Ⅰ.評価はなぜ必要か
1.指導の目標が達せられたかどうかを知るために
第1章でわたくしたちは理科の目標について考えてみた。わたくしたちは,この理科の目標を達成しようとして,指導に努力しているのである。
この指導の効果が,どの程度達せられたかを反省してみることは,自分たちの努力の収穫を知る喜びであると同時に,さらに,今後,よりよき結果をうる道を見いだすのに役だつのである。そして,その反省は指導の効果を飛躍的に増大するのに大きな力となるのである。
指導ということは,教師がこどもに対して行う教育的な活動であって,こどもの側からみると,この指導によって進歩するのである。また,この進歩を促す原動力となるものは,絶えず学ぼうとするこどもの欲求である。
そこで,指導の目標が達せられたことを知るためには,これを次のように,二つの立場から考えてみることができる。
(1) こどもの進歩を知るために
教師が理科の指導計画をたてる場合には,こどもの能力の発達や興味のあり方について調べ,学年ごと,または学級ごとに,おおよそのねらいを決める。それに基いて指導の内容を考えていくのである。
指導の目標は,理解・能力・態度の三つの面から考えられている。もとより,これらは互に密接な関係があり,分けて考えることは困難な場合があることはいうまでもない。しかし,指導のねらいをどこに置くかという観点から,目標を具体的に三つの面に分けてあげておくことはできる。教師はもとより,こどもも,学習中および学習の後において,いつもその学習によって得たものが目標にどの程度に近づいたか,または目標に到達することができたかを知っていることが必要である。
教師はこの目標に照し合わせて,こどもの進歩の程度を見まもり,こどもは自分の進歩を自覚し,両者がともに絶えず目標の達成に努力を続ける態度を養うことが,評価の重要な一つの面であるということができる。
(2) こどもの欲求が達せられたかどうかを知るために
学ぼうとする意欲を中心として,学習が展開されていくことは,理科の学習の場合でも,他教科の場合と同じである。自分で問題をもち,その問題を解決する方法を計画し,その計画に従って研究の活動が進められていく。問題が解決された場合には,こどもは満足の喜びをもつであろう。
したがって,こどもの欲求が満足されたかどうかを知ることは,教師にとっては,指導の効果を知ることでもあり,こどもにとっては学習の意欲を絶えず持続する上に必要なことでもある。
2.指導法の適・不適や,指導の効果を知るために
指導の方法は,こどもが目標に向かって学習していけるように考えて決められるものである。したがって,計画どおりいかない場合もたびたび出てこようし,また計画に従って押しつけるべき性質のものでない。このようなときに,教師は,どのように指導していったらよいかを解決する手がかりを与えてくれるものが評価である。
こどもが,「水は蒸発する」ということを理解するには,「雨あがりなどで地面から湯げのたちのぼるのを観察する」「さらに入れた水がだんだん少くなるのを見る」「水を熱して気化させる実験をする」「洗たく物がかわくのに気をとめる」「めいめいがもっている水の蒸発についての経験を基にして話し合う」など,いろいろな学習活動が考えられる。
これらのどれとどれをとりあげるか,どういう順序でやるかは,気象現象や設備などによっても影響を受ける。しかし,常に評価することによって,学習に最も適当な機会を捕え,こどもの困難とする点を考えて指導の方法を反省し,こどもの理解を助けていけば、こどもが「水は蒸発する」ということを理解するには,討議をすることよりも実験をするなり,観察をするなりするほうがよいということがわかるであろう。「生物を愛育する態度を養う」のには,「話を聞く」「飼育や栽培の様子を見る」「自分で飼育したり,栽培したりする」などが考えられるが,指導の効果を評価すれば,話を聞いたりただ見たりするよりも,実際に飼育または栽培するほうが効果があるとかいうことがはっきりして,適切な指導の方法がとれる。これは,学習指導において重要なことである。
3.とりあげる学習活動の種類や,学習の材料を知るために
