第1 目 標
人間尊重の精神を一貫して失わず,この精神を,家庭,学校その他各自がその一員であるそれぞれの社会の具体的な生活の中に生かし,個性豊かな文化の創造と民主的な国家および社会の発展に努め,進んで平和的な国際社会に貢献できる日本人を育成することを目標とする。
第2 内 容
道徳教育の内容は,教師も生徒もいっしょになって理想的な人間のあり方を追求しながら,われわれはいかに生きるべきかを,ともに考え,ともに語り合い,その実行に努めるための共通の課題である。
道徳性を高めるに必要なことがらは,本来分けて考えられないものであって,道徳的な判断力を高めること,道徳的な心情を豊かにすること,創造的,実践的な態度と能力を養うことは,いかなる場合にも共通に必要なことであるが,上の目標を達成するためのおもな内容をまとめて示すと,次のとおりである。
1 日常生活の基本的な行動様式をよく理解し,これを習慣づけるとともに,時と所に応じて適切な言語,動作ができるようにしよう。
自己はもとより,他のすべてのものの生命を尊ぶことは,人間が意義ある生活を営むための第一歩である。からだも心も,いたずらにその場の気分に負けないで,節度があり均衡のとれた生活をすることによって,健康な成長と発達を遂げるように努めよう。
(2) 正確適切なことばづかいや能率的な動作ができるように努めよう。
集団生活は,お互の理解と協同の上になりたつものであるから,他人に不快な感じをもたせることのないように表情や身なりにも注意し,時と所に応じて,正確適切なことばづかいや能率的な動作ができ,しかもそれらが個性的で,他人から敬愛されるものになるように努めよう。
(3) 整理整とんの習慣を身につけて,きまりよくものごとが処理できるようにしよう。
平素から身のまわりを整理整とんし,清潔と美化に努めることは,気持を整え,ものごとをきまりよく処理できるもとになるから,ものぐさにならないように,よい習慣をつけよう。
(4) 時間や物資や金銭の価値をわきまえて,これらを活用しよう。
合理的で充実した生活を営むために,時間や物資や金銭などの価値をよくわきまえて,これらをむだにすることなく,計画的に活用しよう。特に決められた時刻はよく守り,公共のものはそまつにしないように気をつけよう。
(5) 仕事を進んで行い,根気よく最後までやりぬく態度や習慣を身につけよう。
お互の生活を向上させるために,ひとりひとりが自分の果さなければならない仕事の役割と責任を自覚して進んで行い,困難にも負けないで,根気よく最後までやりぬくように努めよう。
人は,生存を維持するための生物的な欲求に動かされ,また,社会の慣行に盲従しやすい弱くてもろい面をもつが,同時に自分で考え,決心し,自主的に行動する力を与えられている。
つとめて衝動をおさえ,冷静に考えて,正しいと信ずるところを実行し,その結果にみずから責任をとろうとすることに,誇を感ずるようになろう。
(2) すべての人の人格を尊敬して,自他の特性が,ともに生かされるように努めよう。
人格とは,人はその根本において,お互に自由であり平等であるという自覚から生れたことばである。
人間の尊重とは,現実の人間関係の中において,自分の人格をたいせつにするばかりでなく,他のすべての人格を尊敬していこうとする人間の本性に根ざした精神であって,民主的社会における基本的人権も,この精神によってささえられているものである。
この自覚にたって,お互の人格を敬愛しあい,各人の個性や長所を伸ばしあっていくようにしよう。
(3) つとめて謙虚な心をもって,他人の意見に耳を傾け,自己を高めていこう。
人は,自主自律であるとともに,謙虚であって,はじめて自己をよりよく伸ばすことができる。ことに青年期においては,一方的な自己主張にはしりやすいが,精神的に未成熟であり,経験もふじゅうぶんであるから,両親や教師や先輩などの意見に謙虚に耳を傾けて,暖かい援助に対してはすなおな感謝の心を表わしていこう。
また,省みてすぐれた先人の生き方に学び,自己のよりいっそうの向上を心がけよう。
(4) 他人と意見が食い違う場合には,つとめて相手の立場になってみて,建設的に批判する態度を築いていこう。
