Ⅰ.学習指導に必要な装置や材料は,どのようにして備えたらよいか
特別な施設や設備,たとえば完備した理科実験室や標本室をもち,ガスや水道や電力の設備や高価な機械・器具・標本などがなければ,理科の指導はできないかのように考える人があるが,このような人は,もう一度小学校の理科の目標を検討し,さらにこどもは,どのような問題を解決することの必要と興味を感じているか,こどもの発達と合わせ考えてみる必要があろう。
環境に起った自然の事物現象に疑問を起し,これを科学的合理的に解決処理する過程で,科学的な理解を得,科学的な能力や態度を養うことが理料指導のねらいだとすれば,理科指導の機会はこどもの活動するところ随時随所に見いだされるはずである。このように考えてくると,こどもの活動の行われるところのあらゆる環境で,学習のための施設が必要であることがわかる。教室や学校図書館などはつまりその一つなのである。
小学校の理科で,こどもにやって見せたり,こどもが実験したりするのに使う装置やいろな材料をうることは,金のかかる困難な問題だと思っている教師が多いが,そんなに解決のむずがしい事がらではない。小学校で行う理科実験の多くは,簡単なものであるし,材料もありふれたものであるから,これらの装置や材料に,あまりに多額の費用をかける必要はないのである。
手製の装置は購入したものと同様,場合によってはそれ以上,目的にかない優秀なものであることが少なくない。たとえば,デイライトスクリーンのようなものは,購入するものと初めから決めてかかっている人が多いが,これも,手製し使用すれば,市販品の1/10ないし1/20ぐらいの費用で,じゅうぶんその目的を達することができる。(Ⅱ.の5の(4)参照)
理科の指導に必要な機械や器具というと,すぐに顕微鏡や望遠鏡などを思い出すのであるが,それでは,それがなかったら理科の指導ができないかというと,決してそのようなことはない。望遠鏡や顕徴鏡のような精密な機械の必要な場合は,時々起ってはくるが,そのような機械の使い方を指導する前に,もっとたいせつなことは,肉眼で星座を見つけたり,めざす星を見つけたりすることや,虫めがねを活用して,虫や花を観察することであろう。この観察の基礎のできないうちに,高価な機械を使用させることは,好ましいことではない。
小学校では,むしろこの基礎をつちかうことに力を入れるわけであるから,機械・器具を備えるにあたっては,できるだけ身近な材料で,観察や実験の基礎になるような技術を養うに最も適当したものを選ぶことがたいせつである。
よく大きな望遠鏡はあるが,地球儀や星座図がなかったり,顕微鏡はあるが虫めがねがなかったりする学校がある。また,洗面器をたくさんもっている学校で,ガラス水そうがないから,おたまじゃくしやめだかの飼育ができないなどと,なげいているようなのを見うける。ところが,この身近にある道具の中で,実験や観察に役だち,指導の能率をあげうるものが少なくないことを忘れているのである。たとえば,洗面器は淡水魚の飼育・観察もできるし,海草の標本をつくるときにも役だつし,ガス捕集の水そうとしても役だち,また,染色などをするときには,染料を中に入れ,そのままこんろの上にのせて加熱染色することもできる。ガラス水そうのように落してもこわれる心配がないから,まことに便利である。
このように考えると,まだまだ身近にある道具や材料で役だつものがたくさんみつかるであろう。これらの必要なものの大部分は,こどもたちが家庭からもってくることができるものである。そうでないものも,近くの雑貨店や金物屋などで手にはいるものもあるし,学校園で得られるもの,小使室にもある。また,教師やこどもたちの手で作ることのできるものもあろう。
小学校の理科では,高価な複雑な装置はこどもに混乱を起しがちであり,今やりかけている問題を解決するということよりも,装置そのものに注意をひかれやすいから,教師の予期に反して役にたつよりもむしろじゃまになる場合が多いものである。
