第5章 芸術科工芸

 

Ⅰ 芸術科工芸の目標

 

 「工芸」は,中学校の学習経験の上に立って,デザイン・製作・工芸概論などの学習をとおして,次の諸項目の達成に努める。

(1) 工芸的な創造力や鑑賞力を高め,個性の伸長を図る。

(2) 造形的な感覚を洗練する。

(3) 工芸的な表現や鑑賞を通して,生活を明るく豊かにする能力を高め、またその能力を積極的に活用する実践的態度を養う。

(4) 工芸的な技術や材料に対する理解と関心を深める。

(5) 工芸や建築などの鑑賞力を養う。

(6) わが国および諸外国の工芸・建築文化の伝統ならびに動向を理解し,工芸・建築文化の発展に寄与する態度を養う。

(7) 工芸・建築文化によって,国際間の理解を深める態度を養う。

 

Ⅱ 工芸の内容

 

 「工芸」は,その内容をデザイン・製作・工芸概論の三つとする。

 この三つの内容は,生徒の造形的活動の面から考え,表現活動を主とするものと,工芸に関する広い視野を作るための工芸概論に分け,前者はさらに生徒の創造性に基くデザインと,デザインされたものを実際に作り出す製作とに分けた。

 デザイン・製作・工芸慨論の三者はいずれも相互に深い関係を持つものである。特にデザインと製作とは一環連続した深い関係にあるが,両者はそれぞれ特殊の面を持つので,指導上便宜のために二つに分けた。

 第1年次においては,デザイン・製作・工芸概論の三つとする。引き続いて履修する場合の第2年次以降においては,生徒各自の必要・興味・進路などを考慮して,その内容を分化し程度を高める。

 各年次の内容の扱いについては,以下掲げる「工芸」の内容の指導目標および指導上の注意と,生徒の必要・興味・進路などを考慮して適切に扱うことが必要である。

 

1「工芸」の内容のおのおのの指導目標および指導上の注意

 

デザインの指導目標 (1) 工芸のデザインでは,生活の要求に基いて用と美の観点から材料と技術の融合を計画する造形的創造活動を体得する。

(2) デザインの創造活動によって,造形的構想力を育成する。

(3) デザインに必要な感覚を洗練し,機能・材料・技術などの理解を深める。

(4) 工芸的構想を的確に表示する能力を高める。

デザイン指導上の注意 (1)「基礎学習」のおのおのの要点は,単独または他の要点と関係を持たせて扱うようにする。

(2)「デザイン実習」は必要な各種の条件のもとにおいて,創意くふうができるようにする。

(3)「機能研究」「材料研究」は,おのおのの機能や材料を広く知ることもたいせつであるが,一つのものを実験的に研究して,デザイン上機能や材料に対する基本的態度を養うことに重点をおいて指導する。

(4)「基礎学習」は「デザイン実習」と分離して学習してもよく,「デザイン実習」で取り上げる題材に関係を持たせて研究せてもよい。

(5)「デザイン実習」は製作に移すものと,題材によってはデザイン実習のみで終る場合があってもよい。

(6)デザインから製作につながる実習では,次のことに留意する。

○材料は入手しやすく,加工のあまり困難でないもの。

○生徒の能力に応ずる工具・機械で処理できるもの。

 

製作の指導目標 (1)用と美の観点から材料と技術の融合によって,工芸品を製作する能力を高める。

(2)計画を立て,これを組織的に進めていく実践的態度を養う。

(3)材料や技術についての経験を豊富にし,さらにこれをくふう改善する態度を養う。

(4)製作することによって,観察・批判・鑑賞の力を高める。

製作の指導上の注意 (1)製作の指導にあたっては,生徒の興味・必要および時代の進展に応ずるとともに,教師の熱意と創意により,学習意欲を高め,製作の喜びをもって積極的な活動をするようにする。

(2)「製作実習」は,デザインの内容の表で示した「デザイン実習」と密接な関連を持たせ,一貫した活動ができるようにする。

(3)材料選定にあたっては,地域社会にある材料の活用に留意する。

(4)工作法は特定の方法にとらわれることなく,なるべく創意を働かせるような指導望ましい。

(5)実習にあたっては,特に危険防止にゅうぶんな注意を払うようにする。

(6)材料・用具の準備,その取扱,あと始末などをよくするように留意する。

(7)製作の内容の表で示した「理解」は,実習と関連したものを中心とし,実習によって得た知識をまとめる程度でよい。

(8)見学・調査・共同製作等も活用して,学習効果をあげるようにする。

 

