第1節 文部省の教育課程の組織と地域・学校の教育課程との関連
(Ⅰ) 音楽の教育青課程の意義
教育課程は,教育目標に向かって,生徒が望ましい成長発達をするように用意された,環境や教育的な経験であるといえる。
ところで,生徒が,望ましい成長発達をとげるためには,きわめて多面的な指導が必要である。そこで,類似の内容をもったものをひとまとめにして,それを教科科目とする。そして,各教科科目は,互に責任を分担し合いながら,生徒の成長発達を助けるのである。
音楽科は,この場合に,主として情操面の内容を分担するのであるが,その責任を果すためには,まず,全般の教育目標とにらみ合わせて,音楽教育の目標をはっきりとらえなければならない。ついで,その目標を達成するに有効な教育内容や学習活動を選択し,環境を整えて,生徒の音楽的な経験の発展を図るのである。
このように,生徒の音楽的な経験を音楽教育目標に向かって再構成したものが,音楽の教育課程である。
(Ⅱ) 文部省・地域・学校の教育課程の関連
教育課程は,上述のように,生徒が望ましい成長発達を遂げるように学習経験を再編成したものであるが,ここで忘れてならないのは,学習するものは生徒自身であり,しかも,かれらは,一定の地域社会に生活して,その環境の影響下にあるということである。
学習するものが生徒であるかぎり,教育課程は,かれらの必要や興味に合致しなければならない。
しかもかれらは,一定の地域社会に生活しているのであるから,その地域の必要にも適合することがたいせつである。
こう考えると,教育課程は,個々の生徒の必要や特徴と,地域社会の必要とを具体的にとらえて,はじめて,有効なものとなることがわかるだろう。
したがって,教育課程は,個々の学校や学級で作られるのが本体であるといえる。
しかし,こうはいうものの,音楽に対する生徒の必要は,個人差はあるにしても,生徒の一般的な成長発達から考えて,共通点を見いだすことができる。
また,地域社会の必要も,ある特定の地域社会は,単独に存在するものではなく,より広い一般社会との関連においてなりたつものであるから,より広い一般社会の必要につながることはもちろん,その必要をどのように見いだしていくかの点については,同じ立場に立つものもある。
しかも,このように,広い一般的な見通しに立って,社会的・教育的な検討が加えられることは,目先の現象のみにとらわれた,狭い視野から,目標を定めたり,音楽学習を配列して,不備で片寄った教育課程になることを防ぐ上にもたいせつである。
文部省の教育課程の組織は,この要望に沿うものである。すなわち,広く生徒の一般的な成長発達に照らし,生徒の一般的な必要や,一般社会の必要を考えて,音楽学習の目標の定め方や目標,学習経験やその構成を明らかにして,一般的な基準を示している。
それゆえ,地域社会,個々の学校の教育課程を構成するにあたって,それは最も重要な資料であり,基本的な示唆を与える指導書であるということができよう。
地域の教育課程は,これを参考として,その地域社会や生徒の一般的な必要に欠けているものを補い,程度の合わないものを修正して作られるだろう。
さらに個々の学校では,地域の教育課程に基き,文部省の教育課程を参照して,その学校の特殊事情を反映したものが作られる。その場合には,生徒の実態やその学校の教師の教養・経験などの人的条件・校舎の設備・備品などの物的条件・社会環境などが,じゅうぶんに考慮せられなければならないことはいうまでもない。
第2節 地域ならびに学校の必要に応じる教育課程
教育課程構成上,最も重要な問題は,次の2点である。
2) 音楽学習経験をどのように構成するか。
次に,これらについて述べることにする。
(Ⅰ) 目標の設定
すべて,教育の目標は,生徒の必要と社会の必要とに基いて設定せられる。音楽教育の目標も,これとまったく同じ原理によって定められる。それらの必要のうち,理想として追求せられるものは,各地域・各学校ともに,おそらく同じであろうが,当面の必要には,地域差や学校差が現れるはずである。なぜかというに,かれらの生活する地域や学習する学校によって,かれらの経験的背景は同じでない。したがって,かれらの必要とするものにも,なんらかの影響を与えるだろう。また,地域の特殊事情,たとえば,都市・農村・漁村・山村などによって,それぞれ,その社会の必要とする当面の問題は同一でないからである。
