第5章 評   価

 

 1.評価の目標

 体育における評価は,体育の指導を客観的事実に基づいて合理的に有効に進めるために行われるものである。したがってよりよい指導のためのあらゆるものが評価の対象になるが,そのおもなものとしては,環境・教材・指導目標・指導計画・指導法・指導過程・学習効果・管理および教師等をあげることができる。しかしながら評価の根本問題は,設定された体育の目標に個々の生徒がどれだけ接近しているか,よりよい変化をもたらすためにはどんな条件が満たされなければならないか,ということを明らかにすることである。

 そのためには個々の生徒の現状を知ることが必要であり,それと体育の一般目標に基づいて,個々の生徒の具体的な到達目標を設定しなければならない。

 さらにそれらを基礎として,指導計画が立てられるものである。このように考えると評価のおもな目標は次のように要約することができる。

 

 2.評価の基礎的な手続

 このような意味での評価を行うためには,まず次のような手続が必要である。

 有効な評価は,常に体育の目標との関連においてなされなければならないのであるから,評価の手続の第一歩は,体育の目的・目標・到達目標の確立,およびその認識である。

 体育の目的・目標は第1章で明らかにされているがこれらの目標をさらに具体的な到達目標にまで分析しなければならない。

 いうまでもなく,到達目標は,性別・年齢別・学年別によって立てることが必要であるが,同一年齢・同一学年においても相当の個人差があるのであるから新しい教育の要請に基づいて,さらに個々の生徒のより具体的な到達目標が設定されなければならない。評価は,この個々の生徒の具体的目標に照してなされるとき,最も意義のあるものとなる。

 個々の生徒の発達の現状の理解は,評価の最も大きな目標であるが,評価の基礎的条件としても欠くことのできないものである。

 基礎的条件として,指導目標の設定をあげたが,この両者はまったく別のものではなく,相互に深い関係がある。すなわちこの発達の現状の理解がなければ,正しい到達目標の設定もできないし,その目標が設定されても,それが発達に照されなければ,正しい評価もまたできないのである。

 発達の現状の理解も,単に一般的発達の理解にとどまらないで,個々の生徒の発達上の特性を明らかにし理解することが必要である。

 すなわち発達は,身長と体重の発達する時期が異なるように,その他の機能も,それぞれ発達の時期が異なるものであると考えられている。そしてその発達の時期は個人によっても異なっているのであって,個人はそれぞれ固有の発達の調子を持っていると考えられるのである。言い換えれば,個人によって,早熟な生徒,晩熟な生徒があるのであるから,一律に同一年齢・同一学年の標準によって,その生徒を評価することはできない。

 もちろんそれらの標準から著しく離れたものは,何かの異常があると考えられ,その原因の究明に努めなければならないから,その標準は必要であり,大きな意味を持っている。

 発達の現状が明らかになれば,個々の生徒の具体的な到達目標が確立され,その目標の達成のための指導が行われる。そして,その過程または終りに,到達目標がはたして適当であったかどうかが評価される。したがって評価は指導との関連において,一般的には次のような経過をたどって行われるものである。

 このように評価は絶えず,指導目標・指導計画・指導内容・指導法と直接に結びついて行われる。

 発達の現状の理解のためには,評価で用いられる各種の方法が適用されるのであるが,一時的な検査や測定の結果でなくて,各個人についての継続的な,累積的な記録が必要である。

 多くの場合,評価の結果が個々の生徒の現状の理解を助けるものであるから,これらは,相互に循環的におのおのの役割を果たしてゆくわけであるが,すなわち評価がその生徒の理解に基づいて行われるとともにその評価をとおして,さらによく生徒を理解することができるのである。

 

 3.評価の方法

 評価の方法は,評価の目標に応じて,それぞれ具体的な方法があり,また適当にくふうされなければならないものもあるが,一般的な方法としては次のような方法がある。

 真の意味の評価は,継続的な,しかもその生徒の具体的な場面に即して行われるべきであるから,従来より行われている検査や測定・質問紙法・品等法のみでなく,具体的・全体的な生徒を理解するために他の方法も利用されなければならない。

 

 4.学習効果の評価

 評価はあらゆる体育の活動にわたってなされなければならないが,それらの評価は,生徒の現状の理解および目標との関連における生徒の変北の程度に基づいて,またはそれをとおしてなされるものであるから,教師の取扱う直接的な評価は,学習効果の評価に関係したものである。ここでは学習効果の評価を中心として述べておくことにする。

 身体および運動能力の評価のためには主として次のような検査や測定が用いられる。  健康状態および身体の発達の状態を明らかにするためには,身体検査が用いられる。これは健康生活に妨げとなる欠陥はひそんでいないか,正常な発育発達を妨げているものはないか,他の生徒の健康を危険にするものはないか,などということを発見するとともに,どの程度運動を行うのがよいか,強い運動を行ったとき,健康に障を起すことはないか,ということに重点をおいて行う。また体育の面のみならず,他の検査で発見された異常の原因の発見のためにも行われなければならないものである。

