第5章 理科 生物

 

1.目  標

 「生物」は,中学校の教育の基礎の上に,人・動物・植物を包括した生物と,それの現わす各種の現象を取り扱い,高等学校の目的・目標に沿って,生徒に科学的教養を与えるための科目である。

 「生物」の学習のねらいは,生物界に生じる諸種の問題を発見し,これを科学的に解決することの経験を生徒に積ませることにある。したがって,「生物」においては,直接人生と関係の深い問題を生物界から取り上げ,生物と人生,生物相互,生物と無生物環境との関係を有機的に探究し,また,その過程において,人・動物・植物が,どのような点において共通であり,どのような点において独自であるかを明確にすることが大きなねらいになる。またさらに,生物現象が他の無生物現象と異なるところのあることを明らかにし,生物現象の研究には独自の方法があることを会得させ,これになれさせることも必要である。このような考えに基き,「生物」では主として次のことを目標とする。

 

 

 上に示したように「生物」の目標は,生物や生物現象に関する基本的な知識を与えることだけでなく,生徒の科学的な能力と態度を育成し,自然や科学に対しての認識を高めることなどにも重点がおかれている。生物には種類が多く,生物現象は複雑多岐にわたっているので,これらの目標を達成するためには,内容の選択やその取扱について,じゅうぶんな教育的配慮がなされなければならない。

 生物や生物現象には,われわれの衣食住や,農林・水産・工業などの各種産業と関連の深いものが多い。このような内容に関する学習が当然必要であるが,この場合は,原理・法則などに到達する過程に重きをおき,分析・総合をはじめ,現代の生物研究において取り上げられている考え方や,実験・観察・測定などの処理の方法と技能を身につけさせ,さらに進んで新しい生物利用の道を創造する意欲を盛にすることが必要である。

 健康の保持増進は,生活上の重要な必要である。「生物」はこの必要を満すための重要な役割を果すものであるが,保健体育科「保健」との関連を考え,「生物」では生命を尊重する態度を学習の根底におき,健康の推進増進の基礎となる人体の構造・機能に関する基本的な理解を得ることに重点をおくべきである。

 生物体の有機性,および生物と環境との相関などの現象は,生物に特有なものであって,生命の本質を理解し科学的な生命観を養う上にも重要である。ことに生物や生物現象に関しては,誤解・迷信・偏見などが少なくない。たとえば,生物の種類の起源と変遷,個体の発生,遺伝などに関しては,誤った考えにわざわいされていることがある。したがって,生物に特有な現象についての理解を深め,その理解を通して自然界の調和を認識し,真理愛好の精神を養い,科学的な自然観を育てることは,「生物」の大きな目標でなければならない。

 生物や生物現象には,われわれに身近かなものが非常に多い。これらに対する科学的な関心を深めることは,自然環境に科学的にはたらきかける能力や態度を育成するためにも重要である。すなわち,この関心を契機として,問題を発見してこれをみずから解決しようとする態度,事実を尊重し,偏見にとらわれない態度,さらに,自然から直接知識を学びとる態度を養うことが必要である。

 以上に述べたように,「生物」においては,生物学そのものを理解させることをめざしてはいない。しかし,学習を通じて生物学の発達の大きな筋道を理解させ,これによって,生物学の発達が,われわれの健康の維持増進,生物資源の利用の拡大等を通して,人類の福祉に大きな貢献をしていることを知らせ,これからさらに,みずからも進んで科学の進歩に寄与しようとする積極的な態度を養うことがたいせつな目標である。

 このように,「生物」の目標は非常に広範にわたっている。3単位の「生物」においても,5単位の「生物」においても,これらの目標が調和された形で達成されなければならない。

 

2.内  容

 「生物」の内容をきめるにあたっては,特に目標に照して重要と思われるものを取り上げ,これを中心として内容を整理すること,「保健」との重複を避け,人体の構造や機能の重要なものを主として取り上げることに留意した。

