(Ⅰ) 創作の学習指導の要点
創作は,歌唱・演奏・鑑賞の諸活動に比べて最も主観的な活動である。すなわち,歌唱・演奏・鑑賞は,提示された楽曲によって自己表現にある程度の制約をうけるのであるが,創作では純粋に自分の感情・思想を自由な立場で表現できる。したがって,創作は創造活動そのものである。しかし,自分の感情や思想を自由に,しかも,最大限に表現するためには,表現に必要な基礎的な知識や技術を,学習を通して身につけなければならない。
それには,次のようなものがある。
1 音楽理論との関連(第5節“音楽理論と音楽史の学習指導”参照)
音楽理論は,単なる知識として学習するのでなく,これを身につけるために創作の実習に結びつけていくならば,問題は具体的になり,しかも,その知識は技術の裏づけとして生きてくる。
2 他の作品の模作
創作の基礎的な段階としては模作をすることがたいせつである。それは,絵画において,模写が表現技術の基礎となっているように,模作は創作技術の修得を助成し,さらに鑑賞力を高めるからである。
3 作品の分析研究
多くの作品をリズム・旋律・和声・楽式などの諸点から分折してみて,それがどのような要素によって構成せられ楽曲を特徴づけているかを知る。このことは逆に創作をまとめあげる力をつける上に役だつ技術となる。この方法は単に譜面上においてのみ行うのでなく,実際の演奏やレコードなどを聞きながら進めていくことが必要である。
4 作品の個性尊重
理論的には禁止された法則も,自由作曲の場合には許されることが多い。したがって,生徒自身の手によってまとめあげられた作品に対しては,教師は作品の個性を重んじる意味で,大きな誤りを見いださないかぎり手を加えないほうがよい。これは生徒のもつよい面を伸長させる上にきわめてたいせつなことである。
5 発表の機会
まとめあげた作品を,ただちに音にかえして演奏することは,指導上たいせつなことであるが,さらに,発表演奏会を開いて,多くの生徒の批判をうる機会を持たせたい。これは,創作意欲を刺激する上によい効果がある。
(Ⅱ) 創作の学習指導計画上の諸問題
1 時間割
創作の指導は音楽理論と深い関連をもっているのであるから,この両者を含めて毎週15分〜30分くらいが適当であろう。
なお,基礎的段階を経て自由作曲をする段階に至るならば,正規の時間は,その作品に対する教師の助言と指導のためにあてられることになるだろう。
2 高等学校における単位の付与
創作は,音楽理論と合わせて1/4単位を与えるのが適当だろう。
3 教師の資格
創作の教師は,既述の一般教養のほかに,さらに次のような知識・技能・理解その他が必要であろう。
2) 音楽史についての深い知識と理解。
3) 各種楽器についての知識。
4) じゅうぶんなピアノ演奏技術。
ピアノの楽曲はもちろん,総譜をひく技術をもつことも望ましい。
5) 創作の経験。
6) 詩歌に対する理解と鑑賞。
(Ⅲ) 創作の学習指導
創作の指導にあたっては,音楽理論と結びつけ,音楽理論の実習として旋律の作り方・リズムの統一・和声づけ・転調の方法・形式の構成などに習熟する。これと平行して基礎的学習によって得た知識を,生徒の自由な創作活動に応用して自由作曲をする。教師はこれに対して適当な指導と助言を与える。
Ⅰ 創作の基礎的学習の指導
旋律は,音の高低と同時に拍子・調子・速さ・リズム・ダイナミックを伴うものである。したがって旋律を作る場合には,これらのことを考慮に入れる必要がある。
A 旋律の作り方
1 旋律の構成について,次のようなことを理解し実習を試みる。
2 主題を示して,リズム・拍子・音程を変化する実習を試みる。
主題
〔注〕 上例の4)においては,経過音・補助音について事前に説明するとよい。
3 簡単な旋律の変奏曲を作る。
1および2において経験した旋律の作り方と変化の方法によって,簡単な旋律の変奏曲を自由に作ってみる。
B 旋律への和声づけ
1 旋律に和声をつけるための基礎的学習には,次のような方法がある。
2) 旋律の中の和声音と非和声音を区別する。
