1.小学部の教育の目標と教育課程の性格
小学部においては,ろう児童の心身の発達に応じて,初等普通教育を施し,その教育の目標は,小学校における教育の目標に準ずるものとする。
小学校における教育の目標は,学校教育法第十八条において,次のように定められている。
二 郷土及び国家の現状と伝統について、正しい理解に導き、進んで国際協調の精神を養うこと。
三 日常生活に必要な衣、食、住、産業等について、基礎的な理解と技能を養うこと。
四 日常生活に必要な国語を、正しく理解し、使用する能力を養うこと。
五 日常生活に必要な数量的な関係を、正しく理解し、処理する能力を養うこと。
六 日常生活における自然現象を科学的に観察し、処理する能力を養うこと。
七 健康、安全で幸福な生活のために必要な習慣を養い、心身の調和的発達を図ること。
八 生活を明るく豊かにする音楽、美術、文芸等について、基礎的な理解と技能を養うこと。
この時期の児童は,聴力に障害があり,一般に言語を使用する能力が不足であるから,経験の範囲も狭く,知的,情緒的,社会的な発達においても遅滞を招きやすい。
特にその成長発達にたいせつな,幼児期において,言語力が不足であったことから,普通の児童が入学前の生活で習得しているさまざまな基礎的なことがらについて,その習得の機会が少かったので,入学初期においては,その発達は著しく遅れており,偏向を示している。
特に言語を使用する能力は,ほとんど,あるいは,全く持たず,また,その習得には困難な状態にある。
小学部の教育課程は,このような条件を考慮して,一方では,まず,基礎的な言語力を習得させるために,あらゆる方面から配慮を重ねるとともに,他方,これと密接なる関係を保ちつつ,言語力の不足を学習場面の構成や教具の活用などの方法によって補いながら,普通の児童が自然に習得しているようなことがらも意図的に用意し,各方面に均衡のとれた発達を促すように留意して編成されなければならない。
また,児童の失聴の原因が,単に聴覚だけでなく,身体の他の方面にも影響を持っていることがあったり,入学前の家庭における保育が適切でなかったりすることがあるので,そのために,この時期の児童は,健康がじゅうぶんでないことが多い。
したがって,保健や,衛生の面についても,教育課程の上に適切な配慮をすることが必要である。
2.教科と教科以外の活動
小学部の教科は、国語、社会、算数、理科、律唱、図画工作、家庭および体育を基準とする。
ろう学校小学部における各教科の目標は,小学校における各教科の目標に準ずるものであるが,この目標を達成するためには,ろう児童の特性にかんがみて留意すべき点が多い。以下小学校の各教科の目標およびろう学校小学部における留意事項を示す。
2.自分の意志を伝えて他人を動かすために、生き生きとした話をしようとする習慣と態度を養い、技能と能力をみがく。
3.知識を求めたり、情報を得たりするため、経験を広めるため、娯楽と鑑賞のために広く読書しようとする習慣と態度を養い、技能と能力をみがく。
4.自分の考えをまとめたり、他人に訴えたりするために、はっきりと、正しくわかりやすく、独創的に書こうとする習慣と態度を養い、技能と能力をみがく。
小学部における国語科の目標を達成するたにめには,児童がことばの存在を知って,これを用いようとする最も初歩的段階から始まり,児童の言語に関する能力のすべての範囲にわたって計画的な指導を行わなければならない。
まず,日常必要になることばを,いろいろな条件から考慮して選択し,配列して,児童の発達に応じて,その使用のしかたを予定し,しだいに深く,広いことばの使用ができるようにしなければならない。またことばの内容を正しく理解して使用することを指導するためには,ただことばを用意しておくだけではふじゅうぶんで,それらのことばの裏付けとなる経験を計画的に与えて常に内容を伴った生きたことばとして指導しなければならない。
このようにして計画的に用意されたことばを用いて行われる活動−−すなわち「聞く」「話す」「読む」「書く」−−の活動は相互に有機的な関係をもって,児童の国語力を発達させなくてはならない。
特に「話す」能力については,ろう児童は,正しい発音で聞きやすく話すことが,普通の児童に対するような指導によっては容易に習得されるものではないから,小学部国語科において,これを指導するためには,特別な計画・方法によって行わなければならない。また,他人の話を耳から聞いて理解することができないので,「読話」の能力を養うことが必要である。
この指導にさいしても,特別な方法によって取り扱わなければならない。この場合,大部分の児童は,多少とも残存聴力を持っているので,補聴器を利用するなどして,これを最大限に活用し,読話をいっそう効果的にさせることも,たいせつな内容となるので,初期の段階から適切な計画のもとに指導を行う必要がある。
なお,国語を使用する能力は,国語科以外のあらゆる教科や教科以外の活動の学習においても,常に必要となるものである。特に,学校で意図的に指導される以外のことばを,ほとんど使用できないろう児童にとっては,国語科は他のすべての領域における学習の基礎として重要な位置にある。
