第2章 こどもの発達と理科学習

 

 Ⅰ.こどもの発達を考えるわけ

 こどもに1mmの目もりを読むことを指導しようとする場合に,こどもの目が1mmの間隔のある2本の線を識別することができる程度に発育していなければ,どんなに指導に骨をおってみたところで,骨おり損に終る。指導してみたいと思う事がらも,指導の方法もすべて,それを受け入れる側のこどもの発育の程度を基礎にして,その上に築かれなければ意味のないことになる。理科の指導や学習について考えるにあたって,第一に取り上げなければならない問題として,こどもの発達ということがある。まず,この問題のもつ意味について,もう少し考えてみよう。

 

 1.こどもを理解するために

(1) こどものどんなことを理解するか

 こどもは,その内にあるいろいろのものが密接な関連をもった全体として発達していくものであるが,これを研究する場合には一応分析して考えてみることも必要である。ここでは,次のように分けて考えてみよう。

 A.身体の発達を理解する

 たとえば,筋肉は年齢が進むに従って,どのように発達していくものであるかがわかれば,年齢に応じて,実験や作業の適切なものを選ぶことができる。

 また,持久力の発達の程度が理解できれば,継続的な実験観察は,どのくらいの期間が適当であるかを決めるのにも役だつ。 このように,身体的の発達の程度を理解していることによって,無理のない指導をすることができる。

 B.社会性の発達を理解する

 たとえば,グループは,どのくらいの人数で,どのように扱ったらよいかを考える場合,集団的組織的な行動についての発達の程度を理解していることが必要であろう。

 また,性的に違った行動が現われてくる時期や程度がわかれば,男女による興味や関心の違いに応じて,適切な指導ができる。

 C.情緒の発達を理解する

 たとえば,生物に対しての愛情がどのように発達するかがわかれば,どの年齢の時に,どんなものを,どんな方法で飼育するようにしむけたらよいかがわかる。

 また,身体的な直接経験に興味をもつか,あるいは抽象的な思考に対して興味をもつかがわかれば,それに応じた指導ができる。

 D.知的発達を理解する

 たとえば,客観的に考察できる発達の程度とか,推論する能力や抽象作用の発達の程度など,知的の発達の程度を理解すれば,こどものもっている能力をじゅうぶんに発揮させることができるし,こどもの能力以上のものを要求して,興味を失わせることもなくなる。

 このように,こどもを理解することがもとになって,こどもの能力をいっそう伸ばし,理解を深め,好ましい科学的態度を養うことができるようになる。

(2) どうすれば,こどもを理解できるか

 まず第一に,これまで研究された資料などにより,こどもの成長発達の一般的な傾向を,おおまかに知ることである。

 こどもの心理的傾向を,身体的な発達の段階・社会的発達の段階・情緒的な発達の段階・知的な発達の段階に分けて,これらの各面から見て,年齢とともに,どのように発達していくかのだいたいの傾向をつかむことがたいせつである。

 次にだいたいの傾向をつかんだ上で,これに照し合わせて,個人の発達を考え,受持ちのこどもひとりひとりについて観察を進めて,そのこどもの個性を理解することである。

 それには,いろいろな評価の方法がとられるが,このひとりひとりの観察から得た事例の集積が,あるこどもの個性の理解に役だつのである。また,それによって,その学級の傾向もつかむことができるから,観察の集積をおろそかにしてはならない。

 

 2.学習の効果をあげるために

 学習の効果をあげるためには,こどもの意欲や興味の中心を知り,こどもの理解・能力・態度の範囲と程度を知ることが必要である。

(1) 興味の中心を知る

 興味が強く働いた場合には,学習の意欲もそれに伴うものである。こどもの興味は年齢とともに変るものであるから,こどもの興味の発達を理解することによって,学習のときの興味の中心がどこにあるかを知る手がかりが得られる。

 しかし,ここに注意しなければならないことは,こどもの興味の中心を知るには,教師がこどもと,日ごろ生活をともにして,その観察から得られたものほど大きなものはないということである。こどもの興味の中心がよくつかめない場合は,教師とこどもが心隔てなく生活していない時に起ることが多い。

(2) 学習の範囲と程度を知る

 A.理解について

 こどもの発達を考えることによって,こどもが現在もっている理解の程度と,到達しうる限度がだいたいわかる。

 こどもがある事物現象に対して,現在どの程度に理解しているかがわかることによって,その理解を出発点として,さらにその理解を深める目標がたち,学習の効果が上がるように指導を展開することができる。

 B.能力について

 こどもの能力の発達の程度を理解すれば,その能力を無理なく,じゅうぶんに使って,さらに伸ばすことができるし,能力以上を要求しない結果,こどもは満足感を味わい,学習の興味が長く続いて,学習の効果を上げることができる。

 C.態度について

 こどもが興味をもち,能力をじゅうぶん使って問題を解決していく過程には,いろいろな科学的な態度が芽ばえている。

 この芽ばえを育てるには,この科学的態度が現われた時,それを見のがさないで捕え,それを伸ばしていくことが必要である。このためには,こどもの発達を理解していることが必要になってくる。

 指導の目標(理解・能力・態度)をたてるにあたって,こどもや社会の要求を考慮することはもとより必要なことであるが,こどもの発達に応じてたてられなければならない。

 一般的な目標がこうであるからといって,そのままそれをうのみにしたのでは,その学校や学級の指導目標が固定化されて,うまくいくはずがない。

 

