第Ⅶ章 音楽における生徒の発達の評価

 

第1節 評価の意義

(Ⅰ) 従来の成績考査と新しい評価の必要

 これまで行われていた成績考査は,学習の結果,生徒が,どれだけのことを記憶したか,どれだけじょうずに歌ったり,ひいたりすることができるようになったかを知って,その成績に評点をつけ,生徒の品等づけをすることがおもなねらいであった。

 このような考査では,教えたことを記憶したかどうか,練習した歌曲の演奏技能はどうかを調べる,記憶や技能の考査に重点が置かれる。しかも,それらの考査は,学校により,教師によって,採点の基準が,著しく異なるのが普通である。たとえば,これまでに見られたように,優の数を多く与える教師もあれば,ほとんど大部分良を与える教師もある。特に技能の考査では,採点が著しく主観的になり,つけられた評点の権威は,信頼できない状態であった。

 わたくしたちは,このような考査に満足していて,はたしてよいだろうか。それを明らかにするためには,まず,学習指導の意味を考えてみる必要があろう。教育は,生徒の必要と社会の必要とに,最もよく合致する目標に奉仕するものとされている。学習は,教官の目標に向かって,生徒みずからの力で到達しようとする活動であり,学習指導は,それを助ける働きである。言い換えると,生徒が能力に応じてその個性を伸ばし,よりよい生活を発展させようとするのが学習であり,それに協力する活動が学習指導である。だから学習や学習指導の過程と結果が,生徒や社会にとって,好ましいものであるかどうかは,教師にとっても,生徒にとっても,最大の関心事であろう。すなわち,学習や学習指導の過程や結果において,生徒が,どう変りつつあるか,また,どう変ったかを調べて,定めた具体的な目標や,取り上げた学習活動や指導法が適切であったかどうかを知り,生徒が,将来必要とするものは,何であるかを発見して,よりよい学習効果をあげようとする努力が当然生れるのである。

 ところが,記憶や技能を調べて,生徒を品等づけるような従来の成績考査では,この要求は,じゅうぶんに満たされないのである。ここに新しい評価の生れたゆえんがある。

 

(Ⅱ) 評 価 の 意 義

 評価は,学習過程そのものをよくし,生徒の発達のために行うもので,生徒各個人の学習活動から,次のよりよい手段をつくす資料をうることが,おもなねらいである。したがって,評価には,次のような重要な意義が見いだされる。

 評価は,上に列挙したような意味をもつものであるから,指導のために必要なかぎり,学習活動の一部と考えて,常時,連続的に行われなければならない。しかも,評価の対象は,単なる記憶や技能に限られることなく,広く,態度や理解・鑑賞などに及ぶことがたいせつである。評価法も,測定やテストだけでなく,観察・面接その他,さまざまな方法が,取り入れられなければならない。なほ,また,評価が評価としての真価を発揮するためには,評価によって得られた結果が,有効に利用されることが要件となる。評価が,行われたまま,その結果が利用されることなく放置せられるならば,評価の意義はなくなるだろう。

 評価は,生徒を対象として行われるものであるが,それは同時に教師の評価ともなることを忘れてはならない。また,評価は,つねに教師が行うものとは限らず,生徒みずから評価することの重要性も,強調すべきだろう。

 

第2節 評価の原理

(Ⅰ) 評価の一般的な原理

 評価は,前節で述べたような意義をもつものであるが,そのような評価の意義をじゅうぶんに発揮するためには,どのような原理に基いて実施せられなければならないだろうか。それらを概括して述べると,次のようになるだろう。

1 評価は,学習指導の改善を目ざし,生徒の発達を助けるものでなければならない。

 評価は,学習過程そのものをよくし,生徒の発達をはかるために行うものであるから,その実施にあたっては,この目的が果されることが前提条件となる。すなわち,教材や学習活動の適否,生徒の特性などが確められ,生徒の発達に役だつ資料が得られなければならない。

2 評価は,具体的な教育目標がよりどころとなる。

 評価の目的を果すためには,学習結果が確められ,学習によって,生徒が到達したところを明らかにする必要があるだろう。このように到達点を明らかにするためには,学習がどのようなことを目標として営まれたかをはっきりさせなければならない。この意味から,評価は,つねにその全過程を通して,教育の具体的な目標がよりどころとされるのである。ことに,評価の最終段階では,評価の結果が目標に基いて解釈せられる必要がある。

