第3章 理科 物理
1.目 標
「物理」は,中学校の教育の基礎の上に,さらに進んだ方法で物理現象を取り扱って,高等学校の目的・目標に沿い,生徒に科学的教養を与えるための科目である。
物理の特徴は,自然の事物・現象をできるだけ量的に的確にとらえ,それらの量の間の関係を広い一般的な法則によって理解しようとする点,およびそのための有効な方法をもっている点にある。これらの物理学の知識や方法は,生徒の現在ならびに将来の生活や考え方を向上するのに役だつばかりでなく,また,将来たずさわる職業生活にも密接に関連しているものが多い。一方,高等学校の生徒は一般に,経験や知識を抽象化し体系化して,事物・現象を論理的にはあくしたいという意欲を強める段階にある。このようなことから,「物理」では主として次のことを目標とする。
(2) 環境にある現象の中から物理的な問題を見いだし,みずからこれを解決しようとする態度を養う。
(3) 機械・器具の使用についての基礎的技能を身につける。
(4) 科学的な考え方,知識のまとめ方,処理のしかたを会得し,生活の中の問題を科学的に解決する能力と態度を養う。
(5) 科学的な自然観を育て,知的な誠実さと真理への愛好心を高める。
(6) 物理学の進歩が人類の福祉に大きな貢献をしていることを知り,進んで科学の進歩に寄与しようとする態度を養う。
上に示したように,「物理」の目標は,物理の基本的概念・法則を理解するだけでなく,物理現象に対して科学的にはたらきかける能力と態度を養うことや,自然や科学について正しい認識をもつことなどにも重点がおかれている。したがって「物理」は,物理学の体系をそのまま学習させるのではなく,生徒みずからの体系として理解されるように組み立てられなければならない。そのためには,生徒の発達段階や考え方,現在および将来の生活などを考慮して,基礎的な物理現象や法則を選ぶべきであり,また,基本的な現象についてはできるだけ多く直接に経験させて,その中に生徒が自分から問題を見いだし,これに関係する物理量をとらえ,一般的な法則を探究する能力や態度を養うようにはかるべきである。
現象を的確にはあくすることは,物理の学習に第一に必要であるから,選んだ事物・現象は,実物や実験によって体験させなければならない。こうして,現象を理解し,その経験・知識を抽象して概念を明確にさせたり,測定をしてその量の間の関係を発見させたりして,科学的な考え方,知識のまとめ方,処理の仕方を会得させ,科学的な能力を高めることが必要である。
理解した概念や法則は,それをできるだけ多くの場面に適用させて,有効に活用しうるようにしなければならない。その際,工業への応用,産業への関連などについても理解させ,また,職業に関する理解の基礎を与えるように指導することが望ましい。
このように学習することによって,一見,種々雑多に見える現象の中にも一貫した法則があること,たとえば,種々な現象にエネルギーという量が重要な役割をもっており,また,あらゆる物質が原子の集りとして説明されることなどを理解させて,科学の上に立つ自然観を育てることがたいせつであり,さらに,自然界の理法の美しさを感じさせて,真理愛好の念を養うことも重要である。また,適当な機会を利用して,科学者の研究やその業績の意味を理解させて,科学への親しみを感じさせることは,進んで科学の進歩に寄与しようとする生徒の意欲を高めるのに有効である。
なお,物理の法則は数式を用いて表わされる場合が多いが,それは,生徒が使いこなせる数式でなされなければならない。また,物理的な意味の理解,および物理現象から物理量をぬき出してくる方法や,処理の過程の会得が重要であることに注意すべきである。これらがじゅうぶん身についていれば,数学の能力が高まるにつれて,それを物理に応用する能力もおのずから備わってくるものである。
以上に述べたように,「物理」の目標は非常に広範にわたっている。3単位の「物理」においても5単位の「物理」においても,これらの目標が,調和された形で達成されなければならない。
