第Ⅵ章 音楽の学習指導

 

第1節 歌唱の学習指導

(Ⅰ) 歌唱の学習指導計画

(1) 歌唱の学習指導の要点

 歌唱において,より美しく,より情緒豊かな表現をして,美的追求心を満足させようとするのは,生徒のもつ自然の傾向であって,ここに,歌唱技能に対する生徒自身の必要が生れる。生徒の必要とする歌唱技能は,各人の音楽経験や技能の程度によって必ずしも一様ではない。しかし,一般的には,小学校の発展としての各種の歌唱技能が要求されるだろう。

 また,音楽の立場から考えてみても,技能を除外した歌唱はなりたたないのであるから,歌唱技能の発達向上は,歌唱の学習の基礎的な要件として,きわめて重要なものとなる。

 このような理由から,歌唱の学習指導においては,まず,第一に,

「生徒の歌唱技能の発達」

 があげられるのである。

 歌唱技能には,小学校の発展として,次のような項目が考えられる。

 1 歌唱の基礎技能

 2 応用技能  これらの技能は,生徒が,受動的に学習させられるのではなく,あくまでも,生徒自身の必要性に基き,自発的,能動的に追求せられ,教師は,その場合のよい助言者・奨励者の立場に立たねばならない。

 このようにして,習得せられた技能は,単なる機械的な技能に終ってはならない。それらの技能をとおして,個人の気持が,音楽的に美しく表現せられること,すなわち,歌唱に個性が現れることがたいせつである。それゆえ,歌唱の学習指導の要点として,第二にあげられるのは,

 である。

 このような歌唱技能は,ただ,音楽教室だけで用いられるのではなく,さらに家庭・学校・地域社会における。個人およびグループの生活にまで取り入れられることが望ましい。

 中等学校の生徒が,社会生活に及ぼす影響力は大きい。しかも,音楽は,本来,社会的芸術であるから,かれらの音楽熱や歌唱技能は,家庭や地域社会の他の人たちの興味を巻き起こし,個人ばかりでなく,地域社会全般の生活を楽しく明るくし,かつ,その文化水準を高めるのに役だつのである。

 それゆえ歌唱の学習指導においては,この点も強調せられる必要があろう。

 したがって,第三の要点としては,次のことがあげられる。

 このような,歌唱の生活化ということは,裏返せば,レクリエーションの問題になる。したがって,レクリエーションとして歌唱の利用を奨励したり,その利用法について適切な指導と助言を与えることも,同時に考えなければならない事がらである。

 第三にあげた問題の解決には,

 ことが肝要である。あらゆる形態の,あらゆる種類の歌曲を経験し,いつ,どこでも歌える歌を多くもつことは,歌唱を生活に取り入れたり,それをレクリエーションに利用したりするうえに,ぜひとも必要な条件である。それゆえこれが,第四の要点として考えられるだろう。

 なお,これらのほかに,次の2項をあげることができる。

 中等学校の生徒は,各個人の特技や能力の特徴がはっきりして,職業に対する関心も強くなる。つまりこの時期の生徒は,個人差が著しくなり,それぞれ適応する具体的な職業を胸に描くようになる。したがって,歌唱の学習指導にあたっては,個人の能力に応じた適切な指導をしてその能力を極限にまで伸ばし,音楽を職業とすることを希望する生徒に対しては,その助けになるような指導が行われなければならない。

 変声は,おもに男生徒に現れる生理的変化であるが,女子にも,この時期には声帯に多少の変化が起きる。そのために,一時的ではあるが,歌唱に困難をきたす。また,変声後は,声質の変化を見るのである。ここに,歌唱の学習指導上の多くの問題が起る。それらの問題を処理して,かれらの歌唱に対する興味や歌唱技能の順調な発達をはかることがたいせつである。

