第7章 小学校における理科の材料と施設

 

Ⅰ.学習指導に必要な装置や材料は,どのようにして備えたらよいか

 特別な施設や設備,たとえば完備した理科実験室や標本室をもち,ガスや水道や電力の設備や高価な機械・器具・標本などがなければ,理科の指導はできないかのように考える人があるが,このような人は,もう一度小学校の理科の目標を検討し,さらにこどもは,どのような問題を解決することの必要と興味を感じているか,こどもの発達と合わせ考えてみる必要があろう。

 環境に起った自然の事物現象に疑問を起し,これを科学的合理的に解決処理する過程で,科学的な理解を得,科学的な能力や態度を養うことが理料指導のねらいだとすれば,理科指導の機会はこどもの活動するところ随時随所に見いだされるはずである。このように考えてくると,こどもの活動の行われるところのあらゆる環境で,学習のための施設が必要であることがわかる。教室や学校図書館などはつまりその一つなのである。

 小学校の理科で,こどもにやって見せたり,こどもが実験したりするのに使う装置やいろな材料をうることは,金のかかる困難な問題だと思っている教師が多いが,そんなに解決のむずがしい事がらではない。小学校で行う理科実験の多くは,簡単なものであるし,材料もありふれたものであるから,これらの装置や材料に,あまりに多額の費用をかける必要はないのである。

 手製の装置は購入したものと同様,場合によってはそれ以上,目的にかない優秀なものであることが少なくない。たとえば,デイライトスクリーンのようなものは,購入するものと初めから決めてかかっている人が多いが,これも,手製し使用すれば,市販品の1/10ないし1/20ぐらいの費用で,じゅうぶんその目的を達することができる。(Ⅱ.の5の(4)参照)

 理科の指導に必要な機械や器具というと,すぐに顕微鏡や望遠鏡などを思い出すのであるが,それでは,それがなかったら理科の指導ができないかというと,決してそのようなことはない。望遠鏡や顕徴鏡のような精密な機械の必要な場合は,時々起ってはくるが,そのような機械の使い方を指導する前に,もっとたいせつなことは,肉眼で星座を見つけたり,めざす星を見つけたりすることや,虫めがねを活用して,虫や花を観察することであろう。この観察の基礎のできないうちに,高価な機械を使用させることは,好ましいことではない。

 小学校では,むしろこの基礎をつちかうことに力を入れるわけであるから,機械・器具を備えるにあたっては,できるだけ身近な材料で,観察や実験の基礎になるような技術を養うに最も適当したものを選ぶことがたいせつである。

 よく大きな望遠鏡はあるが,地球儀や星座図がなかったり,顕微鏡はあるが虫めがねがなかったりする学校がある。また,洗面器をたくさんもっている学校で,ガラス水そうがないから,おたまじゃくしやめだかの飼育ができないなどと,なげいているようなのを見うける。ところが,この身近にある道具の中で,実験や観察に役だち,指導の能率をあげうるものが少なくないことを忘れているのである。たとえば,洗面器は淡水魚の飼育・観察もできるし,海草の標本をつくるときにも役だつし,ガス捕集の水そうとしても役だち,また,染色などをするときには,染料を中に入れ,そのままこんろの上にのせて加熱染色することもできる。ガラス水そうのように落してもこわれる心配がないから,まことに便利である。

 このように考えると,まだまだ身近にある道具や材料で役だつものがたくさんみつかるであろう。これらの必要なものの大部分は,こどもたちが家庭からもってくることができるものである。そうでないものも,近くの雑貨店や金物屋などで手にはいるものもあるし,学校園で得られるもの,小使室にもある。また,教師やこどもたちの手で作ることのできるものもあろう。

 小学校の理科では,高価な複雑な装置はこどもに混乱を起しがちであり,今やりかけている問題を解決するということよりも,装置そのものに注意をひかれやすいから,教師の予期に反して役にたつよりもむしろじゃまになる場合が多いものである。

 身近な道具や材料が,どのように指導に役だつかを,まず,じゅうぶん調べてから,どうしてもそれらではできないものを購入・整備していくようにすれば,理科指導のために備えた機械・器具はどれもこれも活用され,むだを省くにともできるのである。望遠鏡も顕微鏡も,こうした考えの上にたって備えるべきであろう。

 