3) 非和声音の中の経過音と補助音を見分ける。
〔注〕 ケ−経過音,ホ−補助音,テ−転化音
2) 旋律を与え,それにいろいろな和声をつけてみる。
1 一部形式
a) 動機の構造。
b) 動機と小楽節の関係。
c) 小楽節と大楽節の関係。
d) 小楽節間の関係。
e) 楽節構造と終止形の関係。
2) 一部形式による作曲を試みる。
a) 動機を単位とし,前楽節を作る。
b) 前楽節に対して,後楽節を作る。
c) 旋律の山(クライマックス)を作る。
d) 和声づけをする。
e) 速さ(テンポ)を考える。
f) 発想記号をつける。
3) 一部形式による歌曲,ピアノ曲,その他の楽曲を楽譜を見たり,レコードを聞いて分折研究を行う。
a) 動機と小楽節の関係。
b) 小楽節と大楽筋の関係。
c) 二つの大楽節(前段と後段)の関係。
前段と後段は,どのような要素によって対照づけられているか。
ロ) 旋律(音型)のうえから
ハ) 和声(伴奏型)のうえから
2) 二部形式の楽曲を模作してみる。
a) 前段楽節を作る。
b) 前段楽節に対照的に後段楽節を作る。
c) 同じ和声で異なった伴奏型を使用する。
3) 二部形式による歌曲・ピアノ曲・その他の楽曲を楽譜を見たり,レコードを聞いて分析研究を行う。
a) 動機と小楽節の関係。
b) 小楽節と大楽節の関係。
c) 三つの大楽節(前段楽節と中段楽節と後段楽節)
中段は前・後段楽節に対して,どのような要素によって対照づけられているか。
ロ) 旋律(音型)の上から
ハ) 和声(伴奏型)の上から
ニ) 調の上から
2) 三部式の楽曲を模作してみる。
a) 前段楽節を作る。
b) 中段楽節を作る。
中段楽節を作るには次のような方法がある。
ロ) 前段楽節の近親調(前段楽節の上・下5度の長調,あるいは,関係短調)に転調をする。−音楽理論の転調の実習と関連させる。
後段楽節は,前段楽節をそのまま用いるか,場合によっては終止部をいくぶん変化してCoda(結尾)をつける。この結尾の和声は,普通1度と5度の和音が交互に使われる。
たとえば,上例にCodaをつけるならば次のようになろう。
対位法の中の最も実際的な二声の1対1,1対2,1対3,1対4を理解して,その使用法に慣れる。
1 定旋律(Cantus firmus,略してC.f)と対位(Counterpoint,略してC.p)の関係を理解する。
2 対位法における一般的法則を理解する。
たとえば
強拍部は常に協和音程でなければならない。ただし,掛留の場合には許される。弱拍部には協和音程・不協和音程ともに使用する。
2) 順次進行における音程
完全協和音程である同度と5度・8度で,5度は強拍・弱拍部ともに使用され,同度と8度は曲首・曲尾以外にはあまり多く使われない。両者とも2回以上の連続使用は許されない。
不完全協音程である長3・6度音程は,強拍・弱拍部に使用され,使用度も多い。ただし,両者とも3回以上の連続使用は許されない。
不協音程の長2・7度音程は,弱拍部に経過的に使用される。中でも2度は最も多い。
完全4度音程は,不協音程として扱われる。
いかなる場合でも増音程への進行は許されない。
〔注〕 9度は2度,10度は3度として扱われる。
3) 跳躍進行における音程
不協音程から他の音程への跳躍は許されない。
協音程から他の音程へ跳躍することはできるが,跳躍してはいった音程は協音程でなければならない。長・短7度,増・減音程の跳躍は,許されない。
対位の和声的進行はあまり好ましくない。
指導の順序としては,
1) 一般的法則をじゅうぶんに理解する。
2) c.fを上声部,あるいは下声部に与え,対位をつける。
3) 作られた2声は,歌ったりひいたりして,その誤りや効果を確かめる。
1) 一般的法則をじゅうぶんに理解する。
2) c.f を上声部,あるいは下声部に与え,対位をつける。
3) 経過音および跳躍音の使い方に注意する。
4) 作られた二声は,歌ったりひいたりして,その誤りや効果を確かめる。
