幼稚園教育の目的や目標を実現するためには,幼児にどのような経験をさせたらよいかについては前章で明らかにしてきた。しかし,これらの内容が,ただ漫然と幼児に要求されるならば,その結果は幼児に無理をしいることになったり,経験に片寄りができたり,むだな重複があったり,順序が狂ったりして,よい教育はできないことになる。そこで,各幼稚園では地域や幼児の実情から,さきに述べた内容のうちから,どのような経験を選び,またどのような形で幼児に経験させたらよいかについてくふうしなければならない。そのためには,どうしても指導の計画を立案し,望ましい経験の組織を構成する必要がある。
幼稚園の指導計画ということについては,ときとしてかなり懐疑的な考えを持たれることがある。それは,幼稚園の教育が,小学校や中学校のように,はっきり教科を設けて系統的に学習させるやり方とは違い,全体的,未分化的に生活を指導する形で行わなければならないという理由に基くことが多いようである。しかし,総合的な指導には,計画がいらないとは言われない。それどころか,分化的,専門的にはっきりした順序系統で指導するときよりも,いっそう計画が必要だと言えよう。なぜならば,総合的という名のもとに,計画なしに指導が進められたならば,学期や学年の終りになって,指導が片寄っていたり,時間がむだに使われていたりすることに気づくことが多いであろう。ただし,実際の指導にあたっては,こうして計画された指導計画は,動きのとれない固定したものとして,そのまま実施するようなことなく,弾力性を持たせるように注意して運営されなければならない。
指導計画としての経験の組織は,年間を単位とするもの,月や週を単位とするもの,1日を単位とするものなどいろいろ考えられる。これら単位別の計画については,次のような点に配慮しなければならない。
幼稚園は,3才から小学校入学までの幼児を収容する。3才児と5才児の間には,心理的にも身体的にも大きな差がある。同じ5才児でも,4才から入園した幼児と5才ではいったものとの間には,教育を受けた経験に差があるから,同じようには扱えない。このように,年齢や教育経験に伴う発達段階に応じて,経験の組織を立案しなければならない。
2.経験は,幼児の生活経験を基盤として,しぜんに展開するように組織すること。
幼児の生活経験から遊離した指導計画は,幼児にとってなんらの実効がない。たとえば,遊び方一つをとってみても,地域によってどんなに違うことであろう。言語生活にしても同様である。このような実態に根ざさない計画は,幼児にとってふしぜんであるばかりでなく,無理じいする結果となり,かえってゆがめられたものになってしまう。
3.幼児の住む地域社会の実態に即して計画を立案すること。
地域社会の実態を全体的に調査するということは,なかなか容易なことではない。それゆえ,さしあたり,その地域の幼児はどのような遊びをしているか,どのようなことばを使っているか,家庭の生活状態や教育に対する考え方の一般傾向はどうかを調査することから始めたらよかろう。調査は当面必要とするものから手がけ,その結果を有効に利用するようにしたい。P.T.Aなどで,父母の意見を聞いたり,ある特定の問題について討議する機会を作ったりすることも,地域社会の実態や必要を知る上に効果がある。
4.地域社会の特性を考慮するとともに,調和的な人間形成の重要性を忘れないこと。
幼児の地域的な生活実態を重んじるということは,ただその特異な実態のままに教育をするということではない。地域的な生活には,偏したもの,かたくななもの,一般に通用されないようなものもあろう。もともと,幼稚園が,商店街,住宅街にあるとか,都会地,いなかにあるということ自体が,その地域の幼児の生活圏に制約があることを意味する。幼児は,より広い社会に生活できる能力を持つように教育されなければならない。それゆえ,指導計画においても,地域社会の実態に即しながら,しかも同時に,より広い社会に生活できる幅の広い豊かな人間の形成を目ざすことを忘れてはならない。
5.健康・社会・自然・言語・音楽リズム・絵画製作などのあらゆる側面にわたり,均衡のとれた計画を立案すること。
もともと幼児の生活には,このような分化はない。六領域の区分は,あくまでも人為的,便宜的なものであるから,これは一応の目安にとどめどこまでも幼児の全一的な生活を理解して,総合的,調和的な経験ができるように組織をくふうする必要がある。