3 評価は,全体的・多面的でなければならぬ。

 教育は,すべて,全人的な発達を期待して行われる。すなわち,学習は,単なる知識をうるための活動ではなく,態度・理解・技能・鑑賞などの多面的なものが目ざされるのである。それゆえ,評価は,技能の発達とか,知的発達の一部面に限られることなく,生徒の発達の全体的な姿が明らかになるように多方面にわたらねばならない。ときに,便宜上,ある限られた面だけが評価せられることもあるだろうが,それらの結果は,関連して考察し総合的に理解して,統一的な人間像をとらえることがたいせつである。

4 評価は,学習による生徒の変化が明らかになるものでなければならぬ。

 学習の到達を明らかにするためには,その出発点がはっきりしていなくてはならない。出発点と到達点とが照合されて,はじめて,学習による生徒の変化がとらえられるのである。この意味から,予備調査の必要が生れる。しかも,生徒の変化は,知識・技能,あるいは用具の種類や分量によってのみはかられることなく,むしろ,生徒の考え方・感じ方・自己表現や行動のしかたの変化に重点が置かれなければならない。

5 評価は,学習活動の一環として,継続して行われなければならぬ。

 評価は,生徒の発達の状況を明らかにして,学習指導の基礎をうるために行うものであるから,常に,学習活動の一部として,取り扱われなければならない。したがって,ある特定の機会だけでなく,常時,継続して行われる必要がある。

6 評価は,さまざまな方法を用い診断的でなければならぬ。

 個々の生徒に,適切な指導を与えためには,かれらの特性,すなわち,どのような面ですぐれ,どのような点に足りない所があるかを知らねばならない。ところが,人間の生活や行動は,きわめて複雑であるから,単一な方法だけでは,それを発見することが困難である。したがって,さまざまな方法を用いさまざまな角度がら,診断的に評価する必要がある。

7 評価は,生徒と教師との協力によらねばならぬ。

 評価は,学習指導を改善し,教師の責任を果すために行うものであるとも考えられるので,当然,生徒も進んで,学んだことを明らかにするような協力的な態度が要請せられる。ときに,両親もこれに参加して,家庭における生徒の変化の状況を,教師に連絡することも望まれる。また,他の教師,学校長,指導主事などの協力や助言も必要になる。

8 生徒の自己評価が強調せられなければならぬ。

 生徒の発達のためには,生徒が自分を評価して,その足りない所を補い,すぐれた点を伸ばす計画を,みずから立て,それを実行するようになることがたいせつである。この意味から,生徒の自己評価の必要が強調されるのである。

9 評価は,客観的でなければならぬ。

 評価の結果が,主観であって,客観性の少ないものであるならば,それは,反省資料としての用をなさないことになる。それゆえ,評価の手続において,また,結果から見て,客観性を備え,信頼度が高く,しかも妥当性のあることがたいせつである。

10 評価は,結果についての解釈が伴わねばならぬ。

 評価は,それを資料として,さまざまな学習指導上の問題を解決しようとするものであるから,その結果は,目標や教材・学習活動・指導法などと関連して,的確な解釈がくだされなければ,評価の目的が達成せられたことにはならない。

 

(Ⅱ) 音楽における評価の原理

 音楽科の評価も,前項で述べた原理が,そのまま適用せられることはいうまでもない。しかし,音楽科の特異な使命を考えるときは,そこに,いくらか具体的な特色が現れるはずである。それらについて,順を追って述べてみたい。

 評価は,学習の結果,生徒がどう変ったかを知ることが,直接の目あてであるが,それを知るためには,教育の目標に,どれだけ近づいたかが明らかにされなければならない。したがって,評価は,すでに述べたように,教育の目標がよりどころとなるのである。すなわち,教育の目標を手がかりとして,どのようなことを評価するかが決められるのである。

 音楽料においては,生活を楽しく豊かにするための,基礎的な表現技能や理解・鑑賞・態度などが目標とされる。したがって,評価は,このようなことについて,それらの達成度がはかられなければならない。すなわち,評価の目あてや要項は,このような,音楽教育の目標を手がかりとして決められるのである。しかし,音楽科の目標とするこのような事がらは,抽象的であるために具体的にどのようなことを評価してよいかは明らかでない。言い換えると,評価の方向や大きなわくは,これによってとらえることはできるが,具体的なことはわからないのである。

 具体的なものを見いだすためには,学習の内容や学習活動の種類,生徒の発達などが,合わせ考えられなければならない。たとえば,生活を楽しく豊かにするための基礎技能といっても,単音唱歌を歌う技能か,合唱技能か。さらに,グループで歌うか,合唱隊で歌うか。また,形式や歌曲の内容を理解して歌うか,感覚的な面に重点を置いて歌うかなどを,生徒の発達に応じて,その要求を考えなければならない。