 内容の構成については,いくつかの大きな項目をあげ,各項目についてこれを具体化する形式をとった。しかし,これは指導の組織や順序を示すものではない。指導にあたっては,後に示す内容の順序・組織の方針に基き,教育的な順序や組織を計画し,また,「指導上の留意点」をもとにして,適切に取り扱わなければならない。

 なお,内容のいくつかの事項については,注釈・説明を加え,これらを参考のために「備考」として内容の末尾に示した。

 

(1) 5単位の内容

生物の特性

生命現象の特質

生物と無生物,動物と植物,生命の起源(1)

生物体の構成

細胞,細胞分裂,原形質,組織と器官のなりたち,生物体を構成する物質

植物の構造と機能

生物の栄養

生物の栄養のとりかたのいろいろ(2),生物界の物質循環

炭酸同化

葉の構造と炭酸同化

水と養分のとりかた

根と茎の構造,浸透(3),蒸散,土と肥料

養分の貯蔵と移動

物質の貯蔵とその移動

種子の発芽と成長

環境条件と成長,呼吸と発酵

動物(人)の構造と機能

動物(人)の食物

栄養素の種類と必要性(4),動物の食性と消化器

消化と吸収

消化器の構造,消化運動,消化酵素の作用(5),吸収

血液とその循環

血液の組成とはたらき(6),循環器の構造と機能,リンパとリンパ系

呼吸と醗酵

呼吸の意義,呼吸器の構造と機能,発酵と解糖作用(7)

エネルギーのいろいろ

運動(8),発熱(9),発光,発電,発音など

老廃物の排出

排出器の構造と機能

反応と調節

剌激と反応

刺激と反応の型(走性・向性など)

運動とそのしくみ(10)

運動の型,運動器の構造と機能

感覚器のつくりとはたらき

感覚の種類,感覚器の構造と機能

神経系による調節

神経系の構造と機能,中枢神経,自律神経

ホルモンによる調節

おもなホルモンとそのはたらき(11)

神経とホルモンの関係

生物の行動

反射(条件反射)(12),本能と知能

生物の集団

環境への適応

環境条件の生物への影響,生活形,生態分布,群落

生物相互の関係

食物連鎖,寄生,共生,生存競争,自然の平衡

生物集団のなりたち

生物の集団生活,集団の種類,集団の移動,遷移

種族の維推

生物の生殖法

生殖法のいろいろ,再生(13),世代交番

生殖細胞のできかた

花の構造,生殖細胞とそのできかた,減数分裂

受精と発生

受精のしくみ,発生の過程(14),発生のしくみ

成長と変態

遺伝と変異

遺伝の法則,性の決定,遺伝のしくみ,変異のいろいろ,突然変異

生物の種類と進化

生物進化の証拠

古生物(15),進化の証拠(16)

進化のしくみ

進化の要因

生物の種類と分類のしかた

動物と植物のいろいろ(17),分類のしかた

生物研究の発展と応用

生物研究と生産(18)

生物資源の保護と増殖

生物研究と保健

病原体,抗生物質など

生物学のあゆみ(19)

 

〔備考〕

(1) 生命の起源については,いろいろな考え方の歴史的変遷にもふれる。

(2) 生物の栄養のとりかたでは,独立栄養と従属栄養との区別を明らかにする。

(3) 浸透では,浸透圧と膨圧を含む。

(4) 栄養素の種類と必要性では,人の栄養を主として扱う。

(5) 消化酵素の作用では,酵素一般の特性にもふれる。

(6) 血液の組成とはたらきでは,血液の凝固,血液形,免疫にもふれる。

(7) 解糖作用は,その概略について扱う。

(8) 運動は,機械的エネルギーとして扱う。

(9) 発熱では,体温調節にもふれる。

(10) 運動とそのしくみは,植物の運動も含む。

(11) おもなホルモンとそのはたらきでは,植物ホルモン,無せきつい動物のホルモンにもふれる。

(12) 反射(条件反射)では,学習にも簡単にふれる。

(13) 再生については,形態調節の意味でも扱う。

(14) 発生の過程は,おもなものについて概略を扱う。

(15) 古生物は,各地質時代の代表的なものについて扱う。

(16) 進化の証拠は,直接・間接の証拠について扱う。

(17) 動物と植物のいろいろでは,代表的なものを選び,各論的に扱う。

(18) 生物研究と生産では,原理の適用を主眼として扱う。

(19) 生物学のあゆみは,生物学発展の主流を回顧するにとどめる。

 