学習の目標が達せられなかったり,学習活動が活発でなかったりする原因が,学習活動の種類や学習材料の選択が適切でなかったためであると気のつくようなことがあろう。その場合には早速その障害を取り除かなければならない。たとえば「物によって電気をよく通すものと通さないものとがある」という理解の目標を達しようとして,話合いによって学習を進めていたがどうも理解しにくいので実験に切り変えたとか,その抵抗の実験に使った針金の長さはそろえてあったが,太さが違っていたために予想の結果がでないので,その材料の不適当なのに気がついて直したとかいった場合があろう。
とりあげる学習活動の種類や,学習の材料の適否を検討し,その効果をいつも打診しながら指導を進めていくところに,評価が貢献する分野がある。
4.理科の指導計画は適切であるかどうかを知るために
理科の指導計画といっても,その規模には大小さまざまあり,地域社会にかなった理科教育の全領域にわたって計画する場合もあり,学校などで,各学年の単元を選ぶ場合もあり,また,担任教師が自分の学級で取り扱う学習題材を決定するような場合もあろう。いずれの場合にせよ,その計画をたてるのに,学習の結果の反省資料が非常に役にたつことはもちろんである。
このためには,学習を妨げたものは何であったか,目標が達せられなかった原因はどこにあったか,こどもは身近に起ったどのような問題に解決したい意欲をもったかなどについて研究し,来年の指導計画のよりよきものにするための資料とすることが必要である。
こてによって,本年達成できなかった目標,またはふじゅうぶんであった目標について,指導する機会を織り込むこともできるであろうし,こどもにとって解決を要する重要な問題をとりあげることもできるであろう。このように反省の資料をじゅうぶん生かすことによって,指導計画を常に新しく,適切なものに変えていかなければならない。
5.こどもの進歩や能力を家庭に伝えるために
こどもの進歩について,必要に応じて家庭に報告し,学習が望ましい方向に発展するよう家庭の人々の協力を求めることは,こどもの幸福を願う教師の当然の責務である。
この際,特に注意しなければならないことは,教養の程度,生活の程度など,家庭の人々の実情をよく考えて,家庭の人々がその報告を理解し,また協力しやすいように,内容や表現にじゅうぶん注意することである。そのためには,評価する内容をできるだけ詳しく分析し,貝体的に表わし,ただ結果だけにとらわれないで,こどもがいつも科学的に考え,行動することを援助できるように心がけなければならない。
Ⅱ.何を評価するか
1.学習の効果をみる場合
評価のうちで最も普通に行われるのは,学習を進めながら,また学習を終った時,こどもがどのように進歩したかを知ることである。学習の効果を見ることによって,指導の計画や方法などを改善し,理科教育の効果を上げるための資料をうることができるであろう。
学習は,あらかじめたてられた目標に向かってなされるのであるから,この学習の目標は,また効果判定の場合に,その目標ともなるわけである。
理科の目標は,個人の生活や社会の共同の生活を,科学的に処理していくことのできるような力を,こどもにつけてやることである。この力を,理解・能力・態度の三つの面に分けて考えてみることが有効である。したがって,評価を行う場合も,この三つの面から対象を考えてみることが効果的である。
第1章で,理科指導上の理解・能力・態度の目標について考えてみた。また,これをさらに分析したものを付録に掲げてある。これらは,教師が単元の計画をたてる場合の目安になるものであるから,このままでは単元の目標となりにくい。それは,これらはこどもにとってやや抽象的であったり,多義的であったりするからである。
実際に学習する単元の目標は,これらの資料を参考にして,その地域とこどもによく合った目標を直接的,具体的に,指導に当る教師自身が作らなければならない。
学習の効果を見る場合は,この指導の目標がどのように達せられたかを見る,すなわち指導目標が評価の観点になってくるのである。
一例として,低学年向単元に含む問題として「畑には,どんな虫がいるでしょう」をとりあげてみよう。
指導目標としては,
A.理解の目標
(2) 虫によって,すむ場所がだいたい決っている。
