第Ⅶ章 図画工作教育課程の資料
図画工作の教育課程を組織し,これを展開する上にたいせつなことは,図画工作の教育目標を達成する上に,生徒の興味・能力・必要を考えて,価値ある資料を実際の指導面に取り入れ,効果のある指導を進めることである。図画工作の教育が主として具体的な資料を扱って進められることを考えれば,いっそうこのことは強調されなければならない。
このことから,図画工作の教育課程を組織し,これを展開するには,はたして,どのような資料があるか,またそれはいかなる観点から選択して,活用しなければならないかは大きな問題である。
第1節 図画工作教育課程の資料選択
1 教育の一般目標,図画工作教育の一般目標より
教育はすべて,その目標によって,具体的な計画がたてられて,指導が展開されるものである。
図画工作教育は,まず教育の一般目標と,図画工作教育の一般目標によって支持される。
教育の一般目標は,これをいろいろの面からあげることができるが,いずれにしろ,人として望ましい到達点を示したものであって,これに至るために,各教科や,その他の教育諸活動が,全体的な関連のもとに,それぞれに主として関連のある分野を受け持って,具体的な教育を進めていくのである。図画工作教育においても,この全体的な組織のもとに,具体的な教育計画をたてて,指導が展開されなければならない。
図画工作教育課程を組織するには,教育の一般目標を出発点として,図画工作教育の一般目標がたてられ,さらに,生徒の心身の発達に応じて,中学校・高等学校の具体的な教育目標がたてられる。これらの具体的な教育目標に沿って,好ましい能力・態度・習慣などをつけるために,図画工作の適切な教育計画をたてる資料が選択されなければならない。したがって,教育課程を組織するには,以上述べたような全体の関連を考えながら常に具体的な問題を処理することが必要である。以下図画工作教育の一般目標を中心にして,資料選択について触れることにする。
2 個人的基礎能力
図画工作教育上,人としてどのような基礎能力をもてばよいであろうか。
1) 色や形を通して,思想・感情を表現する能力
文学や音楽の境地へあこがれをもつと同時に,色や形を通して,美術的表現を試みようとする要求があるのであって,この要求を正しく伸ばしてやり,この人生を楽しく豊かにするためには,表現に対する基礎的な技術を身につけ,表現に対して常識を養うことが必要である。
図画工作教育の受け持つべき領域を考え,だれにも必要な基礎的な表現力としては,一応次にあげるものが考えられよう。
(1) 色や形を通して,思想・感情を平面的に表現する能力……絵画的表現・図的表現,写真など。
(2) 色や形を通して,思想・感情を立体的に表現する能力……工芸品,彫刻・建築など。
以上の二つの大きな分野の表現にはさまざまの形式や方法がとられるが表現するときの心のありさまや,表現過程・表現結果などから,いろいろの見方がなされる。たとえば絵や図を対象にする表現では,
○ 精密な表現と簡略な表現
○ 客観的な表現と主観的な表現
などが考えられよう。
これらの表現能力は,絵や図のような平面的な表現に限らず,立体的な表現をするものにも同様なことがいえる。
以上述べた表現力の養成は,芸術的な表現を対象とするものの助けとなるばかりでなく,家庭・学校・社会生活のいろいろな機会に必要であって,ことに,個人的な基礎的表現力は,日常生活に役だたせることがたいせつであるから,家庭・学校・社会生活を中心にして考えることが,その中心である。
なお,美術的表現や,技術的表現に興味と適性とをもつ生徒に対してはその才能をじゅうぶん伸ばしてやる機会を与え,指導もしなければならない。
2) 自然美および美術工芸の美を鑑賞する能力
美術品や工芸品に美を感じ,これを鑑賞するには,その対象となるものに,過去のものと現代のものとがある。過去の美術品や工芸品などは,われわれの祖先の残した美への感覚の集積であり,人間の本来の美を愛好する根本の要求によって生れたものである。これらの美術品や工芸品の鑑賞を通して,生徒に次の点について能力や理解をもたせることが望ましい。
(1) 歴史的な美術品である工芸・建築・彫刻・絵画や演劇その他美術の原理によって営まれた分野を調査することがその出発となる。
(2) 美術品や工芸品を生んだその地域や時代の認識と,現代の美術への影響を理解する。
