(Ⅰ) 音楽理論と音楽史の学習指導計画
(1) 音楽理論と音楽史の学習指導計画の要点
音楽理論や音楽史の学習指導を計画し,それを実施するにあたっては,次の諸点に留意しなければならない。
1 演奏・鑑賞・創作などとの関連
音楽理論や音楽史の学習指導は,生徒の創造的な音楽表現を助け,好ましい鑑賞や演奏の素地をつちかうために行うものである。したがって,それらの指導が,音楽の実体を離れて,単なる法則や知識の記憶に終ってはならぬ。つねに,音楽そのものに密接に結びつき,演奏・鑑賞・創作などと関連し合いながら取り扱われることがたいせつである。
2 融通性のある指導
理論で取り扱われる規則や実習は,静止・固定的なものとなってはならない。なぜかというに,芸術は,つねに新しいものの創造で,ときに慣例を破るところに偉大な芸術が生れることが少なくないからである。
3 生徒の現実の経験から出発する学習
音楽史の学習は,生徒の現実の経験に出発の手がかりを求めることが望ましい。
たとえば,生徒が,現実に経験する音楽を中心として,それらの歴史的背景を研究することによって,音楽のもつ文化的価値をいっそう深く認識し,進んでは,鑑賞や演奏・創作などの基礎的な教養を高めるのである。
(2) 音楽理論と音楽史の学習指導計画上の諸問題
1 時間割
各学年最低毎週平均約30分を予定することが望ましい。
2 高等学校における単位の付与
音楽理論は創作と合わせて1/4単位,音楽史は1/4または,鑑賞と合わせて1/2単位の割合が適当であろう。
3 教師の資格
音楽理論および音楽史の学習指導をする教師は,各種の音楽理論および音楽史に関するじゅうぶんな知識と理解をもつ必要のあることはいうまでもない。しかし,その上に,ピアノ演奏の技能をもち,高い音楽鑑賞能力を備えた人であることが要望される。
(Ⅱ) 音楽理論の学習指導
(1) 楽譜・音程・音階の学習指導
Ⅰ 楽譜の指導内容
楽譜の学習では,次のような知識や理解事項が身につき,それらの書き方や読み方に習熟しなければならない。
2) 音の高さは,どのように書き表わすか。(譜表・音部記号・音符)
3) 高さの変化は,どのように書き表わすか。(Sharp,Flat,Natural,)
4) 音の長さは,どのように書き表わすか。(音符の種類)
5) リズムとは,どんなもので,どのように書き表わすか。(音符や休符の組合せ)
6) 拍子とは,どんなもので,どのように書き表わすか。(拍子記号・縦線小節)
7) 音楽において,速度はどのような意味をもち,どのように書き表わすか。(メトロノーム記号・速度標語)
8) さまざまな表情の変化は,どのように書き表わすか。
a) 強さに関する記号。(pp,p,mp,mf,ff など)
b) 発想に関する標語。
9) さまざまな歌い方やひき方は,どのように書き表わすか。
〔例〕 Legato,Staccato,Fermata,Arpeggio その他。
10) 楽譜の書き方を簡略にする方法には,どのようなものがあるかo
11) 調は,どんな意味をもち,楽譜にどのように書き表わすか。
音程と音階については,次のような事がらを理解し,聞き分け・演奏・書取などが正確に行われるようになることがたいせつである。
2) 現在の音楽に用いられる音程には,どのようなものがあるか。
3) 音階はどのような意味をもつか。
4) 音階には,どのような種類があるか。
5) 各種の音階は,どのような特徴をもっているか。
6) 現在,音楽に用いられている音程や音階は,どのような楽理に基いて構成せられているか。
7) 音程および音階は,どのような機能をもっているか。
8) 音程や音階は,どのように書き表わされるか。
これらの学習指導は,文字の上からだけの知識や理解に終ってはならない。次のような,いろいろな方法によって学ぶことがたいせつである。
1 聴覚の面から
2) リズム型・拍子などを聞き分ける。
3) 音階の種類や特徴を聞き分ける。
4) 範奏や範唱を聞いて,リズムや旋律を書き取る。
また,音階をさまざまなリズム型でひき,それを書き取るような方法で,リズム型を身につけることができる。
2 演奏の面から
a) リズムや音程を正しく演奏する。
b) 速度を正しく演奏する。
c) 発想を適正に演奏する。
d) スタカート・レガートその他の諸記号で表わされる各種の技巧をじょうずに演奏する。
e) 長調・短調・日本音階等による感じの相違をよくとらえて演奏する。
f) 省略記号その他の意味を理解して,正しく演奏する。
2) けん盤楽器をひいて,音高や和音を記憶する。
3) 学習した音程や音階を歌ったり,ひいたりする。
4) けん盤楽器で,簡単な旋律を長・短両調でひき,また,それをさまざまな調に移調してひく。