人は,先入観や感情にとらわれたり,無批判に他の意見に支配されたりして,しばしば真実を見失いがちである。自分の偏見を捨てるとともに,相手の立場にもなってみて,事実に基いて合理的に批判し,よりよい結論に到達しようとする建設的な態度を築いていこう。
(5) あやまちは率直に認め,失敗にはくじけないようにしよう。また,他人の失敗や不幸には,つとめて暖かい励ましをおくろう。
人は,とかくあやまちを犯したり,失敗をしがちなものである。しかも,自分のあやまちを率直に認めることはむずかしいことであって,言いわけをしようとしたり,責任を他に転嫁したりしがちである。しかし,自分のあやまちや失敗を潔く認め,卑屈になったり他人の成功をねたまないで,それらの原因を冷静に究明し,再起に役だたせよう。また,他人のあやまちに対しては寛容で,その失敗に対しては,暖かい励ましをおくることに努めよう。
(6) 異性関係の正しいあり方をよく考え,健全な交際をしよう。
男女の相互敬愛は,民主的社会において尊重されなければならない。相互の愛情は,人生にとって貴重なものであるが,そのあり方は,自己および相手の一生の運命にかかわることであるばかりでなく,その影響を周囲の人々にも及ぼすものである。
中学生の時期には,異性への関心も目ざめてくるし,そのためにかえって相互に反発する傾向も出てくる。男女が相互に理解しあい,敬愛しあう心構えを養い,一時の軽はずみな行動をとることなく,親や教師にも相談して,公明で清純な交際をするように努めよう。
(7) 常に真理を愛し,理想に向かって進む誠実積極的な生活態度を築いていこう。
真理を愛し,現実の困難にもかかわらず,あくまで理想を追求することは,青年にふさわしいりっぱな態度である。しかし,ともすると夢を追って空想にはしったり,また,現実のきびしさに負けて,世をいとうようになりがちであるが,それは,理想と現実の関係を正しく理解しないからである。
人間は現実のただ中にあって,良心を失わず,真理の追求と理想実現の努力を続けることを通して成長するものであることを理解し,誠実積極的な生活態度を築いていこう。
(8) 真の幸福は何であるかを考え,絶えずこれを求めていこう。
人はだれしも幸福を願うものであり,それは尊重されなければならない。物質的な豊かさや感覚的な快楽を求めることも,それが人間の幸福を高め,かつ,社会的に承認される形で充足されるかぎりは,意義のあることである。しかし,このような欲求の充足のみで真の幸福が得られるとはいえない。心の底から満足でき,しかも,長続きのする幸福は何かをいつも自分の心に問い,高い精神的価値を求める誠実な生活態度を築いていこう。
(9) 情操を豊かにし,文化の継承と創造に励もう。
自然に親しみ,動植物を愛護し,健全な娯楽や身体に適したスポーツを選ぼう。また,古典を友とし,すぐれた文学,美術,音楽,映画,演劇などを鑑賞し,その伝統を尊び,みずからもその新しい創造に直接間接に参加して,日々の生活を趣味あり情操豊かなものにしよう。
(10) どんな場合にも人間愛を失わないで,強く生きよう。
長い人生には,すべてに激しく絶望して,何もかも信じられなくなるときもあろう。その場合,宗教は多くの人に永遠なものへの信仰を与え,魂の救いとなってきた。これらの宗教を信ずる者も信じない者も,人間愛の精神だけは最後まで失わないで,正しく生き,民主的社会の平和な発展に望みをかけていこう。
家族は,本来深い愛情でつながっているものであるが,親しさのあまり感情を露骨に表わして,ともすれば他人どうしの場合よりもかえって気まずい空気をかもし出しがちである。
このようなことを反省して,お互の立場を理解することに努め,許しあい,いたわりあって,暖かく健全な家庭を築いていこう。
(2) お互に信頼しあい,きまりや約束を守って,集団生活の向上に努めよう。
学校や職場などの集団生活は,お互が正直誠実で一定のきまりや約束を守らなければなりたたない。それゆえに,集団の意義や目標と自己の分担する役割をよく理解し,成員としての自覚をはっきりもって,お互に信頼しあうことがたいせつである。また,各自が勤労の尊さを理解し,勤労を通じて集団生活の向上に努めよう。