(3) 過去の美術品や現代の美術品とは,どのような関係になるかを理解する。
(4) 古美術の鑑賞の方法・能力・態度を養う。
(5) 現代美術の鑑賞の方法・能力・態度を養う。
(6) 広く美術文化を通して,国際理解を深める。
(7) 自然の美しさを味わい,また美術作品の鑑賞によって得た情操を,日常の生活に生かす態度や能力を養う。
などがあげられる。
3) 美的能力や,鑑賞力を余暇善用の助けとする能力
人は働くとともに,必ず休養を求める。この休養は次の働くことへの出発であり,その土台をきずくものと考えられる。したがって,この休養を計画的に有効に過ごすことは,休養の目的を果すと同時に,教養も高まるようにすべきである。従来の教育は,この余暇を有効に過ごすための指導はとかくおろそかにされていた。
余暇を善用する計画としては,いろいろのことが考えられる。たとえば遠足・散歩・音楽・演劇・写生・社交や映画の鑑賞や展覧会の観覧などがある。これらを他の職業的な作業と比較してみると,
(1) 休養のための計画や事項は各人が自由に選択したものであること。
(2) この計画は,それを実行することによって,報酬を求めていないこと。
などである。余暇善用のため永続性のある創造的な計画をたて,それを実行する態度・能力・習慣を養うことは,だれしも必要なことである。
次に造形的な面から,余暇の助けとなるものを一例としてあげると,
(1) 絵をかく。
(2) 美しいものや,実用になるものを作る。
(3) 展覧会を見学する。
(4) 個人生活や,家庭・社会生活の美化のための活動をする。
(5) 各種の催し物や,展覧会を計画したり,実行する。
(6) 造形文化に関係する各種の読書をする。
(7) 演劇に協力したり,また計画して実行する。
(8) 映画を鑑賞する。
(9) 趣味的な写真撮影をする。
などがあげられよう。
以上の余暇善用の助けとなる事がらでは,その計画において,その実行において,図画工作の基礎的な教養や技術力がその成果を左右することが多いから適切な指導と助言によって,生徒に基礎的な教養と,技術力を身につけさせるように,図画工作の教育課程中に組織だてられ,また,学校以外におけるレクリェーション運動とも適切に関連をとって指導することがたいせつである。
3 社 会 生 活
生徒が社会人として望ましい資質をうるには,知的・情緒的・身体的に円満な発達を遂げることがたいせつで,図画工作教育は主として,情操の方面において円満な発達を遂げる助けとして,その指導を受け持つものである。
社会生活で人として備うべき能力としては,中学校・高等学校の図画工作の教育目標の項でも述べてあるように,これを大きく分けると,
(2) 人間の造形活動の意味を理解し,その価値を理解する能力や態度の発展をはかること。
の二つに分けることができる。前者は,創造的表現力と,社会生活との関係において,指導の題材を発見し,これを扱うことが中心になり,後者は,主として鑑賞の方面に関係するものである。すなわち前者は,創造的な表現力を家庭生活などの美化改善に役だたせるに必要な能力の発展をはかり,またこれを推し及ぼして,学校生活の改善美化に役だたせることであり,またさらに地域社会の改善美化に役だたせることである。
わが国は春夏秋冬の四季の変化に富み,自然環境に恵まれた美の国であり,この自然の環境に恵まれた国艮は,古来数多くのすぐれた芸術作品を残してきている。このため芸術の国として世界にその名は知られているが,しかし,一般の社会環境はどうであろうか。なるほど美のかおり高い数多くの芸術作品を残しているが,このかおり高い美へのあこがれが,日々の生活環境にまで及ぼされ,一般の社会環境が美の国にふさわしいとは決していえないのである。たとえば数多くの人々の集まる公園・駅・学校・交通機関の内部やその他公共施設をみると,美や衛生の見地からいって,好ましくないのが実状である。これは今後大いに改善されなければならない。これには環境の美化が必要である。
生活環境の美化について留意すべき点をあげると,
(2) 生活環境が,よく美的に,また清潔に保たれていること。
(3) 自然環境と人工的環境がよく融和され,気持のよいふんい気であることなどがあげられよう。