6.季節とか,幼稚園や地域社会の行事を考慮して計画を立案すること。
幼稚園の指導計画としての経験の組織は,いわば,幼児の全体的な生活指導の組織である。幼児の生活は,季節の変化とか幼稚園や地域社会の行事によって,大きく影響される。それゆえ幼稚園の教育効果を高めるためには,これら季節や行事をじゅうぶん考慮において指導計画を立案する必要がある。
7.発達段階に応じた集団生活の指導をするように立案すること。
これまで家庭で生活した幼児が,はじめて集団生活にはいるのであるから,あまり急激に集団生活のきまりをしいると,幼児の安定感を害し,身体的にも障害を与えるであろう。それゆえ,幼児の社会的興味や集団生活への適応性の発達に応じて,徐々に集団生活指導の程度を高めるように計画すべきである。学級全体とか,幼稚園全体としての集団生活ばかりでなく,少人数のグループ遊びや仕事の形における集団的,社会的な生活指導をすることがきわめてたいせつである。
8.個人差に応じる用意がなされていること。
幼児は,単に年齢や教育経験によって発達を異にするばかりでなく,同じ年齢の幼児についてみても,身体的,知的,情緒的,社会的に,成長の質と量において差異がある。それゆえ幼稚園の教育では,集団的な生活指導をするとともに,個人差に応じた経験が満足されるような用意が必要である。たとえば,遊び道具とか,絵本や材料など,いろいろな種類のものを備えて自由に選択させるとか,お話・劇・音楽・運動などで,個々の幼児の自由な表現ができる機会を考慮するというようなことである。
9.指導計画に,豊かな弾力性をもたせること。
どのような学校の指導計画でも,臨機応変の措置ができるような弾力性が必要であるが,特に幼稚園の指導計画については,このことがいっそう強調されなければならない。それは幼児の心は,青少年のそれに比べていっそう変りやすく,心身の抵抗力も弱いからである。したがってたとえ一応の計画はできていても,天候や行事などの外的条件はもとより,その活動の様子によって賢明に判断し,適切に計画に調整を加えるような弾力性が用意されなければならない。
10.小学校の教育課程を考慮して計画すること。
幼稚園の教育が小学校の教育と連絡を図るためには,幼稚園の教師は,特に小学校低学年の教育課程を理解する必要がある。それと同時に,小学校,なかでも低学年の教師が,幼稚園の指導計画を理解してくれるように望む必要がある。このような関連を密にするためには,近接の幼稚園と小学校の教師が合同の研究協議会を開くとか,教育委員会が中心になって,両者の関連を考慮した指導計画を研究するというようなことが有効である。
11.指導計画に適応した環境を構成し,管理の組織を考慮すること。
本来ならば,まず指導計画ができて,その計画を実施するのにつごうのよい園舎や園庭,あるいは施設設備が整えられることが理想である。しかし現実には,かえって逆に,物的な環境施設によって,指導計画が左右されることが多い。それゆえ教師は,環境施設をできるだけ指導計画に即するように努力し,教育効果を最高度にあげるように努めなければならない。
幼稚園をも含めて,すべて学校の指導計画は,こどもがその学校に在籍する全期間を通して立案されなければならない。幼稚園には,その収容する幼児の年齢によって,1年・2年・3年という教育期間の相違がある。5才児だけを収容する1年間の教育は4才児ないしは3才児を収容する2年あるいは3年間の教育を,単に圧縮したようなものではありえない。そこには年齢に応じた心身の発達段階に基く配慮と,1年ないしは3年という教育期間の相違から生じる指導計画構成上の差異に対する配慮とが払われなければならない。したがって,それぞれの幼稚園では,さきに示した幼児の発達上の特質や,経験などを参考とする場合,さらに,年齢差や在籍年数の相違に対する考察をも加えて,適切な指導計画を立案する必要がある。
ところで,この在籍全期間の教育は,さらに年・月・週・日というような時間的単位によって具体的に計画されなければならない。次に,これらの時間的な差による単位の計画を立案運営する場合の,おもな注意すべき事項を述べる。
(1) 年単位の指導計画
学年は,4月に始まって,翌年の3月に終る。この1年を単位とする指導計画においては,特に次の事項について注意すべきてある。
