第3章 教材のうちの言語材料の難易による配列

  Ⅰ.難易による配列の教育学的根拠

1.生徒の発達と関心

A.学年程度による内容の難易の配列

 いかなる教科の学習指導でも,指導内容の程度が学習者の知的および情操的発達と一致することは最も肝要なことである。それゆえ英語のような教科において,その指導内容が,読み方を習い始める英米児童の程度でよいと考えるならそれは誤りである。このような誤った考えから,もっと年長の児童にまったく不適当な風物,さし絵,内容をもった書物を作るようなことになる。12歳以上のこどものための教科書で,童謡はもちろん,童話,グリム,アンデルセン,イソップ物語などの多過ぎるのは,著者がこの教育の原理を知らないのか,またはこれを見のがしているからである。外国語の場合には,その新しい環境のために,青年や成人でも特に児童向きに書かれたものを読んで,確かに楽しむことができる。しかし,それだからといって,中等学校で教えられる話しことば,書きことばが,もともと小学校児童向きのものであってよいということにはならない。内容が生徒の知的および情操的程度以上または以下である場合には,生徒は興味を失うものであるが,この興味を失うということほど重大なことはおそらくないであろう。

B.学年程度による言語の難易の配列

 英語の学習指導の際,話しことばと書きことばが適当に段階づけられていないと,学習過程に故障が起る。たとえば,もし学習者が短い一節中に,未知の単語や言いまわしが10も20もあれば,おのずと,判じ読みや分析をしなければならず,まるできびしい主人にでも追い使われているように,辞書ばかり引いていることになるであろう。このようなやり方は学習意欲を失わせるもので,このことは日本の古本屋の英語の古本の大部分に,学生が初めの10ページか20ページには注をつけているが,かりにこんな判じ読みをも読書ということにしたとしても,あとは読まないでやめてしまうということでもわかる。このような場合には,内容の程度は正しいのであるが,その書物は英米の読者のために書かれたものであるから,言語の難易の程度が正しくないのである。外国語の学習を効果的に興味あるようにするには,言語の難易にも段階をつけなければならない。
 
 

2.言語の機能の上達 A.文脈による言語学習

 単語は文章の中に用いられて初めて意味をもつものである。たとえば,

英語では同一語で種々の意味を表わすが,一つの言語と他の言語とでは単語の意味の範囲が異なっているから,この fine の四つの意味は日本語では四つのまったく異なった単語で表現しなければならない。意味の違いによる英語の語い調査は完成していないが,学習者は普通の意味をまず習うべきであるという点から,教材の配列をするにあたっては,この事実に留意しなければならない。たとえば教師は put という普通の単語を教えて,ただの一語を教えたと考えるかもしれないが,実は数十の意味をもつ一語を示したのである。それゆえ,普通の単語はまれな単語よりも問題が多いのである。もし一語が異なった意味でいろいろの所に現れると混乱が起る。ゆえに教師は次のことを念頭におかなければならない。  この問題について詳しいことは,E.L. Thorndike and I. Lorge, Teachers Wordbook of 3,000 Words, Teachers College, Columbia University, 1944 と Helen Eaton, Frequency List for English, French, German and Spanish を参照されたい。

 B.場面による言語学習

 前後の関係が言語の意味に影響し,したがってその学習に関連があるのと同じように,場面もまたそれに関連がある。意味は場面の異なるに従って変化する。たとえば I was leaning against the wall. という文は,家の中について言ったのならば,「部屋の壁」の意味に解されるであろうし,戸外について言ったのならば,おそらく「へい」の意味にとられるであろう。もう一つの例をあげると,How do you doはある場面では「初」対面の時に用いられるが,他の場面ではHelloよりも,ややかしこまった言い方となる。

 この違いは,外国語の学習指導をする際にきわめて重要なことである。なぜかというと,一語または一つの言いまわしが,場面の異なるに従って種々の意味になることを,日本の学習者が知るはずがないのであるし,また一つの言語で二つまたは三つの異なった単語や言いまわしで表現されるものが,他の言語では一語で表わせるというようなことを考えるはずもないからである。教師は「一つの」場面において,ある単語または言いまわしを提示したならば,それは「その特定の」場面におけるその単語または言いまわしの意味を教えたのであるということに思いいたらなければならない。良心的な教師は,よろしくどの意味を教えたかを記録し,まず普通の意味を教えて,まれな意味はもっと高い段階に達するまでそのままにして置くべきである。