 3.効果のある指導法を選ぶために

 およそ指導の方法は,その学級のこどもの経験の程度や,教師の経験の程度に応じて,最も効果のあるものが選ばれなければならないことはいうまでもない。ある学級の指導の方法がたいへんよかったからといって,自分の学級にそっくりそのまま適するとは限らない。

 どのような学習活動なり,どのような指導方法なりが,学習の効果を上げるのに適しているかということは,日ごろから自分の受特つこどもの発達を研究しておいてこそ,初めて判断がつくのである。

 学習に対するこどもの興味を持続し,能力に応じた指導をするためには次の諸点を考慮する必要がある。

 

Ⅱ.理科のプログラムに影響する小学校のこどもの発達

 こどもの発達は,いろいろな面で常に理科のプログラムに影響を与えている。次に身体・社会・情緒・知能の各方面からこどもの発達をながめ,その中で,特に理科のプログラムに影響するものをあげてみる。

 

 1.身体の発達について

 A.低 学 年

 B.高 学 年

 

 2.社会性の発達について

 A.低 学 年

 B.高 学 年

 

 3.情緒の発達について

 A.低 学 年

 B.高 学 年

 

 4.知的発達について

 A.低 学 年

 B.高 学 年

 

Ⅲ.理科教育におけるこどもの発達の適用

 Ⅱでこどもの発達を,身体の発達・社会性の発達・情緒の発達・知的発達の四つに分けて考えてきた。

 このようなこどもの発達の傾向を,理科を指導する場合,どのように適用していったらよいであろうか。

 理科の指導は問題の解決を中心として行われ,こどもは,その学習の過程を経て発達し,その結果として科学的な理解や能力や態度が身についていく。この理解・能力・態度はばらばらなものではなくて,互に密接なつながりをもったものであるが,いまこどもの発達の適用を考えるにあたっでは,一応理解・能力・態度に分けて考えたほうが理解しやすいので,以下この分析に従って述べることにする。

 

 1.能力の発達と適用

 能力というのは,何々することができるというはたらきである。一つの事がらに熟練した結果,他の新しい事がらに対する適応力のついた状態をさしていう。

 ところが,このような能力の中には,技術の使い方が身について,それと共通な性質をもっている他の場面に適応できるような能力がある。理科では,能力のうち,主として考えたり見たりするものを,「見る能力と考える能力」とし,後者の技術的な能力を「技術的能力」として分類した。

 

 A.見る能力と考える能力

 B.技術的能力

 

 2.態度の発達と適用

 日常生活を科学的に処理できるためには,単に科学的な原理や方法を知っているだけではふじゅうぶんで,科学的な態度や習慣が身についていて,はじめて実践できるようになる。ここでは,習慣・興味・態度・鑑賞を一括して態度に含めて,それらの発達の概略と指導上の留意点について述べよう。

 しかし,これについての詳細は今後の研究に待たなければならないものが多いと思う。

 

 3.理解の発達

 こどもの理解の発達を調べるには,どんな事がらについて調べるかが問題になるであろう。

 理科の理解の目標として本書にとりあげられているおのおののものについて,各学年のこどもがどのような発達を示すかを知ることができれば,理科教育上非常によい資料になると思う。わたくしたちの手で,この調査ができていないのは残念である。この欠点を補うために,理科に関して基本的な観念を10ほど選び出して,これについて,東京都内および近県の一二の小学校で調べた結果を次に述べることにする。わたくしたちは,これが完全なものであるとは考えていない。むしろ,これを出発点として,全国で広く深い研究が進められることを期待している。

 理解の発達について,一応の結論をうるためには,なお広範囲にわたる幾多の調査が必要となるであろう。

 この調査の結果は,だいたい次のような方法によって得られたものである。

 a.水についての理解

 b.光と影についての理解

 c.太陽についての理解

 d.月についての理解

 e.星についての理解

 f.空についての理解

 g.空気についての理解

 h.火についての理解

 i.熱についての理解

 j.電気についての理解

 k.音についての理解

 

 1.動物の類別について

 「動物にはいろいろな種類がある」という理解の目標がある。このような種類というものを,こどもたちはどのように考えているかということを,身近な動物の絵を見せて仲間分けをさせてみると,低学年では,獣・鳥・虫などという概念で種類分けをするこどもは比較的少ない。

 これに反して,形態の一部の特徴や著しい習性の一つをとりあげて仲間と考えるのは低学年に非常に多く,高学年に進んでも,この考え方は少なくない。たとえば,海にいるもの・水の中にいるもの・飛ぶ・泳ぐ・木に登るなどの表現を用いている。

 注意すべきことは,1年生には仲間という概念がはっきりしないので,「はととすずめ」「にわとりとあひる」というように一対のものをあげる傾向が強い。これは飛ぶものと歩くものの一対の仲間のつもりかもしれない。

 この場合「はと」と「にわとり」とは別の仲間と考えているものが多い。しかし,「うさぎとかめ」のような話などに出てくる動物を結びつけて仲間と考えているものもあることから考えると,絵本などで一対になっているものを見た体験が影響しているかも知れない。

 高学年になると,かなり形態の全体をとらえるようになるが,はちゅう類のような仲間の概念はあまりはっきりつかんでいないようである。

 虫の概念は,低学年では,獣・鳥・魚・貝などの外は一括してみな虫と考えているが,高学年でもこの傾向がまだ残っている。