工芸概論の指導目標 (1)工芸に関する一般的慨念を得させる。

(2)工芸の発達とその時代および民族との関係を理解する。

(3)工芸に対する正しい判断力により,工芸品の選択・使用の能力を養い,生活を豊かにする。

(4)工芸作品を愛好し尊重する態度を養う。

工芸概論の指導上の注意 (1)工芸慨論の指導にあたっては,その内容,生徒の必要や興味,その他の条件を考え,講義のみに陥いることなく、生徒の自主的活動を重視して指導する。

(2)参考資料はなるべく身近にある具体的なものを活用して,工芸に関する理解と関心を深める。

(3)ここに示した各年次における指導の内容は,それぞれ異なる観点から工芸に関する理解を深めるようになっているから,第1年次で終る場合でも,さらに2・3年次へ学習を発展させる場合でも,常に工芸に関する年次に応じた一般的概念が確立できるように指導する。

(4)第1年次においては,現代工芸の実際に即して工芸一般に関する理解を深めることを主眼として指導する。

(5)第2年次においては,過去の工芸と現代の工芸とを対照的に取り扱い,主として歴史的考察を進めて日本工芸の特質を考えさせる。

(6)第3年次においては,主として工芸品に現れた民族性・社会性等について研究を進める。

(7)郷土の文化財としての工芸品や郷の産業としての工芸生産について,特に理解と関心を持たせるように留意して指導する。

 

2「工芸」の第1年次の内容

 

 第1年次におけるデザイン・製作・工芸概論の内容の扱いについては,そのいずれをも学習させる。

 これらのデザイン・製作・工芸概論のそれぞれについては,孤立せず相互に関連を持つように扱う。

 以下示すデザイン・製作・工芸概論の内容は,生徒の必要・興味などに応じ適切な指導計画を立てる場合のために,その領域を示した。

 

 第1年次のデザインの内容
項   目
要          点
基礎学習

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デザイン実習

美的構成

造形における形体・色彩・材質等の美的感覚を

訓棟する。

 (1) 形・色・材質等による抽象的な構成

 (2) 自然や人工形の観察による形成の練習

機能研究

デザインにおける機能について関心を持ち,機

能と形体の関係について研究する。

 (1)自然物の機能についての観察

 (2)人工物の機能の研究

 (3)使用目的からの機能の研究

 (4)機能と構造との関係の研究

 (5)その他

材料研究

材料について,その特質を理解し,はあくする

とともに,その材料における造形的可能性を見

いだす態度を養う。

 (1)材料の特性の研究

 (2)材料と構造の研究

 (3)材料と技術についての研究

 (4)その他

表示練習

構想をわかりやすく正確に表示する技術を身に

つける。

 (1)スケッチ・説明図

 (2)図法・製図

 (3)その他

 

デザイン実習では,生徒の興味や必要に応じ,

主として工芸的な生活造形品をデザインする。

デザイン実習では次の点に留意する。 

 (1)デザインしようとする造形品の備うべき条

   件の研究

 (2)条件を満たすための機能研究

 (3)材料の選定,構造の考察

(4)それが使われる場所,人,経費などについ

  ても調査研究する。

(5)種々の要素を用と美の観点から調和・融合

し,構想をまとめる。

 (6)図や模型による構想の表現

鑑賞・批判
生徒作品その他

第1年次の製作の内容
項  目
要         点
製作実習

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理  解

 

 

 

 

 

 

使用鑑賞

いろいろな材料を用いた日用工芸品等の中から生

徒の能力や興味に応じ,創造力をじゅうぶん伸ば

しうるものを製作する。

○デザインに従い,材料・用具の整備,工程等

 について立案する。

○使用する材料の種類は,デザインで研究し決

 定されるが,製作においては,材料の特質等

 につきじゅうぶん吟味して選定する。

  • 必要な用具を整備する。またその適切な用法
 を身につける。
  • 工作法としては次のような基本的な方法を学
 習し,さらに適切な方法をくふうする。   △材料を所定の大きさや形に工作する技術

  △組合せや結合の技術

  △仕上げの技術

  △その他

 