目標には,それらの地域差や学校差が反映しなければならない。そうでないと,掲げた目標が,いたずらに高遠な理想を追ったり,あるいは,抽象的なものとなって,その地域や学校の実情に沿わないものとなる。
学校教育法やこの本にも,音楽教育の目標が掲げられている。しかし,それらは,いわば,共通の必要に基く目標であって,特定の地域の必要は具体化されていない。したがって,特定の地域や学校の目標を定める上に参考とはなるだろうが,ただちに,それをある地域や学校の目標として取り上げることはできないものが少なくない。
次に,一例をあげてみよう。
「いつ,どこでも,みんなといっしょに歌える歌(レパートリー)を多くもつ」
ことは,わたくしたちの生活を明るく豊かにする上には,きわめてたいせつな事がらである。しかし,そのような歌には,その地域社会で広く行われているものを無視することはできない。たとえば,その土地に昔から残っていて,土地の人々に親しまれている童謡あるいは,民謡のようなものがあるだろう。それらは,「いつ,どこでもみんなといっしょに歌える歌」の中核をなすものである。
また,その土地の労働歌のようなものも,みんなといっしょに歌われる歌であるが,漁村の労働歌と,山村のそれとは,労働そのものが異なるために同じではない。それゆえ,これらのことが具体的に加えられて,最初の目標が地域社会に適するように修正せられなければならない。
また,音楽の経験的背景は,地域によって,かなり相違のあるのが普通である。この相違は,生徒の技能や理解・鑑賞に著しい差違を来たす。
たとえば,日常,オーケストラの音楽に取り囲まれている,大都市の恵まれた環境にある生徒と,ラジオの聴取さえ意に任せない山村の生徒では,音楽鑑賞の経験的背景は格段の相違がある。前者は,早くからベートーベンを論じ,ストラビンスキーの音楽を鑑賞し,それらに熱中するだろう。しかし,後者はオーケストラとは何かさえわきまえず,まして,その音楽は,およそ生活からかけ離れた魅力のない存在であろう。
家庭に,ピアノやバイオリンがあり,日常,それらに親しんでいる生徒は,楽譜から音楽を読みとることもできるが,土地の民謡を唯一の音楽として,耳から耳へと聞き伝えで歌って,明け暮れしている生徒にとっては,楽譜などはおよそ縁遠い,しかも,いたずらに,わずらわしいものに違いあるまい。
楽譜の知識や,楽譜を読んだり書いたりする技能は,音楽学習では,なくてはならぬ重要なものではあるが,それらに対する必要は,音楽的経験が積まれて,はじめて生まれるもので,経験的背景のないところには,その必要は生じない。これらは,重要ではあるが,生徒の音楽的経験が積まれ,かれらが,その必要を自覚するまでは与えても無意味である。それゆえ,このような場合に,まず,与えなければならないのは,音楽的経験であって,楽譜の知識や楽譜を読んだり書いたりする技能ではないはずである。
こう考えると,技能や理解・鑑賞の目標も,その地域の生徒に合うように訂正されなければならないことがわかるだろう。
しかし,この場合に忘れてはならないことは,単に目先の現象のみにとらわれ,狭い視野に立って,目標が,環境や生徒の現在の知識・技能・鑑賞などの範囲のみで定められてはならないという点である。
当面の目標は,そのような手近なところに置き,現実に合うようにするとはいうものの,広い一般的な見通しの上に立って,一般的な個人の成長発達,社会の動向などを念頭において,現在の生徒の状態を,一日も早く望ましい方向に向け,その発達を図るようにしなければならない。そのためには,この本に掲げた目標が有力な参考資料となるだろう。
地域社会や学校に適応した目標を定めるにあたって,これまでに述べたような注意を,特に払わなければならないのは,各学年の目標を定める場合であろう。もちろん,中学校・高等学校などの一般的な目標を設定するときにも,地域社会や学校の特殊事情や,生徒の,音楽に対する経験的な背景は大いに考慮せられなければならないが,それらがいっそう具体的な形をとって現れるのは,各学年の目標である。
次に,一例をあげてみよう。
「楽譜を読んだり,書いたりする技能を養う。」