(3) 虫によって,食べる物が違う。
(4) 虫によって,運動のしかたが違っている。
(2) どこにどんな虫がいるかを調べることができる。
(3) その虫のからだの違いを調べることができる。
(4) その虫の食べ物を調べることができる。
(5) 虫の運動のしかたを調べることができる。
(2) 身近にいる虫に興味をもつ。
A.理解の評価
(2) それらの虫は,畑のどんなところにいるかがわかったか。
(3) それらの虫の食べ物の違いがわかったか。
(4) それらの虫の運動のしかたがわかったか。
(2) それらの虫の違いを比べることができたか。
(3) それらの虫の食べ物が,なんであるかが調べられたか。
(2) 身近にいる虫に興味をもつようになったか。
たとえば,理解についての評価では,「生物はそれぞれ決った発育をして親になることがわかったか」ではなく,「ちょう・かえるなどは,子から親になるまで形がまったく変ることがわかったか」とか,いね・あさがおなどは,種から成長して葉が伸び,花が咲き,実を結んで枯れることがわかったか」というふうに具体的にする。
能力についての評価では,「比較観察ができたか」とか,「資料や材料が集められたか」とかでなく,「東と西と見分けられたか」「さおばかりを作る材料が集められたか」というふうに実際的にする。
態度については,「自然に親しむか」とか,「科学を日常生活に応用しようとするか」でなく,「四季おりおりに野外に出て,観察したり,採集したりすることを喜ぶかどうか」とか,「自分のもっている金物をさびないように試みているか」とかというように,具体的にこどもの行動を観察するのがよい。
2.理科指導の効果をあげるための資料をうる場合
(1) 指導計画は適切であるか
学級の教師は,指導要領その他各種の資料を参考にして,自分の学級のこどもに最も適した単元を設定し,指導の計画をたてる。この計画が適切であったならば,その学習の効果も,また期待しうることはいうまでもない。
この意味において,教師は,まず自分の指導計画を,次のような諸点について反省してみることがたいせつである。
A.理科,あるいは他の教科と関連した計画について
(b) 他教科と関連して,全体として調和がとれているか。
(c) 指導目標の全体が,こどもの科学的理解・能力・態度の養成に必要にしてかつじゅうぶんであるか。
ⅰ) 指導目標の各学年の配当は適当か。
ⅱ) 地域の状況に応じているか。
(d) 単元の内容がこどもの発達に即しているか。
ⅰ) むずかしすぎたり,やさしすぎたりすることはないか。
ⅱ) 内容が多すぎたり,少なすぎたりすることはないか。
ⅲ) 地域の事情によく合っているか。
(e) 単元は,季節や行事を考慮して,適当に配置してあるか。
ⅰ) 季節の変化に,その単元の学習が合わせてあるか。
ⅱ) 社会的な行事を利用するようにできているか。
(f) 予定計画外の問題についての指導の機会が考えてあるか。
(b) 指導目標を達するのに,適当な学習活動が選ばれているか。
(c) 学年,あるいは日々の時間の配当は適当か。
(e) 個人指導の機会が考えてあるか。
(f) 評価の機会が考えてあるか。
評価は,こどもが問題をつかんでから,それを解決するまで,こどもの困難とするところを見いだし,障害を排除して,解決の方向に絶えず学習のかじをとり続けるのに必要なものである。
このためには,次の諸点について反省してみることが望ましい。
A.導入は適切であったか。
(b) 学習の場は適当に設定されたか。
(c) 学習の計画はじゅうぶんに討議されたか。
(b) 全部のこどもが活動したか。
(c) 個性に応じて指導されたか。
(d) 目標によく合った問題解決が中心となって,学習が展開されたか。
(e) 目標を達するのに適した学習活動がとり入れられたか。
ⅰ) ある学習活動が参加したこどもに興味があったか。
ⅱ) ある学習活動が,他の学習活動より,問題解決のために有効であったか。
ⅲ) こどもの発達に即して,行動することによって学ぶような学習活動がとられたか。
(f) 資料や材料を,問題解決に生かして使ったか。
(g) 予定計画外の問題の発生についても,適切な指導処置がとられたか。