身近な道具や材料が,どのように指導に役だつかを,まず,じゅうぶん調べてから,どうしてもそれらではできないものを購入・整備していくようにすれば,理科指導のために備えた機械・器具はどれもこれも活用され,むだを省くにともできるのである。望遠鏡も顕微鏡も,こうした考えの上にたって備えるべきであろう。
Ⅱ.学習に役だつ材料・施設とその経営
1.校舎と校庭
(1) 一般の校舎と校庭にあるものを,いかに扱うべきか。
理科の指導は,こどもが成人した後に合理的な生活を営みうることをめざしていることはもちろんであるが,今のこどもの生活自体が合理的に営まれることが,まずできなければならない。
学校生活のうち,物に即した分野を考えれば,校舎・校庭は主要なものである。これらの見方や扱い方が合理的になるように導くことが,理科の指導にたいせつなことである。このことを抜きにして,理科の指導を考えて,校舎や校庭などを,どのように利用しようかと考えることは誤っている。
わたくしたちは,いろいろいろなことについて,本を読んだり絵を見たり,人の話を聞いたりするよりも,実際にそのものを見,その事がらにぶつかったほうが,容易にそれを理解し,合理的に処理することができるものである。
校舎の内外には,こどもたちが現実に物事を考えていく資料が無数にある。これらの資料は,現在用いられているよりも,もっと活かして使われなければならない。理科の学習は,これらの資料を広く有効に使うのでなければ,その目標は達せられない。
こどもはそこで,いろいろな問題を見いだすであろうし,また,そこは問題解決の場ともなるであろう。
たとえば寒い地方では冬になると,ストーブなどを入れて教室を暖める。そこでは,次のような問題を解決する必要に迫まられる。
(b) ストーブは,どのようにしたらよく燃えるか。
(c) 気温を何度ぐらいに保てば,具合よく勉強や仕事ができるか。
(d) 空気がかわき過ぎないようにするには,どうしたらよいか。
(e) 教室の空気は,どのようにして暖まるか——熱の伝わり方。
(f) 換気について,どんな注意を払ったらよいか。
(g) 煙突は月に,何回ぐらいそうじしたらよいか。等
校舎内外における通風・採光・暖房・清潔・整とん・衛生などの問題は,毎日の学校生活を合理的にしていくのにたいせつな事がらである。校庭,または校舎の一部に設備されている井戸・水道せん・洗い場などについて「どのようになっているか」「どのように使えばよいか」というようなことに絶えず目を向けていかなければ,こどもの学校生活は合理的にならないであろう。このように学校の施設やその経営を見ていけば問題をつかむ機会はいくらでもあり,生活に即した問題を解決する能力も養われる。
(2) 特殊な利用法
(ⅱ) 廊下の一隅にたなをつくり,それぞれの季節の野草・栽培植物などをいけた花びんを置き,簡単な解説をする(1日1草など)
(ⅲ) 屋上などに,風向計・風速計を設けたり,校内天気予報のための旗ざおなどを立てたりする。
(ⅱ) すべり台・ジャングルジム・シーソーなどの遊びのための施設をする。
(ⅲ) 校庭に,いろいろな種類の樹木を植え,名礼を立てる。
(ⅳ) 一隅に日かげをつくるような樹木を植えたり,ふじだな等を設けたり,ベンチを置いたりして,話し合ったり,話を聞いたりする場合の便に供する。
(ⅴ) 小鳥小屋を設け,いつでも観察できるようにする。
(ⅵ) 百葉箱などを設け,気象観測に供する。
2.学校園
学校園には,生産を目標として営まれる農場や,校内の美化や実験を目標とする花壇や庭園,その他畜舎・養魚池などがあり,こどもがその経営に協力するときに,動植物の関係・利用・品種改良・動植物の成長・生物の環境への適応などに関する問題をもち,研究活動が展開される。
したがって,学校園は理科指導の立場からも重要な場であるということができる。
学校園の施設としては,次のようなものが考えられる。
(2) 肥料置場(たい肥積場・肥料がめなど)
(3) 飼育小舎(にわとり・うさぎなど)
(4) 池(おたまじゃくし・めだか・きんぎょなどの飼育用の小池も含む)
(5) 植木ばちだな
(6) 農具小屋など
3.普通教室
学校生活の最も多くの時間を過ごすのは学級の教室である。そこでは,1日の計画をたてたり,学習のためのいろいろな活動をしたり,楽しみのひとときをもったり,食事をしたり,そうじをしたり,または読書をしたりするいろいな活動が行われる。