 学校における定期の身体検査で行っているように,健康診断,身体の測定,歯の検査,栄養の検査,姿勢の検査,循環機能の検査をはじめ,視力・聴力などの検査も含まれる。

 この検査は必要な項目について,なるべくたびたび行うのがよいが,半年に一回の検査が望ましい。ことに体重は一般的な健康状態の標示として,信頼性の高いものであるから,毎月一回行うのがよい。また虚弱者や,病気の回復期にある者には,しばしば身体検査を行って適当な処置をすることが必要である。

 一般的な運動能力は,健康状態,全身の活動能,および生活に必要な基礎的な身体能力をよく示すものであるが,その評価のためには筋力の検査と,走・跳・投・懸垂などの基礎的な運動能力の検査が用いられる。  身体の各部の大きな筋肉の力は,ことに全身活動能の状態をよく示すものであるとされている。したがって身体が活動できる状態にあるかどうかはこれらの大筋の力によって推測できるわけである。筋力としては,握力・背筋力・足の上挙力,腕の力などを測定することが望ましい。握力計・背筋力計があれば,握力・背筋力,足の上挙力等は非常に簡単に測定できるのであるが,それがない場合には,それに代わる簡単な測定の方法を研究・くふうしなければならない。その場合には,よい検査の条件である妥当性・信頼性・客観性・経済性が,じゅうぶんに検討され,ただちにその目的に添うものでなければならない。

 腕の力は懸垂腕曲げの最大回数・腕立伏臥腕屈伸の最大回数などではかることができる。しかしながら,腕の力の測定では,引きあげたり,押しあげたりする重量,すなわち体重およびその距離の差異を考慮に入れる方法の研究が必要であり,またこれらいくつかの筋力の測定値を総合して,筋力指数を出したり,個人の筋力指数を,同年齢・同性・同程度の体重の者の標準指数の比で示して,身体的な活動能の指数を算出することも必要であろう。

 一般的な運動能力は,走・跳・投・懸垂などの基礎的な運動能力の検査によって推測することができる。これは身体的な活動能のみならず,一般的な運動能力の発達状態を理解するためにも有効であるが,いくつかの質の異なった基礎的な運動能力を含む種目を組合わせて,一組の検査として構成することが望ましい。これらの基礎的な運動能力は,年齢のみならず,身長・体重などによっても相違するものであるから,そのような身体の成熱度による組分け指数を研究し,それぞれの段階に応ずる標準を求めるように,研究が進められてゆかなければならない。筋力の検査や基礎的な運動能力の検査は,ある程度の体力を必要とするから,虚弱者や病弱者には実施してはならない。そのために,検査の前に健康診断を行って,この種の不適当なものは除く必要がある。  体育もすべての生徒を一般的な目標にまで到達させるように指導するのでなく,それぞれの個人差に応じて指導してゆかなければならない。そのために,先天的な可能性として,運動素質を知ることは非常に大事なことである。

 実際にはどれが素質で,どれが獲得されたものであるかをめいりょうに区別することはできないが,次のテストは比較的先天的なものを検査することができるといわれている。

 これらの検査は運動技術を容易に学習することができるかどうか,また程度の高い技術に到達できる素質があるかどうかを調ベる検査であって,指導計画および具体的な指導における資料を与え,学習後の運動能力と比較して成就率を見たりするのに重要な資料を提供する。  運動技能の進歩の程度および学習上の困難性または進歩を阻止している障害等を診断し,評価するためには,各種の熟練度の検査が用いられる。熟練度の検査も各種の教材についてそれぞれ標準化された検査を実施することが望ましいのであるが,それとともにおのおのの教師によってくふうされ構成された検査によって評価することがいっそう必要であり,重要なことである。そうすることによって具体的評価が生きてくる。走・跳・投のような運動では,時間や距離を測定して進歩の程度を見ることができるし,各種の遊戯やスポーツでは実際に行う総合的活動の中からいくつかの重要な要素的運動を取出して検査種目とし,結果を客観的に表わせるようにすればよい。

 たとえば,ソフトボールでは打撃投球の距離,すくい投げの正確度.捕球の正確度等ソフトボールを構成しているおもな要素に分析し,それらの種目の検査の結果を距離・時間・成功の割合等によって客観的に表わせるようにくふうすればよい。

 巧技やダンスでは,身体の柔軟度や支配力を見るとか,新しい運動や基礎運動の新しい結合で検査し,また,ある課題に対する表現をもって評価したりする。したがって種目によっては,時間・距離・成功の割合などでは表わせないから,記述尺度法によって評価しなければならないものである。これらの検査は,指導前と指導の途中または指導後に実施してその進歩度をみるのである。