 これらは,各学年の具体的な目標によって,基本が明らかにされ,さらにそれが,単元の目標や,具体的な事がらの学習目標によって,いっそう具体化される。このように考えると,どのようなことを評価するかは,教育課程に照して,はじめて決められることがわかるだろう。

 このようにして決められる評価の要項,すなわち,評価する事がらは,生活を楽しく豊かにするための音楽の基礎技能・鑑賞・理解・態度などに総括せられるのである。なお,創作は技能に含めることもできるが,創作のために特別な学習体系を立てる場合には,技能と別にして,独立させるのもよいだろう。

 このような,技能・鑑賞・創作・理解・態度などを評価するにあたっては,すでに述べたように,生徒の発達(知的・社会的・情緒的な発達,身体の成長)を無視することはできない。また,生徒の生得的な素質,すなわち,知能や適性,あるいは,教育効果を左右する力の大きい環境なども合わせ考えられる必要がある。これらは,いわゆる予備調査として行われることが多いが,学習の結果または過程の評価に際しても,これらの調査の結果が,にらみ合わせられたり,あるいは,必要に応じて,同時に評価されなければならない。

 以上述べたような原理に基いて,具体的にはどのような事がらが,評価せられるか,便宜上,

 の二つに分けて,その要点を列挙してみよう。

 1 目標や教育課程の再検討の立場から。

 2 指導法改善の立場から。

 A 一般的なもの。

 B 表現技能に関するもの。  C 鑑賞に関するもの。  D 創作に関するもの。  E 知識や理解に関するもの。  

第3節 評価の方法

(Ⅰ) 評価の過程

 評価は,次のような過程で行われる。

 次に,これらの各項目について説明しよう。

 1 評価の目的と内容の決定

 評価を行うにあたっては,まず,何のために,どのようなことを評価するかが決定せられなければならない。その手続としては,次のような方法が考えられる。

 2 評価法の決定

 何のために,どのようなことを評価するかが決定したならば,それをどのように評価するかが,次にくる問題である。

 どのような方法をとるかは,評価の目的や内容によって決められる。つまりある事がらを,一定の目的のために評価するには,それに最も適した方法を選ばなければならない。たとえば,楽譜を読む技能がどの程度かを評価するためには,生徒がこれまでに学習したことのない新曲を,楽譜を見て歌うとかひくとかの方法によることが必要であって,楽典上の知識を考査しても望む結果は得られないのである。

 要するに,評価の目ざすものがはっきり出て,しかも,その結果が信頼でき,実用性のある方法をとることがたいせつである。

 3 評価の実施

 評価のねらいと内容が決定し,評価の方法が確定したならば,次には,これを実施するのである。実施にあたっては,その場に応じていろいろな注意を必要とするだろう。たとえば,「楽しく歌う態度」を評価するために,観察法を用いるとすれば,生徒の表情の変化に注意して観察するというようなことがたいせつになる。

 4 評価の結果の解釈と処理

 以上のような手続で評価を実施し,ある結果が得られたならば,その結果を総合して,理解し,それをこれからの指導に役だたせなければならない。たとえば,生徒の音楽活動を観察して,その結果が累積されたときには,それを指導目標に照らして解釈し,指導目標をどの程度達成したか,また,指導目標達成上,個々の生徒に足りないものは何か,すぐれた点はどのようなものかなどを発見して,生徒のこれからの指導に役だたせるのである。

 5 評価の反省

 最後には,評価の改善進歩をはかるために,評価の反省が行われなければならない。つまり,評価が,その目的を達成できたかどうか,かりに,評価が成功したとしても,その方法や結果を,客観性・信頼性・妥当性・実用性などの面から検討してみる必要があろう。たとえば,もっと信頼度の高い客観的な方法はないか,もっと容易に実施する方法はないかなどの反省をするのである。

 また,これを反対に,評価の目的が果されなかった場合には,その原因はどこにあるかを,はっきりさせなければならない。たとえば,指導目標が生徒の発達に合っていなかったのではないか,指導法に欠陥があったのではないか,教師の教養や教材・教具の利用法などに,ふじゅうぶんなところがあったのではないかなどの点について,反省するのである。

 このように,評価の反省を行うことによって,はじめて,評価法の改善進歩をはかることができるとともに,教育の向上もできるのである。

 

(Ⅱ) 評価の方法

(1) 態度の評価

 態度の評価には,いろいろな困難が伴う。たとえば,測定の基礎的な要件としての零点をきめることがむずかしく,また,客観性の高い完全な評価法もないのである。しかし,わたくしたちは,それらの困難に打ち勝って,よりよい評価法をうることに努力しなければならない。

