第Ⅰ章 社会科とその目標
終戦後,新たに組織された社会科は,その後各学校において,しだいに健全な発達を遂げつつある。しかしながら,今日の社会科教育には,まだ多少の誤解や混乱があることを認めざるをえない。その最も大きな原因の一つは,これが新しく生まれた教科であるだけに,その性格に関する解釈に,人によって多少の違いがあったためと思われる。たとえば,地理や歴史や公民に分けないで組織することを,社会科の最も重要な性格のように考えた人もあったし,討議・報告・見学・面接その他の学習活動の形式に,社会科教育のおもな特性を認めようとする人もあった。また多くの教科の区別を無視して,あらゆる分野から必要な学習内容を得るように計画されたものを社会科と考えた人もあった。
社会科と社会科学
社会科の性格を正しく理解するためには,まず社会科と社会科学との関係を考えることが最も近道であろう。ここでいう社会科学とは,歴史学・人文地理学・政治学・経済学・社会学などのように,人間関係について,それぞれの立場から系統立てて深く研究されている科学の総称である。これらは,われわれの先人によって残された各分野における貴重な知識を基礎として,常に発展しつつあり,またこれに伴なって,それぞれがさらに細かい多くの専門的分野に分かれつつある。
社会科もまた、人間関係をそのおもな学習内容とする教科である。したがって社会科と社会科学とは密接な関係をもっている。社会科学の発達をその背景としてもたなかったならば,社会科は成立することができない。したがって社会科の教師は,現代の社会科学について,相当な教養をもっていなければ,社会科の計画も指導もできない。これは,たとえば理科の教師が,物理学・化学・生物学・地学などについての教養がなければ,理科の教育計画や指導ができないのと同様である。
しかしながら,それと同時に社会科の教師は,社会科と社会科学の相違をよく知らなければならない。社会科学は元来,成人のものであり,どこまでも科学として研究されているものである。だからこのような内容は単に程度からいっても,中学校や高等学校の生徒に適当でないことは明らかである。さればといって,ただその内容を平易にして,生徒にわかるようにしただけでは,必ずしも社会科とはなりえない。それは,社会科学においては,学校教育ということは,ほとんど考えられていないからである。すなわち社会科学と社会科との最も大きな違いは,一方は純然たる科学であり,一方は学校教育における一つの教科である点である。そして社会科はおもに社会科学の取り扱う分野について,これを学問的立場からではなく,現代の学校教育という立場から,一つの教科として組織されたものである。
中等社会科の目標
学校教育という立場から,教科としての社会科を組織するためには,何よりもまず社会科の教育目標を設定し,すべての計画や指導は,これに基いて行われなければならない。戦後の日本の教育において,最もたいせつなことの一つは民主的社会における正しい人間関係を理解させ,有能な民主的社会人として必要な態度・能力・技能等を身につけさせることでなければならない。そこで中等社会科学習指導要領改訂委員会においては,中等社会科の一般目標を次のように考えることとした。
一 般 目 標
理 解
2.民主主義を現代のわが国の政治的・経済的・社会的活動に具体化することが,どんなに重要であるかの理解。
3.現代の政治的・経済的・社会的問題がどのような歴史的背景をもって今日に及んでいるかの理解。
4.われわれの社会生活が,自然環境とどのような関係をもって営まれているかの理解。
5.各地の文化,たとえば言語・宗教・芸術・風習・衣食住の様式などにはいろいろの違いがあるが,その底には共通な人間性が横たわっていることの理解。
6.各地の人々の相互依存関係がどんなに重要であるかの理解。
態 度
2.社会の一員として自己の責任を自覚し,義務を果たすとともに,自分の権利が尊重されることを主張する態度。
3.自分と反対の見解や,他人の意見に対して,広い心をもって接する態度。
4.人々と協力して,社会生活上の種々の問題解決に,みずから進んで参加する態度。
5.真理を追及し,正義の実現に努力する態度。
6.外国の文化を尊重するとともに,わが国の文化をいっそう発展させようとする態度。
7.生活を計画的に営み,日常の行動において,礼儀を正しくする態度。
能力・技能
2.資料を科学的に処理し,正しい結論を得る能力と技能。
3.地図・統計資料・グラフ・絵画などを解釈したり,作ったりする能力と技能。
4.社会生活上の種々の問題を見出し,社会生活をよりよくする計画を立てる能力。
5.人々といろいろな問題について討議したり,自分の考えをはっきり発表する能力。