(2) 学級の編成

 学習効果をあげるためには,まず,望ましい学習に適した環境を作らなければならない。望ましい環境は,次の三つの場合について考えることができる。

 第1項は,主として学級の編成に,第2項はおもに教師の性格や教養に,第3項は,文字どおりに,教室の設備や備品をどうすればよいかに,問題の重点がある。

 ここでは, 第1項について述べてみたい。

 望ましい歌唱の学習のためには,どのように学級を編成すればよいかを考える前に,まず,学級の編成の類型を考えてみよう。現在,一般に行われている学級の編成には,次のような種類がある。

 1 全学級がいっしょに学習する編成。

 この編成は,最も広く行われている方法であって,次のような長所がある。

 この項については,若干,理解しにくい点もあるかと思われるので,その理由を説明しよう。

 この編成で学習する場合には,自分の声(かりにースとすれば)以外の声(ソプラノ・アルト・テナーなど)や,学友のさまざまな水準の歌唱を聞く機会に恵まれ,また,多人数の協力で美しい音楽的な効果が発揮できる。このようなわけで,鑑賞が高められ,音楽の学習意慾が刺激されるのである。

 欠点としては,次のようなことをあげることができるだろう。  この編成には,以上にあげたような長所や短所があるので,実際の学習指導にあたっては,その長所を生かし,短所を補う用意がなくてはならない。そのためには,この編成に最も適した学習内容や学習活動が選ばれ,不適当なものについては,適宜,以下述べるところの他の編成法の長所を取り入れることが望ましい。

 概して,この編成法は,次のような場合に適している。

 2 いくつかの小グループに分ける編成。

 この編成は,各グループが仕事を分担して,ある一つの目的を仕遂げようとするときに,よく用いられる方法である。時間や労力のむだを省き,学習の能率をあげるのによい。 

 たとえば,合唱をしようとするときに,パート別のグループに分れて,それぞれのパートをよく練習してから,最後に全体で合唱したり,音楽年表を作る場合に,いくつかのグループで分担して,多くの作曲家の生死の年月日を調べたりするときなどには,この編成が適している。

 しかし,仕事の内容によっては,この編成の不適当な場合もある。たとえば知識を与えたり,情報を提供したり範唱を聞かせたりするときには,グループごとにするよりも,いっせいに行うほうがよいだろう。

 また,グループの各生徒が,それぞれ個性を生かして,仕事に参与できるような内容のものでないと,たとえ,グループに分けて仕事を分担しても,グループの中の特定の生徒だけが活躍して,他の生徒は,いたずらに時間を空費するたけで,教育効果をあげることができなくなる。

 なお,各グループに能力の差があると,各グループの仕事の成績に差異ができ,それらを総合した結果が不満足なものになる。

 それゆえ,各グループは,だいたい,同じような能力をもつように分け,仕事の性質や内容をよく考えた上で実施することがたいせつである。

 3 能力別の小グループに分ける編成。

 この編成は,全生徒を能力別にいくつかに分け,だいたい,同じ程度の能力の生徒で一つのグループをつくるのである。したがってこの編成は,各グループの能力に応じた指導のできる利点がある。すなわち,技能のすぐれた生徒のグループは,さまざまな芸術的価値の高い作品を思うままに経験し,また相互の助力や協力によって,優秀な技能をいやがうえにも伸ばすことができる。これに反して,たとえ,天分に恵まれない生徒であっても,同じ程度の生徒だけで,一つのグループを構成しているので,かれらの技能に適した教材を与え,生徒の技能に合う指導によって,かれらの発達を助けることができるのである。

 しかし,ややもすれば,技能のすぐれたグループの生徒は,慢心を起し,能力の劣るグループの生徒は卑下して,学習が不活発になる恐れもあるので,そのような結果にならぬように,常に励ましたり,適当な助言を与えることを忘れてはならない。