環境の美化改善の第一歩は,人をして美化された環境中に生活の経験をもつことである。このよい刺激の連続は,やがて自ら進んで環境を美化改善しようとする意欲を高めるであろう。そして,不整とんな環境や,調和のとれない環境に置かれることは苦痛であり,たえられないものであると感ぜられるようになれば,人は環境を改善して調和のとれた美しい環境にしようとする努力もすることになろう。なによりもたいせつなことは,生徒に環境の美化が必要であることを理解させ,これを日々の生活に及ぼす方向に指導することが出発となる。
家庭環境の美化改善については,家庭に協力を求めることも必要になってくる。しかしこれにもまして必要なことは,生徒をして家庭環境の改善美化に積極的に参加するようにし,生活の美化の実習場を家庭に見いだすように関連的に導くことである。
社会生活の改善美化では,学校自体や生徒だけではよく成果をあげることは困難である。学校はその地域社会の文化の中心であり,またそう努めなければならないことを考えて,学校が地域社会の文化の向上を目ざすために学校の施設を開放したり,また学校で積極的にいろいろな行事を計画し,これに生徒を参加させる機会を作って,地域社会の文化の向上を目ざすと同時に,生徒をしてこの方面に関心をもたせ,実際的な指導を展開するように動的な指導計画が実施されなければならない。図画工作教育の上からは,このような考えから適切な計画をたてて,実施することを考えなければならない。
以上述べた点を中心にして,地域社会の美化を考えると,たとえば,地域社会との協力で,清掃運動を展開するとか,社会の人々を啓発するためのポスターを作成するとか,また児童遊園地や公園の美化について討議しまた停車場や,公会堂などに,生徒の絵画作品を寄贈して,とかく,殺風景になりがちな場所に潤いをもたせるために努めるとか,それらの場所に花を生けるとかなどして美を添え,地域社会の人々や公衆に改善美化に関心をもってもらうための啓発運動を展開して,協力することも考えられる。
以上は主として,社会生活において,いかなる面を図画工作教育が分担しなければならないかを述べたのであるが,次に対人関係において,いかに協力して社会生活を進めなければならないかについてふれよう。
社会生活は,人と人との相互依存の原則によって成り立っている。この協同の生活を進める上に,第一にとりあげられるべき問題は,人がお互に共通の目的に向かって協力する態度と,行動である。図画工作の指導においては,この協調の態度や習慣を養うには,適切な機会が多い。
図画工作教育においては,共同製作として,従来より他人と協力して作業を進める題材をとりあげてきている。これは今後も続けられるべきものである。しかし,従来この方面の指導においては,概して,与えられた仕事を同様に分担して進めるという傾向が強く,その根本には,統制は力を合理化するという考えと,団結は力の源泉であるといった,いずれも個人では出し得ない強力な力や,その結果を予想した共同作業が多かった。このため,共同作業に参加する生徒の個性も能力の差違もあまり問題にされなかったきらいがあった。しかし,今後の教育的立場からは,個性に合い能力に応じた作業に対して,生徒が全力を出し切って参加し,成功の喜びを得て,自己の能力に自信をもつようになり,これによって,よい協調の態度と習慣とが養われるように導くべきである。
4 職業および経済生活
教育は生徒をして,個人としての能力をじゅうぶん伸ばしてやると同時に,社会生活・職業および経済生活にりっぱに参加できる基礎的な教養と能力を生徒につけてやらなければならない。特殊な専門的教養や技術は,特殊の部門や大学において養われる機会があるが,一般的な基礎教養は,中等学校において養われなければならない。したがって,図画工作教育においてもこのことは考えなければならない。
職業生活と図画工作の教育との関係では,これを二つに分けて考えられる。すなわち,図画工作の方面に興味や適性を示す生徒をどのように指導するかということと,他の一つは,将来図画工作の領域以外に向く生徒と図画工作教育との関係である。
生徒のうち,図画工作に興味や適性とを示すものの指導では,中学校・高等学校の図画工作の目標の項で,その大要については触れておいたが,これをさらに具体的にみれば,生徒が将来進むべき方向は次に示す三つの領域に分けて考えられよう。