(3) 狭い仲間意識にとらわれないで,より大きな集団の成員であるという自覚をもって行動しよう。
社会には,それぞれ目標や立場の違う多くの集団がある。われわれは自分の集団の目標や立場だけにとらわれがちであるが,そうすると,他の集団との間に利害の対立や,考え方の相違に基く争いが起りやすい。このような集団的利己主義を反省して,他の集団に対する理解を深め,お互により大きな集団の成員でもあるという自覚をもって連帯共同の実をあげるように努めよう。
(4) 悪を悪としてはっきりとらえ,決然と退ける強い意志や態度を築いていこう。
社会生活の中で,人は多くの悪に直面しないわけにはいかない。われわれは誘惑を受ければ,悪に陥りやすい弱さをもち,また,集団の中においては,友情や義理の名のもとに悪に引きずり込まれたり,悪を見のがしたりするものであるが,悪を悪としてはっきりとらえ,勇気をもってこれに臨む強い意志や態度を築くことに努めるとともに,みんなで力を合わせて悪を退けるくふうを続けていこう
(5) 正義を愛し,理想の社会の実現に向かって,理性的,平和的な態度で努力していこう。
正義が支配する理想の社会をつくることは,これまでも人間が絶えず願ってきたことである。しかし,人はとかく自己のいだく思想や所属する集団の立場からのみ,何が正義であるかを判断しがちであり,そのような考え方から専制や暴力や過激な感情も正当化されやすい。 われわれは,制度や法の意義を理解し,公私の別を明らかにして,公共の福祉を重んじ,権利を正しく主張するとともに義務も確実に果して,少数者の意見をも尊重し,平和的,合法的方法で,よりよい社会をつくっていくことに力を合わせよう。
(6) 国民としての自覚を高めるとともに,国際理解,人類愛の精神をつちかっていこう。
われわれが,国民として国土や同胞に親しみを感じ,文化的伝統を敬愛するのは自然の情である。この心情を正しく育成し,よりよい国家の建設に努めよう。
しかし,愛国心は往々にして民族的偏見や排他的感情につらなりやすいものであることを考えて,これを戒めよう。そして,世界の他の国々や民族文化を正しく理解し,人類愛の精神をつちかいながら,お互に特色ある文化を創造して,国際社会の一員として誇ることのできる存在となろう。
第3 指導計画作成および指導上の留意事項
2 上記第2に示した内容の配列は,指導の順序を示すものではない。指導計画は,内容の各項目の単なるられつにとどまることなく,各学校において生徒の生活の実態や地域の特色などを考慮して具体化したものでなければならない。
3 指導計画は,固定的なものでなく,生徒の生活場面に時々に起ってくる問題や事時的な問題などをも適宜取り入れることのできるような弾力性をもたせることが必要である。
4 指導にあたっては,道徳的な観念や知識を明確にするとともに,理解,判断,推理などの諸能力を養い,さらに習慣,心情,態度などのすべてにわたって健全な発達を遂げさせ,これらが統合されて,自我の強さが形成されるように適切な指導を与えることが必要である。
5 生徒の道徳性は,家族,友人,学校,地域社会,職場,国家,国際社会など,いろいろの場との関連において形成されるものであることを常に念願において,指導がなされなければならない。
6 指導の効果をあげるためには,生徒の道徳性形成に関係のある家庭環境,生育歴,地域の特性や交友関係などに関する資料を収集・整理し,これを活用することが必要である。
7 教師は,深い愛情をもって公平に生徒に接し,できるだけ許容的な態度で,気長に生徒の道徳的な自覚を育てる必要がある。しかし,それとともに,生徒が悪や低俗な行為に引きずられ,望ましい転換がなかなか起らないような場合には,適時に適切な積極的指導を与えることも必要である。
なお,生徒の道徳性の発達には,個人差のあることを考慮し,これに応じた指導をしなければならない。
8 指導にあたっては,生徒の経験や関心を考慮し,なるべくその具体的な生活に即しながら,討議(作文などの利用を含む),問答,説話,読み物の利用,視聴覚教材の利用,劇化,実践活動など種々な方法を適切に用い,一方的な教授や,単なる徳目の解説に終ることのないように特に注意しなければならない。