第4章 理科 化学
1.目 標
「化学」は,中学校の教育の基礎の上に,生活に関係の深い物質および現象,生徒が興味・関心をもつ物質および現象,産業上特に重要な物質等を,それらの化学的事象に関し,実験・観察を重んじて取り扱い,高等学校の目的・目標に沿って,生徒に科学的教養を与えるための科目である。
化学で扱われる物質や現象には,生活に直接に関係したものが多く,また,実験を比較的簡易に行いうる場合が多い。この特徴を活用し,化学変化の本質とその研究方法を理解させ,生活上重要な化学的知識を得させ,自然現象の理解を深めるとともに,環境の中に問題を見いだし,これを解決しようとする態度や,科学的にものごとを観察し,処理し,創造する能力と態度を養い,これらを生活に応用してその向上をはからせることが必要である。このような考えに基き,「化学」では主として次のことを目標とする。
(2) 生活に関係の深い物質および化学現象,産業上重要な物質の理解・処理の基礎となる事実・概念・法則を理解し,それらを活用する能力を高める。
(3) 物質や現象を化学的に探究するのに基礎となる操作に関する知識・技能を習得する。
(4) 化学的知識・技能を生活に適用しようとする態度と習憤を身につけるとともに,科学的な自然観を育て,真理を愛好する精神を養う。
(5) 科学的方法を理解し,生活の中の問題を科学的に処理する能力と態度を養う。
(6) 化学の進歩が人類の福祉に大きな貢献をしていることを知り,進んで科学の進歩に寄与しようとする態度を養う。
上に示したように「化学」の目標は,化学に関する基礎的事実・概念・法則を理解するだけでなく,物質や化学現象に対して科学的にはたらきかける能力と態度を養うことや,自然や科学について正しい認識をもつことなどにも重点がおかれている。学問としての化学の体系をそのまま学習することは,一般に理解にのみ偏し,他の重要な目標を見失うことになりやすい。生徒の発達段階,考え方,興味・関心,現在および将来の生活等を考慮して重要な物質や化学現象を選ぶべきであり,また,これらをできるだけ実験・観察させ,その中から重要な性質や一般的な概念・法則を探究させるなど,生徒の科学的な活動を重視して,目標がかたよりなく達成されるように指導内容を構成すべきである。
「化学」においては,ものを物質という立場から区別して学習するのであるが,この場合,まず,ものに親しむことが学習の出発点である。さらに,ものへの関心は,学習の成果をさらに発展させる重要なきっかけでもあるから,これを高めることは大きな目標としなければならない。化学現象に興味を感じ,物質をその性質に応じて利用することに関心をもち,それらの物質や化学現象について探究しようとする意欲を起させることがたいせつである。
現代の生活や産業は,化学の成果に負うところが多く,化学の理解がなければ,それを適切に処理していくことはできない。しかし「化学」では,それに必要な理解をことごとく与えることを意図しないで,生活や産業に関係の深い物質や化学現象のうちから特に重要なものを取り上げ,また,生徒が興味・関心をもつ物質や現象に関連させて,基本的な事実・概念・法則を理解させ,理解したことを活用する能力を高めることを主眼とすべきである。多くのことをひととおり学習するよりも,基本的なことをじゅうぶんに理解させ,それを基礎にして他の多くのことを理解しうるようにすることが効果が多いと考えられるからである。
また,化学で普通に用いられる実験的操作の方法を知り,そのうちの簡単なものについて習熟することが,「化学」の理解を得るためにも,また物質を処理するためにも必要である。
上に述べたような化学的知識・操作の学習で特に注意すべきことは,でき上った結果の習得のみに終ってしまうことがないようにすることである。化学的知識がどのようにして得られ,化学的操作は,その過程でどのような役割をもつかなどを明らかにして,科学的方法を生徒に理解させることも重要な目標である。さらにこれらの知識・技能・方法などを生活に適用しようとする態度と習慣を養い,ひろく生活の中の問題を科学的に処理し,新しいものごとを創造し,生活の科学的な向上をはかる能力を高めることも,めざさなければならない。
