとしても,態度および能力に関して社会科でねらっているものを,具体的にとらえることは困難であろう。もともと,理解・態度・能力の三者は切り離すことのできないものであるが,教師の指導の周密を期するためには,社会科でねらっている態度や能力を特に取り出して,もっと具体的に考えてみる必要がある。

 もちろん社会科で養いたいと考える望ましい態度や能力,特に態度は,単に社会科のみでねらわれるべきものではなく,他のすべての教科の学習の際においても,またそのほかの,学校生活におけるあらゆる機会,あらゆる場面においても,養うことのできるものである。けれども社会科は,人間生活・社会生活に対する正しい理解を得させることによって,これらの態度の裏づけをし,たえず統一のある生活態度を進展させるという使命をになっている点で,道徳教育に関する特別な使命を負っているということができる。

 社会科で養おうとする態度は,いうまでもなく民主的な社会生活における人人の道徳的なありかたにほかならない。したがって,それを究明することは,同時に社会科における道徳教育の観点を明確にすることにもなるであろう。

 社会科では次のような観点に立って,望ましい生活態度を育成しようとする。

 第一に,豊かで重厚な人間性を育てることである。そのためには次の諸点が主たるねらいになるであろう。

○人格の尊厳を理解し,自他の権利を尊重すること。

○人間的な欲求を積極的に充足しようとすること。

○自由を愛好し,したがって他人の自由を尊重すること。

○個性を重んじ,寛容な態度で人に接すること。

○いなる場合にも最善を尽し,決して希望を失わないこと。

○純粋で豊かな愛情を生活にしみわたらせること。

○平和を愛し,真理探究の意欲をもつこと。

○普遍的人間性の立場に立ちながら民族的なほこりもつこと。
 
 

 第二の観点は,統-のある生活態度を形成することである。そのためには下に掲げる諸点が主たるねらいになるであろう。 ○絶えずじぶんの考えを検討し深くつきつめ,純粋で統一のあるものにしようと努めること。

○自発性に富み,自主独立の精神をもつこと。

○無条件に既成のものにとらわれることをしない批判的態度を確立すること。

○自律的で言ったり行ったりすることに一貫性があること。

○強固な信念をもって考え,かつ行動すること。

○絶えず自己を向上発展させるため,謙虚に他に求める態度をとること。
 
 

 第三に,上の観点を根底として,清新で明るい社会生活を営む態度を養うことである。そのためには次の諸点がおもなねらいとなるであろう。 ○建設的な意欲をもって協力すること。

○社会連帯の意識に基き,強固な責任感をもつこと。

○正義に対する鋭敏な感覚をもつこと。

○法や規則をじぶんたちのものとして尊重するとともに,合法的なやり方でそれを改善する努力をはらうこと。

○民主的生活に必要な礼儀を守り,尊敬や感謝の念をもつこと。

○勤労を尊び,社会に寄与するに足る健康を保持すること。

○慰安と休養とを正しく活用すること。

○生活に潤いを与える美的情操をもつこと。
 
 

 いうまでもないことではあるが,ここにあげた諸点は,主要な観点も細部の諸点も,互に関連し合い,重なり合っていて,その性格上個々別々に切り離して児童の身につけていくということのできないものである。児童の生活を通じて,なかんずく生活上直面する問題の解決を通じて,総合的に身につけさせるのでなければ,決して正しく実現することのできない事がらである。その意味において,以上の観点につき,その主眼とするところに若干の説明を加えてみるのも有意義なことであろう。

 まず第一に強調すべきことは,人間的であるということが大きな価値をもつということである。人がそれぞれ個性をもち,人間としての当然の欲求を充足して,自己の幸福を追求しようとすることは,あくまでも正しいことである。

人間性を無視したわくをつくって,それを抑圧しゆがめ,表裏のある暗い生活態度をつくりだすことこそ,責めらるべきである。自己を積極的に主張しようとする態度は,個人にとっても,社会にとっても,あらゆる進歩向上のかぎだといわなくてはならない。

