要 旨
われわれは,過去からの文化遺産を背後に負い,新しい文化創造の未来を控えて,時の流れの中の現在に立っている。そして,われわれ現代の日本人の生活様式やその歴史的背景を検討した場合,わが国が四面海で囲まれた島国でありながら,なおそこにアジア社会・西欧社会からの幾多の経済的,文化的交流があって,現代の複雑な生活様式や日本文化の特殊性が形成されてきた。さらにまた,現代のように交通・通信機関の発達によって縮小された世界では,われわれの日常生活も精神的・物質的のあらゆる点で諸外国と結びついている。
このように,わが国文化の歴史的発展を見ても,現在のわれわれの生活を見ても,外国から取り入れられた文化や物資の果している役割はきわめて大きい。さらに,われわれが過去からの文化遺産を正しく受け継ぎ,新しい文化創造によって世界に寄与しようとする場合,それはあくまで日本文化としてのとく特性を備えながら,その根底において人類共通の人間性を基盤にした世界性をもった文化でなければならないであろう。将来国民の中堅的立場に立つべき高等学校の生徒が,このような日本文化の歴史的背景や現在の特色およびその将来の方向について学習して,国際理解を深め,世界的視野に立って物事を考えることのできるようになることは,一般社会科学習のしめくくりとしても重要なことである。
もちろんこの単元を指導するにあたって,文化の交流・伝統は常にその基盤に経済的交流が見られるのが普通であるから,この両者をできるだけ関連づけて学習内容として取り扱うくふうが必要である。また,普通に文化遺産と呼ばれているものの中には,道具・機械のような物質文化と法律制度・習慣・思想のような精神文化とがあることは衆知の事実であるが,この単元では,高等学校生活の将来も考えて,思想・宗教・生活観などに関する学習内容をかなり取り上げてある。しかしこの方面の取扱方は,あくまで抽象的,観念的に流れて生徒の理解能力を越えることのないよう注意する必要がある。
目 標
2.日本の文化は世界の文化と結びつくことによって発達し,しかも独自の性格をもっていることの理解。
3.過去の日本はアジアの文化をどのように取り入れたかの理解。
4.日本は西洋文化をどのように取り入れてきたかの理解。
5.現代日本の文化と生活様式が,どんな複雑な構成をもち,そこにはどのような問題があるかの理解。
6.すぐれた文化遺産を尊重し,それを保存するとともに,よりよい文化を創造していこうとする態度。
7.開国以後の日本の貿易は,どのように発展してきたかの理解。
8.現在および将来の日本にとって,世界との結びつきがいかに重要であり,他の国民との健全な望ましい関係をどのように発展させたらよいかの理解。
内 容
2.日本はアジアの文化をどのように取り入れ,どのように消化してきたか。
(2) 中国の思想やインドの仏教は,どのような形で,わが国に取り入れられ,現在のわれわれの生活態度や考え方に,どのような影響を及ぼしているか。
(3) 現在のわれわれの生活の中で,アジア大陸から取り入れられた文化や物資がどのようなはたらきをしているか,またわれわれは現在アジア諸地域と,どのように結びついているか。
(2) 日本は明治以後,西洋文化をどのように取り入れてきたか。
(3) 日本人の生活観や思想の上などに,ヨーロッパやアメリカの文化はそれぞれどんな影響を与えてきたか。
(4) 明治以後の外国貿易はどのように発展し,どのような特殊性をもっていたか。
(5) 現在のわれわれの生活の中で,ヨーロッパやアメリカの文化や物資が大きな影響を与えているのはどんな点か,またそのためにどんな問題が生じているか。
(2) われわれの文化遺産の中で,どのようなものを保存したらよいか,また新しい文化創造のため,どのような国際協力をすることが望ましいか。
(3) 外国貿易の発展は,今後の日本にとって,どんな意味をもっているか。これを促進するために,どんな努力が必要か。
学習活動の例
2.「蘭学事始」などを読んで,当時の人々の苦心をしのび,学問の発展にとって知識の交流がいかにたいせつであるかという点を強調して劇化してみる。
3.奈良時代の文化と平安時代の文化を比較・検討し,また漢字とかな文字の関係を考えて,日本文化に対する大陸文化の影響と島国としての日本の文化の独自性について考える。
4.アンドレ=モーロアの「英国史」その他イギリスに関する書物を読んで,ヨーロッパの西北に位する島国であるイギリスの文化が,どのように大陸文化の影響を受け,また一方において独自性をもっているか調べ,日本文化の場合と比較してみる。
5.「日本の地理的位置は,海外文化の摂取に不利である」という議題で,賛否両派に分れ,具体的事例をあげながら討議する。
6.アジア諸国とわが国との間の主要交通路の発達を示す歴史地図を描く。中国の儒教はいつごろ,どんな経路でわが国に伝わり,その後時代によってどんな形で発展したかを書物によって調べ,要約して学級に報告する。
7.儒教やその他の中国思想は,どんな考え方を中心にし,人間関係についてどんなことを教えているか。たとえば「敬天思想」・「五倫五常」などについて先生の話を聞き,討議する。
