(Ⅰ) 音楽教室とその設備
音楽科は,他の教科に比較して,特に,情操面を重視する教科である。したがって,音楽学習活動を順調に展開するためには,環境の整備にじゅうぶん考慮が払われなければならない。理想的な施設をすることは,現在の段階においては,なかなか望めないことではあるが,しかし既設の学校においては,創意とくふうをこらして,漸次整備するよう。また新設される学校にあっては,最初に動かし得ない教室の構造とか位置などの根本的な点の施設に留意し,その後に徐々に充実整備するようにすることがよいだろう。
以下,望ましい教室やその設備について述べよう。
Ⅰ 音楽教室
1 音楽教室の必要性
音楽学習は,歌曲を歌ったり,楽器を演奏したり,また楽曲を鑑賞したりして,他の教科にみられない特別な活動をするために,これら諸活動に必要な備品がなくてはならない。これらの備品の中には,移動性の少ないものが多く含まれている。また,いろいろな学習活動を展開するために,普通教室より広い面積や特殊な構造を必要とする。さらに,音楽の特殊事情として,音を対象とするものであるから,周囲の教室との関係を考慮しなければならない。このような多くの条件を満たすためには,音楽教室は,特別教室として設けられなければならない。
2 音楽教室の位置
音楽教室は静かな環境にあって,しかも他の学習の妨げにならない場所に位置することがたいせつである。そのためには,次のような条件が必要である。
2) 一般教室や他の特別教室と少し離れていること。
3) 交通の激しい道路に面しないこと。
4) 南向きの日当りのよい,湿気の少ないところ。
3 音楽教室の数
特別教室としての音楽教室は,全生徒の音楽学習活動を最大限に展開させるにじゅうぶんな数が必要である。したがって,その数は,学級数によって決定される。だいたい,15学級以下の学校にあっては,1教室で足りるだろうが,それ以上の学級数をもつ学校では足りないだろう。
4 音楽教室の広さ
音楽教室の中では,合唱や合奏などの活動がひん繁に行われる。このような活動においては,2学級の生徒を同時に収容する必要も起きてくる。このような関係から,音楽教室は,だいたい,普通教室の2倍程度の広さが望ましい。高さ——4.5m 幅——9m 長さ——13.8m
5 音楽教室の構造
床の構造には,平面式と階段式とがある。平面式は,机やいすの移動によって,広く活用でき,いろいろな活動に便利であり,階段式は,生徒の座席がそのままステージの形をとり,合唱・合金奏の指導にきわめて有利である。なお,防音と,ほこりの飛散の防止のためには塗油したり,リノリュームを張るとよい。教室が二つ以上設置できるならば,平面式と階段式の,両者をとり入れると,さらに便利である。
2) 壁面と天井
木造と鉄筋コンクリートの場合では,一様ではないが,壁面や天井に深いみぞなどがないほうがよい。また,反響を少なくするために,コルクやテックス・ボールドなどを張るとよい。
壁面や天井の色は,明るくて,よごれの目だたないものが望ましい。
3) 通風・採光
通風・採光はじゅうぶんでなければならない。光は,南側から取り入れ,教室全体が明るくなければならない。音楽学習では,特に細かい楽譜を見るために,光がじゅうぶんでないと目を痛める恐れがあるからである。また,通風がじゅうぶんでないと,湿気に対して敏感な,いろいろな楽器の,保管に支障を来たし,保健上からもよくない。
4) 教壇(ステージ)
床が階段式である場合は,生徒の座席がそのままステージの役をなすから問題はないのであるが,平面の場合は,教壇(ステージ)が必要となる。この場合,高さはあまりなくとも,相当の広さをもったほうが便利である。それは,合唱や合奏などで多くの生徒が乗るためである。
