第2節 農業に関する課程の学習指導計画

 

第1.年次計画の作成  生徒の発達や,学校の施設,教師の事情を考慮して,まず具体的な到達目標を各学年に配分し,各学年の科目とその単位数を決める。具体的な到達目標の配分と科目の決定は,どちらを先にするわけでもなく,両方をにらみ合わせて決める。この場合,農業科の各科目はもちろん,普通教科の科目との関連をも考えることはいうまでもない。ときには,二つ,あるいは三つの科目にまたがる単元をつくって相互の重複を避け,能率的な指導をするような計画を立てることもあることを考慮する必要がある。

 どの科目でもそうであるが,ことに「総合農業」は,各学年に12単位ずつも配当するほどの大きな科目であるから,その科目の内容の年次計画についてはじゅうぶん考えておかなければならない。農業経営の実際的な能力を身につけさせることから考えても,ホーム・プロジェクトの実施を考えても,今年は畜産に関するもの,来年は作物に関するものというように一種類ずつかたづけていく方式は望ましくない。したがって,どの学年にも,耕種に関するものや畜産に関するものなどが平行に出てくるように排列するわけであるが,それもただ漫然と並べられるのではなく,合理的・計画的な順序を必要とする。

 そこで,第3編に掲げている例においては,各学年の指導の重点をそれぞれ,「基本的な農業生産」・「特殊な農業生産」・「農業経営の確立」に置き,これらの重点から導き出されてくる作物・家畜・農産加工などの教育内容をそれぞれその学年に配当することにした。これはどこまでも例であって,地城社会の必要や生徒の事情,学校の事情によって重点のとり上げ方が違うことはいうまでもないが,重点の置き方は違うにしても,指導の重点を決めることは,教育内容の学年別配当を考えやすくするであろう。

 そうして,教育内容を学年別に配当するには,まず具体的な到達目標の達成に必要な企業(エンタープライズ)をできるだけ厳選して重点的にとり上げ,そうして,そのおのおのについて,次に例示するような分析を行っておくことは,いろいろな点で便宜が得られる。また,このような分析は,次の項で述べる単元構成をも容易にする。

 

稲作の分析

A 基本的な事項  次の事項は,学級の全生徒に対して,一般に異論のない基本的な問題を理解させ,実際的な能力を身につけさせる。 1.郷士や自分の家に稲作が適するか

2.栽培する品種の決定

3.種もみの準備

4.苗代(なわしろ)の準備

5.苗代の種まきと手入れ

6.本田の準備

7.田植え

8.草とり

9.穂の育つころの管理

10.病気・害虫やその他の災害の防除

11.収穫の予想

12.稲刈り

13.稲こき・もみすり

14.品質の鑑定

15.俵 装

16.貯 蔵

17.生産費の計算

18.販 売

19.わら・もみがら・米ぬかの利用

20.稲株・稲わらの処理

B 特殊な事項
 次の事項は,ホーム・プロジェクトなどについて話し合う時間や,ホーム・プロジェクト,分担地の経営などの巡回指導のさい,あるいは選択の時間などに,これを必要とする生徒に対して個別的に,あるいはグループ別に指導する。 1.温床苗代づくり

2.電熱温床づくり

3.苗代の種まき機

4.直まき機

5.いもち病発生の予察

C 専門的な事項
 次のような事項は,第2学年・第3学年において,その学年の学習事項に関連して広くあるいは深く指導する。 1.日本のいねと外国のいね

2.麦間直まき栽培

3.おそまき・おそ植え栽培(晩化栽培)

4.冷害とその対策

5.いね,ことにおかぼのかんばつの害の対策

6.水田の裏作

7.水田の地力維特

8.いねの肥料の設計

9.労力分配のくふう

10.かんがい排水設備の改善

11.畜力・機械力の利用

12.種とり

 

第2.単元の構成
 教育内容の学年別配当がすむと,次に,教育内容の学習におけるまとまりと,学習の順序とについて考えなければならない。

 教育内容が栽培・飼育のような季節的・継続的なものを含まない科目における学習のまとまりや順序の決定は,他の一般の教科と同様であって割合に容易であるが,「総合農業」とか「耕種」「園芸」などのように,季節的・継続的な内容を多く含んでいる科目では,一単元ずつかたづけていくような単元をつくることは困難であるから,学習のまとまりや順序の決定はなかなか容易でない。農業教育が特に他の教育に比べてむずかしいといわれる点も,これまで農業教育が不振であった大きな原因もまたこにあったのである。

