Ⅳ 虚弱者の指導

 1 虚弱者体育の必要性

 従来ともすると虚弱者に運動を行わせることは,健康に過重なる負担をかけ,健康を増進するどころか,かえって病気を誘発し,健康をそこねる危険性があると考えられ,そのため一応虚弱者には運動を行わせることを避け,見学させることが無難であり,かつ適当であるかのように思われてきた。

 しかし,この考えは,きびしく再検討されなければならない。健康者に健康者の体育生活があるように,虚弱者にも虚弱者にふさわしい体育生活があり,その体育生活の営みによって虚弱者が多少なりとも改まって健康度が向上し,さらに生活が豊かになって楽しみをじゅうぶん持ちうるようにならなければならない。体育生活はすべての人々に対して均等の機会を与えられなければならないからである。

 虚弱者を健康者まで引き上げ健康生活を営ませるためには,単に医学的処理だけでは満足な結果を得ることが困難であるから,体育生活も適度に営ませ,明るい性格を与えることが必要な条件なのである。

 2.虚  弱  者

 虚弱者は医学的術語でなく,一つの社会的に使いならされたことばであってこれを簡単に定義づけることはかなり困難であるが,だいたい次のように説明すれば理解されるであろう。

 虚弱者は先天的または後天的原因によって健康状態に異常をきたし,正常人と同一の健康康生活を営むことは困難であるが,しかし就床して静養しなければならない程度に悪いものではなく,常に健康に注意しつつ,養護に心がけておれば,登校して学習することに支障を生ずることのない者をいうのである。

 虚弱者は,一般に次のような傾向性状を有するといわれている。

(1) 病気に感染罹病しやすく,しかも治癒しにくい。

(2) 容易に疲労し,しかも回復が遅く,その上過労に陥りやすい。

(3) 頭痛・腹痛・関節痛などの病的症状を訴えやすい。

(4) 無気力で,神経質である。

(5) 発育不良・栄養不良・貧血などが認められやすい。

(6) 軽度の慢性疾患を有している。

(7) 運動能力の発達が遅れがちである。

 したがって,次のような者が虚弱者であると考えられている。 (1) 栄養の不良な者

(2) 発育の不良な者または遅れている者

(3) 肢体の不自由な者

(4) 体質に異常の疑がある者──例,皮膚や粘膜が弱く,風邪や皮膚病にかかりやすい者やりんぱせん・へんとうせんの腫脹している者。

(5) 貧血性の者

(6) 軽度の慢性疾患を有する者──例,心臓弁まく症やじん臓病の者

(7) 病後回復期にある者──例,腸チフスやヂフテリアなどにかかり,それが治って登校しているが,なお体力が衰えており養護を必要とする者

(8) 作業能力や運動能力の著しく劣っている者

(9) 疲労しやすい者

(10) ツベルクリン反応陽性転化者──ツベルクリン反応の陽性転化は結核の初感染を意味し,陽転化後1〜1.5年特に6ケ月以内が,発病の危険率が高いので,注意が必要である。しかし,これは結核菌の自然感染による場合であって,B・C・G・の人工接種によって生ずるB・C・G・陽転の場合にはそのまま当てはまらない。B・C・G・は人体に無害であって,しかも結核に対する免疫性を発生させる菌であるから,結核の発病はまったくないはずである。したがってB・C・G・陽転の場合には,特に心配の必要はない。しかし,しばしばB・C・G・陽転を機会として,自然陽転に移行することがあるから,B・C・G・陽転後の処置について,必ずしも楽観することを許されず,その経過を監視することを忘れてはならないのである。

 3.虚弱者の発見

 虚弱者に適切な体育生活を営ませるためには,正確にしかも早期に虚弱者を発見することがたいせつである。そのために教師・校長・保護者が一致協力して,たえず児童に綿密な健康観察を行い,その観察結果を3者相互に連絡をとりながら持ちより,意見の交換によって異常の有無を判断して虚弱者を発見することが必要である。なお虚弱者の最後的決定はいうまでもなく校医の意見に従わなければならない。