できれば,音楽教室に附属する準備室があるとよい。その位置は,音楽教室から直接出入ができるところにあって,この部屋の中には,楽器,レコード,図書類などを保管し,教師が研究するための机やいすを設備する。
5) 照明装置
夜間の練習や,研究のための集会ができるように,照明装置をもつことが望ましい。
6) 電源および暖房装置と水道
電源は,電気蓄音機を接続するために必要である。また,暖房装置は冬期において,器楽を練習する際,手を暖めることや,合奏をする前に管楽器を暖めて,ピッチを調整するためである。水道は,手洗いとして教室の廊下に備え,楽器やレコードを取り扱う前,あるいは使用後に手を清潔にするためである。
準備室をもった音楽教室の例
普通教室を音楽教室とした例
Ⅱ 音楽教室の付属室
2) 楽器練習室
音楽教室に近い位置に,必要数の楽器練習室を設けたい。これはだいたい,1坪くらいの広さでよいが,防音設備を完全にして,外部に音が漏れないようにすることがたいせつである。なお,夜間の練習に備えて,照明の設備も必要であろう。
1 教具
必要な教具・備品には,次のようなものがある。
ピアノは,音楽教室に1台,練習用として数台常備したい。教室のものは,指導上平台のほうがつごうがよく,練習用としては縦型でよい。なお,調律は,少なくとも毎学期行わなければならない。それは,ピアノの保管上にもたいせつなことである。
2) オルガン
生徒のけん盤楽器練習のための代用として使用することも考えられるが,オルガンは,ピアノで表現のできない独自の音色と,和声の演奏効果をもっている。したがって,ピアノとは切り離して,考えるほうがよい。そしてできうるかぎり,音色の豊かなものを選ぶことがたいせつである。
3) その他の楽器
合奏のためのいろいろな楽器は,生徒で個人持ちの可能なものを除いては,学校に設備する。たとえば,ハーモニカのようなものは,個人持ちも可能であるし,衛生の面から考えてもそのほうがよい。しかし,バリトン・ベースハーモニカや,吹奏楽器,あるいは管弦楽に使用される楽器などは,個人持ちは価格の点で困難性がある。このような考慮のもとに,できうるかぎり学校で設備する。
4) 紙けん盤・あるいは練習けん盤
けん盤楽器の基本練習,あるいは音楽理論を全生徒に指導する場合に,全生徒がけん盤器を同時に持つことは不可能である。したがって,音の出ないことは不満ではあるが,紙けん盤,あるいは練習けん盤を利用することによって,ある程度の効果をあげることができる。
5) 蓄音機(ラジオ兼用)
蓄音機は,なるべく電気蓄音機がよい。なぜならば,手巻きの蓄音機では,音量が固定していて,しかも高音部・低音部の音量が不足し,また,管弦楽のいろいろな楽器の音色の分離がめいりょうでないからである。ラジオの兼用は,放送の聴取が可能だからである。
6) メトロノーム
速度は表情に重大な意義をもつ。正確な速度を測定するには,メトロノームが必要である。
7) 音さ
音高(ピッチ)は音楽の生命の一部でもある。速度に対するメトロノームのように,音高を計るには音さが必要である。教師は音によって,ピアノはもちろん,その他の楽器に対しても,常に正しい音高を保つように留意しなければならない。音さはなど,一本でもよいが,平均率の12音があれば,さらに便利である。
8) 五線黒板
五線黒板には,上げ下げのもの,引き戸のように左右に移動できるものなどのいろいろな形式があるが,複雑な形式のものは破損しやすいためあまり実用的ではない。むしろ,あまり高い位置でなく,相当の広さをもっていて,しっかりと固定したものがよい。
黒板に引かれる五線の太さや,間隔は,黒板の広さに比例しなければならないが,だいたい次のような規格が普通である。
五線の長さは,黒板全体の長さにもよるが,余裕があれば黒板の両端は,五線を入れないで歌詞や文字が書けるようにしておくほうが便利である。
