第2単元 「労働関係は,どのように改善されてきているか」
要 旨
しかし,このような労働問題は,問題それ自体が現代社会の最も基本的問題としてなお未解決のまま残されている分野の多い複維な問題であり,さらに一部の生徒を除いて高等学校の生徒は現在直接使用者でなければ組合員でもないという事情を考えると,あまりに専門的な労働組合の知識・労働運動の歴史・労働法規の解説などをこの単元で扱うことは,学習から遊離し,高等学校社会科の目標からも逸脱する恐れが多分にある。
そこでこの単元では,より広い見地から,人間生活の最も基本的活動である労働ないしは生産をめぐる人間関係が,社会の発展とともに歴史的に変化してきたこと,そしてそれが産業革命による生産組織(方式)の変革によって新たな社会的意味をもって登場してきたこと,特に労働関係の改善は常に人々の人間的自覚ないし民主主義の発展によって裏付けられ,逆にまた労働関係の改善によって民主主義の発展が具体的に保証されるという,いわば表裏の関係にあること,などを中心として取り扱い,労働関係の発展の基本的理解を生徒にもたせるよう考慮した。したがって,この単元は「労働関係」という視点においてとらえた社会生活の発展史ともいうことができ,この学習を将来分化する世界史の課程への有効なオリエンテーションとして役だてることもできるであろう。
目 標
2.労働関係の歴史的発展に関する理解。
3.雇用は互に対等な契約関係に基かねばならぬことの理解。
4.労働条件(賃銀・労働時間など)をめぐる労使間の争いはどのようにして生じてきたかの理解。
5.労働者の組織(労働組合など)はどのように発展してきたか,また,その組織を通して労働条件をどのように改善してきたかの理解。
6.労働問題は社会のあらゆる方面や日常生活に大きな影響を与えることの理解。
7.労働関係諸法規に対する認識を深め,これを積極的に生かしていく態度。
8.労働運動を正しく理解し,その民主的な発展に積極的に協力する態度。
内 容
(2) 賃銀の種類や形態には,どのようなものがあるか。
(3) 労働者の生活水準は,現在どのような状態にあるか。
2.産業革命以前の社会では,労働はおもにどのような形で行われてきたか。
(2) 古代社会における奴隷制度のもとでは,労働はどのような意味をもっていたか。
(3) 封建社会における農業労働や,徒弟制度のもとにおける労働はどのような形で行われたか。
3.資本主義の発展によって雇用関係や労働状態はどのように変ったか。
(2) 労働者の生活を改善し,その地位を向上しようとする努力は,どんな人人によって,どんな形で進められたか。
(3) ヨーロッパやアメリカにおける組織的な労働運動は,どのように改善されてきたか。
(4) 日本の明治以後の資本主義の発展のもとで,労働者の人間的自覚はどのような形で芽ばえ,その運動はどのような経過をとって進められたか。
4.現在の労働問題は,どんな社会的意味をもっているか。また,働く人々の生活を守るために,どんな組織や方策がとられているか。
(2) 労働関係法規には,どのようなことが定められているか。また,労使の対立を解決するために,どのような方法や組織が考えられているか。
(3) 現在の労働組合はおもにどんな活動をしているか。また,その健全な発展は,働く人々の生活や日本の民主化にどんな意味をもっているか。
(4) 現在の社会保障制度では,おもにどんな形で働く人々の生活を守ろうとしているか,またそれはどんな点を改善すべきか(わが国の場合を中心にして,特徴のある諸外国の事例に触れる)。
(5) 世界の働く人々が互に結びつくことは,世界の平和や文化の発展にとってどんな意味をもっているか。
学習活動の例
2.いろいろな事情によって収入が途絶した場合,労働者の生活はどんな悲惨な目にあうか,新聞その他に報道された事例に基いて話し合う。
3.現代の社会における労働者の賃銀はどんな意味をもっているか。たとえば徒弟制度のもとにおける給与や報酬と比較して,どんな違いが考えられるかを調べてみる。
4.現在自分たちの身近な生活の中から,実物賃銀の例をあげてみる。実物賃銀は労使の関係にどんな影響を与えやすいとされているか。また,これに対してどんな措置が講ぜられているかを調べてみる(労働基準法第24条)。