製作に必要な材料・用具・工作法およびそれらの

関係について実習を通して理解する。

 (1)材料の種類・特性・規格・見積り等

(2)用具・機械の種類・用法・操作・手入れ・

  保存等

 (3)工作法

 

製作した作品を使用してその機能や美しさ,製作

法や工程等について検討し,鑑賞する。また同種

類の日用品についても同様なことを行う。

第1年次の工芸概論の内容
項  目
要           点
工芸の特質

 

 

 

 

 

 

工芸におけるデザ

イン・材料・技術

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現代の工芸

工芸の意味についての研究

 美術と工芸との関係など

用と美

 工芸の要素としての用と美との関係

  住生活・衣生活・食生活に関する用と美

工芸の特質

 

デザイン

 デザインの意味

 機能・材料・技術と形体・構造

 表面意匠と形体(装飾・模様・形体)

材 料

 材料の意味

材料の種類

ガラス・金属・陶磁・木竹材・繊維・紙・ゴム・

皮革・プラスチック

 その他

技 術

 技術の意味

 材料に応ずる技術

 1品製作と量産(工業にもふれる)

 

日常家庭や社会で使用されている実例について鑑

賞を兼ねて批判研究する。

3「工芸」の第2年次の内容

 

 第2年次の「工芸」の内容は,第1年次の「工芸」の内容を履修した生徒を対象にするものである。

 したがって,第2年次の「工芸」の内容は,第1年次の基礎的な内容の履修によって,生徒の能力・興味などの方向も明らかとなるので,第1年次と同様にデザイン・製作・工芸概論の三つの内容を扱ってもよく,またそのいずれかに重点をおいて扱ってもよい。

 

 第2年次のデザインの内容
項  目
要             点
基礎学習

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デザイン実習

 

美的構成

造形における形体・色彩・材質等の美的感覚を洗練す

る。

  第1年次よりも程度を高めて行う(42ページ参照)。

表示練習

構想をわかりやすく正確に表示する技術を身につけ

る。

 (1)図法・製図

 (2)スケッチ・説明図

 (3)その他

 

第1年次の内容(43ページ参照)に準ずるもののほか,

工業製品・建造物・商業デザイン等

鑑賞・批判
生徒作品その他

(注)

デザインの基礎学習における機能研究・材料研究は,第1年次のデザインで養われたデザイン上の理解・態度を基礎として,第2年次以降の「デザインの内容」では,デザイン学習で取上げるべき題材についてそれらを扱うようにして,機能研究・材料研究は第2年次以降の「デザインの内容」では,それらを「基礎学習」から除いた。

 

第2年次の製作の内容
項  目
要           点
製作実習

 

 

 

 

 

 

理  解

第1年次(44ページ参照)に準じ,日用工芸品の製作

舞台装置・小規模建造物等の製作

 ○材料・加工法,用具の取扱方については第1年次より

 も程度の高いものを含む(44ページ参照)。

 ○材料・用具については,在来のもののみならず,

 新しい角度から検討する態度を養成する。

 

内容は第1年次(44ページ参照)に準じ,第2年次の実

習に関連のある材料・工具,工作法等について実習を通し

て理解する。

 (1)材料の種類・特性・規格・見積り等

 (2)用具・機械の種類・用法・操作・手入れ・保存等

 (3)工作法

使用鑑賞 第1年次(45ページ参照)に準じ,日用工芸品について

行う。そのほかまた住宅その他の建造物について,研究・

調査・鑑賞等を行う。

第2年次の工芸概論の内容
項  目
要              点
工芸の変遷

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現代工芸の動向

工芸の発生

 石器・土器・骨器等の機能的形体や装飾についての研究

 材料の拡大進歩と技術の進歩

 自然の少ない材料から新材料の発見

過去の少ない材料から現代の合成化学による材料に及ぶ

豊富な材料の拡大

 技術の進歩

工芸の進歩と生活の変化

工芸思潮

 日本

  宗教と工芸

  茶道と工芸

  民芸

  美術工芸

  産業工芸

諸外国

 産業革命以後

 

工芸に現れた現代思潮

 美術と工芸の新しいフォルム

将来の工芸のあり方について

 生活感情と工芸の機能

 

4「工芸」の第3年次の内容

 

 第3年次の「工芸」の内容は,第1・2年次に引き続いて履修する生徒を対象にするものである。

 第3年次の履修の生徒は,多くは最高学年であるため,卒業後の進む方向がはっきりしてくるので,それらの生徒の希望や進路に応ずるように,「工芸」の内容を考える必要もある。