 虚弱者はみずから進んで自己の虚弱性を教師や両親や医師に訴えることは少ない。ほとんど第三者の注意深い観察によって発見されることが多いものである。それゆえ,虚弱者の発見を,単に校医ひとりの努力に任すことは正しいことではない。すなわち年に数回行われるにすぎない定期的身体検査の際の医師の簡単な診察で虚弱者を発見することは,かなり困難なことである。それは児童の家庭ならびに学校における生活行動を綿密にしかも継続的に観察することによってのみなされることであり,虚弱者の発見に学校保健組織を有効に利用することは望ましいことである。

 4.虚弱者の体育指導

 虚弱者は医師の精密な検査を受けることによって正しく診断され,その症状原因が明らかにされた後,その症状や健康状態によって,次のように分類されることが望ましい。

(1) 運動をまつたく禁止すべき者

(2) 軽い程度の運動なら許される者

(3) 普通に行わせても支障のない者

(4) 強い運動を行っても支障のない者

 以上の4グループに分類された後,それぞれの健康状態に適した運動を行わせることがたいせつである。

 虚弱者体育指導の原理としては,医師が患者の病状に応じて薬の処方をしたり,看護法を加減するように,虚弱者の体育もそのときどきの健康状態に即して,種々の運動種目を適当に組み合わせ,しかも運動量が適量であるように実施されることが理想である。一般的にいってエネルギー消耗率の高いものや高度の巧ち性を必要とするもの,強度の精神感動を伴うもの,あるいは,はげしく勝負を争うものは好ましくない。遊戯とかダンス,徒手体操のおだやかなしかも楽しみながらできる保養的なものがよい。またチーム・ゲームなどは,チームに対する責任を負わされ,つい無理をしがちであるから,自分ひとりで自分の力に相応して楽しみながら行うことのできるゲームがよい。しかしいかに適した運動であるからといって度をすごせば有害であるから至適量を行わせることに意を用いなければならない。

 また虚弱者の体育指導にあたって,最も注意すべきことは運動後の健康状態に対する観察である。

 虚弱者に対して行った運動が適しているかどうかは,この運動後の観察のみによって判定されるからである。それゆえ,医者が患者の脈博・体温・食欲その他の一般容態を注意深く観察して,その結果に基き,治療の方針を決めて行くように,体育指導者も,虚弱者体育指導の基底を虚弱者の健康状態におき,その健康状態については,家庭の協力のもとに細心の注意を払って調査し,運動の実施方針を決めて行かなければならない。

 虚弱者の健康観察の基本は,栄養状態・発育状態・食欲・睡眠・疲労・精神状態の6点に求むべきである。すなわち虚弱者が運動の実施によって体重が増加し,食欲が進むようになり,睡眠がじゅぶんにとれ,血色がよくなり,気分がそう快になり,しかも仕事に対して精が出てくるようになり,しかも疲労が休養によって完全に回復して,後に残らないようであれば,その運動は虚弱者に適したものであると考えてよい。しかし反対に食欲が減退し,疲労が休養によっても回復せず残留し,体重の増加が停止したり,あるいは減少したり,さらに常にけん怠感がつきまとって仕事が思うようにできないようであれば,その運動は虚弱者に無理であり,適していない証拠であるから,ただちに中止して他の方法を考えなければならない。

 虚弱者の体育指導は,それぞれの健康状態に即して行かなければならないので,健康者の体育のように,集団的に取り扱うことは好ましくない。個別指導が最も適している。また虚弱者の体育指導は虚弱者の全体生活指導の一環であり,体育指導だけでその虚弱性を治療することは困難であり,常に他の健康問題,たとえば,栄養・唾眠・休養・精神衛生あるいは他の学習問題などと歩調を合わせて行ってゆくことによってその効果を最大限にあげることのできるものであることを忘れてはならない。