第1章 数学科の目標
高等学校の数学科は,中学校数学科の教育の成果をもとにして,これを高等学校教育の目的・目標に即するように発展させたものである。
中学校までの数学科においては,日常生活に必要な数学的な能力や態度は,ひととおり指導されているとみなすことができる。それより程度の高い数学を直接日常生活に利用する機会は,少ないかもしれない。しかし,そのような数学が構成されていくときの中心となる物の考え方は,広い適用場面をもっており,その考え方を身につけることは,小学校や中学校で学習した数学を利用する場合にも,いっそう高い程度の見通しと統一とをつけることになり,生活を合理化し,向上させていく上の基礎になる。
また,数学をもとにした考え方は,近代的な思想や文化のひとつの基底となっており,たとえば公理,証明,函数などのような数学的な考え方に基づくことばがしだいに広く用いられるようになっている。同時に,各種の産業や科学の分野においても,程度の高い数学を利用する方面は,しだいに広くなりつつあり,表面的には数学の利用が目だたないような分野でも,そのかくれた基礎に程度の高い数学が用いられていることが多いのが現状である。したがって,生徒が希望している進路において,数学が現在あまり必要とされていないというだけの理由で,その生徒に高等学校の段階における数学的教養が不必要であるといいきれない。むしろその生徒の将来の発展性を考慮するならば,そのような生徒にも数学の基本的な教養が必要であるといえる。
以上の観点から,高等学校の目標を達成するためには,すべての生徒に対する教育計画の中に,数学についての教育を含むことが必要であると認められ,数学科がその任務を引き受けることになっている。
高等学校の目標は,また,個性に応じて将来の進路を決定させ,これに応じて,一般的な教養を高め,専門的な技能に習熟させることにある。したがって,数学科の計画においても,上記のような共通な一般的な教養を高める計画とともに,生徒の進路に応じた一般的教養ならびに専門的な教養を与える計画を含まなければならない。
そして,これらの教養の内容については,次のようなことが考慮されなければならない。まず一般的教養としてのねらいから考えると,この場合には,特定の分野についての知識・技能よりも,数学全体の根底に流れている考え方に重点がおかれるべきである。そして,そのためには,数学の各分野について調和のとれた内容を系統的に学習することが必要である。また,専門的な教養として高い程度の数学を利用する場合のことを考えてみると,この場合に,直接利用している数学だけを切り離して学習する方法も考えられるが,多くの場合には,その背後に全体的な系統的な理解をもって学習する方が有効である。それゆえ,高等学校の段階にあっては,専門的な意味での数学の学習も,一般的教養の場合と同様に,各分野についての調和のとれた内容を系統的に学習することが一般に適当である。
また,この場合の内容について,さらに,次のようなことも考慮しなければならない。すなわち,高等学校の数学科は,前記のように,直接的な実用よりは広い意味での実用性を中心としたものであるが,そのような実用性は,いろいろな分野に発展していく基本的な内容にある。そして,この基本的な内容は,教育的にもじゅうぶん研究され,だれにも理解し,利用しうるよう平易化されている。高等学校程度の一般的教養ならびに専門的教養としての数学は,このような基本的な内容を中心としたものでなければならない。
以上のような考慮のもとに,高等学校数学科の目標をまとめてみると,次のようになる。
高等学校の数学科は,中学校数学科の教育をもとにして,これを発展させたものである。すなわち数学科全般として,生活を合理化し,向上させていくのに基礎となるような数学的な教養を生徒に与えることをねらうとともに,これを通じて,各生徒の個性と進路に応じた基本的な数学的な能力や態度を養うことをめざすものであって,主として,次のことを目標とする。
2.数学が体系的にできていることと,その体系を組み立てていく考え方とを理解し,その意義を知る。
3.数学的な用語や記号の正しい使い方を理解し,これらによって数量的な関係を簡潔明確に表現し,処理する能力を養う。
4.論理的な思考の必要性を理解し,筋道を立ててものごとを考えていく能力と習慣とを身につける。
5.数学的な物の見方,考え方の意義を知るとともに,これらに基づいてものごとを的確に処理する能力と態度とを身につける。