というのは,中学校全般に通じる目標であるが,具体的に,どのような楽譜を,どの程度読んだり書いたりするか,また,楽譜の学習を何学年から始めるかは,生徒の音楽的経験や技能の程度によって決められる。楽譜に関する予備知識や,技能のない生徒に対しては,
「楽譜になれる。」
という目標が定められるであろうし,楽譜の知識や技能をじゅうぶんに備えている生徒に対しては,
「初見演奏」や,
「楽譜を正確に美しく,しかも速く書く。」
のような,進んだ高い目標ぶ,設定せられることになるだろう。
すべて,このような目標の修正は,生徒の知識・理解・技能・鑑賞その他とにらみ合わせて行われる。
しかし,その場合に注意しなければならないのは,広い視野に立って,目標が検討せられなければならないことである。この本の目標を参考にして,それを地域社会や学校に適するように修正するにしても,その目標が生徒や社会のどのような必要から生れたものであるかをじゅうぶんに検討して,修正のしかたを誤らないようにしなければならない。
(Ⅱ) 音楽学習経験の構成
音楽の教育課程の構成は,音楽教育の目標を達成するに有効な,さまざまな学習経験を,発展的・系統的に組織していくことを意味する。
それゆえ,音楽教育の目標が設定せられたならば,次に起る問題は,生徒の音楽学習経験をどのように組織立てていくかということで,これがとりもなおさず音楽の教育課程の構成である。
音楽の教育課程では,学習経験は,音楽に関する理解・技能・鑑賞・創作などが中心になる。しかし,生徒の学習活動を考えると,音楽的な活動ばかりではない。そこには,さまざまな活動,たとえば,書物で調べるとか,話し合うあるいは,見学などのように,他の教科に共通する活動も含まれることはいうまでもない。それゆえ,ここにいう音楽学習経験には,単に,歌うとかひくとかのような音楽独自の学習活動ばかりでなく,音楽を学習するために必要なさまざまな活動も合わせ考えて,それらによる学習経験を取り上ていかねばならない。
しかし,一般に,経験ということばの意味は,かつて,見たり聞いたりしたことがあるというような,受動的・消極的なものに使われる場合と,既往の知識や技能を生かして,直面する環境や問題と取り組んで,それを切り開いたり解決したりして,さらに新しい知識や技能を求める働き,言い換えると,過去の経験と新しい経験との働き合いによって,新しい知識や技能が,自分のものとなるように,経験がかれらの生活の中に再編成せられ,それによって,生徒が発達していくような,能動的・積極的に解する場合とがある。
教育課程の構成にあたっては,前者はさほど重要な意味をもたない。ぜひ必要なのは後者である。
つまり,音楽の教育課程構成上必要な経験とは,単なる既往の経験だけでなく,生徒の発達段階に即して,かれらの音楽経験の発展に役だつようなものでなければならないといえる。
したがって,音楽の教育課程を構成するためには,生徒の数多くの音楽経験の中から,かれらの発達を促し,音楽教育の目標を達成するのに有効なもので,かれらの発達段階に即したものが選ばれなければならないのである。
(1) 音楽学習経験の領域
音楽の教育課程を構成する上に必要な経験には,さまざまなものがある。それらは次のように類別することができよう。
2) 音楽による創造的な表現の経験。
3) よい音楽の理解や鑑賞を高める経験。
4) 音楽によって,個人および社会生活を明るく豊かにする機会を発展させる経験。
5) 音楽に対する職業的な関心や準備についての経験。
1 音楽の学習を進めるにあたって,必要な技能を用いたり,それを発展させる経験。
音楽学習に必要な技能には,次のようなものがある。
2) 楽器の演奏技能
3) 楽譜を読んだり書いたりする技能
ただし,これらの技能は,その裏づけとなる知識・理解・鑑賞・などの発達とあいまって,いっそう向上するものであることを忘れてはならない。
これらの技能は,それを用いる必要のある場面に当面したときに,最もよく習得せられるものであるから,教育課程には,これらの技能を用いる必要のある,あらゆる学習の機会を用意することがたいせつである。
2 音楽による創造的な表現の経験。
音楽における創造的な表現活動としては,次のようなものをあげることができる。
2) 動作による音楽の動きや感じの表現。
3) 作曲や編曲。