このような学習を通じて,様々な物質や現象の中にも法則性があることや,化学の研究によって,新しい物質や現象が見いだされることなどを理解させて,科学的な自然観と真理を愛好する精神を養い,化学の研究やその成果の意義を知らせて,進んで科学の進歩に寄与しようとする生徒の意欲を高めることがたいせつである。
以上に述べたように,「化学」の目標は非常に広範にわたっている。3単位の「化学」においても5単位の「化学」においても,これらの目標が,調和された形で達成されなければならない。
2.内 容
「化学」の目標達成に必要な指導内容は,学校の実情,地域の特色,生徒の興味・個性.指導の方法等によって,かなり異なるであろう。以下に示す内容は,通常の場合,教育的に適当であり,かつ実施が可能であると考えられるものであるが,教育的な配慮から必要と認められる場合は,追加し,あるいは削除してもさしつかえない。
物質に関しては,目標にかんがみ,生活に関係の深い物質と産業上重要な物質の中から選んだが,いくつかの項目に関係のある物質は,いずれか一つの項目中に示して重複を避けたから,ある物質が,どの項目中にあるかということにとらわれる必要はない。これらの物質のほか,生徒が興味・関心をもつ物質として,地域の自然現象,地域の産業,時事問題,学習の中や日常生活の中の物質をも加えるべきである。内容の後半は,これらの物質を理解し,生活や産業に関する問題の科学的処理の基礎となると考えられる事実・概念・法則等を示したものである。
これらの内容の各事項の順序や組織は,記載のための便宜の形式をとったものにすぎず,指導の順序や組織を示すものではない。指導にあたっては,後に示す内容の順序・組織の方針に基き,教育的な順序・組織を計画し,また「指導上の留意点」によって適切に取り扱わなければならない。
なお,内容のいくつかの事項については,注釈・説明を加え,これらを参考のために「備考」として内容の末尾に示した。
生活および産業に関係の深い物質(1)
水
飲料水,軟水,硬水,海水
空気
成分,さび,不活性ガス
燃料(2)
各種の燃料,一酸化炭素,二酸化炭素
食品
デンプン,糖,脂肪,タンパク質
衣料
天然繊維,人造繊維,染料(3)
土
土,岩石,セメント
日用品の材料
陶磁器,ガラス,ゴム,プラスチック,日用の金属,写真,顔料
医薬
おもな医薬
肥料
化学肥料
酸類
硫酸,塩酸,硝酸
アルカリ類
食塩,水酸化ナトリウム,炭酸ナトリウム,アンモニア
石灰石
石灰石,酸化カルシウム,水酸化カルシウム,炭化カルシウム
石炭
石炭,コークス,コールタール
石油
石油,ガソリン,重油
油脂
油脂,セッケン(4),グリセリン
木材
セルロース,紙
物質の構成要素
単体,化合物
単体,同素体,化合物,混合物
原子
原子,元素記号,原子量,原子番号,原子価,電子,原子核(5)
分子
分子,分子量,グラム分子(モル),分子式,構造式,異性体(6),原子団
イオン
陽イオン,陰イオン,錯イオン(7),電解質,イオン結合(8),共有結合(9)
元素
元素の周期律,同位元素
物質の状態
気体
ボイル=シャルルの法則,アボガドロの法則
液体,固体
沸騰,融解,昇華,結晶の構造(10)
溶液
濃度,溶解度,溶液の沸点と凝固点,溶媒の浸透(11)
酸・塩基・塩の水溶液
酸,塩基,塩,中和,酸・塩基の当量,規定,pH(12),指示薬
コロイド(13)
チンダル現象,凝析,ゲル,吸着
化学変化
おもな化学変化(14)
化合,分解,置換,付加,重合,縮合,加水分解,酸化・還元(15)
化学反応式(16)
反応熱
反応熱,熱化学方程式
反応の速さ
反応の速さ(17),触媒,酵素
可逆反応
