第1章 社会科とその目標
1. 中学校社会科の位置
中学校の社会科は,中等普通教育の目的を実現するために,小学校における社会科教育の諸目標をいっそうじゅうぶんに達成し,国家および社会の形成者として必要な資質を養うことを目標としている。
小学校の社会科では,学校教育法に示された次の三つの目標の達成に主として努めてきた。
(1) 学校内外の社会生活の経験に基き,人間相互の関係について,正しい理解と協同,自主及び自律の精神を養うこと。
(2) 郷土及び国家の現状と伝統について,正しい理解に導き,進んで国際協調の精神を養うこと。
(3) 日常生活に必要な衣・食・住・産業等について,基礎的な理解と技能を養うこと。
上の三つの目標は,本質的に相関連しているものであり,明確に切り離して考えることはできない。小学校の社会科では,児童の発達段階を考え,これら二つの目標に含まれている領域が,本来密接に結びついている性格に従って,児童にとって具体的な事象を重視して学習を進めていく傾向が強かった。
中学校では,生徒の発達段階を考え,地理・歴史・政治・経済・社会などの分野に関する知識・技能・態度などについて,全体としての人間活動の姿との関連やその表現された種々の面に関連させながらも,小学校のときよりも,ある程度系統だって身につけさせていく必要がある。
道徳教育については,中学校全体の教育計画の中で,その目標が達成されるように考慮されているけれども,道徳的知見の啓発という点については,社会科が特に量要な任務を担当している。なお学校教育法に掲げられている中学校における職業についての教育目標については,職業・家庭科において,その達成について特に目ざしているが,社会科においても,近代社会の形成に伴う職業の社会的意義や労働関係の問題などについて,基本的理解を深めなければならない。
2. 社会科の目標
小学校社会科の目標をなおもじゅうぶんに達成して,その学習成果のいっそうの充実と発展を図りたいという見地から,学校教育法における前掲の目標と関連づけて,中学校社会科の目標を掲げ,あわせて小学校学習指導要領社会科編に示された小学校社会科の目標との関連を明らかにした。
1. 国家・地方公共団体,その他さまざまの社会集団における人間の相互関係についての理解を深め,これらの集団の機構や機能について,小学校よりも,より広い見地から,系統だてて理解させる。そして歴史的背景や世界的視野の裏付けのもとに,現代日本において,政治・経済・社会・国際関係などにおいて,どのような問題があるかについて目を開かせ,日常生活を通して民主主義を現代のわが国の政治的,経済的,社会的活動に具体的に生かしていく能力や態度を養う。
2. 日本の各時代の概念を明確につかませ,歴史の発展過程を総合的に理解させ,国家の伝統と文化について,正しい理解をもたせる。また,日本の歴史ばかりでなく,世界史的な内容も通して,日本史に関するものを主体としながらも,それとの関連において世界史の流れをとらえ,結果においては,その時代系列のあらましがつかめるようにする。そして現代のわが国における政治的,経済的,社会的な諸問題が,どのような歴史的背景をもっているかを理解し,国家の伝統と課題について,歴史的考察力を養う。さらにまた,歴史は,人間の自然環境に対するはたらきかけや,社会をよくしていこうとする人々のたゆまない努力によって発展するものであること,歴史的発展には地域や民族によって特殊性があること,また各時代・各社会の人々の活動には共通な人間性が見られることなどについても理解させ,それによって,社会生活の発達に対する自己の責任感や,人間相互の関係における協調の精神を養う。
小学校の社会科では,制度・施設・慣習などのありさまと,その発達について理解させ,これに適応し,これを改善していく態度や能力を養うことを一つの目標としている。小学校で児童は,理解に容易な事象や,人物の学習を通して,わが国の政治のしかたや人々の生活が,昔と今とは異なっていることや,各時代のありさまのあらましについて理解し,それぞれの時代が特色をもって今日に及んでいることに気づいてきた。中学校の社会科においても,いろいろな事象についての歴史的考察を深め,それによって積極的に生活に生かしていこうとする態度を養っていくことはたいせつである。
また,高度の歴史的知識や,世界史の多様な時代概念などのようなものには,中学生に理解させるのにふさわしくないものがあるから,歴史的内容を精選したり,学術的用語の使用に注意をはらうことは,非常にたいせつなことである。
3. 政治的,経済的,社会的,国際的観点を小学校よりも強化して,日本や世界の各地域の生活の特色を,他地域との比較・関連において明確につかませ,その地域の生産その他の諸事象が相互に関連性をもつことや,各地域が日本や世界の中で占めている地位について理解させる。なお世界の中でも,特にアジア=太平洋地域における諸問題についての関心を深めること,これからのわが国では国民が自然環境に対して積極的に働きかけること,国際的協調に対して努力することなどがたいせつであることについても,理解を深める。そして,地域相互間の関係,人間と自然との関係を考察し,人々の生活は土地によって特色があるが,その底には共通な人間性が流れていることを理解して,わが国が当面している問題について地理的に考察する態度や能力を養い,国家や郷土に対する愛情を育てる。
4. 小学校よりもさらに広く深い領域を学習させることにより,民主主義の諸原則についての理解をいっそう深め,それがわれわれの幸福にどのような関係をもっているかについて理解させ,これを実際の生活に生かしていく態度を養う。また,それぞれの具体的事象についての学習を通して,国を愛する心情や他国や他国民を敬愛する態度を養う。
小学校の社会科では,自分および他人の人格や個性を重んずること,また人と人との相互関係,集団と個人,集団と集団との関係について理解させ,自主的,自律的な生活態度を基い,また集団生活への適応とその改善に役だつ態度や能力を養うことを目標としている。小学校で児童は,その身近な問題を中心とした実際的な生活指導を中心とする具体的事象の学習を通して道徳的心情を育て,よい習慣を養い,特に民主社会における生活のあり方の理解や,道徳的判断力を育ててきた。中学校の社会科においても,このような指導はもちろん重要である。
また,中学校は,生徒が青年前期の特性を表わしてくる時期であるという点も考えて,道徳的な問題などについて深く考えさせるような配慮をすることが望ましい。しかし,この際,抽象的,観念的な理論に陥るようなことを避けて,身近な生活上の問題などを通して,個人の価値や,人生の問題について考えさせていくことがたいせつである。