(b) こどもは,この学習の成果をまとめてみたか。
(c) 学習の効果が評価記録されたか。
(d) 新しい単元の展開に役だったか。
(e) 他の教科と調和のとれた指導ができたか。
材料の選択については,第7章を参照していただきたいがそのおもな反省点をあげれば,次のとおりである。
(b) 値段の安いものが選んであるか。
(c) 調べようと思うことが,よくわかるものが選んであるか。
(d) その学年のこどもの発達にかなっているか。
(e) 危険がないか。
(f) 取扱が簡単で便利か。
Ⅲ.どのようにして評価を行うか
1.いつ評価を行うか
(1) 単元の学習の初めに行う場合
こどもがその単元の内容について,どの程度の認識をもっているかを調べ,学習計画をたてる参考資料とする場合である。
これは,普通問答によって,教師は,現在こどもは,どんな知識や理解をもっているか知ることができるし,その話合いを通して,こどものすでにもっている経験は何で,今後どのような経験を準備しなければならないかを決めることができる。
(2) 学習を進めながら行う場合
自動車を運転している人が,走っていく道路から少しも目を離さないで,障害物にぶつからないように,絶えず注意しているように,学習を指導している教師は,学習が目標への軌道からはずれないように,また困難につき当った時は,その原因をつきとめ,それが切り開けるように,絶えずかじをとっていく必要がある。
次に,おもな学習活動について注意すべき点をあげてみることにする。
A.観 察
b) 観察の方法がわかっているか。
c) 観察のしかたがむずかしすぎることはないか。
d) 観察の対象があまりに平易すぎることはないか。
e) 道具や材料の選択が悪くて,効果をあげ得ないことはないか。
f) 道具や材料の数量が不足で,観察に不便していないか。
b) 実験の手順や方法についての計画がじゅうぶんであるか。
c) 実験の方法がむずかしすぎることはないか。
d) 道具や材料の準備が悪くて,不便なことはないか。
e) グループの人数は適切であるか。
f) 危険なことはないか。
b) 製作するおもしろさにつられて,さわがしくなることはないか。
c) 製作の方法がよくわかっているか。
d) 材料や道具の用意は適切であるか。
e) 製作に失敗したこどもが,途中で学習の意欲を失うことはないか。
f) 製作物が目的にそって有効に使われたか。
b) 計画がよくできているか。
c) 道具や教材の準備は適当であるか。
d) グループの人数は適切であるか。
e) 危険なことはないか。
b) 特定のこどもだけが発言し,大部分のこどもは無関心でいることはないか。
c) 進行中,常に話題が一同に徹底しているか。
d) 他人の発言をよく聞いているか。
e) 一つの問題を中心に,脱線することなく,それが発展するように話合いが進められているか。
b) むだをしたり,高価なものに走ったりする傾向はないか。
c) 整理保存はよくいっているか。
b) 計画がじゅうぶんであるか。
c) 熱心に話を聞き,疑問を解決しようと努力しているか。
d) 先方に迷惑をかけるような言動はないか。
e) 危険なことはないか。
f) 記録が適切にとれているか。
b) 計画がじゅうぶんであるか。
c) 道具などの用意がよくできているか。
d) むやみに土地や生物をいためるようなことはないか。
e) 途中の行動に秩序があったか。
f) 採集した標本の利用や保存がよく行われたか。
b) 文学や図がていねいにかかれていたか。
c) 表現形式が考えられていたか。
b) 何を見たり,聞いたりしたらよいかわかっているか。
c) 見たり聞いたりしている態度はよいか。
d) 見たり聞いたりしたあとの整理が適切であるか。
要するに,こどもが実験している様子や,話合いをしている模様など,あらゆる学習をしている姿を観察したり,または,特に問答によって,学習が効果的に発展しているかどうか,あるいは指導法や材料や学習活動などが適切であるかどうかを知ることができるし,またそれに基いてこれらを改善することができる。