 既習の教材に関する理解の程度,知識の量や正確度を評価するためには客観的な知識の検査を用いればよい。各種の理解を要する事がらについて標準化された客観的検査がつくられることも望ましいが熟練度の検査と同様に具体的な指導に即しておのおのの教師が作成することが必要である。

 この場合に主として知識を調べる方法としては,再生法・選択法・真偽法・組合わせ法・記録法・図解法が用いられ,考え方や理解を調べる方法としては完成法・訂正法・作文法・排列法・判定法が用いられる。これらの方法は分析的な方法であって,考え方や,理解の程度を知る上に役だつように考えられているが,ともすると記憶の検査になりがちであり,この検査の形式によって生徒の学習が限定される傾向があるから,問題の選択,問題の提出のしかたについてじゅうぶん考慮しなければならない。また問題の選択や採点の方法について,一定の規準を立てた後に報告や論文を書かせる方法も用いるべきである。

 このような方法によって知識のみならず,分析・総合・批判・原理の適用,概括・観察などの新しい教育で要請される精神機能を総合的に評価することができる。

 身体運動能力および知的理解の評価は,主として検査や測定を用いて評価することのできるものであるが,態度および社会的性格の評価は,検査や測定では困難である。りっぱな社会人としての態度や社会的性格の育成は,教育の大きな目標の一つであるが,それは個々の生徒の全体的な姿として具体的な場面における行動によって表現されるものである。

 具体的で,社会的な行動場面を多く持つ体育の場は,望ましい態度や,社会的性格の育成のための重要な場であると同時に,それらの評価のための貴重な場を提供する。

 しかしながら,表面的には同じ行動であっても,そうさせている内面的な心の働きが異なり,時には相反することがあるものであるから,これらの評価は非常に困難である。すなわちその行動が現われる場面によっても相違するものであるから,できるだけいろいろの具体的な場面に即して行動特徴をはあくするよう心がけるべきである。このためには観察法・面接法・質問紙法と共に品等法・逸話的記述法・事例研究法等を用いて,具体的に評価することがよりよい指導のために必要である。

 通常品等法の一種である記述尺度法を用いることが多いが,これは環境や,鑑賞力,あるいは運動能力の評価等にも用いられる方法である。学習の具体的目標を取上げ,その個々について3または5段階の評定条件を定めそれに基づいて比較評定するものである。態度や社会的性格の評価に使う記述尺度は,「決して」「まれに」「しばしば」「いつも」のようなその行動の起るひん度で示すのが便利である。その他一対比較法・自己評定法などが用いられる。

 生徒指導要録の個人的・社会的・市民的発達の記録の項で取上げている項目は体育の場面で,はあくされるものも多いのであるから,それらの項目についての体育の場での評価は価値のある資料を提供するであろう。

 習慣は態度や性格と密接に結びついたもので,社会人としての望ましい習慣の形成は,態度や社会的性格の育成の基礎として重要な意義をもっている。体育において直接の目標としている習慣は,健康生活のために必要な事項を実行する習慣であるが,これは一朝一夕にできるものでなく,継続的な努力を要する。したがって,その評価も,清潔・睡眠・食物・姿勢・運動・健康診断などについての習慣を,面接法・観察法・質問紙法を用いるとか,定期的な簡単な検査を実施して,継続的になされなければならない。

 習慣の簡単な検査は,生徒自身の手によって行わせるようにし,自発的に,習慣形式に努めるようにさせることが望ましい。また習慣は特に家庭環境とも密接に結びついたものであるから,各種の検査の実施については,じゅうぶんその点に注意するとともに,家庭との協調が特に望まれるものである。

 鑑賞力の評価は,ダンスにおける表現や,その他の運動における技術の巧拙を,正しく評価したり,それを味わう力が,どの程度育成されたかを評価するものである。

 心身の発達の程度に応じて,適当な作品や技術を選び,そして,その価値を適当に按配して,並立比較法・順位比較法などによって評価することができる。また作品や技術から受ける感じを調べることも参考になる。

 

 5.評価の結果の活用

 評価は指導の有機的な一分節として,よりよい指導のために行われるものであるから,その結果は,指導計画・指導法・指導内容・指導過程等のすべての面にわたって,具体的に,個々の生徒の指導に役だつように活用されなければならない。

 たとえば,身体測定や筋力の検査で,異常な成績を示すものが発見された場合には,さらに個別的に,詳しい調査をし,その原因を究明し,その事実に即して適当な指導をしなければならない。

 また,その原因が身体的な欠陥にあることがわかれば,それぞれ専門の医師のもとで,適切な取扱について相談する。

 また,生活環境が不適当なことが原因であることがわかれば,家庭と連絡して,その改善に努めなければならない。

 評価の結果は,このような異常者の発見や指導に活用されるのみならず,すべての生徒の個人差を明らかにし,その特徴をはあくして,指導に役だてていかなければならないのである。