2.内 容
物理学は,あらゆる自然現象に共通な法則を取り扱うので,生活や産業への関連が非常に広く,かつ深い。ことに,近時の物理学の進歩は,この傾向をますます強めてきており,高等学校の「物理」に対しても,広い内容の理解と高い能力・態度の養成が期待されている。しかし,限られた指導時間内に多くのことを盛り込むのは,教育効果をあげるものでないので,目標に沿ってきびしい選択を行わなければならない。すなわち,以下に示す内容は,このような立場から,将来,どの方向へ進む生徒にとっても基礎的で,かつ重要と思われるものの中から,生徒の発達や実験の可能性などを考慮して選んだものである。
これらの内容の各事項の順序や組織は,記載のための便宜の形式をとったものにすぎず,指導の順序や組織を示すものではない。指導にあたっては,後に示す内容の順序・組織の方針に基き,教育的な順序・組織を計画し,また「指導上の留意点」によって適切に取り扱わなければならない。
なお,内容のいくつかの事項については,注釈・説明を加え,これらを参考のために「備考」として内容の末尾に示した。
力
力
力,力の表わし方,三力のつりあい,力の合成・分解
力のモーメント
力のモーメント,物体のつりあいとモーメント
剛体にはたらく力
平行力の合成,偶力,重心
弾性とそ性(1)
弾性,フックの法則,そ性
流体の圧力
圧力,気体の圧力,大気圧,液体の圧力,浮力,比重,動圧(2)
表面張力(3)
表面張力,毛管現象
運動
直線運動
等速度運動,等加速度直線運動,落下運動
放物運動
運動の合成・分解,放物運動(4)
運動の法則
質量,力,運動の法則
万有引力
万有引力,重力
円運動
円運動,向心力
単振動
単振動(5),単振り子,弾性振動(6)
運動量
運動量(7),運動量の保存
摩擦
静止摩擦,動摩擦
熱
温度と熱量
温度,熱量,熱容量,比熱
熱膨張
固体の線膨張と体膨張,液体の膨張,気体の膨張(8)
状態の変化
融解,凝固,潛熱,蒸気圧,沸騰,湿度,気体の液化(9)
熱の移動(10)
伝導,対流,放射
エネルギー
仕事
仕事,仕事の原理,仕事率
力学的エネルギー
運動エネルギー,位置エネルギー,力学的エネルギーの保存
熱エネルギー
熱エネルギー(11),熱エネルギーと力学的工ネルギーの変換,熱の仕事当量
各種のエネルギー
各種のエネルギー,エネルギーの保存
気体の分子運動
気体の分子運動(12)
波
波動
波動,υ=nλ,縦波,横波,干渉,回折,波によるエネルギーの移動(13)
音
速さ,干渉,回折,共鳴,うなり,発音体(弦,管),定常波,音の強さ・高さ・音色
光の波(14)
光の波,速さ,波長,干渉,回折,偏光
光
反射
反射の法則,平面鏡の像
屈折
屈折の法則,全反射,レンズの像,焦点,虫めがね,光学器械(15)
光の分散
光の分散,スペクトル,色(16)
光の強さ
光の強さ,照度,光度
電気・磁気
静電気
静電気,静電誘導,クーロンの法則,電界,電位,コンデンサー
電流
電流,電流の化学作用,オームの法則,ジュールの法則
磁界
磁界,電流による磁界,地磁気
磁界中の電流のうける力
磁界中の電流のうける力,電流計・電圧計の原理,直流モーターの原理
電磁誘導(17)
電磁誘導,力学的エネルギーと電気的エネルギーの変換,電力,自己誘導,相互誘導
交流
交流,直流との比較,変圧器,実効値,電力輸送
電気振動
電気振動,電磁波
電子(18)
電子
電子,真空管,X線
原子
原子の構造,原子核,陽子,中性子
原子核の崩壊
α線・β線・γ線,原子核の崩壊,原子エネルギー
〔備考〕
(1) 弾性とそ性については,簡単に扱う。
(2) 動圧は,定常流について扱う。
(3) 表面張力については,簡単に扱う。
(4) 放物運動の数学的扱いは簡単にとどめる。
(5) 単振動については,原点にf=−kχの力がはたらくときの運動が単振動であることを実験的に扱う。周期の式は理論的に証明しないでよい。