Ⅱ.学習に役だつ材料・施設とその経営

 1.校舎と校庭

(1) 一般の校舎と校庭にあるものを,いかに扱うべきか。

 理科の指導は,こどもが成人した後に合理的な生活を営みうることをめざしていることはもちろんであるが,今のこどもの生活自体が合理的に営まれることが,まずできなければならない。

 学校生活のうち,物に即した分野を考えれば,校舎・校庭は主要なものである。これらの見方や扱い方が合理的になるように導くことが,理科の指導にたいせつなことである。このことを抜きにして,理科の指導を考えて,校舎や校庭などを,どのように利用しようかと考えることは誤っている。

 わたくしたちは,いろいろいろなことについて,本を読んだり絵を見たり,人の話を聞いたりするよりも,実際にそのものを見,その事がらにぶつかったほうが,容易にそれを理解し,合理的に処理することができるものである。

 校舎の内外には,こどもたちが現実に物事を考えていく資料が無数にある。これらの資料は,現在用いられているよりも,もっと活かして使われなければならない。理科の学習は,これらの資料を広く有効に使うのでなければ,その目標は達せられない。

 こどもはそこで,いろいろな問題を見いだすであろうし,また,そこは問題解決の場ともなるであろう。

 たとえば寒い地方では冬になると,ストーブなどを入れて教室を暖める。そこでは,次のような問題を解決する必要に迫まられる。

 このほか,校合内でとりあげられるものには,室内に引き込まれている電燈,雨といやストーブなどのさび,時刻を知らせるのに使う鐘や電鈴,黒板・げた箱・かさ置場などについてのいろいろな問題が考えられる。

 校舎内外における通風・採光・暖房・清潔・整とん・衛生などの問題は,毎日の学校生活を合理的にしていくのにたいせつな事がらである。校庭,または校舎の一部に設備されている井戸・水道せん・洗い場などについて「どのようになっているか」「どのように使えばよいか」というようなことに絶えず目を向けていかなければ,こどもの学校生活は合理的にならないであろう。このように学校の施設やその経営を見ていけば問題をつかむ機会はいくらでもあり,生活に即した問題を解決する能力も養われる。

(2) 特殊な利用法

 

 2.学校園

 学校園には,生産を目標として営まれる農場や,校内の美化や実験を目標とする花壇や庭園,その他畜舎・養魚池などがあり,こどもがその経営に協力するときに,動植物の関係・利用・品種改良・動植物の成長・生物の環境への適応などに関する問題をもち,研究活動が展開される。

 したがって,学校園は理科指導の立場からも重要な場であるということができる。

 学校園の施設としては,次のようなものが考えられる。

 

 3.普通教室

 学校生活の最も多くの時間を過ごすのは学級の教室である。そこでは,1日の計画をたてたり,学習のためのいろいろな活動をしたり,楽しみのひとときをもったり,食事をしたり,そうじをしたり,または読書をしたりするいろいな活動が行われる。

 また,理科の指導の立場から考えても,教室は話合いや劇や紙しばいをしたり,観察や実験をしたり,記録・報告を書いたり,いろいろな物を作ったりするところである。

 したがって,教室の設備と環境とは,こどもに学習意欲を呼び起すようなものでなければならないし,学習の興味をもたせるようなものでなければならない。そして,こどもの学習材料が豊富にあり,問題解決のために,必要な経験を積むのに便利で有効な場となりうるようなところでなければならない。

 そのためには,教師の性格とか,学級のふんい気とか,または教室内の空気・明るさ・温度・清潔などの条件も,環境の中の重要な要素としてとりあげられるが,ここでは,特に施設・設備方面に関する環境整備についてとりあげることにする。

 これらは,どのように生活を科学的・合理的にするかを理解し実践する上にも,また,指導を有効を有効に進める上に役だつかりでなく,教室美化に役だつものもあり,教室における生活に楽しみを与えるものもある。

 

 4.理科学習のための特別な室

 学習に役だつ部屋として,備えるのが望ましいものには次のようなものが考えられる。これらは,理科の学習にばかり役だつのではなく,広く学習の場として役だつであろう。

 作業室・資料室・準備室など

 作業室では,模型の製作,機械器具の分解・組立・修理・実験装置の製作・飼育装置の製作などの製作活動ができるようにする。そのためには,いろいろな工具や工作台および流し場・電源などの設備が必要となるてあろう。

