第1章 保健体育科体育の性格と目標
1.保健体育と体育
よい個人,有能な杜会人となるために必要な経験や能力は,きわめて多種多様である。これらは教育の目標となり,あるいは内容となるのであるが,学習の便宜上各教科の目標や内容に整理されている。
しかし各教科は相互に関係しあい,明確に区分できない点も多いので,それらは広く教育の一般目標を見とおしながら,それぞれの目標や内容を考えることが必要である。保健体育科もこのような教科の一つである。
本書は,保健体育科の中の体育に関する部門を取扱うことになるので,まず保健体育科の性格や体育と保健との関係について若干の考察を試みることにしたい。
しかし保健と体育の概念やその関係を考えることが,保健体育科の性格を明らかにすることにもなるので,初めにこのことについて略述する。
健康が教育の基本目標の一つであることは,一般に知られているとおりであるが,学校における健康教育は,その保健指導計画に基づいて生徒の健康の保護・増進をはかりながら,健康生活についての理解・態度・技能・習慣の発達を目ざす教育の分野ということができる。
これに対して体育は,いろいろな身体活動をとおして教育の一般目標達成に貢献せんとする教育の領域とされる。
適当になされる身体活動は,健康の増進に欠くべからざるものであるから,健康教育と体育は密接不離の関係にあるといわなければならない。このような関係から体育と健康教育は結合され,保健体育科を構成することになるのである。特に身体活動についてみれば,青少年の生活に大きな分野を占め,その全人的発達に欠くべからざる価値をもつとともに,おとなの生活においても生活を豊かにし,かつ健康上の価値をもつものが少なくない。体育はその性質上健康の増進をはかるとともに社会的態度の発達や教養の向上を目ざすものである。
以上によってわかるように,健康教育は健康という目標から,また体育は身体活動という方法的立場から規定される概念であって,その目標や学習内容に深い関係をもつものであるから,学習指導要領は一応両者を別々に扱うけれども,できるだけ関連をもった指導が必要である。また体育は,その目標を達するためには,単に身体活動だけでなく,これと関連して学習しなければならない多くの事がらがあるから,指導上この点に留意するとともに,社会科や理科や職業・家庭科等関係の深い教科との関連ある指導に努められたい。
2.体育の目標
体育は身体活動をとおして教育の一般目標達成に貢献しようとするものである。教育の一般目標の中には,健康や社会的態度の発達や余暇の活用など,身体活動と関係したものが少なくない。したがって体育は,一般目標のうち,これらのものをその目標として強調することになる。
体育はその性格上,健全な身体活動によって直接得られる望ましい変化を,その目標として考えなければならない。
しかしわれわれの生活に,身体活動を正しく位置づけ,活用することは,きわめて必要であるから,このために必要な理解や態度や技能の発達をも目標としなけれはならない。これらは多く身体活動と関連した学習活動によって達せられるであろう。
そこで体育のおもな目標は,次の五つの側面から考えることが適当であろう。
(2) 知的・情緒的発達をはかる。
(3) 社会的態度を発達させる。
(4) 安全についての発達をはかる。
(5) レクリエーションについての発達をはかる。
これらをいっそう具体的にいうならば次のごとくなるであろう。
(2) 身体諸器官の機能を高める。
(3) 走る・跳ぶ・よじ登る・泳ぐ・すべる・投げる・捕える・ける・打つ・跳び越す・身をかわす・転回する・音楽に合わせて動作するなどの基礎的技能を発達させる。
(4) 正確・機敏・器用・リズミカルな動作の熟練を助ける。
(5) 筋力や持久力を発達させる。
(6) きょう正可能な身体的欠陥を除去する。
(7) 指導力・協力・積極性・勇気・自制・礼儀・正直・正義・寛容・忍耐,正しい権威に従う,同情・忠誠等の社会生活に必要な態度を発達させる。
(8) 冷静な態度・観察・分析・決断・表現等の諸力を発達させる。
(9) 自己や他人の安全に必要な知識や態度や技能を発達させる。
(10) 運動の施設,用具の使用や修理に必要な態度や技能を発達させる。
(11) 健全な身体活動を広く経験させ,それらに対する興味や態度を発達させる。
(12) 各種運動の規則・審判法・見方等に必要な知識や態度を発達させる。
(13) 健康生活の原則を理解し,実践する態度を養う。
以上は多少の重複はあるけれども,身体活動が生徒の全人的発達に及ぼす効果や,われわれの生活における意味を考えて立てられた体育の目標ということができる。
これらは,体育指導における教師の目標ともいうべきもので,学習内容を選択し,学習活動に展開させる際の目やすとなるものであるが,生徒の自発活動をとおしてよく達成できるものであるから,指導にあたっては,発達に応じ,かつ具体的学習内容に即した生徒の目標を考えることが必要である。
なおこの目標の立て方は小学校の学習指導要領(体育編)と比較するとき,表現や分類のしかたに多少の相違はあるが,基本的立場は共通である。