それゆえ国語科の指導計画は教育課程全般との間に密接な関係を保つように編成されなければならない。
小学校における社会科の目標は次のとおりである。
2 家庭・学校・市町村・国その他いろいろな社会集団につき、集団内における人と人との相互関係や、集団と個人、集団と集団との関係について理解させ、集団生活への適応とその改善に役だつ態度や能力、ならびに国際協調の精神などを養う。
3 生産・消費・交通・通信・生命・財産の保全・厚生慰安・教育・文化・政治などの社会機能の働きや、その相互の関係について基本的なことがらを理解させ,社会的な協同活動に積極的に参加する態度や能力を養う。
4 人間生活が自然環境と密接な関係をもって営まれていることを理解させ、自然環境に適応し、それを利用する態度や能力を養う。
5 社会的な制度・施設・慣習などのありさまと、その発達について理解させ、これに適応し、これを改善していく態度や能力を養う。
また,入学後も言語の使用に困難が伴うので,一方では,国語科との関係をじゅうぶんに考慮しつつ,他方,できるだけ視覚教材の利用,実地見学などの機会を多くして,広い範囲にわたって具体的な理解が得られるように計画しなければならない。
小学校における算数科の目標は次のとおりである。
(2) 数学的な内容についての理解を伸ばし,これを用いて数量関係を考察または処理する能力を伸ばすとともに,さらに,数量関係をいっそう手ぎわよく処理しようとして,くふうする傾向を伸ばす。
またろう児童は経験の範囲が狭く,機械的な計算に比べて,実際の場合に即した応用問題となると,数量的関係の考察と判断に困難がともなう。
これは,ろう児童が,数量的関係を理解したり考察したりするために必要なことばをじゅうぶんに持たないことと,それに伴って普通の児童のように入学前や学校外で豊富な経験を持たないことが原因になっている。
したがって,算数科の指導内容を組織する場合には,その内容を学習するために必要な言語力の発達と密接な関係を保たせるとともに,数量的関係を学習するための素地になるような経験を豊富に用意するように努めなければならない。
小学校における理科は次のことを児童の身につけさせることを目標とする。
(2) 科学的合理的なしかたで,日常生活の責任や仕事を処理することができる。
(3) 生命を尊重し,健康で安全な生活を行う。
(4) 自然科学の近代生活に対する貢献や使命を理解する。
(5) 自然の美しさ,調和や恩恵を知る。
(6) 科学的な方法を会得して,それを自然の環境に起る問題を解決するのに役だたせる。
(7) 基礎になる科学の理法を見いだし,これをわきまえて,新しく当面したことを理解したり,新しいものを作り出したりすることができる。
そのような経験の不足を補うため,なるべく多くの観察や実験などの学習活動を用意して科学的な観方や考え方の能力・態度を伸ばすように努めなければならない。
なお指導に際しては,児童の言語力の発達と密接な関係を保って取り扱わなければならない。
また理科の内容には,音に関する現象が少なくないが,その教材の選択や取扱いについては,適切な配慮をしなければならない。児童が道具や機械を使用するときに聴力障害のために無理な取扱いや乱暴な操作をしないように適切な指導が必要である。
なお,児童の聴力の程度によっては,リズムに止まらず,やさしい旋律や和音にまで進むことが望ましい。
律唱科の指導においては,まず児童の視覚,残存聴力,触覚などをじゅうぶんに活かすために,学習活動や教具をくふうし,特に各種の補聴器具や楽器を効果的に利用することに努め,できるだけ広く,充実した学習が行われるようにすることがたいせつである。
日常生活に使われる話しことばや,やさしい歌を,リズムを中心として唱える学習は,児童の発語面によい影響をもたらすものであるから,国語科の指導と密接に連絡して指導されなければならない。
なお,身体活動を通して行われる学習については,体育科の指導との関係に留意しなければならない。
小学校における図画工作科の目標は次の通りである。
b.実用品や美術品の価値を判断する初歩的な能力を発達させる。
c.造形品を有効に使用することに対する関心を高め,初歩的な技能を発達させる。
b.造形的な創造活動,造形品の選択能力,造形品の使用能力などを,学校生活のために役だてることの興味を高め,技能を発達させる。
c.造形的な創造活動,造形品の選択能力,造形品の使用能力などを,社会生活の改善,美化に役だてるための関心を高め,いくらかの技能を養う。
d.人間の造形活動の文化的価値と経済的価値についての,初歩的な理解を得させる。
e.美的情操を深め,社会生活に必要な好ましい態度や習慣を養う。
なお,この教科の学習においては,聴力や言語力の制約を受けることが比較的少ないから児童の個性に応じて,じゅうぶんに発展性のある指導を行わなければならない。
小学校における家庭科は次のことを児童の身につけさせることを目標とする。
2.家庭における人間関係に適応するために必要な態度や行動を習得し,人間尊重の立場から,互に敬愛し力を合わせて,それをさらにたかめ,明るく,あたたかい家庭生活を営もうとする。