 能力別と活動の種類別とを組み合わせた編成法もある。これは,音楽では利用価値が高い。たとえば,次のように分けることもできるだろう。

 なお,これらのほかに,変声中の生徒で構成するグループも考えられる。

(3) その他の問題

1 時間割

 最低,毎週30分ないし40分つ2回は必要である。

 しかも,できるなら,午前の第1時限や午後の第1時限は,避けるほうがよい。

2 高等学校における単位の付与

 現行の基準に従って,1学年に2単位を,音楽に与えるとすれば,歌唱学習の重要性と,普遍性とから考えて,1/2ないし1単位を歌唱のために付与すべきであろう。

3 教師の資格

 音楽教師は,一般的な教養の高い円満な人格者であるばかりでなく,教育に対する高い見識をもち,なお,音楽に関する技能や知識を兼ね備えていなければならない。

 音楽教師の人格的な資格としては,特に次の事がらが強く要請せられる。

 音楽教師の一般的教養としては,次のような条件をあげることができよう。  歌唱の指導者としての,教師の具体的・専門的な資格としては,次のような条件を備えることが望ましい。  

(Ⅱ) 歌唱の学習指導

(1) 基礎技術の指導

 歌唱の基礎技術としては,多くのものをあげることができるが,便宜上,次のように大別して述べてみたい。

 1 発声および発音

 2 その他の歌唱技術

 Ⅰ 発声および発音

 美しい発声と正しい発音とは,歌唱の根本となる重要な条件であるが,その基礎になるものは,次のような事がらである。

 1 姿勢

 歌うときの姿勢については,両足に等しく身体の重みをかけ,身体のどこにも力を入れずに,自然な姿で立つほうがよいとされている。すなわち,身体をこわばらせずに,重心を垂直に保ち,前から押されても,後から押されても,よろけないようにして,なるべく楽な姿勢をとるのである。

 手の位置は,「休め」の姿勢のときのように,自然にたれた形がよい。

 独唱の場合などで,手を組むときは,自然にたれた両手を,ひじの関節から曲げて,前でむぞうさに組んだ形が,身体に力がはいらなくてよい。ただし,そのときに両ひじを張ったり,肩があがるような形はよくない。

 2 呼吸

 呼吸は,発声の原動力となる最もたいせつな事がらである。長時間歌い続けたり,音程を正しく保ったりまた,強弱を調節したり,スタカートの巧拙などは,すべて呼吸にかかっている。それゆえ,呼吸法の会得は,歌唱の学習指導上きわめて重要な問題となる。

 呼吸には,胸式呼吸と腹式呼吸とがあって,歌唱には,後者,すなわち,腹式呼吸が用いられる。

 腹式呼吸といえば,一般に,下腹部をふくらますように考えられているけれども,実は,横隔膜を下げて,肋骨の下部を広げてする呼吸のことである。この要領を会得するには,次の方法がよいだろう。

 肋骨の下部(両方のわき腹)に手をあてて息を吸いこむと,肋骨の下部が,左右に広がるのを感じる。このようにして吸った息を,横隔膜を統御しながら徐々に吐き出すのである。これが,歌唱に使う腹式呼吸の要領である。

 なぜ,このような腹式呼吸が必要かというに,歌唱では,歌曲の性質により,その息を長時間,あるいは一時にと,いろいろ調節して使わねばならない。しかし,そのような調節は,横隔膜によるよりほかなく,横隔膜の調整こそ,発声の良否を決定するからである。

 呼吸法のねらいは,発声に必要な息の量を保って,最小限度の吸気を最大限度に利用して声に変えることである。

 必要以上の吸気は,身体に不要な緊張をさせたり,あるいは,疲労を招く原因となる。

 初歩者に,呼吸法のことを注意すると,とかく,このような結果に陥りがちであるから,はじめのうちは,ただ,肩をあげたり,力んだりしないように気をつけさせるだけでよいだろう。

 3 口形と,のどの広げ方

 発声で,姿勢を地固め,呼吸を土台とすれば,口形やのどの広げ方は,あたかも,その上に建てられる建築にあたる。したがってこれは,発声上,きわめてたいせつな部分である。よい発声は,これら三者が協力しあって,はじめて生れる。

