第4章 社会科日本史

1.目   標

 中学校社会科の歴史的内容を主とするものの学習では,日本史の発展過程を主体とし,それと関連づけながら,世界史の流れのあらましをもはあくさせようとしている。

 高等学校の日本史においては,中学校よりも程度の高い歴史的知識を与え,日本史をより深く,科学的,系統的に理解させる。たとえば,政治上の事がらについては,その事実の底にある社会の構造と関連させながら,より広い視野のうちに,その歴史的意義を追求させる。また,各時代の文化については,中学生に理解させることがむずかしい思想や学問や宗教などについても,その時代の政治や社会との関連において深い考察をさせることができよう。諸外国の歴史との単なるつながりばかりでなく,広く世界史の動きの中に,日本の置かれていた位置を考えていく態度を養わなければならない。さらに,重要な史料にもふれさせることによって,歴史的事実を生き生きとした形で,具体的に理解できるよう,適切な学習活動が行われることが望ましい。

 このような学習活動を通じ,日本の社会や文化がわれわれの祖先の努力によって進歩発展してきたものであることを認識し,日本の民主的な社会と文化の発展および世界平和に対する日本民族の責任を自覚させることが,高等学校における日本史教育の究極の目標である。

 以上の趣旨を達成するためには,具体的には,次のような目標が考えられる。

 

2.内   容

 次に示した各項目は,高等学校のすべての課程を通じ,単位数の多少にかかわらず,履修させることが適当であると考えた内容の素材である。

 これらの内容の素材については,社会科および日本史の目標に基き,さらに各項目に付記した説明の観点(中学校社会科の歴史的内容を主とするものとの違いを例示することに留意した)や取扱方を考慮して,各学校において,適切な指導計画を立案することが望ましい。

 したがって,次の各項目の組織・配列は,単元の例を示すものではなく,また,それぞれの項目を,分解したり,相互に組み合わせて指導してもよい。各項目は,指導の上で,同等の重要さをもち,同量の時間数をこれにあてるものと考えたのでもない。

(1) 原始の社会

 日本の原始の社会とその文化を,世界史的な視野から理解させることをねらいとする。特に,採集経済の社会のきわめてゆるやかな進歩から,新しく農業が始まり,金属器が使用されることによって,社会がどのように変化していったかに重点を置くべきである。また,考古学的資料そのものの学習にとどまらず,それによって当時の人々の生活や原始信仰などについて考えさせることが必要である。

(2) 大和国家の成立

 小国家分立の状態から統一国家の出現に至る過程が,アジア大陸の情勢との関連からだけでなく,国内の社会や経済のどのような変化に基いて起ってきたのかを理解させる。古墳文化や,大陸文化の摂取,日本の神話や伝承などについても,国家の成立の過程に結びつけて扱うべきである。聖徳太子の政治や飛鳥文化については,大陸の影響とともに,国内にも,こうした新しい政治や文化を生みだすような要因のあったことを考えさせることが必要である。

(3) 律令国家の展開

 大化の改新から律令の制定に至る中央集権国家の成立については,それを促した内外の情勢を考えさせることに重点を置いて学習きせるとともに,律令国家における班田農民に対する支配の組織が,どのようにして崩壊していったかを明らかにすることをねらいとする。奈良,平安初期の文化の性格については,そのような社会の動きに対応させて理解させる。

(4) 平安貴族の政治と武士の発生

 藤原氏が政権を独占して, 摂関政治を展開し,それが院政を経過して平氏の政権に推移していく過程については,だ政治上の事実を表面的に取り扱うことにとどまらないで,貴族の政権をささえた経済的基盤である荘園の所有関係や内部構造の変化ならびに,武士の発生と成長に結びつけて理解させるべきである。

 平安時代の文化についても,いわゆる国風文化の成熟を,貴族社会の変ぼうや当時の社会的諸条件などと関連づけて考察すべきである。

(5) 鎌倉政権の成立

 ここでは,武家政治成立の過程とその機構,および公武の二重政権と武家勢力の成長過程を,単に公武の上層部における政治的対立にとらわれることなく,社会構造や,土地支配形態の変化に重点を置いて,封建的諸関係がどのように成長してきたかを理解させなければならない。

 元寇については,世界史的な視野から,その経過を明らかにするとともに,わが国がその侵攻をまぬかれえた理由の一つとして,鎌倉武士団の成長を考えさせるべきである。

 文化に関しても,鎌倉時代の文化が,公武の二重政治を反映して,伝統的な公家文化のほかに,新しい武家的要素が現れてきていることに注意させるべきである。鎌倉時代の新仏教の展開にしても,それがどのような時代の欲求に基いて生れたかを考えさせ,旧仏教との差異を明らかにすることが必要である。

(6) 荘園の崩壊と大名領国制の成立

 南北朝の争乱の結果,荘園がしだいに崩壊し,守護大名の基盤の上に室町幕府が成立するありさまを鎌倉幕府との違いを明らかにさせながら理解させる。さらに,戦国大名とその領国制が形成されていく過程を,農民が村を形成し,一揆を起すような動きと関連づけて明らかにさせる。