 かって,このような科目の教育は,教室における授業と農場における実習とに二分されていた。そうして,教室においては,教科書や講義を中心として,各論的に,あるいは汎論(はんろん)的に,教科書のページを追って内容の一部分ずつを教え込み,一方,農場においては,作物・家畜中心に計画されたさまざまの栽培・飼育の仕事が,並行的に,季節を追って進められていたのである。

 しかし,このような教室授業と仕事の分離は,生徒の自己活動を促す上の致命的な障害であって,これからの教育においては,この両者の一体化がはかられなければならない。ことに,「総合農業」においては,教室授業と学校農場の実習だけでなく,ホーム・プロジェクトや学校農業クラブの活動も,一つの体系の中に有機的に編成されなければならない。このたびの教育課程において,各科目の中に,実習が一体として入れられていることは大きな意味がある。

 季節的・継続的な内容を含む科目において,教室授業と仕事とを一体とした学習指導計画を立てる手順の一例を示すと次のとおりである。

1.季節の制約を受ける仕事をその適期に配当する。  農業の仕事はそれぞれの適期に学ぶのが最も効果がある。また,学校で栽培や飼育を行う以上,どのような学び方をするにしても,種まきの時期には種をまかなければならないし,とり入れの時期にはとり入れをしなければならない。したがって,まず,学校農場やその他のところで学級全体あるいはグループでとり上げる仕事は,それぞれの適期にできるようにしくまれなければならない。しかし,個々の生徒が独立で行うホーム・プロジェクトや,当番制で行う実習などは,学校の正規の時間割の中で行うわけではないから,背後にそのようなものがあることだけを心得ていればよいであろう。

 この配当を行うには,「稲作」とか,「麦作」とかいうような企業名を縦にとり,月別を横にとって,各企業を生産の順序に従って分析した項目をそれぞれの学習指導に適する月の欄に記入し,それに要する時間を付記する。

2.上記の仕事を効果的に進めるために欠くことのできない問題を,それぞれ適切な場所に配当する。  生徒が自発的に学習を進めようとして,仕事を計画したり,実行したり,また整理・反省したりすると,さまざまな問題が生まれてくる。そういうものを,その必要のつどとり上げて,教えるべきは教え,発見すベきは発見させ,くふうさすべきはくふうさせてそれを解決に導き,生きた知識・理解や技能および思考力・態度などを身につけさせることがたいせつである。したがって,前の項で述べた一覧表において,「稲作」・「麦作」などのような企業の各論的な問題を,それぞれの欄の適当な月のもとに記入し,学習に要する時間を記入する。しかしこの各論的な問題を上げるに当っては,あれもこれも網らするよりも,重点的にしぼって大事なことだけをとり上げるようにするがよい。

 また,上記の企業に直接関係はしないが,ホーム・プロジェクトやクラブ活動などを進める上になくてはならない問題は,企業と並べて別に項目を設け,各月のもとに問題を記入し,必要な時間を付記するがよい。

 ホーム・プロジェクトなどについて話し合う時間や,巡回指導の際に,特にそれを必要とする生徒に対して個別的に指導すべき事項は,それぞれ適切な場所に記入して参照する。しかし時間配当はしない。

3.上記の仕事を効果的に進める上に欠くことができないほどのものではないが,その仕事と関連することによっていっそう学習の効果が上がる見込みのある問題をそれぞれ適切な場所に配当する。  その問題が解決されなくても仕事は進められるが,それが解決されれば,いっそう効果的になるような問題や,その仕事や各論的な問題解決の導入ないしは,発展・整理などに関連してとり上げたほうが,他の場所でとり上げるよりも解決が容易であるような一般的・汎論(はんろん)的な問題を,それぞれ関連する企業や項目の欄の適当な月の下に記入し,必要な時間を付記する。これによって,各論の中に一般的・汎論(はんろん)的な問題を見いだすような学習を進めることができるであろう。 4.仕事と直接的なつながりをもたない問題は,それぞれ独立の項目を設けて,適切な時期に配当する。  仕事に関連して問題を解決することや,各論的な問題から,帰納的に,一般的な問題に発展していくことは望ましいことであるが,問題によっては,仕事や各論から一応離れて,やや論理的・抽象的な体系をたどりながら学習を進めたほうが効果の上がる場合もある。もう,高等学校の生徒くらいになると,このような体系をたどって問題を解決するほうが効果的な場合が相当にある。