指導の順序および注意は1対2の場合と同じである。
c.f は自由な音符によって与え,対位は各種の方法を使って行う。
基礎的学習と平行して,その理解を確実にするために既習の唱歌形式に基づいて自由作曲を行うのであるが,この自由作曲では,自己表現の力をさらによりいっそう進めるために役だつ。基礎形式による自由作曲では,次のようなものがあげられる。
1 唱歌形式による歌曲を作る。
生徒自身の手によって作られた詩,教師,あるいは詩人によって作られた詩に対して曲をつけるのである。歌曲を作る場合には,詩の情緒を楽曲の中に盛ることは当然であるが,さらに,詩のフレーズ・抑揚・アクセントなどに対する考慮が,音楽のもつ楽句・旋律の抑揚・アクセントづけなどによりいっそうの深い注意と理解を深めるゆえんともなるからである。
したがって,歌曲を作るには,次にあげるような注意事項が必要である。
2) 詩の抑揚を旋律の流れの中に生かす。
3) 語句のリズムとアクセントを旋律のリズムとアクセントに一致させる。
4) 詩のクライマックスを曲の中に盛り込む。
2 唱歌形式による器学曲を作る。
器楽曲では,歌曲において発揮し得ない多くの点がある。たとえば,速い楽句とか,広い音域にわたる旋律の自由な駆使などが広範囲に許される。また,音色の点からみても人声よりははるかに変化に富み,ダイナミックも豊かである。したがって,器楽の作曲は表現力をさらに拡大するためにぜひ必要なことである。
器楽曲を作る上に必要な注意事項には,次のようなものがあろう。
音質・音量・音域・性能などについて知り,楽器に対する楽曲の旋律・和声・音型・表現などの適性を研究する。
2) 楽器によっては,演奏困難な音程があるから注意を要する。
3) 弦楽器では弓の使い方に注意する。
4) 管楽器ではブレスと音程に注意する。
5) 合奏曲では,全体の音の均衝,音色に対する楽器の組合せ,ダイナミックのつけ方,和声の作り方などを注意する。
6) 作られた楽曲に対しては,教師の助言と指導を与えるが,場含によっては専門家の助言を得ることも一つの方法である。
基礎形式である唱歌形式について,じゅうぶんな経験を得たならば,音楽理論の楽式編において学習した他の形式によって楽曲を作る。すなわち複合三部形式・ロンド形式・カノン・組曲・変奏曲・幻想曲などは皆この中に含まれるのであるが,これらについては,生徒それぞれの能力に応じて行うべきであり,その程度は教師の判断に委せられているものである。いかなる形式でも,必ず前もってじゅうぶんな分析研究が行われて後に実際にはいるべきである。応用形式に使われる手法はすべて基礎的学習指導がその根本となるのであるが,さらに,研究事項を付け加えうるならば,次のようなことがあげられよう。
2) 二つの主趨の対比——ソナタ形式・複合三部形式・ロンド形式
3) 主題の変化と展開方法——ソナタ形式・変奏曲形式
4) 主題と応答の関係——フーガ形式
5) 二つの主題をつなぐ間奏部——ロンド形式
6) 楽章間の関係——組形式
編曲は純粋な創作ではない。しかし,この経験は創作上役だつ多くの点をもっている。すなわち,次のようなものがある。
2) 楽曲を細部にわたって研究する態度が養われる。
3) 楽曲の個性・旋律・和声・リズムなどの構成要素が適応する楽器,あるいは人声の選択能力が養われる。
2) 対照楽曲の構成・内容についてじゅうぶんな理解をもつこと。
3) 人声・楽器の組合せによる音色,音量の均衝などについてじゅうぶんな理解をもつこと。
2) 編曲は実際に演奏されうる編成のもとに書かれること。
創作学習は,音楽理論・音楽史・鑑賞などの活動と深い関連のもとに行われるのは当然であるが,さらに生徒は,いずれかの楽器を選択して,演奏グループの活動に参加することがたいせつである。それは単に楽器の演奏法を習得するという目的ばかりでなく,自分のパートを通して,合奏内における各種楽器の使用法や,合奏全体の効果を直接知る上に,また,合奏がどのようなふんい気において最も有効に進められるかなどの経験が得られるからである。