3.被服・食物・住居などについて,その役割を理解し,日常必要な初歩の知識・技能・態度・習慣を身につけて,さらに家庭生活をよりよくしようとする。
4.労力・時間・物資・金銭をたいせつにし,計画的に使用して,生活をいっそう合理化しようとする。
5.家庭における休養や,趣味・娯楽の意義を理解し,その方法を反省くふうして,いっそう豊かな楽しい家庭生活にしようとする。
また音が聞えないために,日常の起居寝食の動作が乱暴になりやすいので,人に迷惑をかけないおちついた動作をする習慣を養うようにすることも指導内容の面で留意しなければならない。
体育科の一般目標は次のとおりである。
小学校においては児童の発達に応じてこの目標の達成をめざす。
(2) 身体活動を通して民主的生活態度を育てる。
(3) 各種の身体活動をレクリエーションとして正しく活用することができるようにする。
したがって,体育科の指導においては,低学年のうちから,危険の防止および事故に際してこれに対処するために必要な能力と習慣をもたせることに特にじゅうぶんに留意しながら,なるべく普通の児童と同じような活動を用意して,身体の正常な発達を図るように努めなければならない。
また,ろう児童は,意志の疎通がじゅうぶんでないことから,集団の構成や,集団的活動を効果的にするために必要な忍耐,協力,責任,明朗というような精神や態度,能力が不足しがちであるから,身体活動を通して望ましい人間関係を育成するように指導することも運動技能の指導とともに体育科のたいせつな内容である。
また日常生活においてろう児童は適切なレクリエーションが少ないので,健全な,余暇利用の態度や技能が養われるよう,特に指導上の配慮が必要である。
教科以外の活動においては,一般的に次の諸目標に重点がおかれる。
2.健康についてよい習慣を育て,個人的および社会的健康に留意させるとともに不慮の危険を防止し,これに対処する能力と習慣を養う。
3.個性に即して健全な趣味を育て,余暇の活用などに対する望ましい態度や技能を養う。
これらの活動についてはいずれも児童の生活の実態とその必要や能力に応じ,また学年の発達段階と学級の性質その他児童相互の集団構成などにも充分な考慮をはらい,児童の自発的な活動が健全に行われるように計画し指導しなければならない。
教科以外の活動の指導にさいしては,言語指導や教科との関連をもじゅうぶん考憲し,視聴覚資料やその他日常生活の実践に役立つ指導資料などを,豊富に与え,自発的な活動の場を構成して社会的な経験領域を拡充させることにつとめなければならない。
教科と教科以外の活動の指導時間数および総指導時間数
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304〜380
(8〜10) |
304〜380
(8〜10) |
266〜380
(7〜10) |
266〜380
(7〜10) |
228〜380
(6〜10) |
228〜380
(6〜10) |
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76〜114
(2〜3) |
114〜152
(3〜4) |
152〜190
(4〜5) |
152〜190
(4〜5) |
152〜228
(4〜6) |
152〜228
(4〜6) |
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76〜114
(2〜3) |
114〜152
(3〜4) |
152〜190
(4〜5) |
152〜190
(4〜5) |
152〜228
(4〜6) |
152〜228
(4〜6) |
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38〜76
(1〜2) |
38〜76
(1〜2) |
76〜114
(2〜3) |
76〜114
(2〜3) |
114〜152
(3〜4) |
114〜152
(3〜4) |
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38〜76
(1〜2) |
38〜76
(1〜2) |
38〜76
(1〜2) |
38〜76
(1〜2) |
38〜76
(1〜2) |
38〜76
(1〜2) |
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工作 |
76〜114
(2〜3) |
76〜114
(2〜3) |
76〜114
(2〜3) |
76〜114
(2〜3) |
76〜114
(2〜3) |
76〜114
(2〜3) |
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76〜114
(2〜3) |
76〜114
(2〜3) |
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114〜152
