幼稚園教育の内容として取り上げられるものは,幼児の生活全般に及ぶ広い範囲のいろいろな経験である。それは第1章で述べた目標を達成するために有効適切な経験でなければならないことはいうまでもない。そのためには,幼児の発達上の特質を考え,目標に照して,適切な経験を選ぶ必要がある。
ここでは,さきに述べた五つの目標に従って,その内容を,1.健康 2.社会 3.自然 4.言語 5.音楽リズム 6.絵画製作の六領域に分類した。しかし,幼児の具体的な生活経験は,ほとんど常に,これらいくつかの領域にまたがり,交錯して現れる。したがってこの内容領域の区分は,内容を一応組織的に考え,かつ指導計画を立案するための便宜からしたものである。
ここに注意しなければならないことは,幼稚園教育の内容として上にあげた健康・社会・自然・言語・音楽リズム・絵画製作は,小学校以上の学校における教科とは,その性格を大いに異にするということである。幼稚園の時代は,まだ,教科というようなわくで学習させる段階ではない。むしろこどものしぜんな生活指導の姿で,健康とか社会とか自然,ないしは音楽リズムや絵画製作でねらう内容を身につけさせようとするのである。したがって,小学校の教科指導の計画や方法を,そのまま幼稚園に適用しようとしたら,幼児の教育を誤る結果となる。
以下,教育内容の領域区分に従って「幼児の発達上の特質」と,それぞれの内容領域において予想される「望ましい経験」を表示しておく。
(1) 幼児の発達上の特質
○小さい筋肉や関節もしだいに発達してくるが,運動はまだ不器用である。
○骨がしだいにかたさを増してくる。
○目と手の協応動作ができるようになる。
○距離感がうすい。
○自分で疲労と休養の調節をすることがむずかしい。
○病気に対する抵抗力が弱い。
○危険に気づかないで,楽しむことに夢中になる。
○たべ物の好ききらいをする。
1.健康生活のためのよい習慣をつける。
清 潔
○仕事や遊びのあと,よごれた手足や顔をきれいにする。
○せっけんや消毒液の使い方を知る。
○歯をみがいたり,うがいをしたりする。
○はなをかむ。
○汗をふく。
○手ぬぐいやハンカチは,きれいなものを使う。
○ちり紙やハンカチを,いつも持っている。
○はな紙や紙くずは,きめられた所に捨てる。
○使いよごした道具は,きれいにしておく。
○水飲場や手洗場などをきれいに使う。
○戸や窓を開閉して換気する。
○簡単な食事の準備やあとかたづけを手伝う。
○食事の前後,しばらくは静かに休む。
○よい姿勢で食事する。
○おちついてよくかみ,こぼさないで食べる。
○食べ物の好ききらいを言わない。
○楽しく食事する。
○便所で排便する。
○便所や衣服をよごさないように用便する。
○用便後の始末をじょうずにする。
○用便のあと,手を洗う。
○清潔でさっぱりした衣服を着る。
○衣服をきちんと身につける。
○衣服を着すぎたり薄着になりすぎたりしない。
○適切な服装で仕事や遊びをする。
○日光にあたる。
○炎天下では帽子をかぶる。
○炎天下や寒いところで,長遊びをしない。
○運動や食事のあと静かに休む。
○楽な姿勢で休む。
○休むときは静かにする。
○午睡するときは,早く静かになる。
○午睡時間中,便所に行かないでもいいようにする。
○いろいろな形で歩いたり,走ったり,とんだりする。
○すべり台・ぶらんこ・低鉄棒・ジャングルジム・砂遊場・固定円木などで遊ぶ。
○箱車などの乗物で遊ぶ。
○なわとび・たまなげ・雪遊び・鬼遊びなどをする。
○鈴わり・綱引き・たまなげなど,簡単なゲームをする。
○かけっこ・まりなげその他いろいろな競争をする。
○歌や曲に合わせて律動的に動く。
○正しい姿勢で,歩いたり腰掛けたりする。
○ハンカチや歯ブラシなどは,自分のものを使う。
○予防注射や身体検査を受ける。
○身長・体重測定などに関心をもつ。
○ほこりやごみの多い所で遊ばない。
○からだのぐあいが悪くなったときは,すぐ教師に知らせて,手当を受ける。
○いろいろな遊具をいためないように使う。
○いろいろな遊具を分け合って使う。
○使用した用具や遊具は,きめられたとおり始末する。
○遊び場や遊び方のきまりを守って危険を防ぐ。