それゆえ,音楽の教育課程では,このような表現の経験をする機会を,じゅうぶんに用意しなければならない。
3 よい音楽を理解し鑑賞する経験。
美しいものを追求することは,生徒の心からの欲求である。その欲求を満たし,さらにそれを高度に発達させてやることは,教師の任務である。
美しいものへの欲求を満たし,それを発達させるためには,よい音楽の理解と鑑賞とを助成し,いっそうよい音楽を愛好するように,よい音楽を鑑賞する機会と,その経験とを与えてやらねばならない。
よい音楽を理解し鑑賞するおもな経験としては,次のようなものをあげることができるだろう。
2) 音楽会にいって,その演奏を聞く。
3) レコードや放送の音楽を聞く。
4) 作品を分析する(総譜による研究も含む)。
5) 音楽史や音楽理論の研究。
個人および社会生活が明るく豊かになることは,人生にとって,きわめてたいせつな事がらで,おとなはもちろん,少年・少女たちも,心からそれを願わないものはない。音楽は,このような必要を満たすためには,まことにつごうがよい。よい音楽のあるところ,健全な音楽活動の営まれるところには,ひとりでに,そのような生活がうち立てられる。この意味からも音楽によって,個人および社会生活を明るく豊かにすることは,音楽教育の重要な目標の一つになっている。
この目標を達成するためには,これまでに述べた各種の経験をじゅうぶんに積むことが前提となるのであるが,その経験を,どのような時に,どのように有効に用いるかについて,特別な指導が行われるならば,この目標はいっそう容易に達成することができるだろう。
したがって,教育課程においては,そのような機会と,その機会を発展させるような経験を豊富に用意することがたいせつである。
5 音楽に対する職業的な関心や準備についての経験。
学校のもつ基礎的な責任の一つは,自己に最も適した職業につき,それに成功することのできるような準備を,じゅうぶんに与えてやることである。
多くの生徒の中には,音楽に対して特殊な才能をもち,将来,それを天職とするものもあることと思う。したがって,音楽の職業生活について,正しい理解を与えるとともに,才能があり,希望する生徒は,音楽を職業として選択することができるように,かれらの音楽上の個性を伸ばしてやらねばならない。
この意味から,教育課程においては,一方で,各種の音楽経験を積んで,その特技の発達を図るとともに,他方では,実際に,音楽職業生活の現場での経験をするような機会を用意する必要がある。
(2) 音楽学習経験の組織
前項で述べたような諸領域の経験を,生徒のうちに発展させていくためには,それぞれの領域の経験の特性に応じた学習内容,つまり,適切な経験内容が与えられなければならない。
しかし,それらの経験内容は,無定見・無系統に与えられると,生徒に,望ましい学習経験を発展させていくことができない。そこで,音楽学習経験をどのように組織するかが,重要な問題となるのである。
音楽の学習経験を組織するにあたっては,まず,第一に,次のような点を考えなければならない。
1 学習の目標を達成するために有効適切な学習経験を選ぶこと。
2 発展的に組織すること。
3 系統をもたせること。
これらは,学習経験の組織にあたって,全般に通じていえる要件であるが,これだけではじゅうぶんとはいえない。生徒が,学んだことを身につけ,それを発展させていくためには,なお,これらのほかに,地域社会,あるいは,学校の実情に即して考えなければならない重要な問題がある。つまり,地域差や学校差について,具体化して考えなければならない問題がある。そのおもなものをあげると,次のようになるだろう。
1 生徒の発達に即応すること。
2 環境その他を考え合わせること。
3 他教科との関連を保つこと。
4 教師の実力に合うこと。
5 学校および地域社会の,音楽に対する理解や関心を考えること。
以下,これらについて述べてみよう。
1 生徒の発達
生徒は,身体的な成長や社会的,知的,情緒的な発達段階によって,技能・鑑賞・理解・興味・欲求などに相違がある。それらの差違いを無視して,かれらの成長発達の程度,に合わないものが与えられるときは,たとえ,それが,いかに重要なものであっても,生徒の身につく学習とはならないのである。それゆえ,学習経験を組織するにあたっては,まず,かれらの成長発達に合うように考えなければならない。