2.自然や社会生活の変化に応じる1年間の幼児の生活の流れを考慮して,しぜんに,しかも発展的に立案する。
3.2年間または3年間の指導計画を立案する場合,毎年,まったく新しい内容に切り替えるということは,技術的にも困難であり,かつ,幼児の生活のしぜんの流れにも即応できないことになろう。そうかといって,毎年同じことをくり返すということは,単に幼児の興味を害するばかりでなく,指導計画としても価値がない。そこでけっきょく,毎年,ある種の共通点を含みながら,しかも質的には内容の発展した指導計画を立案する必要がある。
4.年間計画は,さらに学期の区分を予想して立案されるべきである。生活指導を主眼とする幼稚園の指導計画では,学期の進行に伴う発展的扱いとか,休業期間中の配慮についても忘れてはならない。
5.小学校に併設してある幼稚園では,特に小学校の年間計画との関連を考慮する必要がある。
(2) 月単位の指導計画
年単位の指導計画は,月ごとの計画によって,いっそう具体化される。月単位の指導計画について特に注意すべき事項は次のようなものである。
2.特に月単位で計画が作られている場合,ある月の計画に変更があったら,それと関連する他の月の計画にもあらかじめ修正を加えておく。
3.翌月の計画は,前月の中旬ごろに予定するのがよい。あまり遅くなると,準備その他でまにあわないことが起りやすい。
(3) 週単位の指導計画
幼児の生活では,一週間という期間が,ようやく具体性をもつ計画の時間的単位となる。週の計画をたてるには,月単位の計画がいっそう具体化されるというだけでなく,幼児の経験が連続的に展開されるように,細心の注意を払うべきである。また,週単位の指導計画について,特に注意すべき事項は,次のとおりである。
2.週間のおもな生活について,単に教師ばかりでなく,幼児にも理解させ,できるだけ幼児の自主的,自発的な態度を刺激し,希望や期待をもって生活させるようにする。
3.今週の進展を考慮し,翌週の計画を修正したり調整したりする。
(4) 日単位の指導計画
1日を単位とする指導計画は,いわゆる日案と呼ばれるものであって,指導計画の最終的な,最も具体的,実践的なものである。この計画を作成するについては,次の諸点に注意すべきである。
2.毎朝,必ず幼児の健康状態について注意する。
3.帰る前に,幼児の健康や身なりについて注意する時間をもつ。
4.その日のおもな計画について,教師と幼児が話し合う時間をもつ。このことは,幼児の自主的な活動を促進する上に,大きな効果がある。
5.毎日きまってすることも計画から欠かさないようにする。
6.自由遊びの時間と,学級としてまとまって活動する時間とのバランスを適切にする。学級としてまとまって活動する場合にも,できるだけ,幼児がのびのびと活動できるような機会を多くする。
7.1日の間に行われる経験に変化と調和をもたせ,かつ適当に休息させる。特に3才児を収容する幼稚園では,午睡をさせるのがよい。
8.室内と戸外の生活を適当に配分する。
9.1日の計画の実践に弾力性をもたせるよう特に配慮されなければならない。
教育の理論や実際は,かぎりなく進歩する。かつ個々の教師についても,年々,進歩向上がみられるはずである。したがって指導計画も,常に進歩改善されなければならない。指導計画の改善上,特に注意しなければならないことは,次の諸点である。
2.指導計画を実践した結果は,必ず,幼児ひとりびとりの成長に現れる。この成長の経過は,幼児指導要録に記入される。この記入を契機として,平素の指導について強く反省させられる。したがって,指導要録は,単に個々の幼児の進歩の過程を記録して指導に役だてるばかりでなく,同時に,指導計画の改善にも,大いに関係をもつ資料となる。
3.指導計画の改善には,幼稚園の教師といろいろな専門家や実際家,さらに地域社会の人々の協力と権威ある参考資料とを必要とする。教育委員会などで,これらの人々による常設の委員会をもつことが望ましい。
4.指導計画の改善は,徐々に,しかも,累積的に行われることが望ましい。
MEJ2399 幼 稚 園 教 育 要 領
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昭和31年2月5日 印刷
昭和31年2月7日 発行
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