2) 旋律や伴奏を移調して書く。
3) 作曲や編曲の場合に,各種の記号標語を正しく使う。
Ⅰ 演奏機関の指導内容
音楽は,人声や楽器で演奏せられる。それゆえ,人声や楽器について,ひととおりの知識をもつことは,鑑賞を高め,表現技能の向上をはかる上に役だつだろう。それらのおもな知識としては,次のようなものがある。
2) 各種人声の特徴。
3) オーケストラや吹奏楽,その他の合奏や独奏・伴奏などに使われる楽器の種類とその音色。
人声や楽器は,単独にあるいは,さまざまに組み合わせて演奏される。それらの組合せ方の種類や特徴の理解が,この項の指導内容となる。具体的には,次のようなものがあげられる。
ソプラノ独唱・テナー独唱,ピアノ独奏・バイオリン独奏その他
2) 合唱
女声三部合唱・男声四部合唱・混声四部合唱その他
3) 重唱
二重唱・三重唱・四重唱その他
4) 合奏
オーケストラ・吹奏楽・弦楽合奏その他
5) 重奏
各種楽器の二重奏・三重奏・四重奏その他
6) 伴奏・助奏
1 演奏の面から
2) 生徒のできる限度で,いろいろな楽器を演奏して,その音色や音質を知る。
3) いろいろな楽器の独奏や合奏・重奏などをする。
2) 楽器を見て,その名称や音色がわかる。
3) レコード・放送・演奏などを聞き,演奏形態の種類を聞き分け,それらの特徴をとらえる。
4) 独唱や独奏,オーケストラ・吹奏楽・重唱・重奏などの名曲を聞き,それらの美しさを味わう。
2) 人声や楽器の組合せの分類表を作り,それに,聞いたり,演奏したりした音楽の中から,感銘の深かった代表的なものを書き入れる。
〔例〕
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ソプラノ(Ⅰ・Ⅱ)・アルト | 流浪の民(シューマン) |
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テナー(Ⅰ・Ⅱ)・ベース(Ⅰ・Ⅱ) | 猟人の合唱(ウェーバー) |
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ソプラノ・アルト・テナー・ベース | ハレルヤコーラス(ヘンデル) |
(3) 和声と対位法の学習指導
Ⅰ 和声の指導内容
和声は,次のような範囲と学習系列によることができるだろう。
2) 四声部の構成
3) 主要三和音の連結
a) 長短両調の低音に上三声を付ける。
b) 長短両調の旋律に和声を付ける。
4) 終止形
5) 長調の主要三和音の転回
a) 長調の低音に三声を付ける(転回和音を含む)。
b) 長調の旋律に和声を付ける(同上)。
6) 属七の和音
a) 属七の和音の解決。
b) 属七の和音における省略と重複。
c) 主要二和音の連結に属七を交える。
7) 短調の主要三和音の転回
a) 短調の低音に上三声を付ける。
b) 短調の旋律に和声を付ける。
8) 長短両調の副三和音と副七の和音
9) 転調
10) 終止法(終止の種類)
11) 変化和音と非和声音
a) 増五の和音 b) 増六の和音 c) ナポリ六の和音 d) 掛(けい)留 e) 先行音 f) 転過音 g) 経過音 h) 補助音
2) 対位法の原理
3) 定旋律と対旋律
4) 声対位法
a) 1音符対1音符 b) 1音符対2音符
c) 1音符対3音符 d) 1音符対4音符
e) 掛留・変過音・先行音・シンコペーションなどによる変化。
f) コラールの編作 g) 自由な模倣
5) 3声および4声の対位法
和声や対位法の学習は,五線紙上だけで行うのはよくない。紙上で,和声や対位法の処理ができても,それらの音楽的な美しさが,音として感じられなくては価値がないからである。
それゆえ,和声や対位法の実習にあたっては,常に,次のような方法を合わせ用いる必要がある。
a) そして,和声的進行や対位法の取扱によくないところがないかを調べる。
b) グループで合唱してみる。
2) 進んでは,次のような方法もとる。
a) ソプラノや低音への和声づけは,五線紙に書いてみることなく,ただちにピアノやオルガンでひいてする。
b) 定旋律への対旋律を,ピアノやオルガンでひきながらつける。
1 聴覚訓練と書取
和音は,五線上の形だけで理解することなく,音の響き合いの相違が,感覚的にとらえられることがたいせつである。したがって,いろいろな基本位置の和音や転回和音を聞いて,それが,どのような種類の和音であるかを聞き分ける基礎練習が必要である。
その練習法としては,次のようなものぶある。
2) ピアノやオルガンでひく和音を書き取る。
3) ピアノやオルガンでひく和声ならびに対位法的進行を書き取る。