可逆反応,化学平衡(18),ルシャトリエの法則
電離
電離,電離度(19)
イオン化傾向
イオン化傾向,電池(20)
電気分解(21)
放射能(22)
放射能,原子核反応
〔備考〕
(1) 生活および産業に関係の深い物質については,化学の観点から扱う。
(2) 燃料には,燃焼・消火・爆発を含む。
(3) 染料には,染色を含む。
(4) セッケンには,洗たく・漂白を含む。
(5) 原子核については,陽子と中性子の存在にふれる程度とする。
(6) 異性体については,炭素原子の四面体構造にはふれるが,光学異性体にはふれない。
(7) 錯イオンについては,意味を理解する程度とする。
(8),(9) イオン結合,共有結合については,代表的な例についてのみ扱う。
(10) 結晶の構造については,典型的なものについてのみ扱う。
(11) 溶媒の浸透については,定性的に扱う。
(12) pHについては,実用を中心とする。
(13) コロイドについては,コロイド溶液を扱う。
(14) おもな化学変化については,適当な実例について具体的に扱う。
(15) 酸化・還元について,当量は扱わない。
(16) 化学反応式については,反応を化学反応式に書き表わすこと,および化学反応式を用いて計算できる程度に扱う。
(17),(18) 反応の速さ,化学平衡については,定性的理解の程度とする。
(19) 電離度については,意味の理解の程度とする。
(20) 電池については,実用の電池を主とする。
(21) 電気分解には,電気分解に関する法則を含む。
(22) 放射能については,現象を理解する程度とする。
(2) 3単位の内容
生活および産業に関係の深い物質(1)
水
飲料水,軟水,硬水,海水
空気
成分,さび
燃料(2)
各種の燃料,一酸化炭索,二酸化炭素
食品
デンプン,糖,脂肪,タンパク質
衣料
天然繊維,人造繊維
日用品の材料
化学肥料
酸類
硫酸,塩酸,硝酸
アルカリ類
食塩,水酸化ナトリウム,炭酸ナトリウム,アンモニア
石灰石
石灰石,酸化カルシウム,水酸化カルシウム,炭化カルシウム
石炭,石油
石炭,石油,コークス,コールタール,ガソリン,重油
油脂
油脂,セッケン(3),グリセリン
木材
セルロース,紙
物質の構成要素
単体,化合物
原子,分子,イオン
原子,分子,元素記号,原子量,分子量,分子式,イオン,電子,原子核
元素
元素の周期律
物質の状態
気体
ボイル=シャルルの法則,アボガドロの法則
液体,固体
沸騰,融解
溶液
溶解度,酸・塩基・塩の水溶液(4)
コロイド溶液
化学変化
おもな化学変化(5)
化合,分解,重合,縮合,加水分解,酸化・還元(6)
化学反応式(7)
反応熱
反応の速さ(8)
可逆反応,化学平衡(9)
電離
イオン化傾向
電気分解(10)
放射能(11)
〔備考〕
(1) 生活および産業に関係の深い物質については,化学の観点から扱う。
(2) 燃料には,燃焼・消火を含む。
(3) セッケンには,洗たくを含む。
(4) 塩の水溶液には,中和を含む。
(5) おもな化学変化については,適当な実例によって具体的に扱う。
(6) 酸化・還元について,当量は扱わない。
(7) 化学反応式については,反応を化学反応式に書き表わすこと,および化学反応式を用いて計算できる程度に扱う。
(8),(9),(10) 反応の速さ,化学平衡,電気分解については,定性的理解の程度とする。
(11) 放射能については,現象の理解の程度とする。
3.留意事項
1.内容の順序・組織について
上に示した内容は,前にも述べたように,教育的な順序や組織を示すものではない。「化学」において,その指導を効果的に行うためには,内容を教育的な観点から順序づけ,組織だてることが必要である。そのためには特に次に述べるような方針に基いて順序・組織を考えなければならない。
(2) 実験・観察に基いて物質や化学現象を理解させ,それらの物質や化学現象に関連して基本的な概念・法則をはあくさせ,その概念・法則を新しい物質や化学現象にくり返し適用させるというように順序だてる。
