第1章 外国語の目標

 

1 高等学校教育課程における外国語科の位置

 高等学校生徒の外国語の教養に対する必要はまちまちである。高等学校卒業後家事に従事しようとする者のうちには,外国語の教養を求める者もあるし,また求めない者もある。高等学校卒業後就職しようとする者にとっては,その職業によって,外国語を必要とする者もあれば,必要としない者もある。さらに,高等学校卒業後大学に進学しようとする者のうちにも,外国語を必要とする者もあるし,あまり必要としない者もある。このようなことからも,高等学校教育課程において,外国語はすべての生徒が履修すべき教科とはなっていないのである。

 高等学校において身につける教養のうちには,すべての生徒が共通に身につける教養と,それぞれの生徒の個性や進路に応じて身につける教養との二つがある。高等学校生徒が将来国家および社会の有為な形成者となるためには,これら二つの教養をつりあいのとれた形において身につけていくことが求められるのである。したがって,これら二つの教養の間には軽重はないし,高等学校教育課程において,すべての生徒が履修すべき教科とそうでない教科との間にも軽重はないのである。

 中学校において外国語科は選択教科になっている。それで中学校において外国語を選択しないで,高等学校入学後に外国語を必要とするようになる者もいるわけである。このような生徒に対しても,中学校から継続して外国語を履修しようとする者と同じように,外国語を履修する機会が与えられるべきである。中学校から継続して履修する外国語に比べて,高等学校においてはじめて履修する外国語は程度の低いものになるが,履修する外国語の程度はどのようなものであっても,高等学校教育の目ざしている人間形成に,外国語が寄与するという点においては,まったく同等の意義があるのある。

 外国語科においては,外国語を聞いたり話したり,また,読んだり書いたりする技能を養うことになる。このような技能をとおして,外国の存在を身をもって感じ,外国における生活や外国人の思想や感情に直接触れていくところに独自の意義がある。ことばの学習指導をしていくという点においては国語科とつながりをもち,国際理解を育てていくという点においては社会科や芸術科とつながりをもっているけれども,外国語科においては常に外国語をとおしていくところに特色があるわけである。

 外国語を聞いたり話したり,また,読んだり書いたりすることをとおして,ことばというものに対する感覚が鋭くなっていくとともに関心も深まっていくものであり,一方,外国の事情についての理解が深まっていくとともに視野もしだいに広まっていくものある。

 

2 外国語科の目標

 中学校において外国語科は選択教科になっているが,これを選択する場合は,中学校が外国語を履修する最初の時期となるのであるから,外国語の聞き方,話し方,読み方および書き方の基本的な知識や技能を養うことを目標とすることになる。

 これに対して,高等学校の外国語科においては,中学校から継続して履修する場合と,高等学校においてはじめて履修する場合との二つの場合がある。中学校から継続して履修する場合には,中学校において養ってきた外国語の聞き方,話し方,読み方および書き方の知識や技能をいっそう伸ばしていくことを目標とすることになる。また,高等学校においてはじめて履修する場合は,このような目標を可能な程度において達成することを目標とすることになる。

 また,外国語科において指導する外国語とは,もちろん,中学校の場合と同じように,言語体系としての外国語よりも,言語活動としての外国語に重点をおくものである。

 このように,外国語の学習指導においては,まず外国語の知識や技能を伸ばすことを当面の目標とはするけれども,中学校の場合と同じように,人間形成を目ざす学校教育の一環として行われるものあるから,それらの知識や技能をとおして,理解や態度にまで深めていくことを目標とするものである。単に知識や技能だけの指導にとどまることも,また,知識や技能の指導をおろそかにして理解や態度を深めることを目ざすことも,ともに誤りである。

 以上述べたことをまとめると,外国語科の目標は次のようになる。

 外国語科は,外国語の聞き方,話し方,読み方および書き方の知識および技能をばし,それをとおして,その外国語を常用語としている人々の生活や文化について,理解を深め,望ましい態度を養うことを目標とする。  この外国語科の目標は,後に示す科目の目標とともに,教師にとっては指導計画を立てるにあたっても,また,指導内容を選択するにあたっても,常によりどころとなるものであり,一方,生徒にとっては学習を動機づけるものであるから,教師みずからよく身につけるとともに,生徒にもじゅうぶん理解させておく必要がある。