 口形は,ことばをはっきりさせる上に大きな影響を写え,のどの広げ方は,共鳴に関係をもつ。とりわけ,変声後の生徒にとっては,呼吸とのどの広げ方は,声域や声量にも影響を及ぼし,さらに,声質の決定にも重要な役割を果すものである。

 口形やのどの広げ方は,このように発声上たいせつではあるが,指導のときには,これにこだり過ぎないよう注意しなければならない。

 口形けにこわって,むやみに口先の形や,下あごのむりな開き方を要求すると,あごやくちびる・舌などに力はいるばかりでなく,のどの中はかえってせばめられ,歌唱に適した声は出ないのである。

 それゆえ,歌唱の場合には,口をあけるとともに,のどの中をよく広げるようにしなければならない。

 以上述べた事がらは,発声の基礎的な条件となるものであるが,これらをもとにして,次のような指導が行われる。

 この両者は,別々に行われるものではないが,便宜上,分けて,述べることにする。

 1 発音指導

 発音の基礎となるものは,母韻である。

 わが国では「アイウエオ」の五つが,標準の母音となっている。

 これらの各母韻は,口形は異なるが,口腔やのどの内部を広くあける点では変りはない。

 このような,口を開いて出す母韻は,歌う場合に,ややもすると,最初に息が漏れることがある。したがって,歌うときには,小さなきっかけをつけて,一度,声帯を閉じてから「ッア」のように出すとよい。

 ことばを美しく,はっきりするためには,各母韻を美しくするとともに,子韻をめいりょうに発音することを忘れてはならない。その場合に注意しなければならないのは,子韻をはっきり発音してから,できるだけ早く母韻に移すことである。

 外国語には,わが国の5母韻以外のさまざまな母韻があり,また,子韻にもわが国の子韻と異なるものが少なくない。それらについては,外国語科と関連をとって正しい発音法を習得することがたいせつである。

 2 発声練習

 発声練習は,発音練習と結合して行われるが,通常,次の二つの方法が広く用いられている。いずれも基礎的な発声技能を習得するのに有効である。

 歌唱では,さまざまな高さや,いろいろな母韻や子韻からなることばのつながりを,各母韻や子韻の声質や声色が,なるべく変らぬように歌わねばならない。そのような基礎技能をうるための練習が発声練習であるが,それにはまず,ひとつひとつの母韻を単独で練習したり,ある母韻から他の母韻に移る練習をすることが効果が多い。次に,その練習曲例をあげてみよう。

ア − − −  ア − − −  ア

オ − − −  オ − − −  オ

エ − − −  エ − − −  エ

ア − − −  オ − − −  ア

オ − − −  ア − − −  オ

ア − − −  エ − − −  ア

エ − − −  ア − − −  エ

ア オ ア オ  ア オ ア オ  ア

オ ア オ ア  オ ア オ ア  オ

ア エ ア エ  ア エ ア エ  ア

エ ア エ ア  エ ア エ ア  エ

 3 発声上,生徒の陥りやすい欠陥とその訂正法  これを直すには,次の方法がよい。  Ⅱ その他の歌唱技術

 歌唱に必要なおもな基礎技術としては,なお,次のようなものがある。

 1 クレシェンドとデクレシェンド

 クレシェンドは,だんだん声を大きくし,デクレシェンドは,だんだん声を小さくする歌い方である。

 クレシェンドは,横隔膜を統御して,軟口がいを上げたまま,しだいに呼気を多くし,デクレシェンドは,同じ要領で,しだいに呼気を少なくすればよい。

 これらの両者を結びつけると メサ ディ ーチェ(messa di voce)になる。

 このような歌い方の基礎になるのは,上述のような呼吸法であって,口形の大小には無関係であることを知らねばならない。

 2 レガートとスタカート

 レガートは,次から次へと,声をなめらかに運ぶ歌い方で,スタカートは,音を切るように歌う歌い方である。

 レガートは,横隔膜を統御しながら,軟口がいを上げて,音から音へなめらかに歌い進むのである。この場合に,音と音との間で声がとぎれたり,中間の高さの音程が交じって,ずり上がったり,ずり下がったりしてはいけない。