これは,一つの単元学習を終り,それによって初めの目標がどのくらい達せられたかを調べて,指導の反省をするとともに,次の単元計画の参考とし,同時に,こどもの成績評価の資料とするものである。
2.たれが行うか
(1) こどもが行う場合
こどもが自分自身の学習のしかたや結果について反省し,また友だちの学習の様子を見て,互に批評し合ったりするのである。
こどもが自分で進歩に気づいてうれしく思うことが自主学習のもとである。こどもの自己評価というのは,こどもが,自分はいまどのように前進しているか,学習の目標に対してどの程度近づいているか,自分の行動は,学習の目標に照して望まい方向に向っているかなどについて,自分自身を評価することである。教師は,こどもの自己評価の態度をすすめるとともに,こどもが互に批評し合う時は,単に友だちの悪口をいうことに興味をもつようなことにならないように注意しなければならない。
(2) 教師が行う場合
ある学習を指導した教師が行うもので,最も普通に行われているものである。これには,教師がこどもの学習効果を評価する場合と,教師自身が,その計画なり,指導法なりを自己評価する場合とがある。
(3) 第三者が行う場合
学習を指導した教師以外の教師・校長・指導主事・両親などが評価する場合である。
その一つは,教師の指導にあたっている人々が,学習を指導している場面を見たり,その成績物を見たりして,教師に対して指導計画や指導法の修正や改善について必要な指導や助言を与えるのである。
また,教師どうしで批評し合って,それらの改善に努力するのである。
他の面として,家庭の人々の評価がある。こどもの教育は,学校と家庭の人々の協力によって行われるのであるから,両親その他の人々にこどもの進歩について関心をもってもらうことがたいせつである。
この評価の資料は,こどもの家庭における興味や活動を報告してもらうことで得られる。
3.評価の方法には,どんな形式があるか。
評価の方法には,固定した形式というものを考えるべきではないが,大きくまとめてみると,次のような方法が考えられよう。
(1) 学習の様子を観察する
低学年では,文字がよく読めなかったり,問題の意味がとれなかったりするために,ペーパーテストを行うことが困難な場合が多い。このような場合は,毎日の学習の様子を観察することによって,評価することがたいせつである。
「夕方になると,お月さまはどちらから出てくるでしょうね。」とか,「お月さまに秋のお花をお供えしたいんだけれど,どんな花が咲いているでしょうね」とか質問して答えさせる。
客観テストのように,同時に全部の答をうることはできないから,何回もいろいろな質問を通じて,全部の理解の程度を知らなければならない。したがって,調べる期間が長いほど客観性が得られるのであるから,この方法では,その結果をよく記録しておくことが必要である。
能力や態度の評価は,ことに,毎日の学習を通して観察することがよい。能力や態度は,第1章・第2章および付録に述べてあるように,いろいろな面から分析して考えることができる。個人別に,このような項目をかいた表を作っておき,学習中に,気のついた度に,そのこどもの,その項目のとろに印をつけておくようにすると,客観的な評価の資料が得られるであろう。
たとえば,A君が「はいの発生の回数や産卵数から,そのふえ方の激しさを考えている」ならば,A君の「事実から推論する能力」のところに○印をつけておく。大部分のこどもがわかったのに,C君がなかなかわからなかったら,C君のところに△とか×の印一つけておくとか,くふうすればよいであろう。
Bさんが「かえるがなくと雨が降る」ということがほんとうかどうか,なんとか確かめようと苦心しているのが目についたら,Bさんの「批判的な態度」というところに○印をつけるというようにする。
このような観察は,こどもの「K君は,家で模型電車を作り,とてもよく走らせています」とか,「Sさんは,毎日よく歯をみがいていますよ」といった,ちょっとした日常の会話によっても,評価の資料が得られよう。
このような方法は,こども自身でも行うことができる。
これには,次のような方法がある。
〔例〕
a) 地球にいちばん近いわく星はなんですか。
( )
b) 北極星はどんな星を手がかりにしてみつけますか。
( )
c) 水は何度でこおりますか。( )