 学習場面には限りがあるから,一つの場面で指導しうる単語や,言いまわしの数や種類にも限りがある。たとえば,教師は初学者に動作によって戸の開閉に関連する単語や言いまわしを指導する際,Skip, hop, jump などの動作は提示しないであろう。ほかの学習場面で,教師が学習者の注意を箱に向けさせたとする。その場合にはindside, outside, on top of; wooden,(またはmade of wood,hard, square; open, shut, open again, shut again, put …inside, take out … ,fill, emptyなどを提示するであろう。しかし,hit, bang, grabなど,その場合や目的にそわない単語をうまく提示することはできないのである。

 したがって,学習指導の際の言語の難易を配列するには,単に段階をつけるだけではふじゅうぶんで,直接の連合によって指導する場合には特にそうである。教師は一つの学習場面で最も効果的に指導できそうな単語または言いまわしを選び,次の学習場面で指導しようとしまたは指導した単語や言いまわしをこの表に追加していくべきである。
 
 

  Ⅱ.難易によって配列できる言語要素

1.アルファべットの文字とつづり

A.アルファベットの文字

Michael West は最も普通に用いられる英語の単語中の文字の出度表を示している。

   最初の100語

    A,             M, S, D, B,

    E, O, T, H, N, R, W, I, L, Y, U, G, C, K, V, P,

                      F,

   (j, q, x, zはない)

   最初の200語

                           B, P,

E, O, A, T, H, N, L, R, I, S, W, U, D, M, Y, F, G, C, K, V, J

   (q, x,zはない)

   最初の500語

                         B   K   Q

E, O, A, R, T, N, L, I, S, H, D, U, W, M, G, C, F, Y, P, V, X, J

   (zはない)

この点はすでにローマ字を習った場合などのごとく,アルファベットの大多数の文字を知っている生徒には適用できない。

B.つづり字

 段階がつけられるもう一つの要素はつづり字であって,普通のものから始め,さらにまれな文字の組合せへと進むのである。しかし語いの難易による配列を犠牲にして,この要素に重点を置き過ぎるのは大いに問題である。もし普通の単語から始めて,普通でないものに進んでいけば,少くとも出度表より見て,おのずと普通のつづり方を指導することになる。
 
 

2.語 い

 語いは単に難易によって配列できるばかりでなく,難易の配列に関する最も大きな要素である。

3.構造型式

 構造型式も段階づけられるものであって,1927年にColumbia大学の刊行物 The Teachers College Recordに発表された E.L.Thorndike の表には,9が最高を示し1が最低を示す出度により,9から1までの印をつけた構造型式の出度が示されている。2

 二三の例を示せば,構造型式がどんなものかが明らかになるであろう。たとえば分詞句は構造型式である。“Looking out of the window, Henry caught sight of his little brother climbing a tree”この文でHenry caught sight of his little brother climbing a tree.は主文であるばかりでなく,また構造型式でもある。すなわちそれはある特定の構造によっているので,これはさらに,Henry caught sight of his little brotherclimbing a treeとに分けることができる。分詞句で表現されていることは他の構造型式によっても言い表わすことができ,Looking out of the window代りにAs Henry was looking out of the windowとしてもよい。句や節をなしている構造型式は,ある文脈中における機能によって名詞,形容詞,副詞の句や節に分類することができる。

4.音 声

 音声を難易,出度,または日本語に現れるものとの類似点を見つけて指導しうるものと,そうすることのできないものなどによって段階をつけることができる。まず単音をとり,次に結合音を研究し,容易なものから始めて,さらに困難な音に進むという方法も考えられる。結合音とは互いに隣り合った音の組合せである。たとえばcluster breathes

  Ⅲ.難易による配列に含まれる諸要素

1.語い選択または統制

A.出度表

 英語の学習指導を効果的にかつ科学的に行おうとするものは,だれでも,学習者に最も実際的に有効な単語を教えることが必要だと悟るのである。それでは最も有効な単語とはなにか。いうまでもなく,学習者が最もひんぱんに接する単語である。それゆえ出度表とは各種の文献を調査した結果,ある言語において,いかなる単語が最も多く現れ,いかなる単語が少く,いかなる単語がさらに少いかを示した表である。このような表は,学習指導と学習過程における無意味なまたはむだな努力を省くことが目的である。