 スタカートは,のどを開いたままで,横隔膜に急激な緊張を与えて声を出す。この場合に「みぞおち」が出るのはよくない。スタカートでは,ひとつとつの音が短くなって,音の流れが切断されながら進むのであるが,スタカートと同じ要領で,音の流れを中断することなく,ひとつとつの音に,はっきりしたアクセントをつけて歌う歌い方がある。これをマルカート(marcato)といい,たいせつな歌唱技術のひとつである。

 3 抑揚

 正しい抑揚は,歌曲の歌い方を全体として整ったものとし,かつ,美しくするためにきわめて重要である。悪い抑揚は,次のような場合に起る。

 音高が正しくとらえられなかったり,高い音が常に抑揚の頂点であるというように考え違いすると,悪い抑揚になる。  悪い発声,共鳴のよくない声,癖のある歌い方は,抑揚が悪くなる。

 悪い抑揚を直すには,まず,その原因を除去しなければならないが,そのためには,次のような方法もよいだろう。

 4 速度

 速度は,歌曲の表情に深い関係がある。速度については,最初にまず,全曲を同じ速度で歌う技術を習得しなければならない。次に,正しい速度を発見して,その速度で歌うことがたいせつである。正しい速度の発見は,歌曲の解釈に深い関係をもつので,そのことについては,「歌曲の解釈」の項で述べる。

 5 リズム

 リズムは,音楽を生命づける要素である。リズムは,単に音の長さの違いばかりでなく,アクセントとも結びついて,その特色を発揮する。それゆえ,リズムに関しては,長短関係とともに,アクセントの配置を正しく認識して歌わねばならない。そのためには,次のように指導すると効果があがる。

 6 指揮への反応

 指揮者の要求どおりに演奏することは,演奏者にとって,きわめてたいせつな素養である。生徒が,このようになるためには,基礎的な歌唱技能を身につけるとともに,常に指揮者の棒に忠実に演奏する習慣が養われなくてはならない。すなわち,だれがどんなに指揮しても,ただちにそれに反応できるような,平素の練習がたいせつである。

 7 その他

 以上のほかに,なお,次のような点にも注意しなければならない。

(2) 歌曲の解釈

 歌唱するには,まず,歌曲を正しく解釈して,歌曲のもつ内容や気分をとらえ,それを自分のものとして,技術をとおして再現しなければならない,つまり教えられたとおりに歌うのではなく,自己表現が行われることがたいせつである。このような意味から,歌唱指導では,基礎技術の指導とともに,歌曲の解釈の指導が必要になる。歌曲を解釈するうえに,手がかりとなるおもな項目には,次のようなものがある。

Ⅰ 歌曲のテンポ

 テンポは,拍子と速度とを含めた意味に用いられている。この両者は,歌曲の感じを決める上にきわめてたいせつな要素である。拍子の感じがつかめないと,いわゆる拍子に乗った歌い方ができず,歌曲の感じが,作曲者の意図するものとは違ってくる。また,速度が不適当であると,歌曲のもつ気持が現れない。それゆえ,適正なテンポを見いだし,作曲者の考える歌曲の気持を,できるだけ正しくとらえることが肝要である。

 正しいテンポのとらえ方には,いろいろな方法があるが,通例,次のようなことを手がかりとして決める。

 1 メトロノームの記号

 メトロノームの記号は,1拍に数える音符の種類と,その音符を1分間にいくつ数えるかの数を書いて,その歌曲の速度を示す記号で,メトロノームを使ってその速度を計る。こうすることによって,その歌曲の基本となるだいたいの速さを知ることができるのである。

 2 速度標語

 普通,イタリア語が用いられ,「速く」とか「おそく」のようなだいたいの速さと,その速さのもつ気持とを表わすものである。それゆえ,速度標語のもつ意味を考えると,曲想の取扱上,大いに参考になる。