 次に,態度の評価法として,比較的すぐれたものについて述べてみたい。

 1 連想法

 ある刺激語や絵・楽器などを与えて,それによって起る反応を調査するのがこの方法である。たとえば,いろいろな楽器を与えて,それに,どんな反応的な行動を表わすかを見て,生徒の興味や要求を知ることもできる。また,教師が「バイオリン」ということばを与えたとする。それに対して,生徒が,かりに「チェロ」「ビオラ」のような反応語をあげたならば,それによって,生徒が弦楽器やオーケストラに関心をもっていることを知ることもできるだろう。すべて,この方法は,診断的な意味で用いると効果がある。

 2 観察法

 観察法は,態度ばかりでなく,さまざまな面の評価にも,きわめて高い価値をもつ方法である。

 生徒は,「楽器をたいせつにする」とか「音楽は生活を明るく豊かにする」にはどうすればよいかについて,比較的よく答えることはできるだろう。しかし,それを現実の行為に表わしたり,日常の生活態度に反映させることはなかなか困難である。このような場合に,教師は,生徒が個人またはグループとして行動している活動の状態を見ていると,かれらが「楽器をたいせつ」にしたり,「音楽で,生活を明るく豊かにする」必要を,ほんとうに理解しているかどうか,また,それが,具体的に,どのような態度を形づくっているかがわかるのである。このように,かれらの行動を見て判断しようとするのが観察法である。

 観察は,便宜上,次の二つに分けることができる。

 計画的観察は,何を観察するかを,前もって決めてから行う方法で,偶然的観察は,観察のために,あらかじめ計画を立てることなく,教師が,生徒と接触している場合に,生徒が,不用意に示す態度や行動を観察して,生徒を知ろうとするものである。

 これら二つのうち,どの方法によるにしても,とかく教師の主観がはいりやすい。この欠点を防ぐためには,次のような注意が必要であろう。

 いま,かりに,ある生徒に対して,「楽器をたいせつにする習慣」を観察する場合のことを考えてみよう。

 自分の楽器はたいせつにするが,学校や他人の楽器は,たいせつにしないこともあろう。また,使用中は注意して取り扱っているが,使用後の手入れに無関心な生徒もあるだろう。

 この場合に,自分の楽器をたいせつにするところだけを観察して,よい態度や習慣ができたと速断することがよくないことはいうまでもない。いろいろな場合の態度が観察せられて,はじめて,その観察の信頼度が高くなるのである。

 〔観察によって得た結果は,記録しなければならない〕。

 目的を達したかどうかを知るための計画的観察では,どの程度目的を達したかを記録しなければならない。たとえば,歌う態度についていえば,「教師の伴奏を聞いて,それに合わせるように努力して歌う。」とか,「音の高さが狂わないように気をつけて歌う。」あるいは「伴奏に乗って楽しそうに歌う。」などのことが,具体的に表わされることがたいせつである。

 偶然的な観察では,そのつど,ありのままの行動や態度が記録されるだろうし,また,逸話・記録の形を取ることもよいだろう。

 計画的・偶然的観察のいずれを問わず,単なる観察の結果の記録にとどまらず,観察の結果生れた,指導上必要と思われる将来の対策が含まれなければならない。そして,それらは,生徒の累加記録に書き加えられる必要がある。しかし,この場合に,意見または解釈と,記録とが同時に取り上げられるのはよくない。それらは,はっきり区別して,別項目として記録されることが望ましい。

 3 評定尺度法

 これは,望ましい態度と,望ましくない態度とを両極端として,その中間をいくつかの段階に分け,それを尺度として,それぞれの対象を位置づけていくのである。段階の数は,3ないし7が普通であるが,最も多く用いられているのは,全部を五つに分ける分け方である。いずれも,尺度の中央点を,同年齢の生徒の平均した記録や状態に置く。各段階は,数字または文字で示し,それぞれの数字や文字の表わす態度の具体的な内容は,別に,評価基準としてあげることが望ましい。次に例を示そう。