成長発達は,年齢によっても異なるが,地域によっても多少の相違がある。その上,個人差のはなはだしいことも忘れてはならない。
それらは,予備調査や評価の結果によって知ることができるが,音楽では,特に,次の諸点について発達を明らかにし,その程度に合うように,弾力性のある組織をつくる必要がある。
2) 楽譜を読んだり書いたりする技能はどの程度か。
3) よい音楽に対する理解と鑑賞はどの程度行われているか。
4) 音楽に関する知識や理解はどの程度か。
学校の環境・校舎・教室の施設・備品などは,生徒の学習活動に大きな影響を与える。たとえば,楽器がなくては器楽の指導は進められないであろうし,望むままにオーケストラの演奏を聞くことのできるところと,音楽会らしいものは開催されることのないところとでは,生徒の音楽鑑賞に対する経験内容は著しく異なるのである。
もちろん,これらは,教師のくふうやP.T.A.あるいは,一般社会人の協力によって,ある程度改善することはできるが,それかといって,現状は無視できない。したがって,経験内容を組織するにあたっては,じゅうぶんこの点を考慮しなければならない。
環境その他について,特に考え合わせる必要のあるのは,次のような諸点であろう。
2) ピアノやオルガンの有無とその数。
3) 蓄音機・レコードの数とその種類。
4) 合奏用楽器の有無・種類・数量。
5) その他,音楽教育に必要な教具・掛図・参考書・楽譜の種類や数量。
6) 放送ならびに放送聴取設備の有無。
7) 音楽映画の映写設備の有無。
8) その地域の音楽施設(演奏会に適するホールの有無,それらが利用できるかどうか,ならびにその度合)の有無。
9) 放送局その他音楽に関係の多い機関の有無。
教育は,教科活動や特別教育活動が関連して,全体として生徒の発達を助成する営みであるから,それは互に密接な関連を保たねばならない。しかも,それらは,経験内容の重複や分離を避けることがたいせつである。そのためには,全教師が共同の研究グループを作って,相互に関連を保ちながらわく組みを作るようにしなければならない。
ことに音楽は,人間生活のきわめて広い範囲につながりをもち,学校生活や社会生活でもなんらかの形で用いられることが多いので,この点についてはじゅうぶんに考慮を払う必要がある。
各活動の関連のたいせつなことは,音楽科のみの経験内容についても同じである。たとえば,声楽・器楽・鑑賞・創作・音楽理論などが,なんの関係もなく系統づけられるよりも,互に関係をもち,総合体として発展するようにくふうすることが望ましい。
音楽と他教科,あるいは,音楽科独自の経験内容の関連をどのようにするかは,地域社会や学校の生活,ならびに,学校の教育課程がどのようであるかを明確にとらえてはじめて,決めることができるだろう。
したがって,音楽の学習経験を組織するにあたっては,教師は,まず,その地域社会,あるいは,学校での生活の実態をとらえ,かつ,地域や学校の一般的な教育課程をじゅうぶんに研究しなければならない。
4 教師の実力との合致
どのような理想案でも,これを運営する教師の力に合わない時は,その効果をあげることはできない。
たとえば,教師が範唱できない教材を取り上げたり,教師自身にも理解できないような音楽を鑑賞させようとしても,それを現実の学習指導に有効に生かすことは不可能である。
それゆえ,学習経験内容の組織は,それを取り扱う教師の力に合っていることが必要になる。
教師の力に合うということについては,どのような点を考えたならよいか,その観点のおもなものとしては,次の諸項をあげることができよう。
2) 教師のもつ人間性はどうか。
3) 教師の生徒に対する理解の程度はどうか。
4) 教師の音楽表現技能はどうか。
イ) 歌唱技能
ロ) 楽器の演奏技能
ハ) 創作技能(編曲技能を含む。)
ニ) 指揮の技能
5) 教師の音楽鑑賞力はどうか。
6) 教師の音楽に対する理解や愛好心はどうか。
7) 教師の一般的な学識はどうか。
8) 教師の計画力はどうか。
9) 教師の指導力はどうか。
10) 教師の指導技術はどうか。
11) 教師の音楽学習指導の経験はどうか。
5 学校および地域社会の音楽教育に対する理解や関心