 3 歌曲のタイプ

 タイプの違いは,さまざまな点から決められる。たとえば,拍子やリズムの相違,旋律の進み方の違いなどである。同じ拍子の歌曲でも,基本になるリズムが違えば,テンポの取扱もまた,同じではなくなる。なだらかな進行を主体とする旋律もあれば,跳躍的な進行が中心になる旋律もあろう。このような点をよく調べて,どのようなテンポが,その曲想を表わすために,最も適切であるかを決めなければならない。

 4 いい伝え

 歌曲によっては,作曲者の意図,演奏家の考えなどが,いい伝えられているものがある。それは古典的な歌曲に多い。それらについては,いい伝えをよく研究してみなければならない。その上で,演奏する人の意見を加えた適切なテンポが選ばれるのである。このようないい伝えを知るためには,各種の文献だとか,その道の大家,あるいは経験を積んだ教師の意見を聞くのがよい。

 5 教師の音楽的な趣味

 演奏は,究極において,自己表現であるから,歌い方や表情の基礎になるテンポその他は,学校では,教師の音楽的な趣味の影響を受けることが少なくない。しかし,その場合に,教師が片寄った趣味をもっているときは,客観的に正しいテンポが得られないことがある。それゆえ,教師は,以上の各項目をよく検討したうえで,適当なテンポをうるようにしなければならない。

 なお,上述の第3項以下は,次に述べる諸項にも深い関係をもっている。

 Ⅱ 歌曲の様式

 歌曲は,リズムの配置,旋律の進行,和声の取扱その他が,それぞれ異なっていて,各曲が独自の様式をもっている。様式は,作曲者により,時代によっても異なるが,様式を理解し,その特徴をとらえることは,歌曲の解釈上きわめてたいせつである。ことに,歌曲の全体的な気分を適確に表わし,その歌曲の特徴を発揮するには,様式に合うような歌い方でなければならない。

 Ⅲ 歌曲の構成における変化・対照・統一

 歌曲に限らず,すべて音楽は,変化・対照・統一の原理に基いて構成せられる。すなわち,ひとつの動機を変化発展させるとともに,他の動機をそれに対照させ,さらに最初の動機を反復するなどの方法によって,全体としてまとまった感じを与えるようにくふうするのである。それゆえ,このような構成の状態をよく研究することは,歌曲の解釈上忘れてならぬ重要なことである。

 Ⅳ 歌曲全体の音楽的な感じ

 歌唱技巧の末節にこだわって,全体の音楽的な感じのとらえ方を誤ると,よい演奏にならない。それゆえ,歌曲の構成・様式その他をじゅうぶん研究し,作曲者が何を表わそうとしているかを考えて,その歌曲のもつ全体的な感じをじゅうぶんに表現するようにしなければならない。

 Ⅴ 歌詞の意味

 歌詞については,次のような事がらが研究されなければならない。

 Ⅵ 伴奏

 歌曲において伴奏のもつ意味は大きい。ことにシューベルトによって始められた芸術的な歌曲では,ときに旋律以上の役割を果す。伴奏はただ和声を補うだけでなく,歌詞や旋律で表わせない気分や背景までも描くことがある。それゆえ,そのような歌曲を学習する場合には,伴奏のもつ音楽的な意味にもよく注意して,よりよい表現をしなければならない。

(3) 変声期の生徒の歌唱

 青春期になると,男生徒は,声帯が急速に発育して長さを増し,いわゆる変声の現象が起る——第Ⅱ章参照——。その時期は一様でないが,中学2年ころが最も多い。少年期の男子は,声質・声域ともに,だいたい女子と同じであるが,変声すると,声域がオクターブ低くなって,テナー・ベースのような,成年男子特有の声質や声域をもつようになる。

 女子の声帯は,青春期になっても,男子のように急激に成長することはないので,声質や声域の著しい変化はない。しかし一般に,その時期を過ぎると,声にうるおいが出て,ソプラノやアルトの区別がはっきりしてくる。

 いずれにしても,この時期の男女生徒は,多少の差はあるものの,声帯に充血してくるので,むりな声を出すと,たちまち声帯をいためる。その結果,成年になってからの声が,しわがれ声になったり,自由さや美しさのない非音楽的な声になる。