(2) 図案的構成や,図案表示を主とする職業につくもの。
(3) 美術理論的,鑑賞方面を主とする職業につくもの。
などに分けられよう。
これらの方面に進む生徒の指導においては,学校の教育計画がそれらの生徒に適切に組織されている場合はあまり問題はないが,普通のコースをとる学校においては,図画工作教育を通して,他の大部分の生徒に必要な要求を満たしてやるための計画や指導をぎせいにすることなく,しかもかつ,これらの生徒の要求を満たしてやるための適切な計画や指導をしてやることがたいせつである。
次に将来いかなる方面の職業につくにしても,図画工作の教養と基礎的な技術が有用であることである。このことを考えるには次に示す二つの点から検討することが便利であろう。
(2) 職業の能率と造形的教養
余暇の善用に造形的教養が価値のあるものであることはすでに述べたが,造形的教養が余暇の善用の助けとなる唯一のものではない。しかし少なくとも高しょうな余暇の善用の助けとなるということはいえよう。たとえば,余暇に造形的表現を楽しむとか,またすぐれた自然の美しさや,芸術品の鑑賞をして,そのよさを味わい,またそのよさにひたることなどである。なにげなく過ごてしまう自然の美しさを発見した喜び,美術品の限りない美しさに触れて,思わず心が清められるようなことは,人生にとって限りない喜びといわなければならない。この安らかな情緒は,明日への力強い出発であり,自己の職業にたいして,心身をうち込み,日々を楽しく送る助けとなろう。
青年時代は,真実を探究し,それに近づく入門の期だといわれるが,この時代に高しょうなレクリエーションの方法を身につけることは,人生に力強さを増すことであって,堅実に生活を送る基礎ともなるわけである。造形的な教養も一つの価値あるレクリエーションの方法に展開するものであり,またその指導も望まれるわけである。
職業の能率と,造形的教養との関係では,いかなる職業につくにしても,造形的な基礎の表現力をもっていることが有用である。すなわち,いかなる職業につくにしても,自己の思想感情を表現する手段をもたなければならない。さらにこれを他人に伝達するには,効果ある方法をとる必要がある。その表現や伝達においては,言語や文章による場合や,絵や図のような造形的表現による場合もある。この絵や図をもって,表現したり,伝達することは非常に有効な方法で,この基礎的な技術を身につけていることは,だれしも必要であるから,この基礎能力を指導することがとりあげられなければならない。
5 図画工作教育課程の資料の所在
前項までにおいて,図画工作教育課程を組織するにあたって,環境の中からどんな観点で資料を選択し,それを組織するかの問題について,第1章の図画工作教育の目標に述べたことと重複することもあったが,見方を明らかにするために触れてきたが,本項では次の問題である具体的な図画工作教育に利用できる資料はどこにあるか,またその資料は環境中にどんな周囲との関係においてあるかなどについて考える必要がある。
まず具体的に利用できる資料については,これを次に示す二つの観点で考えることができよう。
1) 具体的な資料についての見方
前者の方法は,資料体系に従って,難易の程度や順序を考えて必要と思われるものを選定し組織するのであるから,資料の体系はよく整い,落ちのない組織をすることのできる特徴はある。しかしこれは,従来長く行われた教育課程組織の方法で,生徒の興味・適性・必要というようなことは,とかくおろそかにされるきらいがあり,生徒の個人差に応ずる幅が狭まかったことは事実である。また従来生徒の興味や適性を考えて指導したにしろ,これはあくまでも,指導すべき内容を動的に扱うためのもので指導すべき体系に重点を置いた行き方であった。
後者の方法は,生徒が好ましい生活経験をつかむためのいろいろな問題を解決していくことを主体として,これに必要な資料を整え,生徒の興味・適性・必要を主体にして教育課程を組織し指導を進めるもので,この方法で進めることが効果のあがるものであることが明かにされるようになっった。