教育課程を有効に実施し,学習の成果をあげるためには,音楽担任以外の教師,地域社会の人々の協力を必要とする。それゆえ,地域社会に適応する教育課程を構成するにあたっては,この点についても考慮し,教育課程の実施にあたって,どれだけ,それらの人々の協力が期待できるかを予想しなければならない。
その場合に考えなければならない要項には,次のようなものがあろう。
2) 学校長や音楽担任外の教師の音楽に関する技能はどうか。
3) 地域社会人の音楽愛好熱の有無,あるいはその度合はどうか。
4) 地域社会人中に,音楽愛好者がいるか。いるとすれば,その専門(ピアノ・バイオリン・声楽その他)は何で,人数はどのくらいか。
5) 地域社会人中に,音楽の専門家はいるか。いるとすれば,その専攻は何か(器楽・声楽・作曲人その他)。
それゆえ教育課程は,この点についてじゅうぶんな考慮を払い,特定の地域社会や学校に適応するように,弾力性をもたせて,学習経験内容を組織することがたいせつである。
第3節 年間計画
教育目標を達成するために,教育課程を真に役だたせるためには,その運営計画が精密にたてられなければならない。すなわち,教育課程の要求する諸点を明らかにして,それを担任生徒の実情に即して,あんばいして具体的な学習指導計画を立てる必要がある。
その第一の仕事は,1年あるいはそれ以上にわたる長期の指導計画で,これを年間計画と呼ぶことができよう。第二の仕事は,数週間または数か月にわたる指導計画で,第三の仕事として,これがさらに,1週間あるいは日々を単位として分節化されるだろう。これらを週計画ならびに日課表と呼ぶことができる。
ここでは,これらのうちの年間計画について述べてみたい。
年間計画は,年間を通しての各学校のおおまかな指導計画である。
これには,学校全体としてのものと,各教科・特別教育活動・学校保健に対する計画などがある。
各教科や特別教育活動・学校保健などに対する年間計画は,学校全体の年間計画をもとにして具体化される。
学校全体の年間計画や,他教科その他の年間計画の立て方については,学習指導要領一般編および各科編で述べられているので,ここでは省略し,音楽科の年間計画をたてるにあたって,特に考慮しなければならない点をあげてみたい。
要点を列挙すると,次のようなものがある。
2) 他教科との関連が,できるだけ保たれていること。
3) 行事,季節の変化に伴う郷土生活に対して,じゅうぶんな考慮が払われていること。
4) 地域社会の機関との連絡や,地域社会人との協力が考慮されていること,
5) 音楽の特別教育活動について計画が立てられていること。
6) 弾力性をもち,実施の過程での修正が予想されていること。
7) 学習内容や単元が,適当に配列されていること。
8) 高等学校における単位の割当と,時間割が適当にされていること。
1 教育目標の具体化。
年間計画は,音楽教育目標を達成するために,年間を通じて,実践的な活動をどのようにするかの計画である。それゆえ,これは,前年度の計画をそのまま踏襲したり,他校のものを無批判に取り入れたり,模倣すべきものではなく,それぞれの学校でたてられた音楽教育目標が,その年度の学校全般の教育計画とにらみ合わせて具体化されなければならない。
教育目標を具体化するにあたっては,まず,生徒の発達を考え,それに即応することがたいせつである。しかし,そのほかにも,以上述べた各項は,教育目標の具体化に際して必要な事がらを多く含んでいる。したがって,それらをじゅうぶん考え合わせることも忘れてはならない。
2 他教科との関連
中学校以上の学校では,原則として教科別担任制がとられているので,各教科間の連絡がややもすればふじゅうぶんとなる。そのために,生徒の学習経験が断片的になって,学習経験を全般的にながめると,その間にすきまができたり,重複したりする。それゆえ,各教科の担任教師は学年や学期の初めに緊密な連絡をとり,各教科で,無理なく関連を図りうるものは,相互に有機的な関連をつけるようにしなければならない(他教科との関連については第8章を参照のこと)。
なお,生徒の学習経験は,季節や行事と関係することが多いので,これらを考えて,各教科の学習内容を配列することも,各教科の関連を図る上に効果がある。
3 行事・季節