(3) 生徒があらかじめ学習内容についての概観をもち,主要な問題点を知って学習しうるように,全体をいくつかのまとまりに組織する。
(4) 実験とその他の学習が内容的に分離しないように組織する。
実験を,特定のそれだけの時間にまとめて課すことなく,つねに全体の学習が関連して発展するようにする。操作についても,内容の学習を通じて簡単な基礎的操作から複雑な応用的操作へ進むようにし,その操作に習熟し,さらに新しい操作の方法をくふうしたり使いこなしたりして,化学現象を探究することができるように,全体が順序づけられ,組織されなければならない。
(5) 履修学年,他教科・科目との関係を考え,他教科・科目の学習成果を有効に利用し,また無意味な重複を避けるように順序だてる。
(6) 生徒の個人差に応じうるように構成する。
(7) 各事項が相互に関係づけられ,しだいに発展していくように構成する。
(8) 学習が進むにつれて,習得した知識がしだいに体系づけられていき,化学の学問体系についても一応の理解が得られるように構成する。
2.指導上の留意点
「化学」の指導にあたっては,常にその目標が達成されるように努めなければならない。このような観点から,指導上,特に次のような点について留意することが必要である。
実験観察を行わないで,単に知織にのみ偏することは,厳に避けなければならない。これらの実験・観察は,次のような方針で適切に選ぶことが望ましい。
a.物質および化学現象に対する興味を伸ばし,また,それらを化学的に処理する能力を養うもの。
b.基礎的な化学的枝術・操作の習熟に役だつもの。
たとえば,ガラス器具の洗浄,うわざら天秤の使用,液量計の使用,液体の混合,固体の溶解,希釈,液体・固体の加熱,液体の蒸発・ろ過,任意の濃度の溶液の調製,試薬の取扱等については,じゅうぶんに習熟し,また,簡単なガラス細工,蒸留,気体物質の製造と捕集,中和滴定,炎色反応などについても経験を与えるように考慮すべきである。
c.基本的な化学的知識を正確にするのに役だつもの。
d.疑問や問題を解決し,あるいは解決する手がかりが得られ,また,新しい問題を発見する機会となって,学習の発展に役だつもの。
e.実験を企画する能力を高めるもの。
f.推論の検証に役だつもの。
g.危険を伴わず,また,安全確実に行動する習慣を養うのに役だつもの。
実験・観察は,その目的に沿い,上のような方針で選び,それらをかたよりなく指導しなければならない。しかし,実験・観察の目的が,学習の頭初から達成されることは期待できないから,適切な順序を計画して,学習の進行とともにこれらが達成されるように指導すべきである。
「化学」の実験・観察は,比較的簡易な装置で行いうるものが多いから,生徒自身にこれを行わせることを本体とする。ただし,次のような場合には,教師,または,教師の指導のもとに,交替で代表の生徒にこれを行わせることが適当である。
a.実験が危険を伴うおそれのある場合。
b.大規模な実験や,その他,設備の関係上,生徒各自に行わせることができない場合。
c.実験の過程を観察しながら説明や討議を行う必要のある場合。
d.貴重な材料,高価な薬品を使用する場合。
(2) 生徒の興味・関心を発展させていくように指導する。
(3) 変化に富む学習活動をとり入れる。
(4) 必要に応じて地域の産業や日常生活等との関連をはかって指導する。
(5) 生徒の学習の各方面にわたって,絶えず評価を行い,その結果を反映させて指導法を改善する。
(6) 事故の防止に留意する。
薬品の取扱や器具の操作を誤ったり,不注意あるいは無意識な動作,好奇心による行動などが,大きな危険を発生させたり,器具を破損したりすることを理解させ,化学実験だけでなく,日常生活においても,科学的な考え深い行動をとる習慣をつけるように指導することが必要である。