 〔評価の対象〕

 音楽を愛好する態度。

 〔評価の基準〕〔注〕数字は段階を示す。

 1 音楽に無関心であって,歌うときや,ひくときにも不熱心で,音楽を聞いても,なんらの反応を示さない。

 2 流行歌のようなものには,ときどき耳を傾けたり,歌ったりするが,その他の音楽には関心が薄い。

 3 歌唱(あるいは楽器の演奏・創作・鑑賞)に興味をもち,その他の音楽活動にも関心がある。

 4 歌唱(あるいは楽器の演奏・創作・鑑賞)を特に好み,その他の音楽活動も喜ぶ。

 5 あらゆる音楽活動に進んで参加し,心からそれを楽しむ。

〔記入前の尺度〕

 このように,ある生徒の態度が,評定尺度のどの段階にあるかを決定して記入するには,生徒の態度を基準に照らして観察しなければならない。したがって,観察法の項で述べたように,判定に主観的な要素が交じりやすい欠点がある。その欠点を避けるには,次のような方法をとることもよいだろう。  4 質問紙法

 問題あるいは質問を与えて,生徒に答えさせたり,筆答させて態度を評価する方法がある,たとえば,「音楽を余暇に利用する態度」を知るために,次のような質問を出し,該当するところに○印をつけさせるなどは,この方法の一つであって,これが質問紙法である。

 〔例〕

 〔質問〕

 余暇にレコードを使うときに,あなたが,いつもしている方法が,次にあげてある中にあれば,その番号に○印をつけなさい。

 この方法は,評価の観点を明確にして,手軽に多くの人々から答をうることができて便利である。しかし,取りあげた選択要項が不完全であったり,解釈に個人差があったりして,目的をじゅうぶんに達することができない場合もある。また,解答がどれだけ率直に,ありのままを伝えているかどうかも問題になる。それゆえ,この方法の実施にあたっては,それらの欠点をなるべく修正するように心がければならない。

 なお,このほかにも調査用紙を使ったり,面接をしたりする方法も併用してよいだろう。また,生徒の日記なども利用価値が高い。

(2) 技能の評価

 A 歌唱および楽器演奏技能の評価

 技能の評価法には,客観性・妥当性・信頼性・実用性などの点からみて完全なものはまだ考案されていない。

 音楽で,演奏技能を評価する場合には,多くは,歌わせてみるとか,ひかせてみるとかの活動が用いられている。この方法では,評価の基準をどこに置くかがなかなかきめにくい。かりに,音程や拍子,あるいはリズムなどの正確度に尺度をあて,その正確さが判定できたとしても,なお,歌い方やひき方の芸術性という点が,問題として残されるからである。拍子やリズムを誤りなく歌えても,りっぱな演奏とはいえないというのは,そのためである。しかも,この芸術性に対しては,客観的な尺度の決め方がきわめて困難である。なぜかというに,芸術性といわれるものの中には,主観的な要素がすこぶる多く,聞く人により,その標準はまちまちだからである。

 さらに,また評価する教師の音楽的な教養や感覚の差は,正確度に対してさえ,いろいろな判定の結果を生む。たとえば,ある生徒の歌唱をA教師はリズムは正確であったとみるが,B教師は,不正確なところがあったと判定するようなことは珍しくない。これは,教師の音を聞きわける力の差からくるのである。発声の良否などについては,A教師の優秀と判定したものを,B教師は,不良と判定することさえある。これなどは,発声に対する評価の客観的な基準のないせいもあるが,教師の発声に対する理解や鑑賞力の相違にも原因する。

 まして,芸術性については,ほとんど客観的な評価のよりどころが見いだされないので,教師の音楽的な教養の差は,強く影響する。

 しかし,わたくしたちが責任を果すためには,このような困難を克服して,できるだけ客観性のある,信頼度の高い,しかも妥当性・実用性に富む方法を発見するよう努力しなければならない。

 技能は,いわば質的なものであるから,これを量的に取り扱うようにくふうすると,ある程度客観的な評価が可能になる。この意味から,現在,技能の評価法として,次のようなものが行われている。

 次に,これらの方法について述べてみよう。 

 1 序列法

 これは,評価の対象を相互に比較して評価する方法である。比較のしかたにはいろいろあるが,中でも最も確かな方法は,各対象を他のすべての対象に比較して評価し,序列を決める対比較法である。

 これは,たとえば,A・B・C・D の4人の生徒があるとすれば,まず,AとBとを歌わせ比べ,そのすぐれたものとCとを比較し,そのすぐれたものとDを比較してみる。そうすると,4人のうちで,最もすぐれたものが決められる。残り3人についても同じ方法をくり返して,その成績を決めていくのである。

 この方法は,評価される生徒の数があまり多いと,実施に時間がかかり,正確な判断がむずかしくなる。その場合には,簡便法として,全体をまず,上・中・下のように小数の群に分け,その各群をさらにいくつかの群に分けていくような方法を取ることもできるだろう。