8.福沢諭吉の儒教批判を読んで,日本人と儒教との関係について考える。
9.外国人が日本人の思想・生活態度・国民性などについて書いたもの,たとえばルース=ベネディクトの「菊と刀」などを読んで学級に報告し,その見方が正しいかどうか,われわれの生活態度に中国の思想がどんな影響を与えているか討議してみる。
10.歴史や宗教に関する書物を読んで,仏教がいつごろどんな経路でわが国に伝わったか,その後の日本における仏教発展上特に注目すべき事実としてどんなことがあったか調べる。
11.タイやビルマの人々の日常生活と仏教との関係を調べ,日本におけるそれとどのように違うかを考える。
12.各人の家庭や地域社会の宗教的行事や風習を調べ,その中で宗教的意味がまだ強く残っているもの,ほとんど宗教的意味の失われたものに分類したり,それらの行事や風習に対する人々の関心や考えを批判する。
13.われわれが日常鑑賞し,享受している芸術の中で,直接東洋から伝わったものにはどんなものがあるか。また東洋芸術の影響がどんな形でわれわれの芸術の中に現れているか,学級でまとめてみる。
14.現在のわれわれの住居・道具・技術などの中で,東洋から取り入れられたものにどんなものがあるか。それは今後のわれわれの生活にどんな長所・短所をもっているか話し合う。
15.現在のわが国はアジアの各国と国交や貿易の上からどんな関係にあるかを示す簡単な表をつくる。
16.最近の貿易に関する統計を基礎にして,アジアの諸国からおもにどんな物資が輸入され,わが国からどんなものが輸出されているかを調べ,この関係を地図に表わしてみる。できれば戦前・戦時中の資料と比較してみる。
17.歴史の書物によって,わが国が西洋とはじめて交渉をもったのはいつごろかを当時のヨーロッパやアジアの社会の背景と関連させながら調べてみる。そして西洋との交渉による生活の変化,たとえば鉄砲の伝来による戦術の変化,南蛮貿易による新しい生活用品の輸入が,当時の文化にどんな影響を与えたか討議する。
18.キリスト教がどんな形でわが国に伝来したか,またその布教者がわが国の教育・出版・医療・社会事業などにどんな役割を果したか,たとえばフランシスコ=ザビエルなどの事績を中心にして調べ,学級に報告する。
19.天正10年(1582)ローマに渡った少年使節,慶長18年(1613)の支倉(はせくら)常長などに関する適当な書物があったら,それを劇にしくんで当時の対ヨーロッパ交渉の一端を紹介し,みんなで感想を発表し合う。
20.幕府のとった鎖国政策について,その原因,開国に至るまでの経緯などを調べ,その影響特に日本人の生活態度や考え方に与えた影響について討議する。さらに黒船の来航当時の世界の情勢および日本の社会状態について書いたものや絵を中心として話し合い,当時の事情を明らかにする。
21.適当な資料によって,わが国におけるとけいの歴史について調べてみる。
22.分担していろいろな資料を持ち寄り,「幕末の科学者たち」という題で青木昆(こん)陽・前野良沢(たく)・杉田玄白・渡辺崋(か)山・高野長英などいわゆる蘭学者たちの活動とその苦労を脚本にする。
23.明治初年に行われたいろいろな制度や組織の改革,たとえば金融制度・郵便制度・兵制・学制などの面で,諸外国のそれがどんな形でわが国に取り入れられ,国民生活にどんな変化をもたらしたか調べてみる。
24.明治以後,日本に招かれて政治・経済・文化のそれぞれの分野で貢献した外国人,たとえばヘボン・クラーク・ケーべル・ボアソナール・フェノロサなどの中から適当な人を取り上げ,その人の業績を通して外国文化のどんな面がどんな形で,わが国に取り入れられたか調べてみる。
25.鹿鳴(ろくめい)館時代といわれる当時の事情について調べ,その西洋文物の受入れ方を批判し合う。
26.福沢諭吉の「学問のすすめ」・「西洋事情」・「文明論の概略」などを読んで,欧米の民主的思想がどのように述べられているか要約して学級に報告し,当時の社会に対する影響を調べる。
27.歴史の書物によって,明治以後の自由民権運動・国会開設運動・政党結成・明治憲法制定などの中に,欧米のどのような政治思想がどんな影響を与えているか調べる。
28.明治以後,キリスト教はどのように発展し,日本人の生活にどんな影響を及ぼしてきたか,儒教や仏教の場合とを比較しながら研究する。
29.大正時代の社会運動や婦人運動を通して,社会主義を初めいろいろな新しい思想がどんな形でわが国にはいり,どんな取扱を受けながら今日に及んだか調べる。
30.明治以後の日本文学史を読んで,近代文学がヨーロッパやアメリカからどんな思想の影響を受けながら展開したか,特に独歩・秋声・花袋(たい)・藤村などの自然主義に描かれた人間像や,実篤(さねあつ)・直哉(なおや)・武郎(たけお)の白樺(しらかば)派の運動が社会に与えた影響などについて国語の教師の指導を受けながら調べ,学級に報告する。
31.資料により,明治年間の貿易について,その規模,おもな輸出入品目・相手国・政府の貿易政策などについて調べる。できれば海運業・造船業の発達について調べてみる。