 もちろん,そのような自己の主張も,それが共同生活を傷つけ破壊するという場合には,その限りにおいて,みずから進んで欲求を制御することが必要になってくる。その意味においては,自己を完全に統御しうるということ,すなわち自主的自律的な統一のある生活態度を確立するということが,何よりも重大である。もちろんそのためには,自他に対する批判的態度がじゅうぶん身についていなければならぬことはいうまでもない。

 このような自主的態度を確立しているということは,民主的な社会を形成する人間の備えるべき根本的な条件である。自主的な人間にしてはじめて,形式的なわくにとらわれず,あらゆる要素を弾力的に活用し,使いこなすということができる。たとえば,規則を守るということについても,規則のための規則というような,とらわれた立場に立つことなく,真に規則のもつ精神を生かして,本来の目的を達することができるのである。

 しかし,さきにも触れたように,上に述べてきたような態度の形成は,自主的な問題解決を通じて,はじめて行なわれることである。したがって,そのような問題解決を正しく行うことのできる力は,すでに道徳的に大きな価値をもっているといわなくてはならない。これまでしばしば述べてきた,実践的なものと知的なものとの切り離し難い自然な結びつきということも,この点について考えれば明確に理解されるであろう。

 そこで第四の観点である創造的な問題解決に必要な力を養うことがたいせつになってくる。そのためには次のような諸点がおもなねらいとなるであろう。

○あくまでも真実を追求してやまないこと。

○広い視野で問題をとらえ,その核心をつくことにより,能率的で有意義な解決をはかる力をもつこと。

○ものごとを具体的総合的に考え,現実を生き生きととらえること。

○科学的知性を備え,客観的,合理的な判断をすること。

○仕事に没入しながらも,たえず独断偏執や形式化を排除すること。

○事態の急変に正しく対処することのできる沈着機敏な思考と決断の力をもつこと。

○困難に屈しない強じんな意志と持久力とをもつこと。

○つねに積極的な態度を持し,ゆたかな実践力をもつこと。

 次に以上のような観点にささえられたものとして,社会科ではどのような能力を養おうとしているかということについて,さらに具体的に述べてみたい。

 先にもいったように,能力を理解や態度から切り離して考えることは,本来不可能なことであるが,教師の指導上の便宜のために,一応これを取り出して考えてみることにする。

 第一に,問題を客観的,合理的に解決する能力を養わなくてはならない。そのためには,上述した問題解決に必要な力を養う観点根底として,次の諸点がおもなねらいになるであろう。

○問題の所在を明確につかむ能力。

○問題解決の計画を周密にたてる能力。

○必要なかぎり広い範囲の資料を集め,これを総合的に駆使して問題解決に資する能力。

 これに関して,たとえば次のような具体的な能力が養われなくてはならないであろう。

 参考書利用の能力——必要な参考書を捜したり,目次,索引などによって参考書の中の必要な箇所を捜す能力などを含む——,統計をとったり,統計を読んだりする能力,地図や歴史年表をつくったり,利用したりする能力,見学や面接によって必要な知識を獲得し,その要点をメモにとる能力など。

○資料の正確不正確,調査方法の適否などを検討し,客観的,合理的に研究する能力。

 第二に,集団生活を民主的に営むための基礎的能力を養わなくてはならない。

これに属するものとして次のようなものが考えられる。

○協同して計画をたてる能力。

○討議を建設的に進める能力。

○討議の座長をつとめる能力。

○適切なリーダーや代表者を選ぶ能力。

○規則をつくったり改善したりする能力。

 第三に,生活を豊かにかつ能率的にするために,社会の諸施設を愛護し,有効に利用する能力を養わなくてはならない。たとえば,交通・通信・保健・文化・産業その他に関する現代の進歩した施設を活用できるような能力を養わなくてはならない。

 教師は以上述べたような態度や能力を,社会科の学習のどのような機会と場面とにおいて養うことができるかということを,つぶさに研究するとともに,それらが,各学年の児童の発達に応じて,どの程度まで養われうるものであるかということをも研究して,むりのない,しかも周到な指導を行わなくてはならない。しかも真の成果をあげることは,短時日によく期待しえないのであるから,あくまでもあせらず,根気よく児童の成長を助けることこそ,教師に与えられた任務である。