○ガラスの破片やこわれた道具など危険な物があったら,おとなに知らせる。
○はさみやのこぎりなどの危険を伴う用具は,きまりを守って使う。
○交通のきまりを守って歩く。
○乗物には,順番を守って乗ったりおりたりする。
○火事や地震のときは,教師のさしずに従い,静かに早く安全な場所へ移る。
○きり傷やかすり傷など,けがをしたら,すぐに手当を受ける。
(1) 幼児の発達上の特質
○自分のものと他人のものとの区別が,一応できるようになる。
○所有欲や独占欲が強い。
○好きな遊びや作業に熱中する。
○同じ事がらに対する注意や興味が長続きしない。
○泣いたり笑ったり,情緒の動揺や変化が激しい。
○集団の仲間にはいれるようになる。
○ひとに認められたがる。
○模倣的な行動が多い。
○試行錯誤的行動が多い。
1.自分でできることは自分でする。
○仕事や遊びに使うものは,自分で用意をしたりかたづけたりする。
○仕事をくふうしてする。
○仕事を完成する。
○仕事をやりそこねたら,またやりなおす。
○進んで仕事を手伝う。
○遊びや仕事のきまりを守る。
○幼稚園に来たとき,帰るときにあいさつをする。
○へやのなかや廊下のきまりに従う。
○特別な場所へ行くときは,どこへ行くかを告げ,許しを得る。
○教師や友だちとの約束を守る。
○みちくさをしない。
○きめられたとおり,道路を往復する。
○仕事や遊びの道具を,正しくたいせつに使う。
○共同の道具や遊具は,みんなで公平に使う。
○色紙や絵の具など,材料をむだに使わない。
○物を紛失しないように気をつける。
○物を紛失したときは,すぐにその旨を届ける。
○落し物は,拾ってすぐに届ける。
○だれとでも仲よくする。
○友だちがほめられたら,みんなで喜んであげる。
○困っている友だちを見たら,助けてあげる。
○親切にしてもらったら「ありがとう」をいう。
○友だちの仕事や遊びのじゃまをしない。
○あやまって迷惑をかけたら,すぐにあやまる。
○友だちのあやまちを,互に許し合う。
○グループに割り当てられた仕事は,みんなで協力する。
○仕事や遊びの道具を独占しないで,みんなで順番に使う。
○リーダーになったり,従う人になったりする。
○自分たちは,親や幼稚園の教師をはじめ,多くの働く人々の世話になっていることを知り,感謝の気持をもつ。
○郵便配達・車掌・巡査・農夫など,身近な働く人々に親しみをもつ。
○停車場・郵便局・消防署・工場・商店などを見に行く。
○ままごと・乗物ごっこ・売屋ごっこなどのごっこ遊びをする。
○乗物が人や物を運んでくれることを知る。
○建造物やいろいろな道具・機械類に関心を寄せる。
○近くの小学校で催される運動会などの行事を見に行ったり,参加したりする。
○みんなといっしょに国の祝日などを楽しむ。
(1) 幼児の発達上の特質
○まだ,物を全体としてありのままに見ることはできないで,部分的,自己中心的である。
○継続観察は,まだできにくい。
○動かないものよりは,動くものにいっそう興味をもつ。
○動物や植物などの収集に興味をもつが,それを整理することはむずかしい。
○動物や植物の世話をすることを喜ぶが,長期にわたって続けることは困難である。
○物の大小・形・数量や方向・位置・速度などに関心をもつようになる。
1.身近にあるものを見たり聞いたりする。
○飼育している金魚・小鳥・こん虫・にわとり・うさぎなどを見て話す。
○ちょう・とんぼ・ありの様子を見る。
○動植物の成長や変化を継続的に見ようとする。
○朝日・夕日・月・星などを見る。
○雲・雨・雪・にじ・風などに注意を向ける。
○山・川・海を見る。
○虫や鳥の鳴き声を聞く。
○いろいろな音を聞き分ける。
○物の遠近・方向・高低・位置・速度などを注意したり,比べたりする。
○花壇の草取りを手伝う。
○おたまじゃくし・金魚・小鳥・虫などをいたわる。
○動物の親が,子をいたわって育てるところに気づく。
○動物の食べ物がいろいろ違うことに気づく。
○木や草花を,むやみに折ったり摘んだりしない。
○日の出と日の入り,日なたと日かげを比べる。
○暖い日と寒い日,晴れた日と曇りや雨・風の日などを比べる。