(3〜4) |
114〜152
(3〜4) |
114〜152
(3〜4) |
114〜152
(3〜4) |
114〜152
(3〜4) |
114〜152
(3〜4) |
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教科以外
の活動 |
38〜76
(1〜2) |
38〜76
(1〜2) |
38〜76
(1〜2) |
38〜76
(1〜2) |
76〜114
(2〜3) |
76〜114
(2〜3) |
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総指導
時間数 |
836〜912
(22〜24) |
874〜950
(23〜25) |
950〜1064
(25〜28) |
988〜1102
(26〜29) |
1064〜1216
(28〜32) |
1064〜1216
(28〜32) |
(2) この表に示された時間数は,すべて50分をもって1単位時間とする。ただし,これは指導を50分ごとに区切るべきであるという意味ではない。
(3) 各教科および教科以外の活動の指導時間の間に適当な休憩および昼食の時間を設ける必要があるがこれらの時間は,この表に示す時間数には含まれていない。
(4) 実際の指導にあたっては,教科の統合をはかるなど,実情に即して指導する場合においても,この表に示された時間数をもととしなければならない。
(5) 私立学校においては,この表に示された教科および教科以外の活動のほかその必要によって宗教に関する教科を設けることができる。
この場合,総指導時間数は,この表に示された時間数の範囲をこえてはならない。
学校においては,個々の児童の特性についての適確な資料に基き,できるだけ個々の児童の必要に応ずることのできる教育課程を編成しなければならない。
特にはなはだしい遅滞を示すものや,心身に他の障害を併せて侍つものについては,その指導上特別な考慮を払うように努めなければならない。
(2) 児童の望ましい経験を発展させるために,教科間の連関をじゅうぶん考慮し,内容の重複や間げきを避け,身体的,知的,社会的,情緒的な経験が,全体として釣合いがとれて学習されるよう配慮しなければならない。
(3) 1週間あるいは1日の指導計画においては,いろいろの活動を組み合わせ,学習に変化と調和を保って指導ができるよう,教科ならびに教科以外の活動の配列と配当時間数を考慮し,児童の充実した学習が積極的に行われるように配慮する一方,児童の負担の過重に陥らぬように注憲しなければならない。
(4) 低学年の児童の学習は心身の発達に即して,教科の区別にあまり強くとらわれることなく,たとえば言語指導を中心として,いくつかの教科を統合して指導するほうが効果的である場合などがある。その場合も,統合された各教科の目標はじゅうぶんに達成されるよう周到な計画のもとに指導を行わなければならない。
一つの教科に週当り1時間の指導時間を配当するような場合は,むしろこれを関連する他教科と統合して指導するのが望ましい。
(5) 道徳教育,健康教育については,教育課程の全体計画において重視しなければならない。その指導は各教科および教科以外の活動において,互に関連をもって,あらゆる機会をとらえ,あらゆる活動を通じて行われることが望ましい。
(6) 教育課程は,それぞれの学年の発達段階に即し,小学部全体として発展的系統的な組織をもって編成されなければならない。
小・中学部の教育課程は一貫性をもって編成されることが必要である。幼稚部との関係も同様である。
(7) 学校における職員組織・学級編成・校舎・運動場・学校図書館・寄宿舎等の施設,実験実習,給食その他の設備をじゅうぶんに整備することは,すぐれた教育課程の編成に欠くことのできないものである。
しかし,教育課程の編成に当っては,これら学校における環境の条件を吟味し,それに即して有効な学習が行われるように留意しなければならない。
特に補聴器,聴力測定器,視覚教具その他必要な教具の活用によって,学習の効果をじゅうぶんにあげるよう配慮することが望ましい。
(8) 地域の自然的・社会的環境に即して教育課程は編成されなければならないが,一方地域の人々のろう教育に対する理解を深め,その協力を得ることがたいせつである。
とかく校内に引籠りがちな児童の経験を広げ,社会性を伸すための効果的な学習が行われるためにも,地域との関係は重視しなければならない。
(9) 生活指導の機会は,教科および教科以外の活動においても多く見いだされるが,その指導の徹底をはかるよう教育課程の編成においても留意しなければならない。
家庭との関係はもとより,寄宿舎生活をする児童については,寄宿舎における指導,または通学児童については,通学途上の安全指導などとの関係は,教育課程のうえでも留意する。
(10) 教育課程は,学校における実践によって,絶えず評価され,所期の教育目標がどの程度達成されたかを確かめなければならない。これに基いて教育課程の改善について適切な措置がとれることがたいせつである。