第6章 社会科人文地理

1.目   標

 中学校社会科の地理的内容を主とするものの学習では,日本や世界の各地域の生活の特色について,他地域との比較・関連や人間と自然との関係という点から理解させ,人々の生活は地域によって特色があるが,その底には,共通した人間性が流れていることに気づかせはじめている。また,わが国が当面している諸問題を地理的に考察していこうとする態度や能力においても,ある程度の基礎を養うことを目標としている。

 高等学校の「人文地理」は,中学校におけるこのような学習成果の上に,日本および世界が当面している諸問題に学習領域の重点を置いて,中学校のときよりもさらに複雑な政治・経済・文化などの諸事象について,特に国際関係に留意して,人文地理学を主とする関係諸科学の業績を背景に,より深く,系統立てて理解させる。これによって得た知識や技能などを,現実の社会の諸問題を処理したり,また,自分の生活に活用しようとする態度を養うことを目標としている。

 以上の趣旨を達成するためには,具体的には,次のような目標が考えられる。

 

2.内   容

 次に示した各項目は,高等学校のすべての課程を通じ,単位数の多少にかかわらず,履修させることが適当であると考えた内容の素材である。

 これらの内容の素材については,社会科および人文地理の目標に基き,さらに各項目に付記した説明の観点や取扱方を考慮して,各学校において、適切な指導計画を立案することが望ましい。

 したがって,次の各項目の組織・配列は,単元の例を示すものではなく,また,それぞれの項目を,分解したり,相互に組み合わせて指導してもよい。各項目は,指導の上で,同等の重要さをもち,同量の時間数をこれにあてるものと考えたのでもない。

(1) 人間と環境

 人文地理の学習では,常に人間生活における環境の意義を考察させることがたいせつである。この場合,地域や景観などという考え方を通て環境を解明せるのもひとつの方法である。環境の内容,それを構成する諸要素のはたらきについては,人間活動の諸部門を通じて個々に理解させるのが適当である。

(2) 人間生活に大きくはたらく自然

 環境としての自然条件はいろいろ異なっているが,世界全体として人間生活に大きくはたらいている自然条件について,それらが人間の生活舞台の構成要素としてどのような意義をもっているかを理解させることが必要である。したがって,気候的制約の克服と気候順化,地形への適応とその障害の克服などについても留意する。各地域の生活に特に関係の深い小規模な地形や気候における諸条件については,土地利用や集落立地などの諸部門を通じて個々に理解させることが適当である。海洋については,ただ海の資源の利用開発という立場ばかりでなく,経済的,政治的,社会的にこれに関連した問題が多いから,広く国家勢力の競合する海洋空間として考察させることがたいせつである。

(3) 農牧業

 世界の農牧地域の類型は,住民の生活様式・社会機構などの社会的諸条件と,気候・土壌(じょう)・地形などの自然的諸条件とによって生れる。これらの地域がそれぞれ世界経済の有機的構造の一部を構成しているという観点から,各地域の性格を明らかにする。特にアジア諸地域の農牧社会の近代化の問題について留意する。

(4) 林業・水産業

 林業と水産業には,比較的共通した生産様式が見られる。したがって資源の保全・保護について特に留意する。林業では,林産資源の開発が土壌(じょう)侵食や治水の問題と関連している点にふれ,水産業では,漁場の諸条件や,特にわが国の水産業の地位を重視して取り扱う。

(5) 鉱工業

動力資源や鉱産資源の開発と需給の地域的相違,工業地域の成立・発展と社会機構との関係を明らかにするだけでなく,他の産業との関連において鉱工業の占める地位を理解させ,人口・集落・交通などとの密接な関係についてもふれる。なお鉱工業がわが国経済の自立や,国際経済において占める意義についても考察させる。

(6) 総合開発

 総合開発は,各種生産部門と一体的に考察させることがたいせつである。また,これが国家による開発政策として進められている点に留意し,さらに総合開発によって,生産面ばかりでなく,社会生活の各分野における地域的不均衡が是正されていく点にもふれる。

(7) 人 口

 人口現象の地域的相違とその要因について理解させる。この場合,それぞれの地域の生産様式・社会機構・生活水準とも関連させて取り扱う。日本の人口については,諸外国と比較して,人口構成・人口増加の特色を考察させ,特に国内外への移動の実態と将来についてもふれる。人口現象は,人文地理に関するあらゆる問題を理解する手がかりとしても,また,それらの問題が,総合され要約されたものとしても取り扱いうる点に留意しなければならない。