2) 合唱教材や歌曲の伴奏を解剖して,その和声的構造を調べる。
3) ソナタ(ハイドンやモーツァルト)のような器楽曲を解剖する。
4) バッハのインベンションを解剖して,対位法的構造を調べる。
2) 単音唱歌を合唱曲に編曲する。
3) 唱歌の旋律を定旋律として,コラールの編作をする(対位法的に仕上げる)。
4) 合奏曲を編曲する。
Ⅰ 音楽形式の指導内容
音楽形式の指導内容としては,次のようなものがある。
1 基礎形式
2) 唱歌形式(一部形式・二部形式・三部形式)
3) 複合三部形式 4)ロンド形式 5)変奏形式 6)ソナタ形式
a) 組形式の楽曲
ソナタ シンフォニー コンチェルト 変奏曲 組曲
b) 舞曲
メヌエット 行進曲 ワルツ ポロネーズ
マズルカ タランテラ ポルカ タンゴ その他
c) カノンとフーガ
d) その他
即興曲 前奏曲 ノクターン ラプソディー 無言歌 バラード
ロマンス パラフレーズ 練習曲 カプリチォ スケルツォなど
2) 声楽曲
民謡 リード アリア 聖歌 バラード カンタータ コラール
グリー マドリガル ミサ モテット オペラ オラトリオなど
音楽形式の学習指導も,他の音楽理論と同じく,演奏・鑑賞・創作などと,合わせて行われることが望ましい。中でも,唱歌形式・複合三部形式,その他の基礎的な形式の理解は,単に,形式を理解するばがりでなく,その知識が,ただちに創作に応用できるようにすることがたいせつである。応用形式の学習は楽曲の特徴が,楽譜を見ても,また,聞いてもわかるようにならねばならぬ。したがって,それらは,鑑賞や演奏と,特に密接に関係を保ちながら学習を進めていかねばならない。
おもな学習活動としては,次のようなものがあろう。
2) 複合三部形式やロンド・ノナタなどの形式の楽曲を解剖して,その形式を理解する。
3) 形式に従って,発想をくふうして,歌ったり,ひいたりする。
4) 唱歌形式で作曲をする。
5) ロンドやソナタ形式などの楽曲をひいてみる。
6) 各種の器楽曲や声楽曲を聞いて,形式上の特徴をとらえる。
7) 各種の器楽曲や声楽曲を,合奏や合唱,あるいは,ひとりでひいたり歌ったりしてみる。
8) 行進曲・メヌエットのような簡単な形式の器楽曲を作る。
9) 形式について話し合う。
(Ⅲ) 音楽史の学習指導
Ⅰ 音楽史の指導計画の立て方と指導法
音楽史の学習は,われわれの,現在の音楽生活から出発することが望ましい。
いま,かりに,音楽の歴史的発展について学習するとしよう。その際,現在,聞くこともできないようなギリシャ時代の音楽から説くとすると,生徒にとっては,興味もなく,迷惑なことに違いない。これに引き換え,現在の音楽文化生活の中にある音楽を中心として,さまざまな面から,その歴史的背景をさぐることは,音楽の文化的価値をいっそうはっきり認識し,また,いっそう深く音楽を生活する上に役だつだろう。
このような意味から,音楽史の指導計画は,生徒の現在の音楽経験の上に立てられるのである。
一例を「交響曲」にとってみよう。
交響曲は,今日,放送で,あるいは音楽会で,常にプログラムに載る重要な曲種の一つであるから,生徒にとっても,きわめて親しみ深いことはいうまでもない。ところが数多くの交響曲のうちで,どれ一つとして同じものはない。時代により,作曲者によって,曲想から構成などがみな違うのである。そこで,まず,
2) それぞれの交響曲はどのように違うか。
を,曲想・構成・楽器の編成などの点から検討する。
そうすれば,そこに交響曲を研究する手がかりが発見されるだろう。
たとえば,チャイコフスキーの交響曲と,ハイドンの交響曲との間に,楽器の編成・規模の相違や,音楽的な内容の取扱いの著しい違いが,はっきりわかるだろう。そこで次の疑問が起る。
3) 楽器の編成や内容の取扱方は,時代によって,どのように違うか。
4) それらは,どのような発達経路をとっているだろうか。
Ⅱ 音楽史の学習活動
音楽史の学習活動としては,いろいろな方法が取り上げられるが,中でも,楽曲の演奏やレコードその他で聞くことは,必ず取り上げられなければならない重要な活動である。なぜかというに,ピアノの発達に関連して,チェンバロやクラビコードを,図解や説明によって理解したとしても,その音色や音楽が経験されなくては,学習の価値は半減するからである。
おもな学習活動には,次のようなものがある。
2) 調べた結果を話し合う。
3) 写真や図解を見る。
4) 年表を作る。
5) 論文を書く。
6) 講義を聞く。
7) 楽曲を解剖する。
8) 合奏曲の楽器の編成を調べる。
9) 実演を聞く。
10) レコードを聞く。
11) 調べた楽曲を曲目に含む放送を聞く。
12) ひいたり,歌ったりする。