生徒の生活経験は,いろいろな条件に左右せられることが多い。とりわけ,行事や季節の変化に伴う郷土生活などは,かれらの有意義な生活経験を発展させる契機となるものである。それゆえ,年間計画を立てるにあたっては,これらを考慮しなければならない。
行事には,さまざまなものがある。学校・地域社会・国家・国家社会などを単位としたものもあれば,また,いろいろな公共の団体の行う奉仕活動や教養を高めたり,安全生活を図るための行事などもある。
それらの行事には,音楽以外の目的をもつものも少なくない。しかし,それらにも,音楽の参加することは珍しくない。中には,音楽独自の行事が計画されることも多い。たとえば,学校や地域社会の音楽会,あるいは音楽コンクールなどがある。また,学校向けの音楽放送なども行われる。
年間計画をたてるにあたっては,そのような行事にじゅうぶんな考慮を払い,それらを適当に指導計画の中に取り入れて,生徒の音楽経験を豊かにし,かつ,よりいっそうそれを発展させるようにくふうしなければならない。
季節は,わたくしたちの生活に大きな影響を与える。季節の移り変りは,花鳥風月の著しい変化となって現れ,それらは,ひとりでに,わたくしたちの精神生活や物質生活にも影響を及ぼす。地域社会の行事が,季節の変化に基盤をもつものが多いのもそのためである。
学校の行事を計画し,それを年間計画に織り込むにあたっても,季節の変化に伴う郷土生活をよく考えなければならない。たとえば,農閑期を利用して,音楽会や学芸会を開催することも一案である。
季節は,実に,わたくしたちの生活経験の内容までも左右する力をもっている,それゆえ,学習経験を組織して,年間計画をたてるにあたっては,季節の移り変りを無視することができないのである。たとえば,桜の美しさを歌うには,春が適しているだろうし,雪に関する歌曲は,冬に取り扱うようにすれば生活経験と学習経験が,密接に結びつき,有効な学習が進められるのである。
年間計画を立てるにあたっては,このような点も,じゅうぶんに考慮しなければならない。
4 地域社会の機関と地域社会人との連絡ならびに協力
これは,広くいえば,環境の調整ともみなされるだろう。
現代の教育では,地域社会の各種の機関や場所を教育に利用することが多い,たとえば,演奏会場に適した場所があれば,そこで連合音楽会を開くとか,オーケストラの練習所や放送局,あるいはレコード会社などがあれば,そこに出かけて見学をし,学習経験を豊かにするとかの方法がとられるだろう。
また,地域社会人の意見を聞いて,各種の行事を企画したり,あるいは,地域社会に,音楽の専門家がいたり,音楽愛好者の団体があるならば,演奏や話を聞く機会を作ることも必要である。
このような意味から,年間計画を立てるにあたっては,地域社会の各種の機関や地域社会人とじゅうぶんな連絡をとり,それらの協力をうるようにすることがたいせつである。
さらにまた,学校の放送設備や放送聴取設備,学校にある楽器・楽譜・参考書なども,じゅうぶんに利用されなけばならない。そのためには,それらが,いつでも利用できる状態に置かれるとともに,各教師間で,利用の時間割や利用法などについて,あらかじめよく話し合っておく必要がある。
5 特別教育活動
学校では,特別教育活動として,地域社会に奉仕する目的のために,さまざまな計画が立てられるだろう。それらは,いずれも,全般の教育課程の一環として行われるのであるが,中には,音楽のクラブ活動のように,特に音楽学習に密接につながるものもあれば,中には,生徒会・ホームルームその他音楽とは,直接関係のないものもある。しかも,それらでも,音楽を取り入れることによって,その活動を円滑に推進できる場合が少なくない。
それゆえ,音楽学習の年間計画を立てる場合には,それらの特別教育活動との関連や統合についても考慮しなければならない。
また,音楽独自のクラブ活動のようなものについては,その地域の事情や生徒の必要に応じて,適切な年間計画を立てる必要がある。
このようにして,音楽が,ただ音楽教室のみの学習活動に終ることなく,広く生徒の生活全体によい影響を与え,音楽教育目標が,全面的に達成できるように考えなければならない。
6 弾力性