 資料室には標本・参考書・成績物などの資料を備える。動植物の標本は,戸だなに入れておくだけでなく,その生態を再現するようなくふうが払われば,いっそう有効であろう。

 準備室には実験・観察のための機械・器具や薬品などを備え,できれば電気・熱(ガスまたは他の熱源)・水(流し)などを使う設備をして,実験の準備に使する。

 実験に使う機械・器具の準備や整理にこどもが参加できるよう保管の方法をくふうする。薬品は,その性質に応じ,安全に保管する。

 理科センター:こどもの研究心をそそるように,作業室・資料室・準備室の要素を適当に組み合せた理科センターを設けるのも有効である。

 これらは,長い期間を見通して,計画的に遂次充実していくのがよい。そして資料や機械・器具の保管,修理などを怠らないで,いつも施設全体が活用できる状態に置くことがたいせつである。

 

 5.視覚教具および材料

 理科指導では模型を見たり,掛図・写真・図表を見たり,映画や幻燈を見たりする活動をとり入れることによって,指導の効果の上がる場合がきわめて多い。次に視聴覚教具のおもなものをあげてみる。

(1) 絵画および図表

 単元の指導に関係のある絵画や図表は,雑誌やポスター等を注意しているといろいろなところに見いだされる。これを台紙にはって保存しておくと,他日の指導に役だつ,単元に関係のある絵画や図表をまとめたものに,市販のいろいろな掛図もあるから,学級で使用している教科書や指導計画によって適当なものを選定して購入しておくのもよい。

 絵画や図表の中には,発明発見年表(科学史年表)や栽培暦や星座図などのように,教室常備用のものもあるが,これらの中には教師・こどもの創意くふうとによって自作できるものも多い。

(2) 写真機および写真  写真もよく雑誌や新聞にのっているから,これを切り抜いて台紙にはっておくとよい。

 また,学校に写真機を備え四季の花や虫・雲・見学先の様子・こどもの活動の状況などを撮影し,これを保存しておくと,他日の指導に役だつことが多い。

(3) 実物・模型・標本  単元に関係のある実物・模型・標本の類は,その単元の指導の能率をあげる上にきわめて有効である。たとえば,火山の形態が問題になったとき,箱根・富士・阿蘇などの代表的な火山の模型を掲示すると,理解を助けることができ,海岸の種類や形態が問題になったとき,海岸の標本を見るように導くと,理解はますます深まるのである。

 実物・模型・標本の類は理科の単元の学習の際ばかりでなく,行事などに際してもできるだけこどものに触れるようにはかるべきである。

 たとえば,衛生週間に寄生虫の液浸標本を陳列するとか,潮干狩の行われるころ,海の生物の標本を陳列するようにすると,学習の興味を呼び起すばかりでなく,標本そのものにも親しみを覚え,活用の意欲も高まり理解を深めるようになる。

(4) 幻燈機およびスライド  現在小型の幻燈機が売り出され,スライドもなかなか優秀なものができている。この小型幻燈機は光源も100〜200Wぐらいである上に,だれでも,手軽に映写することができる。なお,これまでは暗室設備に相当の費用がかかったわけであるが,デイライトスクリーンを備えるならば,この問題は解消し,昼間教室で自由に映写することができる。  〔デイライトスクリーンの作り方〕 (5) 映写機およびフィルム  最も利用されるのは16ミり映写機である。幻燈に比べて,物の動きそのものを映写することができるから,生物の生態(鳥の飛ぶ様子・植物の成長・開花など)実験操作の過程などをしっかりとつかませることができる。なお,映写機にはたいていフィルム停止装置がついているから,必要に応じて画面をとめて,その画面を中心に話し合うこともできる。 (6) 実物投影幻燈機  絵画・写真・実物をそのまま拡大して映写することができる。(1)や(2)で述べた絵画・図表・写真の小型のものは,台紙にはって,この実物投影機で映写するようにすると効果的である。

 なお,おたまじゃくし・えびなどを小型の水そうに入れて投影すると,その運動が,多くのものに同時に見られ,話合いも活発に行われ,理解を助けることができる。

 電燈からでる熱のために,資料をいためることがあるから,冷却用ファンなど放熱装置の完備したものを選ぶことが望ましい。一つの投影機で,スライド映写・顕微投影なども兼ねたものがあるが,安いものでは実物投影のみのもののほうが無難である。