○山・海・川・動植物・天体の美しさを観賞する。
○おたまじゃくしなどの変化を見たり,絵にかいたりする。
○晴れの日や雨の日などのしるしをつける。
○いろいろ集めたものを,友だちと見せ合ったり,話し合ったりする。
○物の大小・軽重・数量・形などを比べる。
○集めたものの展示をする。
○集めたもののしまい方を考える。
○おもちゃなどの構造に関心を持つ。
○木製品,金属製品の区別に気づく。
○磁石、虫めがねなどを使って遊ぶ。
(1) 幼児の発達上の特質
○幼児語やかたことがとりきれない。
○場に応じての話し声の大きさの調整ができにくい。
○俗語や品の悪いことばと,普通のことばとの良否の区別ができにくい。
○知っている人や友だちとはよく話しても,未知の人がいるとだまりこむことが多い。
○自分がしたこと,友だちがしたことなど,自分の見たり聞いたりした直接的な経験や行動について発表することを好む。
○話すことばの省略が多く,そぼくな身振や表情によって,ことばを補う不完全な表現をする。
○1000語ないし3000語程度の日常語の意味が聞いてわかる。
○聞く能力の発達程度はまだ低いから,むずかしいことば,長い話,興味のない話,自分に関係のうすい話は聞こうとしない。
○大ぜいといっしょに話を聞くことはむずかしい。
○ひとの話を終りまで聞こうとしないことが多い。
○絵本を見ようとする興味が出てくる。
○童話や劇などを聞いたり見たりすることを喜ぶようになる。
1.話をする。
○簡単な問に答える。
○自分の名まえや住所,学級の名,教師の名などをいう。
○簡単な日常のあいさつ用語を使う。
○きのうあったことや,登園の途中で見たことなどを,みんなの前で話す。
○友だちの名を正しく呼ぶ。
○友だちといっしょに話し合う。
○相手の顔を見ながら話す。
○ひとの話が終ってから話す。
○ひとから聞いた話を,ほかのひとに話して聞かせる。
○ことば遊びをする。
○疑問や興味をもつものについて,活発に質問する。
○教師の指導(表現意欲を害しない程度)に従い,正しいことばや語調で話す。
○ラジオや教師の童話などを喜んで聞く。
○多くの友だちといっしょに聞こうとする。
○話をする人のほうへ向いて聞く。
○いたずらや私語をしないで,静かに聞く。
○幼児語・方言・なまりや下品なことばと正常なことばとの区別をだんだんに聞き分ける。
○絵本について,教師や友だちと話し合う。
○紙しばいや人形しばいをしたり,見たりする。
○劇や幻燈・映画などを見る。
○劇遊びをして,自分の受け持つせりふをいう。
○多くの友だちといっしょに,劇や映画を静かに見る。
○紙しばい・人形しばい・劇・幻燈・映画などを見たあとで,感じたことを発表する。
○ひとつ・ふたつと,一番目・二番目を使い分ける。
○日常経験する事物について,数・長さ・広さ・高さ・重さ・形などを表わす簡単な日常用語を使って話す。(いくつ・なんにん・なんびき・ながい・みじかい・ひろい・せまい・たかい・ひくい・おもい・かるい・まるい・しかくなど)
○遠近・方向・位置・速度などを表わす簡単な日常用語を使って話す。(とおい・ちかい・むこうへ.こちらへ・うえに・したに・まんなかに・まえに・あとに・はやい・おそいなど)
(1) 幼児の発達上の特質
○簡単な歌や曲を覚える。
○みんなといっしょに歌えるようになる。
○短い節を即興的に作って,歌うようになる。
○みんなといっしょに,音楽を静かに聞けるようになる。
○親しみのある楽器の音を聞き分ける。
○音の高低・強弱・曲の早さや拍子などがわかるようになる。
○日常生活において,耳に触れる音楽的な音やリズムに気づくようになる。
○曲を聞いて,楽しさ,活発さ,静かさ,優美さなどの感じがわかるようになる。
○簡単な楽器を使うことができるようになる。
○身体的なリズムを通して,周囲の音やリズムを模倣的に表現したり,自分の感じたこと,考えたことなどを創造的に表現したりする。
1.歌を歌う。
○学級全体や小さなグループにはいって、みんなといっしょに楽しく歌う。
○自分の座席で,あるいはみんなの前で,ひとりで歌う。
○すわって歌ったり,立って歌ったりする。