 序列法は,生徒の総合的な技能に対して,優劣は決められるが,学習の目標に,どれだけ近づいたかを明確にする上にはふじゅうぶんである。それゆえ,次に述べる評定尺度を併用することが望ましい。

 2 評定尺度法

 この方法は,態度の評価の項で述べたように,学習の目ざしている要点を考え,その点について,評定する記述尺度を作り,技能の状態を,その尺度にあてはめてはかるのである。この場合に,各段階を決めておくならば,質的なものも,容易に量的に表わすことができる。

 次に例をあげてみよう。

 このような技能の評価は,生徒が,これまでに学習したことのない,いわゆる新曲によって行うこともあれば,また,すでに学習した教材を使用することもある。前者は,応用技能つまり,技能の熟練度を評価するときに,後者は,技能の正否や有無の評価に用いて効果がある。

 評定尺度による技能の評価法は,技能を総合的に判定するというよりも,分析的に見るところに特徴がある。つまり,学習の目ざす技能を,発声・発音・リズム・音程・拍子・読譜その他の要素的なものに分析して,それらが,学習の目ざすところに,どれだけ近づいたかを評価するのである。こうすると,どのような点に欠点があり,どのような点に長所があるかがはっきりする。しかしながら,この方法だけによるときは,技能を全体として総合的に見ることはできない。技能は,分析的に見るとともに,総合的にもとらえることがたいせつであるから,序列法のようなものや,次に述べる熱練度の評価などを併用して,技能の全体的な判定を誤らぬようにすることが望ましい。

 また,評定尺度を使用するにしても,学習の目ざす技能の要素を,もれなくあげるとともに,各要素間の軽重の度合について,じゅうぶん研究した上実施すれば,技的の総合的な判定にある程度役だつだろう。

 技能の評価法として,評定尺度法のいま一つの不備な点は,尺度となる基準が不明確・抽象的になりやすいことである。そのために,評価者によって評定が異なってくるおそれがある。これを避けるためには,評価尺度の各段階の内容についてじゅうぶん検討して,なるべく具体的な内容を明らかにして,評価者が,同じ標準で評定できるように準備しておく必要があろう。

 〔熱練度の評価〕

 技能は,単にその有無や正否というたけでなく,どれだけ熟練しているか,言い換えると,技能がどれだけ身についているかを調べることもたいせつである。それを調べるためには,

 「熟練は,技能の上にどんな形で現れるか」

 を考えてみる必要がある。

 一般的にいえば,熟練すれば,正確で速くなる。たとえば,楽譜を見て歌う場合に,読譜の技能が身についてくると,楽譜を見て,ただちに正確なテンポや音程で歌うことができようし,また,楽譜を書く場合などでは,短時間に正しく美しく書けるようになるだろう。

 それゆえ,このような場合の評価は,ある問題が,どれだけの練習時間(またはきく回数)で,どれだけの正確さでできるかを調べるとよい。たとえば,新しい旋律を与えて,各自に3分だとか,5分だとかの一定の時間練習させてから歌わせるとか,練習の時間なしに,主音だけを示して歌わせるとかを決めて歌わせ,あらかじめ用意した評定尺度に従って,その正確さを評定するとよいだろう。また,これまでに学習した歌曲を,どれだけ正確に記憶しているかということも,熟練の要件であるがら,このような事がらについても評価しなければならない。

 しかし,熟練には,上に述べたような,速さや正確さだけでは決められない質的なものがある。たとえば,生徒が,どれだけ身についた歌い方をしているか,つまり,自己表現がどのように行われているかなどについては,調べることができないのである。それゆえ,このような熟練の内容となるものについて評価尺度を作り,それによって,練習の内容についても評価しなければならない。

 B 創作技能の評価

 創作技能は次のように大別することができるだろう。

 1 基礎技能の評価

 基礎技能の評価は,さまざまな方法によることができる。しかし,基礎技能の中には,はっきり正否の区別がつけられるものもあるが,多くは,質的な内容をもつために,知識や理解事項のようには,正否の二つに分けにくい。たとえば,リズムの処理のしかたにしても,正しいとか正しくないとかでなくて,リズムに統一がとれているとか,雑然としてまとまりがないとか,これらの中間のものなどの区別ができてくる。それゆえ,質的な内容を含む基礎技能の評価になっては,すでに述べたような評定尺度法を合わせ用いることがたいせつである。

 次に,基礎技能の評価法を実例をあげてみよう。

 2 作曲技能の評価

 作曲技能は,作曲のできばえによって評価する。

 できばえということばの内容には,作品の質的なもののほかに,形式的な事がらも含まれる。たとえば,和声に誤りがあるとか,記譜法が正しくないというようなことは,形式的な面であって,和声の取扱が巧妙だとか,独創性があるというようなことは,質的な面である。作品のできばえは,これら両面から評価されなければならない。