 指導を適切にするための一つの方法として,この評価の結果を組分けや,班別の指導に用いることが必要である。

 同質のグループにするか,異質的なグループにするか,それぞれの目的に応じて組分けをしなければならないが,その場合に,評価の結果が有効に用いられなければならないのである。

 学習効果の評価も決して生徒の価値を決めようとするものでなく,指導計画や指導法の改善に役だて,生徒の現状に基づいた,望ましい変北をもたらすためになされるものであるから,生徒によくその意味を理解させ,これによって気持を押さえつけたり,いじけさせたりしないように注意し,むしろ生徒が評価を楽しんでやるようにさせなければならない。

 また,生徒自身によって評価させ,自己をよく知って,自発的に自分を形成するような態度をつくることが望ましい。

 評価の結果は生徒に自己の能力を認識させ,学習意欲を喚起させるために活用されなければならないが,いろいろの検査や,測定の結果を図表化して,適当な場所,適当な機会に公表すれば,生徒の自覚を高めるばかりでなく,体育の目的や,効果について,父兄および一般の人々に知らせ,体育に関する理解を深めるとともに協力をうるために役だつであろう。このように評価の結果を有効に活用するためには,評価の方法についてのじゅうぶんな理解を持ち,正しく実施するとともに,その結果を正確に,迅速に整理して,正しく評価しなければならない。

 また,実際の評価にあたっては,教師みずから検査を作成しなければならないものも多いのであるから,検査の構成の手続や,評価の結果を具体的に活用するに必要な統計的処理法に習熟していることが大事である。

 

 6.生徒指導要録の取扱

 生徒指導要録は,個々の生徒について,全体的に,継続的に,その発達の経過を記録し,その指導上必要な原簿となるものである。

 したがってそのためには新しい教育の精神から見て,必要と思われる事項をできるだけ精細に,客観的に,そして容易に解訳できるように記録することが望まれるが,それだけに学校や地域によって特殊な事情が勘案されなければならないであろう。文部省ではその資料を提供する意味で試案的な様式を発表したのであるが,ここでは特にその中の「学習成績の発達記録」について,体育の場合を取扱うことにした。全般的には,発初第108号,昭和24年8月25日,文部省初等中等教育局長の「中学校・高等学校の生徒指導要録について」の通達を参照されたい。

 学習成績の発達記録(体育)

 教科としての体育の

 各教科ごとに示されたこの記録の中で,保健体育では四項目を掲げてある。それらのうち 1.(健康と衛生の諸概念の理解) 2.(健康上・衛生上必要な事項を実行する習慣)の項については,保健と体育の学習成績を総合的に評価しなければならないが,特にいわゆる体育だけの面からも直接評価するのは, 3.(身体の運動機能向上の程度) 4.(運動競技への参加)の二項目がある。それについては次のように記録するのがよい。3.身体の運動機能向上の程度では,運動機能がどれだけ向上したかその程度を記録する。4.運動競技への参加では,運動競技の学習活動に参加する態度について,よく参加するかどうか,積極的かどうか,スポーツマンシップを示すかどうかなどを評価して記録する。

 指導に役だてるためにはできるだけ分析的に項目を掲げるほうがよいが,文部省では他の教科とのつりあいからこのように示した。したがって地方により,学校により,その事情を考えて,実際に記録しやすいように解訳しやすいように,項目をさらに分析するとか,あるいは他の表現を用いるのもよい。なお同じく学習成績の発達記録中にある「特別教育活動」や,そのほか「身体的発達の要項」,「困難およびその適応についての記録」,「個人的・社会的・公民的発達記録」など指導要録全体の記録とよく協調するとともに,体育の立場からそれらの記録に対して多くの資料を提供すべきである。

 記入欄には「所見」と「評価」がある。

「所見」の欄には,個人の素質的条件を基として,それに即して評価し,具体的なことばで記入する。新しい教育の精神から見れば,このことが最も強調されるべきで,その生徒のおもな活動・作業の習慣なども記録されるべきである。したがってこの記入欄は,必要な広さをじゅうぶんとるべきである。

「評価」の欄には,その個人が含まれる集団(学年が無理であればクラスとなるが,できるだけ広い範囲がよい)の中で,どのような位置を占めているかを示す評価点数を記入する。その評点は,次のとおりである。

 この評点はその集団の標準を基として,どの位置にあるかを明らかにする相対評価であって,前者の個人的な絶対評価とともにその個人の現状を理解する上に必要なことである。この意味で,1(不可)と評価された生徒が必ずしも不合格とはいえないし,それはあくまで各教科の指導目標との連関において決定されるべきである。