第Ⅱ章 体育科の目標

 

 1 目標設定の立場

 すでに述べたように,体育科の役割は,身体活動を中心として構成されるところの諸経験が,個人の発達,社会の進歩に方向づけられるように,児童の能力を高めることであった。したがって,児童の必要の分析に基いて身体活動を中心として構成される諸経験のうち,児童にとって望ましいねらいがその目標でなければならない。しかし,この場合の児童の必要は,同時に社会の必要をも含んでいるものでなければならない。それゆえ,この指導要領では教師の立場からみて,こうあらせたいという「社会的必要」を児童の必要経験のうちに収め, これを一体的に考え体育科の目標を定めたのである。もちろん,そのためには体育でできる範囲をはっきりと考えていなければならない。そこで,一方では,体育としてできる範囲を見通し,他方学習者の必要を分析して,体育科の一般的な目標,すなわち,その主要目標を定めたのである。

 2 体育科の一般目標

 学習者の能力を高めるための体育科のねらいにはいろいろの方面がある。それを人間のはたらきからみるとき,身体的・知的・情緒的・社会的側面に分けてみることもできよう。しかし現実の問題としては,知的,情緒的,社会的側面は,その関連が密接であるので,はっきりと区別することが困難である。

 このような事惰のためにこの指導要領では,体育科の目標を,次の三つに分けることにしたのである。すなわち,

(1) 身体の正常な発達を助け,活動力を高める

(2) 身体活動を通して民主的生活態度を育てる。

(3) 各種の身体活動をレクリエーションとして正しく活用することができるようにする。

 第一の目標は,身体的発達に関係するものであるが,身体活動のねらいは,生物的成長(身体的成長と活動力の発達を含む)が,かたよることなく,正常に進むための発達の剌戟を与えることである。そのために,学習指導は,発達の段階や性・個人差などを考え,かつ衛生や安全に考慮を払いつつ行わなければならないのである。

 第二の目標は,体育科の立場における人間関係を促進する機会を通じて,これを民主的生活態度に方向づけようとする意図を示すものである。現代の社会にとって最も必要なものであり,しかも,体育科が貢献しなければならないものは,「社会的発達」特に「民主的生活態度」である。したがって,身体活動に関係する経険や行動を,端的にこれに方向づけることによって,体育科のもつ人間関係のねらいはいっそうはっきり示すことができるであろう。

 第三の目標は,運動などをレクリエーションに利用する方面である。身体活動は,上述のごとく,正常な身体発達のための剌戟を与えるであろうし,民主的な人間関係をつくるための活動内容ともなるであろうが,それとならんで生活を楽しく,豊かにするのに,身体活動はなくてはならないものである。したがって,これは,児童の現在および将来の生活に持ち込むことができる運動技術の体得と,余暇活動としてそれの活用というねらいを示すものである。

 3 具体的目標

 さきにあげた一般目標は,その中にいっそう具体的な多くの目標を含んでいる。指導のためにも,さらに具体化してみる必要がある。

 ここでいう目標は個人個人の立場ではなく,共通に必要と考えられるものであるが,指導にあたっては,個人差を考え,共通的な目標を個人の必要にかなうよう具体化してみることも必要である。またここでは主として小学校の児童を対象に目標を立てたけれども,教育は継続的な営みであるから,一応の見通しを立てる必要から,必ずしも小学校のみに限定されていない。

 このような事情から,小学校の,しかもさらに細かく分けた発達段階に即する目標は,次章の学習内容において,いっそう具体的に示すことにした。次に掲げる具体的目標と学習内容とを合わせて見るならば,小学校体育科の目標を具体的な児童の行動に近い形で,とらえることができるであろう。

 身体的目標に関連して

(1) 年令や性や個人差などに応じて適当な各類型の身体的活動に習熱する。

(2) 筋力・持久力などを発達させる。

(3) いろいろの場面で安全に身を処することができる。

(4) 身体的固癖を予防し,きょう正することがてきる。

(5) 健康生活の心得を守る。

(6) 運動の効果について正しい知識をもつ。

(7) 体力の現状を正しく判断し,自信をもつ。

 民主的態度の目標に関連して (1) 自主的態度をもち,他人の権利を尊重する。

(2) 身体的欲求を正しく満足する。

(3) 建設的態度をもって,グループの計画や実施に協力する。

(4) グループにおいて自己の責任を果す。

(5) リーダーを選び,これに協力する。

(6) 勝敗に対して正しい態度をとる。

(7) 他人の意見や批評をよく受け入れる。

(8) 礼儀正しく行動する。

(9) 規則をつくり,改善することができる。

(10) 規則やきまりを守って,正しく行動する

(11) 施設や用具をたいせつに扱う。

(12) 冷静,機敏に行動する。

(13) 美的情操を持つ。

(14) 他人の健康や安全に注意する。

 レクリエーションの目標と関連して (1) それぞれの環境で楽しめる各類型の身体活動を経験し,身体活動による満足と楽しさを味わう。

(2) レクリエーションとして適当な各種の身体活動の技能を上達させる。

(3) 各種の運動や催しに積極的に参加する。

(4) 各種の運動や催しを計画し,運営できる。

(5) 活動に必要な規則をつくり,運用できる(審判なども)

(6) よい演技者となり,よい観衆となる。

(7) レクリエーションとして適当な各種の身体活動について知識をもつ。

(8) 自己に適した種目を選び,正しく実行できる。

(9) 施設をよく活用できる。

(10) 施設の意味を理解し,改善に協力する。

(11) 用具を選択し,手入れし,活用できる。

(12) レクリエーションのための余暇をじょうずにつくり,活用する。

(13) よい演技や作品を鑑賞する。

(14) 体育の歴史やその意味を知り,レクリエーションやスポーツとの関係について理解する。

 以上の各領域ごとの具体的目標は,行動から理解へ,さらに総合的能力へと展開することを目ざすものである。 注 前にのべた各項を,さきの学含習指遵要領と比べて,どんな点に注意が払われたか明らかにしてみよう。その主要な点をあげてみると,

(1) 前には具体的な目標領域を二つに分け,そのうちに各項目を羅列してあった。ところが,実際的な立場からみると,これらの諸項目が,一般目標のいずれの領域と特に関連するかが明らかでなく,それだけに,具体的目標から一般的目標への方向づけがあいまいになるおそれがあった。したがって,この短所を補うために項目を系統的に整理した点が,違いの一つである。

(2) このような角度から排列してみると,各領域間の目標群のうちには,直接行動的なものとそれを通して理解に進むべきものと,さらに総合された能力というものに分けられるであろう。上述の説明から,その例をとってみると「身体活動に習熱し」「安全に身を処し」「健康生活の心得を守る」ということは「行動」的な特性をもっている。ところが,それは「なぜか」「どのようにすればよいか」ということは,行うことを通して知的に理解するということになるであろう。しかし,それのみでは正しくない。正しくつかみとったところの知識を通して,さらに,広い立場での行動力となると,それは,いわば総合的能力ともいうべきものである。具体的目標には,このようなものがなければならないと考えて,ややそれをはっきり示すような努力を払っている。

(3) さきの一般目標で示したと同じことが,ここではさらにいっそうはっきりした型で示してある。たとえば「協力」とか「スポーツマンシップ」は,どんなことで,どの立場のものが協力するかを示さなければ具体的ではない。このような段階を経てスポーツマンシップをつかみとることができるとすれば,なるだけ,具体性を持ちうるように協力を示す必要があろう。前の学習指導要領に比べてみると,この点に対するくふうがかなりなされているということができる。