 

 第3年次のデザインの内容
項  目
要            点
基礎学習

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デザイン実習

 

 

鑑賞・批判

美的構成

造形における形体・色彩・材質等の美的構成感覚を洗練

する。

 第2年次よりも程度を高めて行う(46ページ参照)。

表示練習

 構想をわかりやすく正確に表示する技術を身につける。

 (1)スケッチ・説明図

 (2)図法・製図

  第2年次よりも程度を高めて行う。

 

題材は,第2年次に準ずるけれども,範囲を狭くし,深く

研究することがあってもよい。(46ページ参照)

 

生徒作品その他

第3年次の製作の内容

 第1・2年次の延長として範囲を広げる方法と,生徒の興味や能力に応じて選択し,狭い領域を深く掘りさげる方法と,両者の中間とがあるが,適切な指導をする。
項  目
要            点
製作実習

 

 

 

理  解

 

 

 

使用鑑賞

第1・2年次に準ずる日用工芸品の製作(量産工芸方式を

加味してもよい。)

小規模建造物(舞台装置などを含む。)

 

第1・2年次の発展的取扱

(44・47ページ参照)

第3年次の製作実習と関連したものについて,行う。

 

第2年次に準じ,さらに広い領域について行う。

 第3年次の工芸概論の内容
項  目
要            点
工芸の様式

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現代工芸(特に日

本の現代工芸)

 

 

 

 

 

 

工芸政策

様式の意味

 工芸の様式について

様式決定の要因

 (1)自然的条件

  地理的条件・気候・風土等による影響

  材料の特殊性

 (2)民族性

  民族の特性,その生活様式の相違による工芸の異なる

様式の発生

 (3)時代性

  異なる時代に異なる様式の存在

  社会構造の相違による異なる様式の工芸の発生

 

現代工芸の民族性

 日本の現代工芸と民族性

 外国の影響と日本の民族性

 日本の現代生活と工芸

現代工芸の時代性と社会性

 現代社会と工芸

現代工芸と世界性

 

日本民族の技術的特質と創造性

日本の産業と工芸生産

1品製作と生産工芸(量産)

 

Ⅲ 留意事頂

 

1 指導計画の立案について

 

 「工芸」の内容は,デザイン・製作・工芸概論の三つの領域で示したのであるが,それらは相互に密接な関係におかれているので,指導計画の立案およびその指導にあたっては,そのことを考慮に入れて扱うことがたいせつである。

 生徒が「工芸」を履修するにあたっては,第1年次の内容を履修して終るものもあり,また2個学年に第1・2年次の内容を履修するものもあり,さらに3個学年に第1・2・3年次の内容を履修するものもある。このようにして「工芸」の内容に多少の相違が生ずるが,第1年次の内容の取扱においては,基礎的な工芸の教養が得られるようにくふうし,第2・3年次の内容の扱いにおいては,第1年次の内容を基礎として,これを分化し,程度を高める方針によって,さらに工芸的教養が高められるようにすべきである。

 次に示す要項は,「工芸」の指導上,要点になろう。

(1)工芸の教育が主として実践を通しての指導であるため,生徒の興味などを無視して,心身を働かせばよいという安易な指導の計画に陥りがちであるが,これは避けるべきである。

(2)材料・用具・施設・備品などにわたり,工芸教育の実施には,経済的な負担が比較的多くかかるので,困難点が多いが,工芸教育の目標達成のためその解決策を見いだして,積極的に進める必要がある。

(3)学校の行事に関連し,その他学校の物的環境の整備のために協力する面と,「工芸」の教育のための年間計画の連絡調整には,じゅうぶん考慮を払うことがたいせつである。

(4)科目の性格上,ともすると学習や指導が作品主義に陥りがちである。結果よりはむしろ学習過程が重視されるべきである。

(5)「工芸」の指導にあたっては,学校教育の使命の上から,時代の動きとは別に必要な基礎的な内容があると同時に,絶えず時代の進運に目をそそぎ,工芸界の動きにもじゅうぶん留意して,指導の内容に反映するようにすることが必要である。

 

2 他教料・科目との関連

 

 「工芸」の指導計画の立案やその指導にあたって,芸術科美術・社会科・数学科・理科・家庭科,職業に関する各科などとの関連に注意する。