また,理科の指導の立場から考えても,教室は話合いや劇や紙しばいをしたり,観察や実験をしたり,記録・報告を書いたり,いろいろな物を作ったりするところである。
したがって,教室の設備と環境とは,こどもに学習意欲を呼び起すようなものでなければならないし,学習の興味をもたせるようなものでなければならない。そして,こどもの学習材料が豊富にあり,問題解決のために,必要な経験を積むのに便利で有効な場となりうるようなところでなければならない。
そのためには,教師の性格とか,学級のふんい気とか,または教室内の空気・明るさ・温度・清潔などの条件も,環境の中の重要な要素としてとりあげられるが,ここでは,特に施設・設備方面に関する環境整備についてとりあげることにする。
(2) こどもの発達段階や学年の相違によって設備の内容を変化させる。
(3) 設備の内容をいつでも同一状態をもち続けないで,こどもの学習内容に即して変化させる。
(4) 施設・設備は固定しないで,必要に応じて動かせるようにする。
(5) 作業の必要に応じ,自由に動きのとれるようにする。
(6) 学習に必要な書籍・月刊雑誌・新聞などを備える。
(7) 教室の一隅にサイエンス・コーナーを設け,教室内でできる長期観察用の動植物を置いて飼育・栽培するとか,いま学習しつつある単元に関係のある図や表,その他の資料(こどもや教師の手になる研究物なども含む)を展示するとか,製作物を陳列するとかして,こどもが常に自然の事物や現象に親しむようにする。
(8) 栽培暦・学習予定表などを掲げる。
(9) 季節季節の花をかざる。
(10) 日常必要な観察・実験・測定などの器具を備える。(ピンセット・虫めがね,とけい・寒暖計・温度計・はかり・鏡・遊び道具などを含む)
(11) 流しを設ける。せっけんを置く。
(12) 電燈を設備する。
(13) 簡単な工作用具を備える。
(14) つめきり・はさみ・鏡など身なりを整える道具を備える。
(15) 小黒板および掲示板を備える。季節だより・学校だよりなどにも利用する。
4.理科学習のための特別な室
学習に役だつ部屋として,備えるのが望ましいものには次のようなものが考えられる。これらは,理科の学習にばかり役だつのではなく,広く学習の場として役だつであろう。
作業室・資料室・準備室など
作業室では,模型の製作,機械器具の分解・組立・修理・実験装置の製作・飼育装置の製作などの製作活動ができるようにする。そのためには,いろいろな工具や工作台および流し場・電源などの設備が必要となるてあろう。
資料室には標本・参考書・成績物などの資料を備える。動植物の標本は,戸だなに入れておくだけでなく,その生態を再現するようなくふうが払われれば,いっそう有効であろう。
準備室には実験・観察のための機械・器具や薬品などを備え,できれば電気・熱(ガスまたは他の熱源)・水(流し)などを使う設備をして,実験の準備に使する。
実験に使う機械・器具の準備や整理にこどもが参加できるよう保管の方法をくふうする。薬品は,その性質に応じ,安全に保管する。
理科センター:こどもの研究心をそそるように,作業室・資料室・準備室の要素を適当に組み合せた理科センターを設けるのも有効である。
これらは,長い期間を見通して,計画的に遂次充実していくのがよい。そして資料や機械・器具の保管,修理などを怠らないで,いつも施設全体が活用できる状態に置くことがたいせつである。
5.視覚教具および材料
理科指導では模型を見たり,掛図・写真・図表を見たり,映画や幻燈を見たりする活動をとり入れることによって,指導の効果の上がる場合がきわめて多い。次に視聴覚教具のおもなものをあげてみる。
(1) 絵画および図表
絵画や図表の中には,発明発見年表(科学史年表)や栽培暦や星座図などのように,教室常備用のものもあるが,これらの中には教師・こどもの創意とくふうとによって自作できるものも多い。
また,学校に写真機を備え四季の花や虫・雲・見学先の様子・こどもの活動の状況などを撮影し,これを保存しておくと,他日の指導に役だつことが多い。