以上の二つの大きな見方は,それぞれの大きな差異を中心にして述べたのであって,実際の教育課程やその指導においては,二つの大きな見方を中心にして,さまざまな組織が考えられ,指導が進められることが考えられるが,しかし,生徒が好ましい経験を積んで,結果として,造形的な基礎教養や基礎的技術を身につけ,日常生活の造形的な面を有効に処理する能力・態度・習慣を身につけることが,図画工作教育の大きな目標であるから,教育課程を組織するにあたっては,二つの見方に対して,じゅうぶんな検討を加え,それぞれの地域社会の実情を考え,生徒たちにふさわしい教育課程を組織しなければならない。
具体的な資料は,具体的な造形的資料がもちろんその中心になるが,教師の教養・生徒のの経験なども,広い意味の教育課程の資料になるので,このことは見落さないようにすることがたいせつである。
(2) 図画工作教育課程を組織するに必要な資料は,これを遠きに求めることよりは,日々の生活や,社会環境中に適切なものを見いだすことに重点を置くべきである。
生徒の家庭・学校・社会生活における日々目に触れるもの,経験するものの中に造形的に見て関連するものが多い。さらに進んで,公共の施設・自然環境など,きわめてその範囲も広い。その他各種出版物などを考えると,その種類は多く,なんらかの形で生徒の好ましい経験を積むに役だたせる有効な資料とならないものはない。
教育課程を組織するにあたっては,どこにどのような利用すべき資料があり,これをどのようにして組織だて,展開するかが重要な問題となる。
いかなる資料を考えるについても,次に示すことは,その原則となるであろう。
(1) 教育の目標に照して,生徒の好ましい成長を助ける資料となること。
(2) 生徒に対して,興味のあるものであること。
(3) 資料が,現在の社会進歩の段階に関連をもっているもの。
(4) 生徒の学習能力に合致しているもの。
(5) 教師の能力や,学校の施投などに適しているものであること。
などである。
なお,資料を指導の面に具体化する上にたいせつなことは,資料相互の関連を重んずることはもちろん必要であるが,これと同様に資料と人との関連を見のがしてしまえば資料の価値は失われてしまう。生徒が当面する問題を解決する上に関連のない資料はほとんど意味がない。
たとえば過去の文化遺産である美術品の取扱においても,なんらかの形で現代に関連をもたせ,生徒の生活に対して関連性をもつように組織立てられ,指導が展開されなければ,生徒には縁遠い講話に終ってしまうものである。
第2節 図画工作教育課程作成の資料
図画工作の教育課程を組織し,またこれによって,指導を進めるためには,これらの組織やその展開に必要な具体的な資料や種類の内容などをよく調査研究して,その所在を明らかにし,それらの材料がよく利用されるのでなければならない。前にもしばしば述べたことであるが図画工作の教育は,具体的なものを扱って指導することが多いので,それらのものに対して,じゅうぶんな理解を持つことがたいせつである。
1 教科用図書
1) 教 科 書
教科書の目的は,教科書によって,そのとおりを教え込むというのではなく,生徒がいろいろな学習を進めるためのよい参考資料としての役目を果すことでなければならない。
教科書の編集は,学習指導要領に基いて,その組織や内容が考えられている。すなわち現在は,学習指導要領を基本にして,教科書の検定基準が設けられ,この検定によって,合格したものが教科書として使用されるのである。
教科書は一般に教育課程を考えたり,学習を進める上で次のような点に役だつものである。
(1) 教科書は,教育課程を組織したり,学習を進める上に直接役だつものである。
(2) 教科書は,教育資料を発展的に関係づけるために役だつものである。
(3) 教科書は,一般に基礎的な教育資料としてたいせつである。
(4) 教科書は,資料の基礎的な取扱を示しているが,なおそのいろいろな応用のしかたを示している。
(5) 教科書は,学習の価値ある関係資料の源を知らせてくれる。
などである。
以上の観点に立って編集されるものが教科書のあり方であるから,参考資料としては,重要のものである。
教科書については,従来極端な二つの傾向が見られる。すなわち,一つは,全然教科書を利用しなくて,まったく指導者の独創によって指導を進めようとする主張と,一つは,まったく教科書に縛られて,一歩も出ることのできない実状を示す傾向とである。教科書が従来のように,すべての教育計画や指導の中心であった時代では,教科書使用の弊害は大きいのであるが,しかし教科書の考え方や扱い方が一変している現在では,教科書の使用によって,生徒の学習が多面的になり,教師はこれによって,指導の能率をあげることが考えられるわけであるから,教科書をつとめて利用するという,考えに立つ必要がある。
