第3章 農業教育の教育計画
第1節 農業に関する課程の編成
第1.地方的な教育計画の必要
およそ教育計画は社会の必要と生徒の必要とに基いて立案されるべきものであるが,社会の必要といい生徒の必要というも,これらは相反する二つのものではなく,本来一致すべきものであることは「学習指導要領 一般編」に示されている。農業教育に対する社会の必要,生徒の必要を具体的に考えてみると,それは地域社会によって著しい違いがある。昭和24年度以来,それまでの何何学科という画一的な課程を廃して,課程の編成はもっぱら教育委員会の自主的な計画に待つようにしたのも,このような理由に基くのである。また,具体的な教育計画について考えてみると,学校の指導組織や施設,その他の事情も考慮に入れなければならない。したがって,教育計画は学校学校によってみな違うといわなければならない。
地域社会の必要,生徒の必要は常に固定しているものではなく,時とともに変化していくものであるから,いったん作成された教育計画も年々改正されていかなければならない。実施した経験にかんがみて年々改善が加えられていくと,教育計画の立て方もだんだんよくなって,真に社会が必要としているもの,生徒が必要としているものに近づいていくであろう。
第2.農業教育に関する基礎調査
各学校が自主的な教育計画を立てるには,あらまし次のような事項について基礎調査をする必要がある。
1.地域社会の産業の実態およびその動向を調べる。
2.地域社会の職業の実態およびその動向を調べる。
3.地域社会の農業の実態およびその動向を調べる。
4.地域社会の農業の課題を調べる。
5.世界農業の一環としてのわが国農業の課題を調べる。
6.卒業生の卒業後の進路を調べる。
7.各職場においては,新しい卒業生にどのようなことを求めているかを調べる。
8.地域社会の青年は,自分の将来についてどんなことを考えているかを調べる。
(イ) 農業に関する課程の生徒は,学校で何を学ぼうとしているか。
(ロ) 中学校を卒業しただけで,ただちに農業についた者は,なぜ高等学校の農業に関する課程に進まなかったか。
(ハ) 農業に関する課程以外の課程を修めて農業についた者は,なぜ農業課程を修めなかったか。
9.生徒の父兄や,その他地域社会の人々は,高等学校の農業課程に何を求めているかを調べる。
これらの調査は,いずれも教育計画を立てるためのものであるから,ただ調査のための調査に終らないようにし,また,調査の結果は教育計画の上に反映するようにしなければならない。しかし,ただ安易な現状の分析をそのまま機械的に教育計画にとり入れるようなことは厳に戒めるべきであって,この課程に学ぶ生徒は,次の時代の新しい農業を築き上げる推進力となる若人であることを考えて,調査の結果をまとめ,それをあらゆる角度から検討し,その結論を得て教育計画を立てるようにしなければならない。
第3.諮問委員会
諮問(しもん)委員会は,地域社会の必要を察知して指導計画を立てる上にも,その計画の実行に当って各方面の支持を受けるためにもきわめてたいせつなものである。
諮問委員会の農業に関する方面の委員は,高等学校長および高等学校農業教師のほか,地域の大学農学部の教師,中学校長および中学校職業・家庭科教師,農業協同組合の関係者,農業改良普及関係技術員,農事試験場関係者,農業実際家などの中から教育者や農業技術者・農業実際家の均衡を考えて選任されることになるであろう。
第4.農業に関する課程の編成
高等学校における課程の編成については,昭和24年4月発行の文部省学校教育局著作「新制高等学校教科課程の解説」に説明してある。どのような課程を編成するかは,教育長の進言に基いて教育委員会が決めることになっているが,それは前に述べたような基礎調査に基いて行われなければならないし,また,諮問委員会なども重要な示唆を与えてくれるであろう。
農業に関する課程は,次の基準に基いて編成する必要がある。
1.農業に関する課程においては,高等学校の全部の生徒に共通に必要な38単位のほかに,30単位以上農業科の科目を組み合わせ,全体で85単位以上学習するようにしなければならない。
2.農業科の時間数の40%以上が実習に当てられなければならない。
3.教育上必要な場合は,単位外に適当時数の特別実習を課すことができる。
4.実習の70%までは,現場実習をもってかえることができる。ただしその現場実習は,生徒に対して教育的価値があり,その課程の教育内容に直接関係のあるものに限る。
次に,前に述べたような理由によって,農業課程・園芸課程・畜産課程などでは,農業科の科目としては,「総合農業」を各学年12単位ずつ,3年間に36単位学ぶようにすることが望ましい。また,農業土木課程などでは,第1学年だけ「総合農業」をとり入れ,その後は「農業土木」に多少他の科目を配することになるであろうし,林業課程などでは,第1学年から分化した科目をとり入れることもあろう。また,農業に関する課程であっても,農業科の科目だけでなく,他の職業に関する教科の科目を組み合わせてもさしつかえない。たとえば,農業科のほかに,家庭科の科目をとり入れて,農村家庭課程といわれるようなものをつくることもよいし,商業科の中の適当な科目をとり入れて,農業協同組合課程といわれるようなものをつくってもよい。
同一の課程であっても,生徒が選ぶホーム・プロジェクト,クラブ活動や選択の教科,科目の違いによって,ひとりひとりの生徒の学習する内容には相当の違いがある。社会の必要や生徒の必要を考えて各生徒の学習すべき内容が,この程度の違いで充足することができる場合は,一つの課程をつくれば足りるが,生徒による違いが著しく多くなると,その違いに応じて二つあるいはそれ以上の課程を編成する必要がある。
第5.具体的な到達目標の決定
これまで農業教育は,他のあらゆる教育がそうであったと同様に,中央で決められた教育課程を忠実に実行することに主力が注がれていて,その学校の生徒に何を身につけさせるべきかということの根本的な検討が不十分であった。そのために,学習指導計画も,とかく,学校農場の運営や教科書に引きずられて目標がぼかされ,漫然と実習を課したり,ページを追って教科書を教えたりしていた傾きがある。
しかし,各学校が自主的な計画を立てるに当っては,まず,具体的な到達目標をはっきり決めて,それが確実に,しかも能率的に学習できるような方法をくふうしなければならない。
ある一つの課程において,その具体的な到達目標を決めるには,およそ,次の諸点について考慮する必要がある。
1.生徒が卒業後つく職業の実態を分析して資料を得る。
2.その職場の課題を分析して資料を得る。
3.その職場において,生徒が卒業当初および将来のどのような役割を果さなければならないかを研究して資料を得る。
4.生徒がこれまでにどのようなことを身につけているかを調べ,それを学習の基礎にするとともに,すでに熟達しているものは高等学校の具体的な到達目標から省く。
5.卒業後,職場で学んだほうが効果的なものは省く。
6.この課程に学ぶ生徒の必要を考えて選ぶ。
7.学校にある間に必ず身につけておかなければならない程度を考えて,できるだけ重点的に選ぶ。
8.学習の時間を考えて調整する。
9.他の教科との関係を考えて調整する。
10.学校の施設や家庭農場,その他利用すべき環境を考えて調整する。
このようにして選び出した具体的な到達目標は,諮問委員会にはかったり,地域社会の中学校の職業・家庭科の教師や農民などに示したりして意見を求めるがよい。そうすると,立案者の気づかなかった問題を指摘してもらえるだけでなく,その課程の内容が地域社会の人々にも知れわたり,協力してもらえる場合が多いであろう。