第2章 小学校社会科の目標

 

 小学校社会科の目標

 前章で述べた小学校社会科の意義を実現するためには,次のような目標によって指導を行うことがたいせつである。

 

 学習指導の実際にあたっては,これらの根本的な目標をさらに具体化し,活用しやすいものにしていかなくてはならないことはいうまでもない。次章に示す各学年の目標なども,これらの目標がそれぞれの学年の児童の発達段階によって,どのように発展していくべきかを考えて作成したものである。しかし教師はいかに具体化した目標をもっていても絶えずこれらの根本的な目標を念頭におき,学習の方向を誤らぬようにすることがたいせつである。

 

 社会科の目標と童の望ましい生活態度

 上記の根本的な目標では,特に理解,態度,能力などに区別せず,社会科の指導に関するすべてのねらいを総括的に表現している。これは,もともと指導のねらいとしての理解,態度,能力などを機械的に切り離して考えることはできないものであり,この三者を明確に区別して表現することが,かえって学習の方向を誤る危険があるからである。しかし,これだけでは,次章の各学年の目標と合わせて理解に関する目標をとらえることは比較的容易であるとしても,態度および能力に関して社会科でねらっているものを具体的にとらえることは困難であろう。そこで教師の指導の周密を期するためには,社会科でねらっている態度や能力を特に取り出して,もっと具体的に考えてみる必要があろう。

 もちろん社会科で養いたいと考える望ましい態度や能力,特に態度は単に社会科の学習だけで達成できるというよりは,他のすべての教科の学習の際においても,またそのほかの学校生活におけるあらゆる機会,あらゆる場面においても,絶えずその指導に留意しなければならないものが多い。けれども社会科は,社会生活に対する正しい理解を得させることによって,児童の正しい判断力の基礎を養い,望まい態度や心情の裏づけをしていくという使命をになっている点で,道徳教育について特別な地位を占めている。

 社会科で養おうとする態度は,いうまでもなく民主的な社会生活における人々の道徳的なありかたにほかならない。したがって,それを究明することは,同時に社会科における道徳教育の観点を明確にすることにもなるであろう。

 

 社会科では次のような観点にたって,望ましい生活態度を育成しようとする。

 

 第一に,人間尊重の精神と豊かな心情をつねに日常生活の上に具体的に表現していこうとする生活態度を育てることである。そのために次のような諸点が主たるねらいになるであろう。

 

 第二の観点は,自主的で統一のある生活態度を形成することである。そのためには次のような諸点が主たるねらいになるであろう。

 

 第三に,上の観点を根底として,清新で明るい社会主活を営むために必要な生活態度を養うことである。そのためには次の諸点が主たるねらいになるであろう。

 

 いうまでもないことであるが,ここにあげた諸点は,主要な観点も細部の諸点も,互に関連し合い,重なり合っていて,その性格上個々別々に切り離して児童の身につけていくということのできないものである。児童の具体的な生活経験を中心とした学習を通じて,総合的に身につけさせるのでなければ,決して正しく実現することのできないことがらである。その意味において,以上の観点につき,その主眼とするところに若干の説明を加えてみるのも有意義なことであろう。

 まず第一に強調すべきことは,集団生活において各人が人間尊重の精神をもち合うことが,何よりもたいせつであるということである。ひとりひとりの生命の何物にもかえがたい尊さを認め,人間としての当然の欲求を充足して幸福を追求しようとすることは,個人にとっても,社会にとっても,あらゆる進歩向上のかぎだといわなくてはならない。人間性を無視したわくをつくって,児童に表裏のある生活態度をつくりだすことは,決して道徳教育の本旨ではない。

 もちろん,積極的な自己主張も,それが集団生活を傷つけ破懐するという場合には,みずから進んでこれを制御し,全体の福祉を考えなければならない。その意味においては,自己を完全に統御しうるということ,すなわち自主的で統一のある生活態度を確立するということが何よりも重大である。

 このような自主的態度を確立しているということは,民主的な社会を形成する人間の備えるべき根本的な条件である。自主的な人間にしてはじめて,形式的なわくにとらわれず,あらゆる要素を弾力的に活用し,使いこなすということができる。たとえば,規則を守るということについても,規則のための規則というようなとらわれた立場にたつことなく,真に規則のもつ精神を生かして,本来の目的を達することができるのである。

 しかし,さきにも触れたように,上述のような態度は,児童がみずからの主活の中に具体的な問題を発見し,その解決を自主的に考えていこうとする態度を基礎として,はじめて有効に養うことができるのである。したがって,そのような問題解決を正しく行うことのできる力は,それ自体がすでに道徳的に大きな価値をもつものであって,教育上これを重視しなければならない。

 そこで,第四の観点である創造的に問題解決を行う場合に必要な力を養うことがたいせつになってくる。そのためには,次のような諸点が主たるねらいとなるであろう。

 

 社会科の目標と児童の能力

 次に,以上のような生活態度とともに,社会科ではどのような能力を養おうとしているかについて具体的に述べてみたい。

 さきにもいったように,能力を理解や態度から切り離して考えることは本来不可能なことであるが,教師の指導上の便宜のために,一応これを取り出して考えてみることにする。

 第一に,問題を客観的,合理的に解決する能力を養わなくてはならない。そのためには,上述した問題解決に必要な力を養う観点を根底として,次の諸点がおもなねらいになるであろう。

 これに関して,たとえば次のような具体的な能力が養われなくてはならないであろう。

 教科書その他の参考書を利用する能力−−必要な参考書を捜したり,目次,索引などによって参考書の中の必要な箇所を捜す能力などを含む−−,統計をとったり,統計を読んだりする能力,地図や歴史年表をつくったり,利用したりする能力,見学や面接によって必要な知識を獲得しその要点をメモにとる能力など。

 

 第二に,集団生活を民主的に営むための基礎的能力を養わなくてはならない。これに属するものとして次のようなものが考えられる。

 第三に,生活を豊かにかつ能率的にするために,社会の諸施設や資源を愛護利用し,文化財をたいせつにする能力を養わなくてはならない。

 たとえば,交通,通信,保健,文化,産業その他に関する現代の進歩した施設を活用できるような能力を養わなくてはならない。

 

 教師は,以上述べたような能力や態度を,社会科の学習のどのような機会と場面において養うことができるか,また養うべきかについて,次章の各学年の目標や他の教科の学習指導要領などを参考にして,具体的に研究し,児童の発達段階に応じた無理のない,しかも周到な指導を行う必要がある。しかも,これらの面で真の効果をあげることは,短時日によく期待しえないのであるから,あくまでもあせらず,根気よく児童の成長を助けることが肝要である。