教科書の使用にあたっては,教科書の基本的性格からいって,一般に教科書に示されている資料そのものが基本を示しているにとどまる程度のものであるため,教師はこれを生徒の生活環境に結びつけて,補足的説明や,その資料が生徒の実際生活の環境中に,どのような関係で存在しているかについてもぬかりのないように取り扱い,あくまでも生徒が問題を解決するために,このましい経験を積むための助けとなるようにしなければならない。
教科書選定については,いくつかの検定合格の教科書があるので,これらの中からその内容を検討し,地域社会や,学校の事情などを,じゅうぶん考慮して,適切な教科書を選択する必要がある。
検定に合格した教科書は,前にも述べたように,一定の基準によって,作成されているので,その大綱においては,大きな差違はないと思われるが,しかしそこにもりこまれる内容や,組織については,著者の識見などの相違によって差違があるので,これらについては,じゅうぶん検討して選択することがよいわけである。
2) 学習指導要領と指導書
本書は目次に示してあるように,図画工作教育の一般目標と,中学校・高等学校の図画工作教育の目標や,指導内容を示し,さらに,教育計画に必要な資料の所在やその取扱方や,また,他の学習活動との関連や,地域差による教育計画や,評価の問題などによって組織されているが,要するに,教育計画を立てる上に必要な考えや,その資料を提供する役目をするものが学習指導要領である。
学習指導書は,教師が,計画組織した教育計画を展開していく上に起る問題をいくつかのまとまりによって分類し,問題の解決方法を示そうとしたものである。いわば,学習指導要領を教育計画の組織の手引書とすれば指導書は計画を展開する上の学習指導の手引書の役目をしていると考えることができる。
学習指導に関する点については,本書の性格と,組織の上からいって,本書では指導に関連する要点には触れておいたが,具体的な点は指導書に譲ることにした。
3) 補助用教科用図書その他
いか巧みに,作成された教科書であっても,すべての生徒の個人差や地域差に応ずることはできるものでない。したがって一つの欠を他によって補うというようにすることが必要である。
また学習が進めば,他の教科の教科書も必要になる場合が起るので,これらも,その機会と利用方法について考えておくことがたいせつである。
2 参 考 書
参考書は,一般に辞書・百科事典・年鑑・地図・小冊子・雑誌などや,学校の教育に関連のあるあらゆる本をさしている。
これらの参考書は,参考書の内容をさらに発展させて,学習や指導を多面的に学ぶ上に役だち,またこれに対する指導によって,生徒がひとり立ちして,実習を進めたり,研究を進める上に役だつものである。
次に参考書の中で,直接に図画工作教育に関連の深いものを示してみる。
1) 表現の指導に関するもの
(たとえば,東洋画・西洋画・各種の図のかき方・図法など)
製作技術を示したもの
(たとえば,木竹・金属・粘土・糸・布などによる製作技術を示したもの)
図案の原理や,その応用を示したもの
(たとえば,図案の原理である従属・対称・変化・統一・りズムなどについて,その原理を示し,またその応用によってできた各種の図案例を示したもの)
そ の 他
2) 理解を助けるための参考になるもの
美学・美術論・芸術論に関するもの
美術史・作家の詳伝・逸話に関するもの
形体・構成に関するもの
色彩・配色に関するもの
意匠・装飾・設計に関するもの
美術用語や図画工作の学習法に関するもの
美術教育の施設に関するもの
表現活動に必要な用具・材料・表現方法についての知識や理解を主とするもの
そ の 他
3) 鑑賞を助けるための参考になるもの
その例としては
絵画を主とした鑑賞用の複製画
彫刻を主とした鑑賞用の複製画や写真
建築を主とした鑑賞用の模型や写真
工芸を主とした鑑賞用の複製品や写真
そ の 他
以上あげた鑑賞用の参考資料は,鑑賞の指導に適した多種多様のものが望ましい。またこれらのうち色彩の用いられているものは, できるだけ原画や原物に近いもので,しかもいろいろな学習形態に適した大きさや形式のものが用意されることが必要である。