○手を打ったり,歩いたりしながら歌う。
○歌いよい姿勢で歌う。
○はっきりしたことばで歌う。
○すなおな声で歌う。
○音程やリズムに気をつけて歌う。
○よい歌をたくさん覚える。
○歌遊びをする。
○いろいろな楽器に合わせて歌う。
○音楽的な短い節を,即興的に作って歌う。
○蓄音機やラジオの歌を喜んで聞く。
○友だちが出る演奏会や音楽会を楽しんで聞く。
○いろいろなよい音楽をたくさん聞く。
○ひとが歌うのを,気をつけて聞く。
○カスタネツト・タンブリン・たいこなど,いろいろなリズム楽器を使う。
○歌や行進にあわせて,創作的にリズム楽器をひく。
○汽車の音や動物のなき声などをまねて,楽器をひく。
○役割を分担したり,交代したりして楽器を使う。
○指揮者の合図に従って楽器をひく。
○いつも使うリズム楽器の名まえや使い方を知る。
○楽器をたいせつに使う。
○動物や乗物などの動きをまねて,身体の動きをする。
○楽器の音に反応して,リズム的な動きをする。
○曲や歌に合わせて,自由にリズム的な動きをする。
○自分の感じたこと,考えたことを,そのまま動きのリズムで表現する。
(1) 幼児の発達上の特質
○客観的な物の大きさの割合などにかかわらないで,かいたり作ったりする。
○絵をかいたり,物を作ったりしているとき,その絵や物のなかに自分がはいり込んでしまう傾向がある。
○手と目との協応動作による細かい仕事は,まだ困難である。
○できあがった結果よりは,かくことや作ること自体に,強い関心や興味を持つ。
○表現の方法や技術にとらわれることなく,自分の思っていることを率直に表現する。
○比較的単純な形や色彩,その調和などがわかるようになる。
○できたものを批判的に見る力は,まだ発達しない。
○飾りつけすることを喜ぶ。
○材料や道具の使い方が,まだふじゅうぶんである。
1.絵をかいたり,物を作ったりする。
○園内外の日常生活,身近に見聞するもの,自分が経験したさまざまなことを絵や物に表現する。
○ごっこ遊びや劇遊びに使うものを,かいたり作ったりする。
○自分で考えたことや感じたことを,絵や物に作って表現する。
○砂遊場で,自由な立体表現をする。
○クレヨン・絵の具・紙・粘土・砂・木片・布きれなど,必要な材料を使って,絵をかいたり物を作ったりする。
○材料をじょうずに使う。
○筆・画板・粘土板・はさみ・かなづちなど,絵をかいたり物を作ったりするために必要な諸道具をじょうずに使う。
○材料や道具を準備したり,あと始末したりする。
○何人かで,一つのものをかいたり作ったりする。
○四角・丸・三角などを,自由にかいたり作ったりする。
○色や線でいろいろな模様を作る。
○色紙や布きれを切ったり,ちぎったりして,自分の好きな形や物を作ってはりつける。
○美しい絵・形・色などを見て,調和した美しさを味わう。
○しろ・くろ・あか・ちゃ・きいろ・だいだい・みどり・あお・むらさきなどの色を知る。
○いろいろな絵や物を見て,その美しさについて話し合う。
○教師といっしょに,保育室や廊下などを花や絵で飾る。
○人の作品をだいじにする。
1.発達上の特質は,幼稚園教育の立場から必要と思われるおもなものだけを取り上げた。
2.発達上の特質と望ましい経験は,3才・4才・5才それぞれの年齢に応じて異るはずである。したがって,この表もこれら年齢差に従って示したほうがよいわけである。しかし幼児は,その生活環境の相違によって,同じ年齢の幼児でも発達の程度が違っていることが多かったりして,年齢差に応じてはっきり示すことが困難な場合が多い。しかも指導としては,数年間継続して習慣化させなければならないようなものが多い。それゆえここでは,一応年齢差を区別しないで,幼児教育として一般的な観点から必要と思われるおもなものを取り上げた。したがって,表に示す特質とか経験は,幼児の生活実態に応じて,適宜にしんしゃくして利用する必要がある。
3.望ましい経験については,下記の諸点を考慮においた。
(2) それぞれの幼稚園では,これを基準とし,必要に応じてしんしゃくし付加することを予想している。
(3) 経験が,いくつかの内容領域にまたがって重複して示されたものもある。