 このような問題は,前に出た各論的・具体的な学習の基礎の上に発展し,後に出てくる各論的・具体的な問題解決の背景となるものであるから,それを入れる場所は,前後の関係をよく考えて決めるべきである。また,このような問題の解決は,あまり分散することなく集中的にとり上げるがよい。

5.季節に関係のない仕事や,これに伴う問題の解決を,適切な場所に配当する。  いつ学習してもさしつかえない仕事やこれに伴う問題の解決,あるいは,くふうすれば,学習の時期を大幅に変更することのできる仕事やこれに伴う問題の解決を,全体の計画を見通して,それぞれ適当な項目ごとに時間のゆとりのある場所に配当し,時間を付記する。しかし,この内容が各季節に分散してさしつかえないものもあるが,分散してはならないものは,できるだけ集中的に学習できるようにくふうする。 6.学習時間と教育内容の調和をはかる。  一覧表によって1年間の各月における学習時間と教育内容とをにらみ合わせて,教育内容が,ある月にばがり偏在することのないように調整をする。しかし,ある月とか,ある季節に,どうしても多くの学習時間を必要とするような場合には年間を見通して時間割の上であらかじめくふうしておく必要がある。 7.単元の構成。  以上6までにつくられた一覧表は,「事項別・月別教育内容のあらまし」とでもいうべきものであるが,生徒が目的を意識して,生き生きとした学習をするように指導するためには,生徒の当面する問題を中心として,それを解決する過程において,その学年でねらっている目標に照らして価値のある知識・理解が得られ,技能がみがかれ,思考力が練られ,望ましい態度が身につくような学習活動のまとまりを考えておかなくてはならない。いいかえれば,教師は事前に単元の計画をしておく必要がある。

 ひとしく単元といっても,その性格はさまざまである。それらはいわゆる教材単元と経験単元とに大別され,今日,単元といえば一般に後者をさすのであるが,実際にはその両者の中間のものが多いであろう。

 農業教育における単元はどんな系列のものであるべきかを一概にいうことは困難であるが,それによって,教育内容がもれなく拾い上げられ,効果的に学習されるものであることがたいせつであるから,農業の学習においては「稲作」とか,「麦作」というような企業は,何といっても基本的なまとまりの一つといえよう。

 「稲作」・「麦作」という教材のまとまりは,昔ながらの各論の教科書の題目と同じように見られるおそれがあるが,教室の学習と農場の実習とが一体となって,この形でとり上げられる場合は,決してかつての教材単元ではない。そうして,こういう単元をとり上げるときは,具体的・各論的な問題の中から,一般的・原則的なものに発展するような学習指導法をとり入れやすいであろう。

 各作物や家畜などに配当される時間が少なくなると,個々別々にこれをとり上げることが困難であるから,同類のものを一括して「果樹」とか,「花」とか,「種とり」などのような形でとり上げ,その「果樹」・「花」に共通的・一般的な学習を進める間に具体的・各論的な問題を引用する方式をとることもあろう。このように時間の少ない場合であっても,一つの「果樹」なり「花」なりを中心として,「果樹」や「花」の全体に及ぶこともあろう。

 また,同類のもののうち,栽培の季節とか,栽培法とかを同じくするものを一括して「春の育苗」とか,「夏の野菜」とか,あるいは「冬越しの野菜」というような形でとり上げ,それを比較対称することによって,それぞれの特性を明らかにしたり,共通の点をまとめてとり上げて不要な重複を避けたりすることもあろう。

 くわの栽培からかいこの飼育まで,一貫して「養蚕」のような形でとり上げる場合もあろうし,「畑の経営」・「水田の経営」というように,場所を中心としたまとまりでとり上げ,裏作としての麦作やなたねなどは地の事情によって,畑と田のどちらか一方で重点的に扱ったら,他方ではその特異性だけをとり上げる程度にとどめるもよい。こういう場合は,土地利用の観点からの問題の解決が割合に容易になるであろう。しかし,今日の日本農業の改良は,土地の生産性を高めるとともに,労働の生産性も高めなければならないことを忘れてはならない。