 それゆえ,変声の最も激しいとき,すなわち,男女を問わず発声に苦痛を感じるときは,叫び声や大きな声を出すことはもちろん,歌うこともよくない。しかし,そのような期間は,さして長く続くものではないので,教師は,生徒の刻々の声の変化に注意していて,その期間だけ歌唱を慎しむようにすればよい。しかし,音楽の学習を放棄するのはよくない。かれらをして,鑑賞や器楽,作曲の方面に専念するよう指導することもできるのである。

 発声のために,特に苦痛を訴えないかぎりは,変声が完了しないうちでも,ファルセットのような発声で,軽く歌わせてもよい。しかし,大きな合唱のように,長時間にわたる練習は避けなければならない。

 すでに述べたように,たとえ,変声期間は過ぎても,変声直後の男子は,声帯が急に伸びるために,その調節に安定を欠き,音程が不確定になる傾向がある。女子でも,高等学校の生徒の声が,多少うわずるのは,やはり,声帯の変化にも大きな原因があるだろう。これらの生徒に対しては音をよく聞きながら,軽く歌わせることがたいせつである。

(4) 合唱における声の分け方と座席の配置

Ⅰ 声の分け方

 合唱や重唱をするには,まず,生徒の声をいくつかに分けなければならないが,変声後の生徒の声は,普通,次の四声部分に分けられる。

 このように,生徒の声を分けるには,各人の声が,これらの声のどれに属するかを決めなければならないが,それには,次のような基準によるほうがよい。  1 声域

 声域はすでに述べたように——第Ⅱ章——だいたい,次の範囲が基準になる。

 声域は,声が,この範囲まで出るというだけではいけない。その高さで,ことばを正しく歌えるということに重点をおくことがたいせつである。

 2 声質

 声質を調べる場合には,次の点に注意しなければならない。

 声質は,同じソプラノでもさまざまであるが,だいたい次のように考えてよい。  3 声の調べ方

 声域を調べるには,分散和音を,順次上方に,または下方に半音ずつ移調して歌わせる。

 声質を調べるには,生徒の得意な歌を歌わせるとよい。新曲を用いるのは,いたずらに生徒をい縮させ,教師にとっても,労多く,落胆するだけである。

 4 声を分けるときの補足的な注意

 声を分けるときに,教師は,次のような事がらにも注意を払うと,学習指導上,便宜をうる点が少なくない。

 Ⅱ 座席の配置

 合唱のときの座席の配置は,人数,教室の形,腰掛の形などによって一定しない。しかし,いずれの場合でも,次の条件を備える必要があろう。

 現在,広く行われている配置は,次の原則によっている。  したがって,混声四部合唱の場合の配置は,次図AまたはBのようになる。

 また,次図Cのような配置も行われている。この配置は,べースとソプラノが接近しているために抑揚がよくなり,テナーとアルトとが接近しているので,内声が美しく響き合う利点がある。

 

 

(Ⅲ) 教 材 例

 歌曲の種類には次のようなものが考えられるだろう。

 

1 通俗歌曲の例
 
曲  名
作 曲 者
難易程度
荒城の月

ふるさとの歌

浜べの歌

浜千鳥

しかられて

この道

旅愁

故郷の廃家

オールド ブラック ジョウ

サンタ ルチア

子守歌

 〃 

 〃 

 〃 

ほたるの光

ローレライ

滝  廉太郎

平井 保喜

成田 為三

弘田竜太郎

弘田竜太郎

山田 耕筰

オード ウエイ

ヘイス

フォスター

ナポリ民謡

日本民謡

シューベルト

モーツァルト

ブラームス

スコットランド民謡

ジルハー

〔注〕 難易の程度を表す数字は,数の多いほどむずかしいことを意味する。

 

2 芸術歌曲は,次の二つが考えられるだろう。

   3 オペラ・オラトリオ・ミサ・カンタータなどの作品中の歌曲。