実物・模型・標本の類は理科の単元の学習の際ばかりでなく,行事などに際してもできるだけこどもの眼に触れるようにはかるべきである。
たとえば,衛生週間に寄生虫の液浸標本を陳列するとか,潮干狩の行われるころ,海の生物の標本を陳列するようにすると,学習の興味を呼び起すばかりでなく,標本そのものにも親しみを覚え,活用の意欲も高まり理解を深めるようになる。
幻燈画をいためないためには防熱ガラス,またはモーターファン冷却装置のついた幻燈機を選ぶのがよい。
幻燈画には一駒ずつになったスライドと,いく駒か連なっているフィルムストリップとがある。一駒ずつのスライドは,フィルムをきずつけないで長く使用に堪え,駒の順序を自由にすることができる。一連の現象を初めから順次に見せる時などには,フィルムストリップが適当である。これらはいずれも教師またはこどもの手で作ることができる。
幻燈機の映写レンズをはずして,鏡胴に顕微投影装置をさし込めば,顕微鏡下で見られる世界を投影することもできる。
幻燈は,ただ映して見せるだけでなしに,指導に際し,導きに,研究に,整理に,発表にその他理解を助ける上に,絵画・図表・写真などと密接に関連して活用することが望ましい。
なお,おたまじゃくし・えびなどを小型の水そうに入れて投影すると,その運動が,多くのものに同時に見られ,話合いも活発に行われ,理解を助けることができる。
電燈からでる熱のために,資料をいためることがあるから,冷却用ファンなど放熱装置の完備したものを選ぶことが望ましい。一つの投影機で,スライド映写・顕微投影なども兼ねたものがあるが,安いものでは実物投影のみのもののほうが無難である。
すべて,視聴覚教具およ材料は,どれがまさるというものではない。その場合,その場合で最も適したものがあるわけであるから,計画的に充実していくのがよい。
6.機械・器具および材料
次に,小学校で必要と思われる機械・器具・薬品の類をあげておく。
(1) 実験・観察・製作などに使われる材料
鉄板・銅板・ブリキ板・アルミニウム板・トタン板・黄銅板・亜鉛板・金網(鉄線網・銅線網)
鉄くぎ・もくねじ
電線(エナメル線・綿巻線・コード等)・ヒューズ
ハンダ・ペースト
ガラス管・ガラス板・ガラスあきびん
木板・竹および竹ひご・きびがら
ゴム管・ゴムひも・ゴムせん・コルクせん
セロファン・中厚紙・ボール紙・画用紙・方眼紙・半紙・漏紙・模造紙
糸(絹・もめん・あさ・毛・人絹・スフ)
布(絹・もめん・毛・人絹・スフ)
わた・ガーゼ
にかわ・カゼイン・エナメル・ラッカー
等
かせいソーダ・炭酸ソーダ・重炭酸ソーダ・アンモニア水
消石灰・石灰石・さらし粉・食塩
塩素酸カリウム・二酸化マンガン・硫酸銅・塩化アンモニウム
いおう・ヨードチンキ
でん粉・糖類(蔗糖・ぶどう糖)油脂(牛脂・豚脂・やし油など)
アルコール(化学用および燃料用)・ホルマリン・グリセリン
リトマス試験紙・フェノールフタレイン
ジアスターゼ
等
さおばかり(秤量(ひょう)500g),上皿天秤(うはざらてんびん)(秤量100g)・ゼンマイばかり(秤(ひょう)量200g)・液量計(100㏄〜200㏄)
棒状温度計
ボルトメーター・アンメーター・ユニバーサルテスター
ハンダごて(電気ハンダごて)・やすり各種・たがね・スパナ
かなづち・木づち・かんな・のこぎり(両刃のこぎり・いとのこ・竹ひきのこ)
なた・のみ・きり各種・きり出し小刀
ねじまわし・ハンドドリル
等
試験管・ビーカー・フラスコ・広口びん・ろうと
スタンド(支持台)・試験管立・三脚・試験管ばさみ・金網・せん孔器・ゴム管ばさみ
磁石・磁針・ソケット・押しボタン・電鈴・地球儀
くわ,スコップ・レーキ・移植ごて
じょろ・噴霧器・肥料おけ・ばけつ・ざる・ちりとり
ほうちょう・はさみ
植木ばち・水そう・シャーレ・水栽培用ガラスびん
むしろ
昆虫飼育箱
殺虫剤
動物(獣・鳥・魚・貝・虫など)
山・川・海など
岩石・鉱物・化石など
天体(太陽・月・星座など)
気象(雲・にじなど)
人体(骨格・筋肉・内臓など)
機械(熱機関・モーター・電話機・電信機など)
等