B.配列の種類  C.有用度の範囲

 前に述べた Faucett and Maki の著書A Study of English Word-Values Statisticallyは単語を次の四種に分類している。

語いは非融通性のものではないから,この分類はあまり厳密に解すべきではない。

 同書によれば出度から見て75%の語いは最初の2,000語で占められているとのことであるが,これは興味のあることである。

 Michael West によれば普通のクラスの Bengali 児童は6歳以下で5,000語を習得し,この語いの範囲内で少しの語句を書き直せば,専門的でないあらゆるものを書くことができるとのことである。6 Westはまた「100語でお話をし始めることができるし,300語なら物語は容易で,400語なら400語以外の新語を入れないで長い物語をすることができる」と言っている。7


 
 

Harold E. Palmer は研究と実験に基いて「ある『標準的テキストの簡易化』の基礎として選定しうる種々の段階のうち,3,000語の大きさが最も適当であろう」といい,さらに「それは,あまりに不当に大きくなく,しかも普通の要求を満たす語いである。これはGold Bugを簡易化するのにほとんど理想的であった」といっている。8 かれはその脚注で「この大きさはあとで非常に性質の異なったテキストの簡易化にも用いたが,同様に適当であった」といっている。  興味のあることは Longmans Simplified English Series 9 が1,500から2,000の範囲内で書かれた有名な英語の小説または物語を集めていることである。Palmer によれば1,200語以内でも物語を簡易化することはできるが,その結果は努力に比して思わしくないとのことである。とにかく,注目すべきことは語い選択または語い統制が外国語指導計画の重要な面と認められるに至り,またきわめて重要な役割をもっていることである。学習者が簡易化した物語を読んで,さらに原文を読むことを希望するからといって,ある教師たちのように語い統制をけなすのは不当である。むしろこれこそ簡易化したものを与えなければならない理由となるのである。なぜならば,このような資料は読書欲の刺戟として役だつからである。
2.非連語と連語 A.非連語群

 非連語群は独立した意味単位の単語よりなる。次に説明するように,in the place, after a few days, on the tableなどは連語ではない。非連語の場合には各単語は教師の期待する語い統計と段階と照合してもさしつかえない。ある単語群が非連語であるかどうかは置きかえられる単語を置きかえてみればわかる。たとえば,in this place, in that place, in this room, in that garden after a few days, within a few days, after many days, after a few months; on the table, under the table, on the pianoなどのごとくである。このような語群は語群の意味と独立した意味をもつ単語からなっているのであるから,教師はその構成単語を語い統計と照合してさしつかえないのである。

B.連 語

 連語(または連語群)とは,いっしょになって一つの意味の「単位」をなす語の集りである。at onceは連語で,その同意義の語immediatelyは単語である。The House of Commons, the United States, get hold of, take account, of, come across, How do you do, thank you などの語群は連語の数例である。今日まで連語の出度統計はないし,またこのような調査はほとんど不可能である。ただ一つの連語対策はそれらを「一群」として扱い,教師の判断で非常に普通に用いられると考えられる種類のものから教えるべきである。これが健全な教育原理である。

 現在に至るまでの連語についての最も信頼できる研究は,E. h. Palmer が第10回語学教育研究所大会に提出したSecond Interim Report on English Collocations 10 であろう。英国で発行されたInterim Report on Vocabulary Selectionは,選択された語いの程度にむく連語を含んでいる。

  Ⅳ.配列の陥りやすい欠点

1.簡易化し過ぎること

 簡易化はやり過ぎることもある。あまり極端に行うとその結果は不自然なぎこちない英語となるか,または単語の不足のため,さらにむずかしいものにしてしまうことになる。

A.不自然な英語

 テキストの簡易化ということは,単語やフレーズの代りに別の単語やフレー ズを代置することだけではない。もし,へたに行うならば簡易化しテキストはぎこちなく,英語らしくない英語となる。テキストを簡易化しようとするものは,ある言いまわしが一定の範囲内にある普通の単語からなっているとしても,それがぎこちなく不自然なものであるかもしれないことを考慮に入れなければならない。