(7) ラジオ受信機および録音機  毎日の天気予報を聞いたり,学校放送の理科に関係のある番組を聞くには,教室にラジオ受信機が備えてあると便利である。最近録音機が売り出されている。録音する部分にテープ・ワイヤー・円盤のどれかが使われる。これがあると,見学先で専門家の話を録音して,あとでゆっくりみんなで聞いたり,学校放送を録音しておいて,これを,最も望ましい時期に,活用したり,こどもたちの話合いを録音し,あとで再生して,学習の状態を互に評価したりすることができて,学習効果をいっそうあげることができる。

 すべて,視聴覚教具およ材料は,どれがまさるというものではない。その場合,その場合で最も適したものがあるわけであるから,計画的に充実していくのがよい。

 

 6.機械・器具および材料

 次に,小学校で必要と思われる機械・器具・薬品の類をあげておく。

(1) 実験・観察・製作などに使われる材料

鉄線・銅線・鋼線(縫針,または蓄音機針,バイオリンやマンドリンの弦)

鉄板・銅板・ブリキ板・アルミニウム板・トタン・黄銅板・亜鉛板・金網(鉄線網・銅線網)

鉄くぎ・もくねじ

電線(エナメル線・綿巻線・コード等)・ヒューズ

ハンダ・ペースト

ガラス管・ガラス板・ガラスあきびん

木板・竹および竹ひご・きびがら

ゴム管・ゴムひも・ゴムせん・コルクせん

セロファン・中厚紙・ボール紙・画用紙・方眼紙・半紙・漏紙・模造紙

糸(絹・もめん・あさ・毛・人絹・スフ)

布(絹・もめん・毛・人絹・スフ)

わた・ガーゼ

にかわ・カゼイン・エナメル・ラッカー

(2) 薬品類 塩酸・硫酸・酢酸(す)

かせいソーダ・炭酸ソーダ・重炭酸ソーダ・アンモニア水

消石灰・石灰石・さらし粉・食塩

塩素酸カリウム・二酸化マンガン・硫酸銅・塩化アンモニウム

いおう・ヨードチンキ

でん粉・糖類(蔗糖・ぶどう糖)油脂(牛脂・豚脂・やし油など)

アルコール(化学用および燃料用)・ホルマリン・グリセリン

リトマス試験紙・フェノールフタレイン

ジアスターゼ

(3) 熱 源 アルコールランプ・電熱器・こんろ・石炭ガス (4) 光 源 電燈(電気スタンド)・懐中電燈・ろうそく (5) 電 源 100V電燈線・乾電池・整流器 (6) 計器類 尺度(ものさし・巻尺)

さおばかり(秤量(ひょう)500g),上皿天秤(うざらてんびん)(秤量100g)・ゼンマイばかり(秤(ひょう)量200g)・液量計(100㏄〜200㏄)

棒状温度計

ボルトメーター・アンメーター・ユニバーサルテスター

(7) 工具類 ペンチ(普通のペンチ・先丸ペンチ)・金床・万力・金ひきのこ

ハンごて(電気ハンダごて)・やすり各種・たがね・スパナ

かなづち・木づち・かんな・のこぎり(両刃のこぎり・いとのこ・竹ひきのこ)

なた・のみ・きり各種・きり出し小刀

ねじまわし・ハンドドリル

(8) 測量・観測のための機械・器具 雨量計・アネロイド気圧計・毛髪湿度計・寒暖計・最高最低温度計・風向計 (9) 実験観察のための機械・器具 虫めがね・顕微鏡・望遠鏡・レンズ各種・プリズム・鏡

試験管・ビーカー・フラスコ・広口びん・ろうと

スタンド(支持台)・試験管立・三脚・試験管ばさみ・金網・せん孔器・ゴム管ばさみ

磁石・磁針・ソケット・押しボタン・電鈴・地球儀

(10) 採集・飼育・栽培に必要な器具および材料 胴らん・捕虫網・毒びん・展翅板・たもあみ(水生動物採集網)

くわ,スコップ・レーキ・移植ごて

じょろ・噴霧器・肥料おけ・ばけつ・ざる・ちりとり

ほうちょう・はさみ

植木ばち・水そう・シャーレ・水栽培用ガラスびん

むしろ

昆虫飼育箱

殺虫剤

(11) 標本類・模型類・かけ図・写真・スライド 植物(草・木・作物・海草など)

動物(獣・鳥・魚・貝・虫など)

山・川・海など

岩石・鉱物・化石など

天体(太陽・月・星座など)

気象(雲・にじなど)

人体(骨格・筋肉・内臓など)

機械(熱機関・モーター・電話機・電信機など)