 形式的な面の評価の対象としては,おもに次のような事がらがある。

 質的な面に関しては,おもに,次のような事がらが評価の対象となる。  以上のことがらを評価するためには,まず,生徒に作品を作らせなければならないが,そのおもな方法としては,次のようなものがあろう。  こうして作られた作品については,主として,次のような方法で評価するのがよいだろう。  ただし,形式的な面の評価法には,完成法・訂正法・配列法その他と評定尺度法とを併用するのがよい。それらの方法についてはすでに述べたので,それらが参考になるだろう。

(3) 鑑賞・知識・理解の評価

 1 鑑賞の評価

 鑑賞を発達の順序に分けてみると,音楽を聞いて楽しむ段階と,理解の段階と味わう段階とにすることができる。

 楽しむということは,リズム・旋律・和声・音色などの感覚的な刺激による運動的・情緒的な反応が主になっている。理解は,楽曲の旋律や形式・様式,楽器の編成,楽曲の内容などを理解して聞くことで,味わうという活動には批判的な精神作用が多分に含まれている。たとえば,楽曲の構成や形式,演奏技巧その他と,聞く人の音楽理論の知識や音楽経験から割り出した尺度に照らして,批判しながら,その美しさを味わうのである。

 このように考えると,鑑賞には,リズム・旋律・和声・音色などを聞き分ける感覚や,楽曲の構成・形式,あるいは歴史的背景その他の知的理解や批判力などが要件となることがわかる。

 したがって,鑑賞の評価にあたっては,このような要件について,分析的に調べてみることも,一つの面として重要になる。

 しかし,このような部分的な要件を完全に具備していても,必ずしも,正常な高い鑑賞ができていることにはならない。なぜかというに,音楽は,部分的でなく,全体的にとらえられて鑑賞が成り立つからである。それゆえ,音楽を全体としてとらえる力,つまり感受性が必要であると同時に,そのとらえ方もまた,問題になるのである。

 したがって,鑑賞の評価は,部分的な面と全体的な面との二つの角度から行われなければならない。

 部分的な面の評価には,すでに述べた技能の評価法が適用される。しかし,鑑賞と技能とでは,評価の内容は異なる。たとえば,技能の評価では,リズムをどれだけ正しく歌っり,ひいたりすることができるかという点が問題になるが,鑑賞では,リズムが聞き分けられるか,また,情緒的に,身体的に反応できるかどうかに,重点がおかれるのである。ここでは,聞き分けた結果,どのように表現できるかは重要でない。

 知的な面の評価は,次項で述べる知識や理解の評価法が用いられる。

 全体的な面の評価は,生徒が,音楽をどの程度,どのようにとらえているかが,評価の対象となるのであるが,それらは,ある程度,生徒の鑑賞の態度によって,知ることができる。

 態度によって,鑑賞の状態を知るためには,鑑賞の状態が態度に,どのように現れるかをまず考えてみる必要がある。好ましい鑑賞が行われるときには,通常,次のような態度が見られる。

 これらは,さらに,具体的には,さまざまな行動や表情となって現れる。

 たとえば,音楽がよくわかり,それに興味をもった場合には,静かに音楽に聞き入るが,これに反して,音楽がわからず,したがって興味も起らない場合には,わき見をしたり,いたずらをしたりして,音楽に無関心な態度を示すのが普通である。

 また,音楽の旋律やリズムがよくわかれば,それらに反応して,身体を動かし,はねたり,おどったりする行動となって現れる。

 音楽の気分がじゅうぶんにとらえられた場合には,楽しそうだとか,寂しそうだとかの表情や,それらの気持を伴う行動となって現れるものである。

 したがって,態度によって,鑑賞を評価する場合には,上にあげた各項目について,このような具体的な評定尺度をつくり,「観察による」結果を,尺度に照らし合わせると,ある程度,全体的な鑑賞の度合を明らかにすることができる。

 しかし,この方法だけでは,かれらの音楽に対する理解や鑑賞が,どの程度どのように行われているかを明確にすることはできない。それゆえ,この欠点を補うために,さまざまな方法が併用されることが望ましい,それらの方法としては,次のようなものをあげることができよう。もちろん,これらの方法の中には,部分的な鑑賞の評価にも用いられるものも少なくない。それゆえ,ここでは,全体的な評価法を述べるのが目的ではあるが,部分的な評価に適するものについては,その点にも触れることにする。