3 図書館および参考図書や各種の資料
各学級・各学年,または各教科ごとに,図画工作の指導に必要な参考図書やその他の資料を整えることは望ましいことではあるが,これは経費その他の点から困難である。このような問題も解決し,学校全体として,教師の教育計画や,生徒の学習活動に役だて,学校における教育資料の中心的な役目をなすものが学校図書館や学級文庫などである。
学校図書館は「学校の教育目的に従い,児童・生徒のあらゆる学習活動の中心となり,これに必要な資料を提供し,その自発活動の場とならなければならない」といわれていることをみても,学校図書館が,今後の教育に大きな役割を果さなければならないことが理解できる。
図画工作の指導でも,図書館や学級文庫などの各種の参考書や資料を利用し,生徒に自発活動を奨励し,図書館におけるよい態度を身につけさせるようにしなければならない。
各学級や学年に美術に関する専門図書や参考図書を備えておくよりはむしろ,学校全体の計画として,計画的これらの図書や参考資料を購入し年々図画工作方面の図書や資料の量を増すように心がけることが必要である。
なお,学校図書館にかぎらず,地域社会には各種の公共図書館やその他の図書館があるので,学校図書館で学習の要求の満されないときは,これらの図書館を利用することも当然起ることであるから,地域社会の図書館の内容などについて,あらかじめ調査しておいて,じゅうぶん利用できるようにすることが大切である。
4 新聞・雑誌および定期刊行物
新聞雑誌は,生徒に現在の情勢に触れさせる効果がある。図画工作方面に関連をもつ記事も,日々の新聞にも多く取題され,美術雑誌はもちろんのこと,一般の雑誌にも,盛り込まれることがあるので,適切なものを選択して,適当の機会をとらえて,図画工作の指導に生かすことができる。
定期刊行物としては,
1) 図画工作教育関係
2) 現代美術関係
3) 古代美術関係
4) 工 芸 関 係
5) 建 築 関 係
6) そ の 他
以上あげた,新聞雑誌および定期刊行物は,各学校や,学校図書館に備えつけて,学級の生徒の学習に,また学校全体の教育活動に利用できるようにすることがたいせつである。
5 美術表現に必要な用具・材料
美術の表現活動はどのような美を,どのように表現するかの造形活動であるが,それに必要な用具,材料については,じゅうぶんな研究と,適切な取扱がたいせつである。特に図画工作の学習では,用具・材料に関するひととおりの知識と理解をもって,それらを取り扱うことによって,よい態度や習慣が養われなければならない。たとえば,使用しているパレットをみても,その人の絵の良否や,作画の態度がうかがわれ,絵の具の出し方・ならべ方,絵の具の混合,水・筆の使用,用具の手入なども絵の表現に影響したり,学習態度に関係してくることをよく考えなければならない。
生徒は一般に表現の結果のみに気をとられて,用具・材料については案外無関心のものが多く,図画工作の学習としても,専門的な研究としてもこれらに対して適切な指導をすることがたいせつである。
表現に必要な用具,材料については,巻末の付録を参照されたい。
6 鑑賞の材料
鑑賞力の養成は,図画工作教育のおもな目標の一つである。
鑑賞指導の対象となるものは,われわれが,日常生活に使用している学習用具・器物・器具・服飾・住居のようなものから,古今東西にわたる絵画・彫刻・建築・工芸の名作品にいたるまで,その範囲は非常に広いのであるから鑑賞のための資料は,広範囲にわたって準備することが望ましい。
資料を準備するにあたっては,なるべく鑑賞価値の多い現物を用意することが,第一であるが,適切なものが得られないときは,複製品や複製画・模写・模造品・修理品などが対象になるが,できるだけよいものを用意するようにする。
美術鑑賞の対象となる資料は,次のものが一応あげられよう。
1) 美術品の分類
彫 刻……木彫・塑像・石こう像・銅像・大理石像・陶像,その他
工 芸……木工・金工・竹工・陶工・ガラス工・糸布工・合成工・総合工,その他
建 築……木造建築・コンクリート建築,その他
その他……庭園・公園,その他
2) 美術品の範囲およびその所在
重要美術品
名勝・史蹟の美術品
特別保護建造物などの美術品
美術館所蔵の美術品
博物館所蔵の美術品