32.関税自主権がないため,当時の貿易がどんな不利を忍ばなければならなかったか,また明治44年,これが確立されるまでどんな努力が払われたか調べてみる。
33.その後の日本の貿易の発展が,必ずしも国民の生活水準の向上をもたらさず,武力を行使してまで,海外市場を確保しようとした原因について,経済の先生に話を聞く。
34.日本はいつごろからどんな形で,ドイツやイタリアの全体主義・国家主義と手を結んで,第2次大戦に突入していったか,当時の政治家の回顧録その他の資料によって調べてみる。
35.第2次大戦後,日本の外国貿易はどのようにして再開され,現在どんなしくみでどんな物資がおもに輸入されているか,また外国貿易についてどんな問題が起っているか,新聞・ラジオ・雑誌などの資料を利用して研究する。
36.明治以後の日本における交通機関の変遷・発達について絵や写真を集めたり種々な図表をつくり,今日のわれわれの生活に西洋の機械文明がどんなはたらきをしているか話し合う。
37.日本人は衣・食・住の面で,和洋混交した二重生活をしているといわれているが,この点を具体的に分析してみて,合理的な生活改善策について討議する。
38.各人やその家族の人たちが鑑賞する映画・音楽・趣味として行う読書・レクリエーションなどで,西洋的のものと,日本的のものの比率を調査して,クラスでまとめてみる。
39.これまでいろいろな学習をもとにして「われわれの生活における東洋と西洋」という題で,自由な観点から作文を書いてみる。
40.これまでの学習をもとにして,日本人の外国文化や物資の受入れ方についてどんな長所・短所が考えられるか,具体的事例に即して学級で討議し,その要点を表にまとめてみる。
41.第2次世界大戦後,日本人の生活はいろいろな面で,アメリカ合衆国の文化や物資の影響を強く受けてきたが,その取り入れ方について反省し,各自で論文を書いてみる。
42.「文化財保護法」について,その精神,文化財保護のための具体的措置などを調べ,価値のある文化遺産として保存すべきものにどんなものが考えられるか,学級で討議してみる。
43.ユネスコその他国際的文化協力の機関としてどんな機関や団体があるか。そのおもなものについてその趣旨・活動の状況などについて調べてみる。また学問の進歩や新しい文化発展のために,世界の人々が協力した事例を取り上げ,その様子をクラスに報告して感想を述べ合う。
44.日本の芸術で,外国人に比較的高く評価されているものを取り上げ,それのどのような点が外国人に理解され,評価されているのか研究し,日本文化の独自性と,世界性という問題について考えてみる。
45.今日の世界が,どんなに狭くなっているかを,交通や通信網の密度やその時間的距離の上からいろいろな図で表現してみる。
46.新聞・雑誌,その他の資料によって,外国貿易の発展が日本経済の自立にとってどんなにたいせつか。なるべく具体的数字に基いて調べてみる。また政府や各政党の貿易策について調べる。
評価の例
2.次の事項についての知識・理解はどの程度養われたか。
文化の伝播,シルクロード(絹街道),帰化人,遣唐使,留学僧,万葉がな,仏教文化,聖徳太子,法隆寺,儒教,ギリシア文化,ルネサンス,御朱印船,南蛮貿易,キリシタン文化,フランシスコ=ザビエル,鎖国,蘭学,排外思想,文明開化,富国強兵,福沢諭吉,自由民権運動,和魂洋才,神仏混合,保護(管理)貿易,関税自主権,ダンビング,国宝,文化財保護法,国際連合,ユネスコ,為替(かわせ)レート,貿易政策,通商条約など。
(2) 原則・事実・特色などの例
② 日本とアジア,特に中国との交渉に関する歴史的背景。
③ 日本と西欧社会との交渉に関する歴史的背景。
(特に幕末・維新以後日本の近代化に西欧文明の果した役割)
④ 交通・通信・報道機関の発達によって,世界が縮小されてきた経過とその意義。
⑤ 日本人の生活様式の複雑性。
⑥ 日本人,アジアの人々,西欧の人々のそれぞれの人生観・生活観の特徴・差異。
⑦ 現在の日本の対外的な文化関係・経済関係の大要。
⑧ 現在の世界における国際的な文化協力や経済協力の体制と機構。
⑨ 日本文化の伝統と将来性。
(2) 自分たちの生活様式や文化を外国のそれと比較し,そのすぐれた点を消化・吸収し,生活を改善していく態度・能力。
(3) すぐれた文化遺産を保護し,これを自分たちの生活に積極的に生かしていく態度。
(4) 異なる生活様式・思想・感情などを正しく批判し,向上させようとする態度。
(5) 新しい文化の創造のために,常に広く世界に目を開き,国際協力を惜しまない態度。
(6) 物事を歴史的,地理的に究明し,広く世界との結びつきにおいて問題を考えようとする態度・能力。
中学校・高等学校 学習指導要領
社会科編
Ⅱ 一般社会科
MEJ 2124
昭和27年10月15日 印刷
昭和27年10月20日 発行
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