第1章 理科の目標

 

 高等学校の理科は,自然科学的な教養を与えることによって,科学的な考え方,処理の能力を伸ばし,生活を科学的にし,これを向上していく基礎をつくる教科であって,主として次のことを目標とする。

 

 

 中学校の理科は,自然の事象に関することがらを,生徒の発達に応じて科学的に取り扱い,これにより,生活にとって基本的な科学的事実・概念・法則などを理解させ,生活を科学的に向上する能力や態度を養うことをおもなねらいとしている。

 高等学校の理科は,中学校のこのような教育の成果を生徒の発達や知的欲求に即して発展拡充させ,上にあげたような目標の達成をはかるものである。

 理科の目標は,生徒に自然科学の体系を理解させるという立場からだけでなく,生徒の必要と社会の必要とに応ずる立場からも考えられなければならない。すなわち,高等学校の生徒は一般に,ものごとを論理的,系統的に考え,真理を追求しようとする心理的欲求をもつ段階にあり,その個性や興味の中心がしだいに明確に方向づけられていく過程にある。また,生徒は,社会人となる時期を間近に控え,社会と個人との関係を切実に考え,社会の一員としての自覚を深めてくる。一方,自然科学や技術の著しい進歩は,文化・経済・社会のあらゆる部面に恩恵と影響を考えているだけでなく,ものごとの考え方や処理のしかたなどに,大きな影響を及ぼしている。このようなことから,自然科学的教養は,自然科学や産業を進めるために必要であるばかりでなく,すべての人の一般教養としても必要とされているのである。そのために,理科においては自然科学の学問的体系の理解に狭く閉じこもることなく,国家・社会の有為な形成者として,みずからを科学的に向上させ,常に科学的な判断と行動ができ,生活を科学的にしていくことのできる人をつくることを目ざさなければならない。上にあげた目標は,このような立場から作成されたものである。

 目標(1)は,理科の学習で理解すべき内容と生活や産業との関係,および関係のしかたを明らかにし,また学習の成果が,活用されなければならないことを述べたものである。生活や産業に関係の深い自然科学的な問題は,非常に多種多様であって,それらの多くを直接に理科の指導内容とすることは,生徒の能力や指導時間数からみて無理があり,また,理科としての系統を見失う結果になりやすい。したがって,高等学校理科においては,生活や産業上の問題そのものを取り扱うよりも,これらを科学的に処理する基礎をつくるように指導内容の選択が行われなければならない。

 これらの指導内容の学習において特に注意すべきことは,個々の内容が断片的な知識としてでなく,系統的で,また,実際の場面に役だつ知識として獲得されなければならないことと,それらの知識が得られた科学的方法や考え方が理解されなければならないこととである。目標(2)は,特にこの後者を取り上げて述べたものである。

 自然科学的な考え方や方法は,自然科学や技術を進歩させてきた基礎であるばかりでなく,広く他の学問の分野や生活の中においても大きな役割をもちつつあり,これらを身につけさせることは理科の大きな目標でなければならない。自然科学的な考え方や方法は,理科の諸科目に共通なところがあると同時に,第3章以下の各科目の目標に述べられているように,それぞれの特徴をも持っている。高等学校においては,これらの考え方や方法をできるだけかたよりなく会得させることが望ましい。そして,この考え方や方法を広く各般の場合に適用する能力と態度を養うことも,同時に考えなければならない。

 科学的な知識,考え方や方法などが,適切に活用されなければならないことは,(1),(2)においても表現されている。目標(3)は,これをさらに発展させて,新しいものごとを創造しようとする態度を養うべきことを強調している。小学校・中学校・高等学校を通してながめると,積極的,創造的態度が特に高等学校の段階で萎縮しやすい。これはこのころの生徒が批判的,内省的になるという心理的な特質にも関係があるが,知識の獲得に終始するようになりがちであることをも示している。与えられたものを理解し処理するだけでなく,科学的な積極性をもってものごとに対することが必要である。自然の事象に興味を深めることは,学校における学習の出発点として必要なばかりでなく,みずからを絶えず伸ばしていく源となるものである。この興味を,科学的な探究にまで発展させ,また,人の考えや新しいものごとに対しても関心をもち,これをよく理解し,さらにみずから新しい考え方やものごとを創造していこうとする態度が養われなければならない。

 これまで,必要な知識,能力,態度などを特に生活や産業との関連において考えてきたが,ここにいう生活や産業を,直接の有用性のみに狭く限って考えるべきではない。生命・物質・エネルギー・宇宙などに対する正しい考え方や真理愛好の精神を育てなければならない。また,自然科学的な知識や方法が,生活のあらゆる場面に大きな影響を及ぼしていることをよく認識し,自然科学の研究が,基礎的,抽象的に見える場合でさえもわれわれに関係があるものであることを知り,自然科学の研究に対して理解と関心をもつことが,将来,自然科学の研究に直接にたずさわると否とにかかわらず必要なことである。このような社会の人々の理解と関心とにささえられて,自然科学も健全に進歩するのである。これらについて述べたのが目標(4)である。

 以上に述べたように,理科の目標はきわめて広範にわたり,また機能的である。自然科学の個々の成果を知ることに終らずに,これらの目標全体が調和された形で達成されなければならない。