 また,ホーム・プロジェクトにまつわる諸問題の解決をねらう単元,クラブ活動の導入や方法を学ぶ単元などができてもさしつかえないし,また,「土と肥料」などのように,各論的な企業に関連する諸問題として扱っただけではふじゅうぶんなところを,やや論理的な体系をとり入れて学習を進めるような単元や,農業改良の重要な点を,ある時期に強力に集中的に指導するようなこともあろう。これらのまとまりは,常に,企業を中心としなければならないとか,場所を中心としなければならないとか,あるいは,時を中心として,一つ一つかたづけていかなければならないとかいうものではなく,いずれが効果的な学習を期待することができるか,いずれが不必要な重複や,重要事項を脱漏なく学習することができるかということである。

 以上のような点を考慮して,前に作成した一覧表を見ながら,縦に並べた企業や問題などの項目を変形し,学習指導の実際を考えながら単元をつくる。

 このとき,はじめにその学年に配当した教育内容でも,他の学年に移した方が効果の上がるものや,反対に他の学年からこの学年へ移したほうがよいものが現われてきたら,初めの案にこだわることなく,新しい立場で考えて処理する。また,特殊な技能の錬磨(れんま)や,当番制で行うべき作業,個々の生徒との話合いにまかすべき問題などは単元の外に出して,別に計画を立てたほうがよい場合もある。

8.単元を小単元に分ける。  単元のあらましの計画ができたら,それを学習の展開の方向に向かって,小さなまとまり,すなわち,2〜3時間程度の,小単元とでもいうべきものに分ける。このときも,前に決めたことに不合理なところが見つかったら,ただちにさかのぼって修正する。

 

第3.月 間 計 画  単元名を縦にとり,月別を横にとって前のように一覧表をつくり,各小単元をその単元の欄の,指導する月の下に記入し,時間数を付記し,次の観点から検討し,修正する。 1.毎月の与えられた時間で,過不足なく指導できるか。

2.ホーム・プロジェクト・個人分担・組分担・学級分担やその他の実習の経営や,郷土の農事の時期とにらみ合わせて,学習の時期が適当か。

3.各単元からのさまざまの小単元が組み合わせられた順序が,新しい一つの学習の流れをなすようになっているか。

4.各単元からくる同系列の内容のうち,集中的に指導したほうがよいことは,集中して指導できるようになっているか。

5.農場その他の施設や設備が,効果的に利用できるようになっているか。

6.教師の分担と協力がうまくできるようになっているか。

 このようにしてでき上がった月間計画を具体的な時間表に当てはめてみると次の表のようになる。しかし,これも天候・行事などによって変更しなければならない場合があることはいうまでもない。

 

月 間 計 画 の 例

高等学校                教  諭

昭和  年度

農 業 1(畑作地帯)

4 月 (33時間)


 
単 元
仕 事 ま た は 問 題
時間
参考書または事例となる材料
Ⅰ—1
1農業の学習はどのように進めたらよいか。
 
 
10
Ⅰ—2
2自分の家ではホーム・プロジェクトをすることができるか。
 
 
12
 
 
 
13
Ⅰ—3
3ことし,この学級ではどのような範囲から生産プロジェクトを選んだらよいか。
 
Ⅲ—1
4郷土や自分の家に稲作が適するか。
 
 
16
Ⅳ—1

Ⅴ—1

5郷士や自分の家に豆類や雑殻の栽培が適するか。
 
 
17
Ⅵ—1
6郷土や自分の家にどんな夏野菜が適するか。
 
 
19
ⅩⅡ—1

ⅩⅤ—1

7郷士や自分の家にどんな中小家畜が適するか。
 
 
20
Ⅰ—4
8自分はことしどのような生産プロジェクトを選んだらよいか。
 
 
23
Ⅰ—5
9生産プロジェクトの初めの計画を立てる。
 
 
24
Ⅰ—6
10生産プロジェクトの精密な計画はどのように立てるか。
 
 
26
Ⅲ—2
11いねの品種の決定。
 
 
27
Ⅵ—2
12夏野菜の本畑の準備。
 
 
30
Ⅲ—3
13苗代づくり。
 
Ⅲ—4
14種もみの準備。