d) せみの子は,どこにすんでいますか。( )
e) やごは育つと何になりますか。( )
選ぶための答は一つの問に対して,四つ以上あるのがよいとされている。
〔例〕
a) 1年の間で,昼の長さがいちばん長く,夜の長さがいちばん短いのは
2月20日ごろ
4月20日ごろ 6月20日ごろ 8月20日ごろ 10月20日ごろ 12月20日ごろ |
である。 |
b) 電流をよく通すものは
ゴム・もめん糸・
ガラス・せともの・ 銅・アルミニウム・ 木・あぶら |
である。 |
C.真偽法
〔例〕
a) 物がもえるとさん素ができます。
「はい」 「いいえ」
b) ぼうふらはかのこどもです。
「はい」 「いいえ」
真偽法は,どちらか一方に正否の判断をくだして,印をつけるものであるから,でたらめに印をつけた場合でも50%は正解になる。
そこで,答の正否の排列にはよく注意しなけれほならない。
また,採点する場合にも,正解の数から誤りの数を減じて考察するとかの特別な考慮が必要になる。
普通は,正解の数から誤りの数を減じた時,マイナスになった場合には零点とすることが行われている。
知識の程度の検査によい。
〔例〕
いちじく 種でふえる。
じゃがいも いもでふえる。
あさがお つるでふえる。
球根でふえる。
さし木でふえる。
時には,こどもに図をかかせることもある。
〔例〕
(a) 日食と月食の起る
わけを図にかきなさ い。 (b) 次の図は,さじを ニッケルメッキして いるところです。 |
+(プラス)−(マイナス)・ニッケル板・メッキ液はどれですか,図にかきいれなさい。
文章の形ばかりでなく,図や絵の形で出題することもある。
この方法には,完成させるものを,解答者の自由に任せる自由完成法と,完成すべき一部分に一定の条件や制限をつけておく制限完成法とがある。
〔例〕
・しゅんぶんの日は,ひるとよると長さが○○○です。
(a) まわりの色
(b) 指の先
(c) すいつく
また,このかえるの色は,□とよくにるようにかわります。
次に,まちがっているところがあったらなおしなさい。
・もんしろちょうは,さくらの葉を食べて育つ。
・しんぞうは,血をきれいにするはたらきをもっている。
・あえんに,きりう酸をそそぐと酸素が出る。
〔例〕
・小鳥は,わたくしたちの生活に,どのように役だっているか。
・肺のはたらきを説明しなさい。
・日本では,冬になると北西の風が多く吹くのはどうしてか。
〔例〕
夜より昼の方が,昼の長さが夜より,長い,短い,だいたい同じ。
考え方,理解のしかた,学習態度を調べることができる。
〔例〕
( )むし米に種こうじをまぜて米こうじを作る。
( )こうじに食塩を入れたものに,むしただいずをまぜる。
( )だいずをむしてまめをつぶす。
( )米をむす。
( )きかいですりつぶすとみそができる。
( )できた米こうじに食塩をまぜる。
コルク( )
各項目の重要さの違いによって点数をかえることもてきる。
〔例〕
(b) 寒暖計の水銀が上がったり,下がったりすること ( )
(c) もちを焼くと,ふくらむこと ( )
(d) からだがふとったりやせたりすること ( )
(e) ふろをわかすとき,上のほうが熱いのに,下のほうが冷たいことがあること
( )
〔例〕
虫のなまえ
虫の口 |
|
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|
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|
|
かむ口をもって
いる虫 |
||||||||
さしてすう口を
もっている虫 |
||||||||
なめる口をもって
ている虫 |
||||||||
すう口をもって
いる虫 |
この方法は,いろいろな力が総合されて現われやすいから,なるべく分析された能力なり態度なりがわかるように問題を作る必要がある。
〔例〕
これによって,次のことがらが評価できよう。
・一つの実験を企画する能力
・機械道具を使う能力
・材料を使う能力
・注意深く正確に行動する態度
これによって,次の事がらが評価できよう。
・比較観察する能力
・数量的にみる能力