(8) 集 落

 集落はその形態的分類に終ることなく,集落の機能や集落相互の結合関係に重点を置く。農・山・漁村については,農地・山林・水域などの生産の場との関係,都市については,都市内部の地域的構造や都市圏についてもふれる。

(9) 交 通

 運輸・通信などの交通の発達が,世界および各国の政治的,経済的機構の性格と文化の交流のしかたに大きくはたらいていることを理解させる。また,世界の主要交通路と通信網の地域的意義について考察させ,その要地が交通機関の発達に伴い,どのように変化したかについてふれる。

(10) 貿 易

 世界の貿易を通して各国の相互依存と競合の状況を理解させ,国際政治と経済との密接な関係を考察させる。特に日本の貿易の現状と将来を,原料供給地域・製品市場,他の工業国や将来の工業勃興地域などと関連させて考えさせる。

(11) 国家と国際関係

 国家や民族に関しては,国際社会において占める地位という観点から,科学的,合理的に理解させ,各国相互の関係やおもな国々の立場を考察させる。また国境問題・民族問題かりでなく,信託統治地域や非自治地域などに関する諸問題を通して,国際間の緊張についても考察させる。

(12) 地 図

地図に関する理解は,人文地理の学習で欠くことのできないものである。しかしこれに関する単元を独立して設ける必要はなく,それぞれの内容に関連させて取り扱うことが適当である。地形・集落・交通などに関する内容と関連させて,大縮尺の地図についても理解を深めさせることがたいせつである。なお,簡単に地図の発達についてふれることが望ましい。

(13) 野外調査

生徒の住んでいる地域の問題に常に関心をもたせ,実地に地理的諸事象を観察し,正確な資料を収集して,これを科学的に整理する能力を養うことがたいせつである。この場合,形式的な取扱に流れたり,また過大な計画におちいったりすることのないように,じゅうぶん留意すべきである。

 

3.留 意 事 項

(1) 人文地理の指導は,単なる通論や概説めいたものになってはならない。また,一部の地域の地誌のみを特に詳しく扱うことだけで終ってはならない。それぞれの問題については,中学校社会科の地理的内容を主とするものの学習における特色を生かし,各問題別の系統的学習を進めることによって,地誌的理解も当然深められるように留意することがたいせつである。

(2) 単位時間数の少ないときには,一般に,より重点的に素材の配列をくふうし,要約的な取扱をすることがたいせつである。一例として,人間の居住という単元では,気候・地形・海洋などの自然的条件のほか,人口・集落に関した内容を取り扱い,生産地域という単元では,農牧業・林業・水産業・鉱工業に関する諸問題にふれ,世界の結合という単元に関する問題として,交通・貿易,国家と国際関係の素材にわたる問題を含めることもひとつの方法であろう。また,人間の居住という単元のかわりに,人間の生活舞台における自然と,居住に関する二つの単元を選ぶこともできる。

(3) 履修学年によって,他の教科との関連を考慮するほか,社会科の他の科目との連絡を緊密に考え,社会科の中で一貫した指導計画を立てることが必要である。高学年において,すでに社会や日本史・世界史を履修し終った生徒を対象とする場合は,現代の政治・経済機構,人類文化の発展や人間生活に対する自然の意義などについてかなり理解が進んでいるから,これを活用するといっそう有効な指導計画が立てられるはずである。この場合,必ずしも,人間の生活舞台における自然という単元を最初に導入することが,常に適切であるとはかぎらない。国家や世界の結合に関する問題を初めに取り上げることもあってよい。

(4) 学習環境の特色は,指導計画の中にかなり反映されなければならない。どのような問題についても,それがそれぞれの学習環境といかに関連しているかを考慮して,学習効果を高めていく計画を立てることがたいせつである。生徒の住んでいる地域に多く関連した問題に比較的長く時間をかけることは適切であるが,どのような問題を,いつ,どのような方法で取り上げるかについては,前もってじゅうぶん検討して指導計画に織り込まなければならない。

(5) 野外調査については,遠足や修学旅行,その他の機会を利用するばかりでなく,人文地理の年間学習計画の一部として,このための時間を設けることが望ましい。

 

高等学校 学習指導要領 社会科編

MEJ2389


 
昭和30年12月23日 印  刷

昭和30年12月26日 発  行

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