第Ⅰ章 中学校・高等学校理科の目標
中学校・高等学校理科の性格
中等学校の理科は,中学校においては,理科として分化せずに課し,高等学校においては,物理・化学・生物・地学の4科目のうち,1つ以上を生徒の選択によって課することになっている。
中学校の理科は,自然の事物現象や人体に関する科学的な諸問題を,生徒の将来を見通して取り扱うように組織されている。その個々の内容は,おおむね物理学・化学・生物学・地学に含まれるものであるが,それらの組織や取扱においては独自な特徴をもっていることに注意すべきであろう。小学校の理科も同様の趣旨によって組織されているが,中学校の理科では個々の事物現象の理解にとどまらず,それらの間の関係や,生活や産業とのつながりを取り扱うことが強調される。
高等学校に至ってはじめて理科は4科目に分化される。生徒はそれまでにすでに9年間理科を学習してきており,その経験から各生徒は興味と能力の方向を自覚し始めるであろう。また,この年代の生徒は,問題の論理的,系統的な解決を求めようとする傾向が強くなるものである。教科が次第に分化されていくのは当然のことであるが,問題は分化する時期と方法とであり,現在の理科の教育課程では,この時期を高等学校に求め,生徒の選択による方法をとるべきものと考えているのである。
中学校・高等学校理科の内容上の特色は,後にしるすそれらの目標に表現されている。以前は物理学・化学・生物学・地学などの学問的な体系によって,それらの知識や技術を獲得することが理科のおもな目標になっていたといえよう。現在,多少その範囲と意義が異なったとはいえ,これの必要さは少しも減じてはいない。しかし,それだけでじゅうぶんであるとはいえないのである。むしろ,学校教育で多くのものを蓄積し,それだけによって将来を生活していくことを目ざすよりも,学校を卒業し社会へ出てからも,よき社会人・職業人・家庭人としてみずからを向上させ,常に科学的な判断と行動ができ,生活を豊かにしていくことができる人をつくることこそ最もたいせつな教育の目標ではないだろうか。このように,生徒を科学的に好ましい方向に方向づけていくということがねらいであるならば,理科教育の目標は,知識・技術の獲得ということに加えて,自然の事物現象についての基礎的な関係・原理・法則の理解,科学的な態度・習慣,自然の美しさの調和を感得すること,科学的方法をよく認識すること,よりよい社会や生活への理想をもつことなどを含み,しかもそれら相互に有機的な関連をもつものでなければならない。すなわち,理科教育の目標は,非常に広範で,かつ機能的であるということができる。
このような教育の目標は,科学の学問的体系のみから導き出すことは不可能であって,そこには,生徒の必要と社会の必要とが考慮されなければならない。この二つの必要は,もともと対立するものではないと同時に,また分けられない面も多いが,一応この二つの観点をとってみよう。
生徒の生活は,これを個人的,家庭的,社会的,経済的に分けて考えてみることもできるから,理科教育の関係する面でも生徒の必要をこれに従って分けて考えてみよう。
個人生活においては,健康を維持増進し,自信をもって行動し,自然の調和と法則性を感得し,人生観を確立したいという欲求がある。なかでも周囲の自然に疑問と興味とを持ち,これを探究しようとする欲求が強い。
家庭および社会生活においては,生活様式を科学的に改善し,成人として待遇され,家庭および社会の一員として責任ある行動をとりたいという欲求がある。また,性について多くの疑問をいだき,これについて正しい知識を得たいと希望する。
経済的・職業的生活については,職業を正しく選択するための基礎知識を得,日常の経済問題について正しい理解と批判力を持ち,成人とともに経済生活・職業生活を営む自信を得たいと欲求する。
一方,社会が生徒に望むものは,教育基本法・学校教育法などに示されているが,理科教育の担当する部面を明らかにしておこう。理科教育については,生徒が一般的教養として自然科学を理解し,自然と人生との関係を感得すると共に,広く他人の意見をとり入れ,他人に協力し,勤労を尊び,事物を正しく観察し,事実に基いて理論を考え,簡単な実験操作を体得し,忍耐強く行動し,常に新しいものを創造しようとする能力・態度を養うことが必要とされているのである。
次に述べる中学校理科・高等学校物理・化学・生物・地学の目標は,以上のような立場から設定されたものである。
中学校 理科の目標
2.人と自然界との関係を理解し,さらに人は他の人々,いろいろな生物,自然力の恩恵を受けていることを理解する。
3.人体や,個人および公衆衛生についての基礎的な知識や理解を得,健康的な習慣を形成しようとする気持を起し,さらにその実現に努める。
4.自然の事物や現象を観察し,実際のものごとから直接に知識を得る能力を養う。
5.自然の偉大さ,美しさおよび調和を感得する。
6.自然科学の業績について,社会に貢献するものと有害なものとを明らかに区別し,さらにすべての人類に最大の福祉をもたらすように科学を用いなければならないという責任感をもつ。
7.科学の原理や法則を日常生活に応用する能力を高める。
8.一定の目的のために原料や自然力を効果的に,また安全に使う能力を高める。