年間計画は,弾力性をもっていなければならない。年間計画は,実施の過程で,生徒の学習活動の発展や,学校や地域社会の事情から,新しい計画をつけ加えたり,すでに計画したものを修正したりすることが予想される。それゆえ,年間計画は,固定して,動かし難いものと考えてはならない。しかし,こうはいっても,定期的に行う事がらは,一定の時期に実施するように,定めておくのであって,それまでも,随時動かそうというのではない。実施の過程で,新しく起った変化や事情に即応することができるような弾力性のあるものを望んでいるのである。
7 学習内容と単元
単元(単元による学習の場合に限る)や学習内容を,1年間にわたって,どのように配列するかということも,年間計画では,重要な地位を占める。これらの事がらについては,すでに第Ⅴ章および本章の第2節で述べたので,ここでは,その際に触れなかった重要な項目を次に掲げることにする。
2) 学習内容や単元は,相互の間に,有機的な関係をもつこと。
3) 学習内容や学習活動と,季節や行事との関係は,無理のないように考えること。
4) 学習内容や単元には,その内容に適した時間配当をすること。
5) 学習内容や単元の配列は,生徒の関心や問題の発展に応じて修正し得られるように,弾力性をもつこと。
高等学校では,選択教科の範囲が広く,かつ,単位制を採用する関係から,年間計画を立てるにあたっては,特に,単位数や時間割について考慮しなければならない。その場合には,次のような二つの角度からながめてみる必要があろう。
2) 音楽科の各学習経験間の単位の配分と時間割の決定。
生徒が,3年間に,どんな教科をどんな順序で学習するかを見きわめて,単位の与え方や時間の組合せをくふうすることがたいせつである。この研究に手落があると,生徒が,ある教科を選択しようとしても,実際には選択することができないような結果になることがある。それゆえ,各教科担任や特別教育活動その他に責任をもつ教師で,委員会のようなものを作り,職員組織や教室数その他を考え合わせて,事前によく,この事がらについて協議検討しなければならない。
2 音楽科の単位と時間割
単位や時間割の決定にあたって,音楽科のみの立場としては,次のような諸点に留意しなければならないだろう。
たとえば,音楽史を学習するにしても,それが書物のみによる学習にならず,演奏・鑑賞などの学習経験を裏づけとして,学習が進められるようにすることがたいせつである。
2) 専攻の学習経験が,生徒の素質・技能・興味などに即するように選ばれること。
高等学校では,生徒の素質や技能・興味などによって,専攻の学習経験が選ばれる。たとえば,器楽や声楽を専攻するとか,あるいは,創作に専心するとかのように,学習経験が専門化するのが普通である。それらの専攻を選ぶにあたっては,生徒の素質・技能・興味などをよく調べ,生徒・両親・教師間で話合いの上で決定する必要がある。
3) 専攻と非専攻の学習経験に対する,単位および時間の配分が適切であること。
専攻の学習経験に対しては,単位や時間数を多く配分することはいうまでもない。しかし,たとえ専攻ではなくても,ピアノまたはオルガンの演奏経験,歌唱経験などは,音楽学習の基礎になる重要な経験である。それゆえ,これらは,どの生徒も必修しなければならないだろう。したがって,これらの学習経験が専攻されない場合でも,一定の単位や時間が,この学習経験に対して配分されなければならない。——第Ⅵ章 音楽の学習指導を参照のこと。——
4) 教師と教室の割当を決め,選択表を作成すること。
教師が,ふたり以上いるときは,その分担や教室の割当を決めなければならない。しかも,高等学校では,専攻の学習経験が,たくさんに分れる傾向があるので,教師の数とにらみ合わせて,それらの分け方もくふうしなければらない。その上で,教室の割当を決めて,選択表を作成するのである。
以上述べたようにして。各学校の教育課程が作られ,教育の実際に適用されるのであるが,それらは,教育課程構成の原理や教育実践のあとにかんがみて,適切であったかどうかが,評価されなければならない。
こうすることによって,教育課程が目ざしている教育目標をどの程度実現したか,内容の取り上げ方や指導法の適否を知り,教育課程の改善と再構成の資料が得られるのである。
こうして,教育課程は,つねに,評価し改善せられてはじめて,りっぱなものとなり,生徒の学習を効果的に進めていくことができるのである。