黒板の色は黒で,五線は白が普通であるが,黒板を緑にし,五線を黄にしてもよい。ただし,この場合,塗料の良質なものを使用し,仕上げをよくしないと,かえって,色があせて見にくくなる。
大黒板は,教室の正面と背面に掲げ,一つは指導用,他の一つは生徒の自由な使用に任せるとよい。なお,小黒板は,大黒板の補助として使用するのに便利である。
9) 生徒用机と腰掛
この数は,学校における最も生徒の数の多い学級を収容できるだけの用意が必要である。形は,ふたり掛け,三人掛けのものよりも,個人用のもので,机と腰掛が別であるほうがよい。その上じょうぶな構造であることがたいせつである。平生の学級別の授業のためには,以上の用意で足りるが,その他の合唱や合奏などの課外指導や数学級を合わせて行う講座などのために,長いすや折りたたみ式のいすなどを相当数用意しておく必要がある。
なお,床が平面である場合,個人用の机・いすは,前列と後列の高さを変えることによって,顔の重なりを避ける考慮がほしい。
10) 譜面台と指揮棒
譜面台は,指揮用と演奏用の二種類で,木製のじょうぶなものがよいが,金属製の簡便なものでも,構造がしっかりしていているものならばさしつかえない。
指揮棒はもちろん,吹奏楽の行進演奏のために,指揮杖(じょう)もまた必要であろう。
11) 鏡
指揮法の練習や歌唱の際に口形を直したり,楽器演奏の正しい姿勢をとるなどのために,壁にとりつけた大鏡があるとつごうがよい。
12) 楽器修理器具
大・小のねじ回し,やすり・のこぎり・のみ・きり・かんななど,楽器の簡単な修理をするために必要と思われる器具を備えることもたいせつである。また,楽器のみがき油,ワセリンや部分品,たとえば,ピストンスプリングや木管楽器のリードなども常備する。
13) 戸だな類
a) レコード整理だな
レコードは,割れたり,ゆがんだりする恐れがあるから,細かく横に仕切ったたなを作り,一段に何枚も重ねないようにする。なお,整理台帳の索引番号を仕切り板の外側にはり,見やすいようにする。
b) 教材・楽譜および参考書の整理だな
教材・楽譜の整理だなには,いろいろな形式がある。しかし要は,必要に,応じて容易に引き出すことができ,保存の上に損傷がないような構造であることがたいせつである。合唱・合奏のパート譜は,総譜といっしょに保管する。
参考書の整哩だなの構造は,書籍の重量が大きいため狂いやすく,戸の開閉に支障をきたす場合が多いから,じょうぶであることがたいせつである。
c) 研究・調査資料だな
教師・あるいは生徒が,研究し調査した結果の資料を保管しておくために,必要なたなであって,引出しを多くもったものが便利であろう。
d) 楽器保管だな
楽器には大小さまざまな形があるから,じゅうぶんな広さと高さをもっていて,それらの要求に応じられるようなものでなければならない。また,湿気や,虫・ねずみの害から保護されるようにくふうされた構造のものでなければならない。
a) 教科書
教師は,音楽学習指導を広範囲にわたって行うための資料を豊富にそろえなければならない。そのためにも,教科書は,できうるかぎり多くの種類のものを集めておくのがよい。なお,音楽教科書はもちろん,音楽科に関係の深い教科のものも備えて,それらの教科との関連づけに留意する必要がある。
* 掛図類
大作曲家の肖像図・楽器図・演奏図・音楽年代表など,音楽学習に必要な掛図類をひととおり備えておくことは便利である。
b) 楽譜
楽譜は,あらゆる音楽学習活動にわたるものが必要である。それらの種類を示すならば,次のようになる。
独唱:ソプラノ・アルト・テナー・ベース
声 楽 {
合唱:男声合唱・女声合唱・混声合唱その他
重唱:二重唱・三重唱・四重唱
独奏:弦楽器・木管楽器・金管楽器・けん盤楽器その他
器 楽 {
合奏:吹奏楽・管弦楽その他