(6) 弾性振動は,たとえば,つるまきばねに錘をつけたものなどについて簡単に扱う。
(7) 運動量について,衝突現象は簡単に扱う。
(8) 気体の膨張は.適当なところで,ボイル=シャルルの法則にまとめる。
(9) 気体の液化については,簡単に扱う。
(10) 熱の移動については,簡単に扱う。
(11) 熱エネルギーについては,熱がエネルギーの一つのすがたであることを理解させる。
(12) 気体の分子運動については,簡単に扱う。
(13) 波によるエネルギーの移動は,定性的に扱う。
(14) 光の波については,実験をもとにして扱う。
(15) 光学器械は,代表的なもの一つを扱う程度とする。
(16) 色では,物の色にもふれる。
(17) 電磁誘導は,定性的に扱う。
(18) 原子については,簡単に扱う。
力
力
力,力の表わし方,三力のつりあい,力の合成・分解
力のモーメント
力のモーメント
平行力の合成
平行力の合成,重心
弾性とそ性(1)
弾性,フックの法則
流体の圧力
圧力,気体の圧力,大気圧,液体の圧力,浮力,比重
運動
直線運動
等速度運動,等加速度直線運動,自由落体
加速度と力
質量,加速度と力,運動量(2)
円運動
円運動(3)
振動(4)
単振動,単振り子
熱
温度と熱量
温度,熱量,熱容量
熱膨張
線膨張,液体の膨張,気体の膨張
状態の変化
融解,凝固,潜熱,蒸気圧,沸騰,湿度
エネルギー(5)
仕事
仕事,仕事の原理,仕事率
各種のエネルギー
各種のエネルギー,エネルギーの保存
波
波動
波動,υ=nλ,干渉(6),回折(7)
音
速さ,干渉,回折,共嗚,音の強さ・高さ・音色
光
反射
反射の法則,平面鏡の像
屈折
屈折の法則,凸レンズの像,焦点,虫めがね
電気・磁気
静電気
静電気,静電誘導
電流
電流,電流の化学作用,オームの法則,ジュールの法則
磁界(8)
磁界,電流による磁界
磁界中の電流の受ける力
磁界中の電流の受ける力(9),電流計・電圧計の原理
電磁誘導(10)
電磁誘導,力学的エネルギーと電気的エネルギーの変換,電力,相互誘導
交流
交流,直流との比較,変圧器
原子(11)
電子
電子,真空管,X線
原子
原子の構造,原子核,陽子,中性子
原子核の崩壊
原子核の崩壊,原子エネルギー
〔備考〕
(1) 弾性とそ性で,そ性については弾性との相違を扱うにとどめる。
(2) 運動量については,簡単に扱う。
(3) 円運動については,定性的に扱う。
(4) 振動については,簡単に扱う。
(5) エネルギーについては,物理的な意味の取扱を主とする。
(6),(7) 干渉・回折については,定性的に扱う。
(8) 磁界については,定性的に扱う。
(9) 磁界中の電流の受ける力については,定性的に扱う。
(10) 電磁誘導については,簡単に扱う。
(11) 原子については,簡単に扱う。
3.留意事項
1.内容の順序・組織について
上に示した内容は,前にも述べたように,教育的な順序や組織を示すものではない。「物理」において,その指導を効果的に行うためには,内容を教育的な観点から順序づけ,組織だてることが必要である。そのためには,特に次に述べるような方針に基いて順序・組織を考えなければならない。
(2) 生徒があらかじめ学習内容についての概観をもち,主要な問題点を知って学習しうるように,全体をいくつかのまとまりに組織する。
(3) 他教科・科目の学習成果が有効に利用され,生徒の論理的思考の能力,数学的な能力などからみて飛躍が起らないように順序だてる。
(4) 実験・観察とその他の学習が,内容的に分離しないように組織する。
(5) 学校の施設・設備が,じゅうぶんに活用されるように構成する。
(6) 生徒の個人差に応じうるように構成する。
(7) 各学習事項が相互に関連づけられ,しだいに発展していくように構成する。
(8) 学習を通じて,体系的な整った理解が得られるように構成する。
2.指導上の留意点
