第1章 商業科の目標

 

1.高等学校における商業教育の性格

(1) 商業教育は商業に従事する者として必要な知識・技能を習得させ,望ましい態度・資質を養うことを主たる目標として発達してきた。近代の経済社会の発展に伴い,この教育の必要はますます増大し,専門化されてきた。また同時に,近代社会がある意味において商業社会であるともいわれるところから,単に商業従事者のみがその専門的教育として必要とするにとどまらず,社会生活を送るすべての人がある程度の商業教育を必要とするようになってきた。すなわち,商業教育は一方において商業従事者のための専門的教育と,他方において一般社会人の教養としての教育との両面の要請にこたえるものである。

(2) 商業教育の取り扱う範囲は売買業に限定されるものではないことはもちろんであるが,さらに第3次産業の分野のみにとどまるものでもない。すなわち,第1次産業や第2次産業における経営・管理・事務の面も商業教育の取り扱う範囲に属するし,公務などの分野においてもこの教育の範囲に属する面が多い。また消費生活においてもこの教育を大いに必要としている。言いかえれば商業教育は人間生活におけるすべての経営・管理・事務の面を取り扱う教育である。

(3) 過去において商業教育はもっぱら徒弟教育として行われた時代もあったが,近代経済社会の発達に伴い,学校教育としてこれを行う必要が認められるに至った。現代においては,実質的には小学校から大学に至るすべての教育段階において商業に関する教育が行われているといってよい。中学においては職業・家庭科の中においてある程度の商業教育が行われているのであるが,しかし商業科が教科として存在するのは高等学校からである。すなわち高等学校の商業教育は,学校教育として初めてまとまった教科としての教育が行われる段階にあり,中学校までの商業教育を整理し,まとめた上で,だんだんと高度の学習に発展していくものである。しかし,高等学校の商業教育はあくまで高等学校の生徒の発達段階に応じて行われることが必要であって,この段階に適した商業教育を行うことを主眼とすべきである。さらに進んだ商業教育は,高等学校卒業後,必要に応じてあるいは実社会の中において,あるいは大学において学習されるべきであって,高等学校においてあまりに専門的な教育を行うことは避けるべきである。高等学校で学校生活を終る生徒にとっても,卒業後最も必要とされるものは,変化の多い経済社会に処して,常に研究くふうを行うための基礎的な能力であり,必ずしも特定の専門的教養ではないからである。

(4) 商業教育は高等学校のほとんどすべての教科との間に,教育内容において密接な関連があり,商業科目の中にも,国語・社会・数学・理科・芸術・外国語などの各教科にそれぞれに対応するものがある。したがって,高等学校における商業教育は,これらの諸教科の教育目標や指導法などについてもじゅうぶんに理解をもち,教育課程全体としてまとまった教育が行われるように考慮されることがたいせつである。

(5) 商業教育は,商業活動に関する知識や事務的な技術の習得を目標とすることはもちろんであるが,単にそれだけにとどまるものではない。商業活動が人間社会において行われるからには,商業教育はその人間関係についての理解を深め,広く経済社会の認識を高め,そこに活動する人間像として望ましい資質を養うことを重要な目標としなければならない。そして商業科目の中には,それぞれこれらの目標に対応するものがあり,あるものはもっぱら技術の習得を目標とし,あるものはもっぱら知識の習得を目標とし,またあるものはその両面を目標とするものもある。さらにまたあるものは主として理解の面を目標とするものもあって,商業教育全体としてはさまざまな面を包含するものである。したがって高等学校の商業教育においては,これらの中で一面にのみかたよることなく,なるべく広い教養を与えることが必要である。

 

2.高等学校における商業教育の目標

 前に述べた趣旨に基いて,高等学校における商業教育の一般的な目標を掲げれば次のとおりである。

(1) 商業が経済生活においてどのような機能を果しているかを理解させる。

(2) 商業に関する基礎的な知識・技能を習得させ,経済生活を合理的に営む態度・習慣を養う。

(3) 商業に従事する者に必要な知識・技能を習得させ,商業活動を合理的・能率的に営む能力を養う。

(4) 経営についての正しい心構えを養い,国民の経済生活の向上に貢献するように努める態度を養う。

(5) 経済社会の進展に適応し,さらに進んだ研究をするために必要な基礎的能力を養い,将来の発展に役だてる。