これによって,次の事がらが評価できよう。
・比較観察する能力
・記録する能力
(e) 模型モーターの故障している点を発見したり,その箇所をなおしたりする。
(f) プラグ・コード・ソケット・電球等を組み立てて,電燈をつけてみる。
〔例〕
・整理整とんする能力
・記録・図表を作る能力
・みずから進んで究明する態度
・余暇を利用する態度
・問題をつかむ能力
・企画する能力
・原理を応用する能力
・筋道の通った考え方をする能力
・工作する能力
・みずから進んで究明する態度
・根気よく物ごとをやりとげる態度
・新しいものを作り出す態度
・余暇を利用する態度
Ⅳ.評価の処理と反省
1.評価の処理
指導上最悪の条件は,不安を教師やこどもがもつことである。
評価がこどもの教育に悪い影響を与える場面を考えてみると,その一つは,評価を行うことによって,こどもに不安を感ぜしめ,奮発心を萎縮させることであり,もう一つは,評価の結果によってあるこどもを他のこどもと比較して批評し,そのこどもをほめすぎたり,しかりすぎたりしたために,正しい精神的発育を害することにある。
評価を行うことによって,こどもや教師に不安を感ぜしめるようなことがあってはならない。こどもや教師を力づけ,解決に近づいていく手がかりを見いだすのが,評価の真のねらいである。
また,こども個人がどれだけ進歩したかを見るのが第一の目的であって,AとBを比較して,その優劣を見る資料をうるために評価を行うのは第二義的な特殊な場合だけである。
評価の結果について価値判断をするためには,ある一つの判定尺度というものがあれば便利である。けれども,理科の力について,この判定の尺度を見いだすということは,非常に困難な仕事であるが,地域的に,その学校,または学級のこどもについて,できるだけ発育に即して,だいたいであってもよいから知っておくと効果が多い。
しかし,評価は,ひとりひとりのこどもの能力が,教師の指導でどれだけ伸びたかを判定するものであるということを,どこまでも忘れてはならないことである。AとBの能力の優劣を決めることではない。
たとえば,4学年の効果判定の尺度をもって,全体のこどもの能力をはかり,よくできる子,できない子を決めるのではなく,ひとりのこどもの能力が,いかに多く伸びたかを測るべきである。であるから,このような尺度は測定の結果,その子の能力が,この尺度の中央にきた場合は,最も適当な尺度であったといえるが,上の端か下の端にきた場合は,正しく測定できない不適当な尺度である。すなわち尺度に使った問題を全部正しく答えた場合には,この尺度は,このこどもに対しては,能力を正しく測れなかった不適当な尺度なのである。この効果判定の尺度の意味をよく考えて,使い道を誤らないようにしていかなければならない。
評価の結果を,いろいろな符号を使って数段階に表わしているのが普通であるが,段階に分けるだけでなく,指導の目標と照し合わせてみて,その結果を,次のような点から反省してみることがたいせつである。
(a) 個人の理解・能力・態度の進歩,およびその調和
(b) 個性を伸ばしたかどうか
(2) 学級全体について
(a) 指導計画の適否
(b) 指導法の適否
(c) 材料と学習活動の適否
2.評価の反省
評価の方法そのものが適当でなかったならば,正しい結論を期待することはできない。それであるから,評価の方法そのものについても反省することが必要である。
それには,次の諸点について考えてみることがよい。
(a) 評価する人によって,違った結果が現われることはないか。
(b) 問題がむずかしすぎたり,やさしすぎたりすることはないか。
(c) 目標を適確に評価したかどうか。
(d) 評価がこどもの能力の差異を知り,こどもの能力の増進に役だったか。
(2) その評価はやりよいかどうか。
(a) 手数や時間がかかりすぎることはないか。
(b) 方法がむずかしすぎることはないか。
(c) 材料費等が高価につくことはないか。
その評価の方法がよいか悪いかは,それを行うものがいちばんよく身にしみてわかることである。最もやりやすく,しかも効果のある方法をくふうして作りあげていくことは、現場にある教師にとって,重要な課題の一つである。