「物理」の指導にあたっては,常にその目標が効果的に達成されるように努めなければならない。このような観点から,指導上,特に次のような点について留意することが必要である。
a.重要な原理や法則と結びついた基本的な実験であること。
たとえば,外力と変形の関係,浮力に関する法則,振り子の等時性,熱膨張,光の反射・屈折,レンズによる結像,電流の諸作用,電磁誘導などの実験
b.全体としては「物理」の広い分野にわたるように各種の実験を含むこと。
c.これらの中には,基礎的な量,たとえば長さ,質量,時間,温度,熱量,電流,電圧などを測定する学習活動を含ませること。
d.量と量との関係を明らかにして,事実から法則を導き出すこと,法則を検証したり,法則を応用したりすることなどが学習され,また,記録のとり方,測定値の扱い方,グラフの描き方やその利用などの習熟に役だつものであること。
e.機械・器具の取扱の基礎的技能の習熟に役だつこと。
たとえば,簡単な工具類・ものさし・はかり・とけい・ルーペ・電流計・電圧計などの使用に習熟し,またノギス・マイクロメーター・水銀気圧計・温度計・光度計・サーキットテスター・抵抗器などの使用の経験を与えるように考慮すべきである。さらに,これらの経験を通して,一般の機械を,よい状態で使用するための基礎的な理解と技能が得られるように指導することがのぞましい。
f.特殊な器具や,高度の技術を必要としないこと。
g.学校の施設・設備が活用されるものであること。
一般に,特定の実験のために完成された機械・器具を使うよりも,必要な部品,素材等を組み合せて行う方が教育効果が大きいことを考え,学校の施設・設備を,この立場から活用することが望ましい。
なお,生徒実験のほかに,教師実験を豊富に行い,概念や法則の理解を確実にし,実験方法や装置を具体的に観察させることが必要である。これらの教師実験についても,たとえば教師の指導のもとに,交替で代表の生徒にこれを行わせるなどの方法をとり,生徒の経験を深めるようにくふうすることが望ましい。
(2) 生徒の発達段階に応じ,生徒の興味・関心を発展させていくように指導する。
生徒の興味・関心がどこにあり,どのようにして学習と結びつけられ,発展していくかに,絶えず生意を払うことが必要である。学習に関係のある最近の自然科学上の問題などを,適切に利用することが有効な場合がある。また,教師が他の科目の内容を必要に応じて引用することも,学習の視野を広め,興味を発展させるのに役だつものである。
(3) 生徒の自主的,積極的な学習態度を助長するように指導する。
「物理」はむずかしい科目であるという不必要な圧迫感を抱かせて,生徒の学習態度を萎縮させることのないように配慮しなければならない。
(4) 数学的な取扱を適切に行い,「物理」における数学の役割が理解されるように指導する。
数学が物理現象の説明や推論の有力な手段として用いられることを納得させる。それには,生徒が使いこなせる程度の数式をじゅうぶんに活用して,それの示す物理的な意味を常によく考えさせ,また,そこで扱う数値が測定値で,それに応じた近似計算が必要であることなどが理解されるように指導する。グラフの利用も現象の大要のはあくに適している場合があるから,指導上考慮すべきである。生徒の能力を越えた高度の数学を用いることは,式やその変形の理解に追われ,物理的意味の理解をかえって困難にすることが多いから適当でない。ことに3単位の「物理」において用いる数式は,比例・反比例の範囲にとどめることが,かえって数式の役割を理解させるのに適当である。
(5) 生徒の学習の各方面にわたって,絶えず評価を行い,その結果を反映させて指導法を改善する。
(6) 事故の防止に留意する。
扱い方を理解せずに機械・器具を操作することや,不注意あるいは無意識な動作,好奇心による行動などが,大きな危険を発生させたり,機械・器具を破損したりすることを理解させ,物理実験だけでなく,日常生活においても,科学的な考え深い行動をとる習慣をつけるように指導することが必要である。