5.賃銀の算定方法としては,日給制・時間給制・請負制・出来(でき)高制等があるが,それらの長所・短所について研究してみる。
6.名目賃銀・実質賃銀とはどんなことかを調べ,それぞれの指数を使って,戦前・戦時・戦後の労働者の生活水準を示す統計を作成してみる。
7.最低賃銀制とはどういうことか。戦後のわが国で特にこれが問題になったのはなぜか。適当な人を招いて話を聞く。
8.働く人々の一定の生活水準を保障する適正な賃銀を定めるには,どんな条件を考えなければならないか,学級で表にまとめてみる。また,なぜ賃銀委員会が設けられたり,国家が賃銀問題に干渉するような事例(たとえば,1908年イギリスの最低賃銀法,1938年アメリカの公正労働基準法など)が生ずるのか研究してみる。
9.労働の分化がはっきり現れてきたのは,人間が一定の土地に定住して,農業が発達するようになってからだといわれるが,適当な書物によって,その前後の時代の生産や労働の様子について調べ,学級に報告する。
10.わが国や外国の奴隷制度について書いてある本を読み,主人と奴隷との関係はどのようになっていたかを示す絵または劇の脚本をつくってみる。
11.奴隷制度と現在の雇用関係は,どんな点が違っているかについて討議する。
12.憲法第18条にある「奴隷的拘束」とはどんな意味か。現在にも奴隷的な労働が行われていないかどうか討議する。
13.封建時代における一般の農民は,どんな形で年貢や税金を納めていたか,また,領主からどんな労役を課されていたか,また,そのころの農民がどんな身分的拘束を受けていたか,歴史の書物などによって調べ,学級に報告する。
14.封建社会における身分の差を示す具体的事例について話し合い,身分と職業の関係について考えてみる。
15.江戸時代の一揆(き)について書いた本を読み,なぜ一揆がしばしば起ったのか,現代ならばどんな方法によってその問題を解決できるかについて討議する。
16.明治以後のわが国の農村では,地主と小作農との間にどんな関係や問題があったか。それが農地改革によってどのように変ったかを調べてみる。
17.日本における「座」・「株仲間」,西洋における「ギルド」などの特色について,歴史や経済の書物によって調べる。
18.当時の徒弟制度のもとでは,親方・職人・徒弟などの間にどんな人間関係があったか,かれらの労働状態はどんなであったか,書物で調べたり,先生の話を聞き,現在の労働者の生活との違いについていろいろ話し合う。
19.ヨーロッパの産業革命によって現れた工場労働者たちの生活,特に,婦人や少年の労働について,どんな問題が生じたか,できれば具体的事例を参考にしながら研究してみよ。
20.日本の場合についても,上と同じような問題について研究する。
21.ロバート=オーウェンなど産業革命後の社会運動家の事績を調べて,みじめな労働者の地位に対する同情とその改善運動はどのようにして起ってきたか調べる。
22.「日本の下層社会」(横山源之助)のような書物によって,日本の産業革命によって生じた労働者の状態とそれに対する改善運動の芽ばえを調べてみる。
23.労働者が団結して雇用主に自分たちの立場を主張する動きは,いつごろから,どのようにして起ったか,ヨーロッパやアメリカの場合について書物で調べたり,先生から話を聞く。
24.アメリカのA.F.L.やC.I.O.の歴史を調べて,学級で報告すること。
25.日本の労働組合の歴史を調べ,労働組合運動がヨーロッパやアメリカに比較して遅れた理由について討議してみる。
26.現在でも中・小工場では,徒弟的労働が行われている場合があるが,その実情や,そういう工場ではどんな問題が生じやすいか,専門家の話を聞き,これらの問題が民主的労使関係の発展にとってどんな意味をもっているか討議する。
27.使用者は,従業員に対して,その健康と生活の安定に対して,どんな顧慮を払っているか,付近の工場を尋ねて調査し,学級で発表し合う。
28.労働者の能率と労働条件(たとえば労働賃銀・労働時間・保健衛生施設・危険防止・退職手当等)の間にどんな関連があるか,適当な資料または専門家の話をまとめてみる。