B.単語の不足よりくる難点

 もし,あることをあまりに制限された語いで表現しようとすると,その結果はテキストをわかりにくいものにしてしまう恐れがあることは,前述のThe Grading and Simplifying of Literary Materialの中で,Palmer の発した警告である。300語内で2,000語の範囲内でもうまく現できないようなことを言い表そうとするのは愚かなことである。たとえば3,501から4,000の範囲内にあるgrinという語を避けるために,Thorndike 表の1,000語内にあるput on a broadというのを用いて,それがために意味があいまいになったとすれば,それは賢明ではない。
 
 

2.非心理的簡易化 A.文法型式の規則的なために用いること

 教材の言語に難易の段階をつける際,文法的に規則的のものから始め,不規則のものに及ぼそうとすることは誤りである。たとえばcommencestartとはその過去形と過去分詞とがcommenced, startedとなる規則動詞であるから,過去形と過去分詞とが不規則のbeginよりも先に教えるべきであると考えるならば,それは誤りである。同様に -lyのつく副詞は規則的であるという理由で,-lyのつく副詞を先にするとすればそれは不健全である。正しい順序は普通のものを先にし,普通でないものを後にすることである。さもないと「不規則」であるがためにかくいわれる 24 anomalous finites(変則定動詞)などは規則的な動詞形よりも後になって教えられなければならないことになる。このようなことが事実上不可能なことはam, is, are, was, were, has, had, do, does, did, shall, should, will, would, can, could, may, night, must, ought, need, dare, usedのようなきわめて重要な 24 anomalous finites(ano-malousというのは不規則という意味である)なくしては,少なくとも今日の英語では否定的陳述すらできないという事実によっても明らかである。実に anomalous finite を用いないでは話しを始めることすらできないのである。11

 この誤りは最も容易な音声から始めさらに困難な音声に進むというような指導計画の極端な発音指導法の場合も同様である。ある程度の音声の難易による段階づけはよいことであるが,特に発音を指導するために作られた教科書のほかにはHe sees bees eating honey, Hats and caps can be carried by hand, Lets leave this lad alone, I think he is thoroughly thoughtlessのようなものを並べて,他の教育的要素を犠牲にすることは愚かなことである。

B.具体的文法事項の前に抽象的文法事項を示すこと

 ある単語や言いまわしが具体的であるか抽象的であるかは,直ちに決定できないことである。教師に関するかぎり,重要なことは具体的なものを先に教えるということである。「能力」というものは抽象的のものであるから,特に直接法では「何が何だ」と教えるほうが,「何は何をすることができる」というのを教えるよりもやさしいのである。それゆえ,一般的にいって,学習者がさらにわかりやすいことをかなり知ってからでないと,抽象的な意味を教えるのは賢明でないと考えられる。

 

1 Michael West,“The construction of New Reading Book," Learning to Read a Foreign, Language, Longmans, Green &Co., London, N. y., Toronto, 1941, p. 46

2 竹原常太,Thorndikes English Constr utions,大修館書店,東京,Copyright, 1941, pp.i-ii参照。

3 Faucett and Maki, Introduction, A Study of English Word- Values Statisti-cally Determined from the Latest Extensive Word-Counts,松邑三松堂,東京,Copyright, 1932, p. 13

4 Ibid.p. 14 参照。

5 Harold E. Palmer, The Grading and Simplifying of Literary Matierial Institute for Research in English Teaching, Tokyo, 1934, p. 9

6 Michael West, Learning to Read A forergn Language, Longmans, Green & Co, London, N. Y., Toronto, 1941, p. 24. 参照。

7 Ibid p.25

8 Harold E. Palmer, The Grading and simplifying of Literary Material Institute for Research in English Teaching, Tokyo. 1934, p.60 (The Gold Bugは Edgar Allan Poe の作)

9 Longmans, Green & Co., L d., 6 & 7 Clifford St., London, W.I

10 Institute for Research in Language Teaching, Tokyo. 1933 発行。

11 The Dictionary of English philology, 研究社,東京,1949の中のAnomalous Finiteの項参照。


MEJ 2119

中学校     学習指導要領
高等学校    外国語科  英語編(試案)
                Ⅰ
            昭和26年(1951)改訂版

昭和27年3月15日 印刷
昭和27年3月20日 発行                   定価 90 円

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