ところで,現在の中等社会科の教育課程では,中学校においては一般社会科の形で課され,これとは別に日本史が課されてもよいことになっているし,高等学校第2学年以上の社会科は,日本史・世界史・人文地理・時事問題に分かれている。このような諸科目が存在する意義については次章に譲ることとしても,ここで注意しなければならないことは,これらの諸科目の計画および指導においても,常に社会科の一般目標の達成を目ざさなければならないことである。しかしながら,これらの分化した社会科においては,そのおもに取り扱う分野にもそれぞれ特殊性があるので,その計画や指導にあたって,特に重点をおくべき点を明らかにした特殊目標を設定したほうが便利である。これらに関して改訂委員会において設定したものは次のようである。
中学校日本史の特殊目標
2.それぞれの社会における人々の生活,生活上の問題解決を理解することを通じて,今日のわれわれの問題解決に資すること。
3.それぞれの社会における政治 経済・文化生活は,たがいに密接な関係をもっていることを理解し,これを総合して考える能力を育てること。
4.日本の社会の発展を常に世界史の背景のもとに理解するとともに,日本の特殊性を考え,現在の社会問題を世界史的にはあくする能力を養うこと。
5.生徒の身近かな生活環境の中に存する歴史の姿を通じて,日本社会発展の姿を理解すること。
6.文化遺産を正しく評価し,これを尊重し,積極的に親しもうとする態度・趣味を養うこと。
7.社会の進歩に貢献した先人の業績などを通じて,積極的に社会の発展に協力したり,他人から尊敬されるような人恪を築きあげる態度・習慣を養うこと。
8.郷土および国に対して深い愛情と尊敬をもつとともに,世界各国の人々と友好的に交際する態度・能力を養うこと。
高等学校日本史の特殊目標
2.現代社会の諸問題の歴史的理解を深め,その問題解決に必要な能力を発達させること。
3.歴史発展における普遍性と同時に,地域による特殊性を認識すること。
4.現代社会の生活文化を総合的・発展的に理解すること。
5.歴史が人間の努力によって進歩発展することを理解することにより,社会進展に対する自己の責任感と情熱とを養うこと。
6.日本の各時代・各社会に共通する人間性のはあくに努力すること。
7.日本歴史における史実を,合理的・批判的に取り扱う態度と技能を育てること。
8.日本の社会の発展を常に世界史的にはあくし,現代日本の世界史的地位を認識する能力を育成するとともに,進んで国際親善・人類平和の増進に協力する態度を養うこと。
9.わが国の文化遺産を,社会性との関連において正しく理解し,これを尊重愛護する精神を育て,さらにわが国に対する愛情を深め,そのよい伝統を保持し,伸張する態度を養うこと。
10.歴史地図を読んだり,描いたり,また正確な資料を入手して,これを正しく図表などに表現する技能を養うこと。
11.日本の国の正しい姿を知るとともに,歴史学への学問的関心を深める態度を養うこと。
高等学校世界史の特殊目標
2.世界史の発展と動向とをくりかえし理解することによって,歴史的思考力を訓練し,現代社会の諸問題を理性的に批判し,正確に判断する能力を養うこと。
3.世界史における時代概念を適確に理解することによって,現在社会の歴史的地位をはあくし,正しい社会観と健康な常識とを育成すること。
4.世界における古典や名著に親しんで,その読解力をたかめ,また,文学・美術・音楽などの作品を通じて,芸術愛好の心情を養い,豊かな人間性を養うこと。
5.現代日本の世界史的地位を理解することにより,わが民族使命を自覚し,あわせて,個人の努力の価値をも認識すること。
6.調査・見学・研究などの実践を通じて,研究に対する誠実な態度と,資料を歴史的に整理する能力とを育て,討論・発表に必要な技能と公民的素質を養うこと。
高等学校人文地理の特殊目標
2.現実の社会生活の種々なできごとを正しく判断するために,必要な地理的知識を獲得すること。
3.現代の社会ではわれわれの生活は広く世界各地につながりをもって営まれていることを理解させ,他地方や外国の人々の生活に対して心からの理解をもち,狭い愛郷心や愛国心にとらわれず,他地方や外国の人々と協力する態度を養うこと。
4.自然環境を有効に利用するとともに,資源を愛護する態度を養うこと。
5.現代社会の地理的問題に対する関心や敏感性,さらに問題解決の能力を養うこと。
6.地図を読み,描き,また正確な資料を入手して,これを正しく解釈する技能を養うこと。
7.地理的観察力・思考力・判断力を養うこと。
8.種々の地理的書物や紀行文などを愛読する習慣や,旅行の趣味を養うこと。
高等学校時事問題の特殊目標
2.現代の社会人として日常当面する重要な政治的 経済的・社会的問題に対して,正当 関心を養うこと。
3.生徒が現在および将来当面する個人的・社会的諸問題に取り組む態度を養うとともに,それを合理的に解決する能力を発展させること。
4.個人的・社会的諸問題の解決に必要な民主的方法の意義を体得すること。
5.社会の問題の解決に役だつ種々な資料,たとえば新聞・雑誌・放送・映画などによって提供される資料を批判的に選択し,これを自己の公正な意見を組み立てるために有効に使用する技能を育てること。