(2) 3単位の内容

生物の特性

生命現象の特質

生物と無生物,動物と植物

生物体の構成

細胞,細胞分裂,原形質,生物体を構成する物質

植物の構造と機能

炭酸同化

葉の構造と炭酸同化

水と養分のとりかた

根と茎の構造とはたらき,蒸散,土と肥料

養分の貯蔵と移動

物質の貯蔵と成長(1)

動物(人)の構造と機能

動物(人)の栄養(2)

栄養素の種類と必要性

消化と吸収

消化器の構造と機能(3)

血液とその循環

血液の組成とはたらき(4),循環器の構造と機能

呼吸と発酵

呼吸と発酵(5),呼吸器の構造と機能

老廃物の排出

排出器の構造と機能

生物と環境

運動とそのしくみ

運動の型(6),運動器の構造と機能(7)

感覚器のつくりとはたらき

感覚の種類,感覚器の構造と機能

神経系のつくりとはたらき

神経の構造と機能(8)

ホルモンによる調節

ホルモンのはたらき(9)

環境への適応

環境条件の生物への影響,群落,生活形,生態分布

生物相互の関係

寄生と共生,食物連鎖(10)

生物集団のなりたち

集団生活,集団の移動,遷移

種族の維持

受精と発生(11)

受精,初期発生の過程

遺伝と変異(12)

遺伝の法則,減数分裂(13),遺伝のしくみ(14),変異

生物の改良と保護

育種,保護と増殖

生物の進化と系統

生物進化の証拠

古生物(15),進化の証拠(16)

進化のしくみ

進化の要因

生物の系統と分類(17)

 

〔備考〕

(1) 物質の貯蔵と成長では,種子の発芽などを中心に扱う。

(2) 動物(人)の栄養では,人の栄養を中心にして扱う。

(3) 消化器の構造と機能については,おもな消化酵素のはたらきを合む。

(4) 血液の組成とはたらきでは,血液の凝固,血液形にもふれる。

(5) 呼吸と発酵では,植物の呼吸にもふれる。

(6) 運動の型では,向性・走性にもふれる。

(7) 運動器の構造と機能では,植物の運動にもふれる。

(8) 神経の構造と機能では,中枢神経にもふれる。

(9) ホルモンのはたらきでは,植物のホルモンにもふれる。

(10) 食物連鎖では,自然界の物質循環,天敵の利用にもふれる。

(11) 受精と発生では,おもなものについて概略を扱う。

(12) 遺伝と変異では,遺伝の基本的法則を主眼として扱う。

(13) 減数分裂は,遺伝の理解の基礎として扱う。

(14) 遺伝のしくみでは,連鎖や交さまでは扱わない。

(15) 古生物では,各地質時代の代表的なものについて扱う。

(16) 進化の証拠では,直接・間接の証拠について扱う。

(17) 生物の系統と分類では,分類は概論的に扱い,系統を明らかにすることを主眼とする。

 

3.留意事項

1.内容の順序・組織について

 上に示した内容は,前にも述べたように,教育的な順序や組織を示すものではない。「生物」において,その指導を効果的に行うためには,内容を教育的な観点から順序づけ組織だてることが必要である。そのためには,特に次に述べるような方針に基いて順序・組織を考えなければならない。

(1) 生徒の身近にあって興味や関心の深いものから始め,これを基にして,しだいに関連した事項に発展させるように順序だてる。

(2) できるだけ実験・観察などの経験を中心にして,生物界に見られる原理・法則を帰納的に導き出し,さらにこれを応用するようにする。

(3) 形態・生理・生態・分類というような学問的な体系にとらわれることなく,たとえば,形態は機能と関連させて有機的に結びつけるなどのようにして,教育的な系統づけをする。