 1 感想の発表

 これには,音楽を聞いて,受けた感じを

 などの方法がある。

 この評価法は,具体的な評定尺度が決めにくく,したがって評価が主観的になるきらいがある。しかし,これには,生徒の鑑賞の状向や情態を,大まかにとらえることのできる長所がある。

 2 選択法

 適当な答と,不適当な答とを,順序なく並べておいて,音楽を聞いてから,それらの中から適当な答を選ぶ方法である。

 これには,楽曲全体の気分を的確にとらえているかどうかを知る場合と,音楽的な特徴をはっきりとらえたどうかを調べる場合とがある。

 前者では,たとえば,次のような方法を用いる。

 例

 この曲はどんな感じがしますか。次のことばの中の適当なものに○印をつけなさい。

明るい  静か  暗い  元気  寂しい  楽しい

 この場合には,例示することばの数やその内容について,次のような注意をしなければならない。

 音楽的な特徴をとらえたかどうかを調べるには,いろいろな特徴をあげておいて,その中から答を選ばせるのである。次に例を示そう。

 例

 この曲には,どんな特徴がありますか。次のことばの中から,適当と思われるものを選んで,それに○印をつけなさい。

旋律が美しい。音色が豊か。形式が整っている。演奏がじょうず。

和声が美しい。楽器の組合せがおもしろい。

 この方法を実施するときには,これらの特徴をいくつも含んでいる楽曲よりも,なるべく一つだけの特徴をもつものを選ぶのがよい。

 この方法は,音楽の形式的な要素,楽器の編成,音楽の内容とその表現法,その他,音楽鑑賞上たいせつな各種の面について,個々に取り上げて実施することもできる。

 3 質問紙法

 鑑賞に対する希望を質問紙を使って調べてみることも,鑑賞の態度や程度を知る上に効果がある。

 たとえば,これまでに鑑賞した楽曲をいくつかあげて,それらの中に,いま一度聞きたい楽曲があるかどうか。あるとすれば,それは何かなどを答えさせることによって,かれらの鑑賞の状態を知ることができる。くり返し聞きたい希望があれば,それは,鑑賞に対する興味がわき,鑑賞の好ましい態度が養われつつある証明になるし,希望する曲目によって,どのような音楽に関心をもち,その鑑賞が高められつつあるかが知られるのである。

 4 並立比較法

 これは,価値の違う二つの作品を一対として用意し,その二つを聞かせてから,どちらがすぐれているかを判別させたり,すききらいを判定させたりする方法である。この場合には,全体の音楽的な気分ばかりでなく,リズムがはっきりしていているとか,旋律が美しい,あるいは,和声が豊かだなどのような要素的な特徴についても比較させるのがよい。

 音楽学習は,健康で美しい音楽の鑑賞を高めることに,一つの目標が置かれているので,このような方法によって,健康で美しい音楽と不健全な音楽とを判別する力が,どの程度発達したかを調べることはきわめて重要である。

 5 同一作者の作品鑑別法

 同一作者の作品にうかがわれる類似性に対する感受性の発達も,音楽鑑賞の重要な条件となる。それゆえ,鑑賞の評価は,この方面について行われなければならない。

 この方法は,次のように実施することができるだろう。

 この場合に,同一作者の作品二つは,どのような点で類似しているかをあらかじめ用意せられた要項から選択させるのもよい。次に例をあげよう。

 例

 どのような点が似ているか,次にあげた要項の中に,あなたの考えと同じものがあれば,それに○印をつけなさい。

全体の感じが似ている。       旋律が似ている。

リズムの取扱方が似ている。     楽器の使い方が似ている。

和声の取扱方が似ている。

Ⅱ 知識ならびに理解の評価

 知識ならびに理解の評価には,客観的テストのさまざまな方法が用いられてよい。

 すなわち,主として知識の有無を調べる方法としては,再生法・選択法・真偽法・組合せ法・記録法・図解法などが用いられる。

 考え方や理解を調べる方法としては,完成法・訂正法・作文法・配列法・判定法などが適している。(評価の方法の項参照)

 しかし,音楽では,知識や理解が,音楽の実体から遊離して,観念的なものとなっては意味がない。それゆえ,単なる知識や理解にとどまっているか,あるいは,知識・理解の背景として,音楽の実体がとらえられているかどうかをはっきり見きわめることが必要である。

 そのためには,たとえば,聴音によって,記譜上の知識や能力を調べるとかあるいは,演奏を聞いて,形式を判別するとかの方法を併用するようにくふうすることが望ましい。

 また,楽曲を分析させるなどもよい方法である。