9.科学的な態度とはどのようなものであるかを理解する。たとえば,いろいろな事実に基いて一応の結論が得られても,偏見を捨ててさらに多くの事実を探求し,じゅうぶんな証拠が得られるまでは判定をさしひかえる。さらに,こうして得られた結論でも別な事実にあてはめてみて深く吟味する。
10.問題を解決するために,科学的な方法を用いる能力を高める。
11.現代の産業および商業生活において,科学に関する知識や科学的な習慣が重要であることを認識し,またそれらを習得して職業の選択に役だたせる。
12.正確に観察し,測定し,記録する習慣を形成する。
13.道具をたくみに使いこなしたり,機械その他,科学的に作られたものを正しく取り扱ったりする技能や習慣を養う。
14.人類の福祉に対する科学者の貢献と,科学がどのようにして現在の文明を築くのに役だったかを理解する。
15.科学のいろいろな分野における専門家を尊敬する態度を養う。
16.他の人と協力して科学上の問題を解決しようとする心がまえをもつ。
高等学校 物理の目標
2.物理現象についての原理の,日常生活やふつうの産業への応用を理解する。
3.環境における物理現象と生活との関係の理解を深める。
4.物理現象におけるエネルギーのうつりかわりについての基礎的な原理を理解する。(機械的・電気的・化学的・熱エネルギー,およびエネルギーの保存などについて)
5.物理現象について科学的な考察をし,その結果を正確簡明に発表する能力を養う。
6.日常生活に科学的な研究方法を活用し,科学的な態度をもってのぞむ。
7.結論をたしかめるために実験を行う能力を高める。
8.問題を解決するために,物理の実験機械器具を扱う技能を高める。
9.具体的な物理現象を調べ,それから物理の一般的な原理を見い出す能力をのばす。
10.環境に起る物理現象を研究しようとする意欲を高める。
11.産業に応用されている物理について理解して将来の職業の選択に資し,またその職業への準備に物理の学習が必要なことを認識する。
12.合理的なよりどころのないことはうけいれない態度を養い,また日常生活においてもこのような態度でのぞむようにする。
13.物理現象の学習を通して,知的な誠実さと真理への愛好心を高める。
14.科学的な研究方法を理解し,また科学者の業績が人類の福祉にどのように貢献するかを感得する。
高等学校 化学の目標
2.物質の化学変化に関するおもな原理を理解する。
3.日常生活のあらゆる面に化学についての知識と理解を適用する能力をのばす。
4.物質の構造の妙味を感得する。
5.観察・実験・測定・記録などの技能を高める。
6.実験室で,いろいろな化学器具を使ってみずから実験を行ったり,あるいは教師の示す実験を見たりして,化学の基礎技術に関する知識や能力を習得する。
7.化学の研究が生活様式の改善,家庭生活の向上,健康の増進,病気の治療,資源の利用やその価値の増進など人類の幸福と極めて密接に結びついていることを理解し,また,よい保健の習慣を身につけることに役だてる。
8.職業の選択と習得に役だつ知識と理解を得る。
9.科学的な研究方法を理解し,また日々の生活の間に科学的な態度を養うようにする。
10.化学に関して論理的に考察をし,正確・簡明な発表をする能力を養う。
11.新しい考え方をとり入れ,新しいものをつくり出そうとする態度を養う。
12.化学者の人類の福祉への貢献について感得する。
13.問題を互に研究しあい,考えを国際的に交換する科学の研究方法を知り,このような協力の習慣や態度を養う。
14.化学と他の科学とは関係が深いことを理解する。
高等学校 生物の目標
2.身近かな動物や植物に興味をもつ。
3.生物や,これに関する科学的な研究をよく理解する。
4.生物に関する知識や理解を,生活のいろいろな場面に応用する能力を高める。
5.下記の理解と知識とに基き,健康な習慣を形成する必要を感得し,このような習慣を形成しようと努力する。
(ロ) 病気の予防と治療とに関する知識
6.職業の選択と習得とに役だつ知識と理解とを得る。
7.自然の美と調和とを感得する。
8.観察・測定・記録をする技能を高める。
9.生物に関して科学的な考察をし,正確・簡明な発表をする能力をのばす。
10.日常生活に科学的な研究方法を活用し,科学的な態度をもってのぞむ。
11.生物学者の研究が,人類の福祉に対してなした貢献と,生物学が現在の文明を築きあげる上になした貢献とを感得する。
12.未解決の問題で,解決を必要としているものが数多く存在することを知り,このような問題の解決に力を尽そうとする態度を養う。
高等学校 地学の目標
2.地学現象に関するおもな概念や原理を理解する。
3.自然の美しさや偉大さを感得する。
4.職業の選択や手引きに役だつ知識を得る。
5.自然現象の観察を通して長い時間的変化を見る態度を養う。
6.金属・石炭・石油などの地下資源が,現在の人間生活に非常に重要であることを理解する。
7.自然の災害の原因をしらべる能力や,その損害を軽減する方法についての知識を得る。
8.実験や野外調査をする技能や,それらについての記録をとる技能を養う。
9.自然環境は地域によって大きなちがいがあり,そのちがいは人間生活に大きな影響を与えていることを理解する。
10.地学現象は人間生活と密接な関係をもっており,それに関する学問の発達が,文化の向上に大きな役割を果していることを理解する。