第1章 聾(ろう)学校の目標と教育課程

 

1 聾(ろう)学校の目的・目標

(1) 聾(ろう)学校の目的

 聾(ろう)者に対する教育の目的は,教育基本法の定めるところによらなければならない。

 

教育基本法第1条(教育の目的)教育は,人格の完成をめざし,平和的な国家及び社会の形成者として,真理と正義を愛し,個人の価値をたっとび,勤労と責任を重んじ,自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

 

 聾(ろう)者は,聴力に障害があり,言語の修得をはじめ,広く学習上に多くの困難をもっているので,心身の発達上種々の遅滞偏向を招く傾向がある。

 したがって,その教育については環境の調整と,指導上の配慮が,特に必要である。

 そこで.以上のような必要を満たすために,都道府県はその区域内にある学齢児童,生徒のうち,聾(ろう)者を就学させるに必要な聾(ろう)学校を設置しなければならないこと。および,聾(ろう)学校には,小学部・中学部を置かなければならないこと。また,聾(ろう)学校には幼稚部,高等部を置くことができることが学校教育法に規定されている。聾(ろう)学校の目的は,学校教育法に次のように定められている。

 

学校教育法第71条 盲学校,聾学校又は養護学校は,夫々盲者,聾者又は精神薄弱,身体不自由その他心身に故障のある者に対して,幼稚園,小学校,中学校又は高等学校に準ずる教育を施し,併せてその欠陥を補うために,必要な知識技能を授けることを目的とする。

 すなわち,聾(ろう)学校の幼稚部,小学部・中学部および高等部の目的は,幼稚園・小学校・中学校および高等学校のそれぞれに対応し,その教育については,前述のような聴力障害およびそれに由来する種々の困難や欠陥に応じて特別の配慮が加えられなければならないことを示している。

(2) 聾(ろう)学校における教育の目標

聾(ろう)学校各部における教育の目標は,第2章以下に示すとおり,幼椎園・小学校・中学校および高等学校教育の目標に準ずるが,聾(ろう)学校教育の場合には,その目標は普通の幼児・児童・生徒の場合と違って,すべて聴力障害との関連において理解され,取り扱われなければならない。

 したがって,聾(ろう)学校各部の教育の目標を理解し,取り扱うとき,特に,留意すべき点を指摘すれば,次のとのりである。

 

2 聾(ろう)学校における教育課程

(1) 聾(ろう)学校における教育課程の性格

 聾(ろう)学校における幼稚部・小学部・中学部および高等部の各部の教育課程は,その目的の実現と目標の達成を目ざして,それぞれの段階に応じ,また,各部の教育課程の間には円滑な発展的系統を保つように編成されなければならない。

 聾(ろう)児童・生徒は,聴力に障害があるために,その成長発達の上に遅滞や偏向を示しやすい。

 言語を使用する能力は,入学の時期には,ほとんどこれを持たず,また,その習得には困難な状態にある。そのため発達の全過程を通して,言語を使用する能力は,最も不足している。そして,この言語の能力の不足から,一般に知的な面の発達にも遅滞を招いている。

 学校内外の社会生活においては,意志の疎通がじゅうぶんに行なわれないことや自分の持つ身体の欠陥を強く意識したりすることなどのために,社会的な発達に遅滞を起こしたり,情緒の安定を欠いたりしやすい。

 成長するに及んでは,聴力に障害があることや,言語力が不足であることなどから,進路を選択し,職業に必要な能力を習得することに多くの制約を受けやすい。

 以上のような事がらは,ただそれだけにとどまるものではなく,互いに関連しあったり,他のいろいろな部面の発達に影響を及ぼしたりするために,全般的に見て,聾(ろう)児童・生徒の発達は遅滞や偏向を示すものである。

 このような発達上の特質は,いずれも普通教育および専門教育の諸目標の達成に対して困難な条件となるものである。したがって,聾学校の教育課程は,これらの困難な条件をじゅうぶんに考慮して編成されなければならない。

 すなわち,言語を使用する能力は,知的,情緒的,社会的な発達のために,欠くことのできないものであるから,教育課程の編成にあたっては,言語の習得のために特に注意をはらい,また初期の段階においては,これを重点的に取り扱う必要がある。

 このように,言語の習得について特別な注意をはらう一方,聾(ろう)児の学校内外での経験に周到な教育的配慮をし,言語の不足から起こりがちな知的,情緒的,社会的な部面の欠陥に留意して,均衡のとれた発達がうながされるように努めなければならない。

 また,将来の進路を選択させたり,職業に必要な能力を身につけさせたりするためにも,特別な配慮をしなければならない。

 以上の特質的な事項は,主として6歳で,聾(ろう)学校小学部に入学した聾(ろう)児童・生徒を中心として述べたものであるが.児童・生徒の個人差はもとよりのこと,聾(ろう)学校には一般に,このほかに,難聴,中途失聴の児童・生徒や,幼稚部の教育を経ている者や,年齢を超過してから入学した者など,さまざまな児童・生徒があり,それらは,また異なった成長発達の過程を経ているものである。

 したがって,児童・生徒の聴力の程度や失聴時期,入学年令や,その他いろいうの条件を考慮して,個性の必要に応じうるように教育課程を編成し展開しなければならない。

(2)教科・道徳および教科以外の活動または特別教育活動

 小学部,中学部,高等部の教育の目標に到達するためには,各方面にわたる学習経験を組織し,計画的,組織的,に学習させる必要がある。

このような経験の組織が教科である。

 各教科には,それぞれの目標に従い,各部の教育の目標に関係するもろもろの経験の各領域を分担しているが,それらは互いに密接な関係を保って全体として,教育目標への到達を目ざすものである。

 なお,教育の目標のすべてを,教科の学習だけでじゅうぶんに到達することは困難である。それゆえ,学校は教科の学習以外に,道徳,教科以外の活動あるいは特別教育活動の時間を設け,児童・生徒に,個人的,社会的なさまざまな経験を豊かにする機会を与える必要がある。