(4) 単純な事象や基礎的な事象から始めて,しだいに複雑な,あるいは応用的な事象へ発展させ,前に学習したことが,次の学習の基礎となるようにする。

(5) 生物は種類が多く,生物現象も複雑多岐にわたっていることを考え,適切な取捨選択を行い,なお,学習が進むにつれてまとまった体系が得られるように組織する。

(6) 生徒の興味や必要,学校の施設・設備との関連を考慮して組織する。

(7) 生物の学習には,季節との関連の深いものが特に多いことに留意し,できるだけ適当な時期に実験・観察ができるようにする。

(8) 地域における生物の特徴に留意し,これを学習に生かすように考慮するとともに,地域性に偏することなく,できるだけかたよらない広い経験を与えるように構成する。

(9) 履修学年や生徒の能力を考慮し,これらに応じた効果的な学習がなされるように構成する。

(10) 理科の他科目や他教科との内容の関連や履修状況を考慮し,それらとの調整・連絡を図る。

(11) 生徒の個人差を考え,それに応じうるようにする。

2.指導上の留意点

 「生物」の指導にあたっては,常にその目標が効果的に達成されるように努めなければならない。このような観点から,指導上特に次のような点について留意することが必要である。

(1) 「生物」の学習においては,生物や生物現象をその対象としている。したがって,これらについての理解を確実にし,問題解決の方法を会得させるためには,実験・観察を通して直接生物にふれる機会をできるだけ多くもつような指導を行うことが必要である。それには,次のような方針を基にしてその選択を行うことがたいせつである。

a.重要な原理や法則,基礎的な知識・理解と密接な関連をもつ実験・観察を選ぶ。

 生物に関する事実や法則を理解し,知識を身についたものとするためには,直接生物や生物現象を通した実験・観察が必要なことはいうまでもない。この実験・観察には,たとえば,人の健康の保特や増進に関するものをはじめ,細胞に関するもの,生物体内の物質交代に関するもの,成長と生殖に関するもの,刺激に対する反応や調節に関するもの,環境に対する適応に関するものなどがあげられる。

b.できるだけ広い分野から取り上げ,特定のものに偏することのないようにする。

 「生物」の内容には,生物の構造・機能・種類・生態等各分野のものがあり,その目的によって考え方や方法にも違いがある。したがって,全体として調和のとれた取り上げ方をするように留意しなければならないが,特に形態的なものと生理的なものとの調和を考える必要がある。

c.各種の基礎的な技能の習得に役だつものを選ぶ。

 これによって,生物学的な技術・操作を身につけさせることが重要であるが,これには,たとえば,顕微鏡・解剖顕微鏡・ルーペなどの使用,プレパラートの作成,解剖器の使用,飼育・栽培,採集と標本作製などがあげられる。

d.できるだけ各種の科学的な考え方や方法を経験させるようにする。

 科学的な方法には,分祈や総合をはじめ,帰納的に結論を得る方法や,結論を予想してこれを実証する方法等があるが,このような方法を会得する上に効果的な実験・観察を選ぶことが望ましい。

e.学校の施設・設備を考慮し,これらが無理なく有効に利用できるものを選ぶ。

f.地域の自然環境を基にし,これらと密接な関連をもって有効に行うことのできるものを選ぶ。

g.生徒の能力に基き,その能力に応じて活動できるようなものを選ぶ。

(2) 生徒の興味の喚起に留意し,自発的な学習が行えるようにする。

(3) 学問的な体系にとらわれることなく,生活との関連を考慮して学習を発展させるようする。

(4) 生徒の能力や履修学年を考慮し,内容の取扱を適正にする。

(5) 他教科や理科の他科目との関連をはかり,学習の効果があがるようにする。特に「生物」では,保健体育科「保健」や家庭科との重複や関連に注意することが必要である。

(6) 学習環境を整備し,生徒の自発的,積極的な学習が行われるようにする。

(7) 地域の生物環境との関連を考え,これを学習に有効に取り入れるようにする。