29.最近の労働統計によって,労使の対立がどんな原因,どんな形態で行っているか,グラフに作成してみる。また,それぞれの争議形態(ストライキ・ボイコット・サボタージュ・ロックアウト等)について,その歴史や特質を研究してみる。
30.新憲法によって労働者はどんな権利と義務を与えられたか(18条・27条・28条),またそれらを労働三法(労働組合法・労働基準法・労働関係調整法)との関連について研究してみる。
31.労働組合法の制定によって労働者はどんな利益を獲得したか,制定以前と比較して研究してみる。
32.労働基準法の制定された理由およびその内容をよく研究し,その制定以前に比べて,どんな点が違うかを発表する。また,付近の労働基準局を尋ねて仕事の内容を調べる。
33.労働関係調整法について調べ,さらに労働委員会のはたらきについて研究する。
34.これまで調べた労働関係法規をまとめて,労使双方の権利や義務を表にしてみる。また,できれば,外国の労働関係の特色や,わが国のそれとの違いを調べる。
35.付近の労働組合の役員を尋ねたり,新聞・雑誌の報道などを利用して,団体交渉が実際にどのような形で行われるか調べ,学級でそれについて批判する。
36.労働組合が組合員の教育や福利・厚生のためにどんな仕事をしているか,各種の事例を集めて,学級で話し合う。
37.最近の選挙で労働組合はどんな活動をしたか,情報を持ち寄り,労働組合と政治活動という問題について討議する。
38.現在わが国で行われている各種の社会保険,たとえば,健康保険・船員保険・厚生年金保険・労働者災害補償保険・失業保険などについて,次の事項を調べてみる。
39.わが国においては,社会保障制度がどのように発達してきたか,簡単にまとめて学級に報告する。
40.世界において社会保障制度が発達しているといわれている国,たとえば,イギリス・スエーデンなどの例について,その考え方・制度の沿革・概要などについて調べてみる。
41.社会保障制度がなぜ必要とされるようになったか,労働問題の発展と結び付けながら,その原因を考えてみる。
42.20世紀にはいってから,国際的労働組合運動はどのような組織によって進められ,どんな活動を行ってきたか,たとえば,I.F.T.O.,I.L.O.,W.F.T.V.などについて調べる。
43.現在,働く人々の組織的な力が世界の平和や文化の向上に寄与している具体的事例を集めて,学級に報告する。
評価の例
2.次の事項についての知識・理解はどの程度明らかになったか。
奴隷制度,農奴,一揆,座,株仲間,ギルド,徒弟制度,自由契約,経営,企業,資本,生活権,労働条件,最低賃銀制,名目賃銀,実質賃銀,賃銀指数,低賃銀労働,団結権,罷業権,生活水準,就業規則,労働協約,団体交渉,経営協議会,労働委員会,あっせん調停,仲裁,失業対策,完全雇用,労働人口,児童福祉,社会保障制度,社会保険,生活保護など。
(2) 原則・事実・特色などの例
② 労働者の生活と賃銀の関係。
③ 社会機構の変化に伴う労働形態の変化。
④ 産業革命と労働問題の関連。
⑤ 労働運動の歴史的発展(わが国における労働運動の特殊性)。
⑥ 労働問題の原因・形態・解決方策および労使双方の権利・義務。
⑦ 労働組合の目的・活動状況,その健全な発展と民主主義との関連。
⑧ 社会保障制度の精神とその内容。
3.次のような能力・技能が養われたか。
(2) 労働問題について違った立場の人々の意見を聞き,これを公平に判断する能力。
(3) 工場その他の見学を効果的に行い,集められた資料を適切に処理する能力。
(4) 新聞・ラジオその他の資料から,常に働く人々の生活について,現在どんな問題があるかを正しくとらえる能力。
(5) 社会に発生する労働争議その他を広く公共の立場から正しく批判する能力。
(6) 現在または将来の職業生活を合理的に改善していくために必要な能力。
4.次のような態度が養われつつあるか。
(2) 学習の作業・学校内外の仕事において,自己の責任を忠実に果す態度。
(3) 労働運動の民主的な発展に協力する意欲。