 室町時代の文化についても,貴族文化の伝統とともに,それが庶民的性格を帯びてきていることについて,庶民生活の向上との関連において考えさせることが必要である。

(7) 封建制度の完成と鎖国

 幕藩体制の厳重な農民支配や身分制度,儒教その他の思想統制,および鎖国政策などを通して,封建社会の構造について理解させる。このような封建制度の中で,町人や農民がいかにして生活を向上させ,また国内市場を拡大して,商品経済を発展させていったかを考えさせる。元禄文化は,そのような町人台頭の事情と関連させて理解させる。

(8) 封建制度の崩壊

 経済の行きづまり,身分制度のはたん,産業・思想・学問などの分野における近代へのほう芽,反封建的な民衆の動きなどの封建社会の動揺を,幕藩体制の建直しを図ろうとする幕府や諸藩の政策と関連させて理解させる。これに基いて,明治維新への動きが,国内にも成長していたことを理解させるとともに,日本の開国を,アジアの民地化の進められようとしていた世界情勢の動きの中で考えさせなければならない。幕末における尊王攘夷の思想や運動も,こうした内外の情勢の中で生れてきたことに注意すべきである。

 化政文化については,封建会の行きづまりをどのように反映しているかを考えさせることが必要である。

(9) 明治維新と憲法の制定

 明治新政府のとった国強兵策,殖産興業政策のもつ意義を明らかにし、文明開化の風潮および自由民権運動の展開などについて,帝国憲法制定の経過と関連させて理解させ,明治国家の特質を明らかにする。

 教育と文化については,明治初期の開明的な性絡と,それが漸次,国家主義的な性格を強めていったことを,この時代の動きの中から理解させることが必要である。

(10) 近代国家への成長

 日本の資本主義の特質とその発達が,どのような条件のもとに行われたかについて考えさせるとともに,社会の動きや国際問題等も,それとの関連のもとに理解させる。日清戦争や日露戦争などについては,国内の国権主義的思想の高揚や,東アジアをめぐる複雑な国際関係から考えさせるべきである。

 文化については,西洋文化の著しい影響とともに,前代からの文化もなお依然として残っていることについて理解させ,この時代の社会や経済との関連において,その特質をつかませることが必要である。

(11) 二つの大戦と日本

 二つの世界大戦の中で日本の果した役割を理解させることがねらいとなるが,第一次世界大戦においては,対華二十一か条要求,シベリア出兵などの大陸政策や,資本主義の飛躍的発展などを通して,戦前戦後の日本の動きを,第二次世界大戦では,日本が国際的な孤立の中から全体主義国家と結びついていった過程を,国際関係と国内事情との両面から理解させることが必要である。労働者や農民の運動が順調に成長しなかったことや,政党政治が軍部の台頭とその圧迫によってゆがめられたことを理解させ,第二次世界大戦についても,このような民主主義の発達の未熟に関連させて考えさせるべきであろう。

 第一次世界大戦後の社会や文化については,大正期のそれが,戦後の経済の発達や民主主義的風潮を反映していたことを理解させる。それとともに満州事変後には,社会や文化がどのように変化したかを考えさせるべきである。

(12) 第二次世界大戦後の世界と日本

 戦後の諸改革とその歴史的意義を明らかにし,これとの関連において占領政策にも推移のあったことを,世界史的視野から理解させる。戦後の国民生活と文化については,現実を正しく見つめることの中から,明るさと希望をもつように指導することが望ましい。世界の動きについては,アジア諸民族の動きや現代日本の置かれている地位を,特に,日米関係を中心に明らかにするとともに,二つの世界の対立の中にも,平和への努力がさまざまな形で進められていることを理解させ,日本の社会と文化の発展と,世界平和に対して,われわれの果すべき役割について考えさせることが必要である。これらの学習にあたっては,実証的,客観的な方法を堅持することに,特に住意しなければならない。

 

3.留 意 事 項

(1) 目標にも示したとおり,日本社会の発展をいくつかの時代に区分して,その特質や推移を理解させ,時代の概念を明らかにすることは,高等学校日本史の学習においては,特に重要であることはいうまでもない。しかし,日本史を,原始・古代・封建・近代・現代という時代区分法によって固定することは,いろいろ論議もあることなので,この指導内容では,避けておいた。また,この指導内容において,奈良時代とか平安初期とかいう称呼を用いたところがあるが,これは指導内容を示すために便宜上用いたものである。

(2) 単位数の多少によって,取扱方はいろいろ考えられるであろうが,教師の講義だけで学習を展開することは望ましくない。3単位・4単位・5単位,それぞれの場合により,ここに示した指導内容の素材を,適切な学習活動によって取り扱う方法をくふうすべきである。

(3) 日本史の学習においても,新しい時代の内容を重視し,現代社会の歴史的意義を考察させることに適切な時間を配当することが必要である。その場合,他の科目(社会・世界史・人文地理)との連絡をじゅうん考えて,社会科として一貫した指導計画をもつことが必要である。

(4) 文化の取扱において,文学や美術作品などに親しむ態度を養うことはたいせつであるが,日本史の学習においては,それらの文化を生み出した歴史的条件を考えさせることを忘れてはならない。また,国語や芸術などの他教科との関連を考えて取り扱うことが必要である。

(5) 史料の取扱にあたっては,生徒の理解力に適合したものを選び,これによって史実の理解がいっそう具体化されるよう指導すべきである。いたずらに程度の高い史料を取り上げて,学習を混乱させないように注意しなければならない。