重奏:二重奏唱・三重奏唱・四重奏その他
c) レコード(附録第1節参照)
レコードは,楽譜と同様にあらゆる面にわたるものが必要である。それらの種類を示すならば,次のようになろう。
バッハ以前・古典派・新古典派・ロマン派(前期・後期)近代・現代
ロ) 演奏様式からみたもの:
声楽(独唱・合唱・重奏)・器楽(独唱・合奏・重奏)
ハ) 楽式からみたもの:
二部形式・ロンド形式・複合三部形式・ソナタ形式・変奏形式・幻想曲形式・移変形式・組曲(古典・近代)・ソナタ・フーゲ
ニ) 音楽の種類からみたもの:
絶対音楽・標題音楽・劇音楽・宗教音楽・娯楽音楽・舞踊音楽・民族音楽
ホ) 有名な演奏家および作曲家によるもの。
へ) 世界各国のもの。
これらの種類には,次のようなものがあろう。
a) 音楽理論三
音楽通論・和声学・対位法・楽式論・旋律学・楽器論・管弦楽法・作曲学・その他
b) 音楽史および楽曲解説書
作曲家伝記,音楽史・楽曲の解説書その他
c) 辞典類
音楽辞典・音楽家辞典・その他,国語および外国語辞典
d) その他
Ⅳ 音楽教室の整備
音楽教室は,情操教育を行うのに適した環境に整備することが,たいせつであるが,同時にいろいろな活動が能率的に行いやすいようにすること,および,教具・教材の破損が少ないように整備されることが必要である。
1 教具の配置
ピアノ,あるいは楽器整理台・蓄音機などは,日光の直射する所あるいは,窓ぎわにあって湿気をうける場所を避けねばならない。
ピアノの向きは,平台型では,斜めに生徒に向くことができるように,たて型では,高音部が生徒に近くなるような位置がよい。
蓄音機は,生徒の正面にあるのがよいが,黒板と生徒の間にはさまれる関係上,側面において生徒に斜めに向くようにする。なお,壁に密着することは,音響効果の上から,また湿気をうけやすいから,避けたほうがよい。
2) 机・腰掛
合唱を行う関係上,4列にするとつごうがよい。その順序は,教師の側から見て,左手よりソプラノ・テナー・べース・アルトとする。他の活動や清掃のために,机・腰掛を移動させることが多いから,番号をつけておいて,混同しないようにするとよい。
3) 鏡
ピアノに近く,ピアノと正対できる壁に固定するとよい。それは特に指揮法を学ぶ場合,ピアノの演奏と結びつけて行う必要があるからである。
4) 戸だな類
準備室があれば,その中に整理されるのがいちばんよい。もし,準備室がない場合には,側面,あるいは背後の壁を利用して整理する。ただし,レコードの整理だなは蓄音機に近く,楽譜はピアノに近い位置にあるとつごうがよい。
5) カーテン
2 楽譜・楽器・図書・レコードの台帳
台帳には,品目・価格・数量・購入年月日など記録するが,これに索引番等をつけて現品を整理し,使用するのに便利にする。また,楽器類では,破損した場合の修理個所や部分品の取換えの経費などを記入できるようにしておくことは,楽器の個性を知る上にも,また,保管上にも必要である。
3 教室の装飾
音楽室は,できるかぎり音楽学習にふさわしいふんい気を作り出すために,くふうされねばならない。それには次のような事がらが考えられる。
壁面を適当に利用し,教室内の調和を保つような絵画を掲げる。
2) 彫刻を置く
教室内のすみ,あるいは,たななどの上に音楽家の胸像やその他の彫刻を置く。
3) 花びん
適当な場所に花びんを置き,四季の花をいける。ただし,花びんはピアノや蓄音機の上に置いてはならない。それは,水が漏れたり,こぼれたりする恐れがあるからである。
4) その他
壁の色はもちろん,カーテンの色やデザインに対する細心な注意がほしい。要は,音楽教室にはいることを喜び,音楽教室にはいることによって,自然に音楽的ふんい気を感じ,音楽学習に対する意欲を盛んにするような,外的条件を整えることである。