文部省所蔵の美術品
研究所・学校・官庁・神社・仏閣・公共団体・個人などの所蔵になる美術品
美術のコレクション
画商・骨とう商所蔵の美術品
美術展覧会出品作品
その他芸術精神によって作られたもので,美術品と認められるもの(世界各国の美術品を含む)
3) 美術の複製品
模写・模刻・模造
修理加工品
そ の 他
4) 映画・スライドその他
実物による美術鑑賞の不可能の場合や不可能のところでは,次のような方法によることがよいだろう。
地方の有志や生徒の保護者などの所有するもので,美術鑑賞の資料として適当なものがあるかを検討して,鑑賞の機会をつくるように実行計画をたてることも一つの方法である。
(2) 各家庭にある美術品の鑑賞について理解させ,適当な鑑賞方法を指導する。
(3) 遠足・修学旅行や鑑賞の目的で計画される見学には,美術展覧会や美術館・博物館・コレクション,その他美術品所在地を見学する。
(4) 各種の美術団体・公共団体・コレクションの美術品を借りて,美術館賞展・巡回展などができるかどうかを調べて計画する。
(5) 美術家の有志の作品をあっせんする。
(6) 複製品や,模造品で適当なものをなるべく多く,収集するように努力する。
7 地方の風景や建物
教育が地域社会の実態に沿って,生徒の好ましい生活経験を豊富にするたすけとするようにしなければならないことを考えると,その地方にあって,利用できる資料は,じゅうぶんに活用することが大切である。
風景や建物は,どの地域においても,日常容易に接することのできるものであって,喜ばれ,親しまれているものである。したがって,学習の対象として,風景や建物の美しさを味わいつつ,造形美の要素を追求したり,表現学習の対象として大いに利用することがよい。ことに地方で美術についての施設が少なく,利用できにくいところでは,直接目に触れることの多い地方の風景や建物などを対象にすることが,とりわけ意味をもってくるのである。
1) 自然美としての風景や建物
人工美と自然美をいかに調和させるかということは,造形美の上では,大きな問題である。自然美に恵まれたわが国では,この自然美の上によって,建築美をいっそう増すように考えられていることは,多くの例で見ることができる。
(2) 普通の場所でも,四季の変化や天候のいかんによっては,千変万化の妙味と美しさが現れてくるので,これを巧みに取材することがよい。
(3) 自然物の形体や構成の美,色や配色の美は,それらに対して,よい着眼と観察によっては,いくらでもそのよさを発見できるもので,指導の方法によっては,きわめて興味の多い資料を提供してくれるものである。
(4) 風景は,風景画の対象になる。その他いろいろな場合に図画学習に多くの参考となるものである。
2) 人工美としての建物や風景
(2) 人工美は主として,造形美の要素によって,作られているが,それに科学的な機能の美が強調されているものもが多い。
(3) 人工美と自然美は,それぞれに特徴のある美しさをもっており,両者のよい調和によって,さらに美しさを増しているものもある。
8 美術館・博物館
美術の研究や鑑賞として最もよい条件のもとにつくられているものに,美術館や博物館がある。特に近代社会の機構の上で,公共物利用という生活様式にもあてはまっていて,多くの優秀作品を一か所でよく見られることが,その特徴である。
わが国では近年になって,美術館もしだいに増加してきたが,諸外国と比較すると,きわめて貧弱であり,今後この方面の文化促進運動の一つとして,美術館の増設を企画し,協力することも意義深いものである。
美術館や博物館には,国立のものもあるが,多くは地方自治団体・公共団体・篤志家のコレクションとしてのものが多い。それらの美術館や博物館の所蔵品は,古今東西にわたる絵画・彫刻・工芸その他のもので,それらは,実物または複製品である。それが時代別・作家別,あるいは作品の種類別などによって主として解説づきのものにして,美術品の鑑賞は容易にできるようになっている。
作品展示の方法としては,常設陳列・特別公開展示などの方法があり,また他の所蔵品を借り受けて,展示する場合や,現代美術の公募作品展をする場合もある。
このようにして,美術館や博物館の規模,性質,運営などは,それぞれに違った特徴をもっているので,教師はあらかじめ,これらの美術館や博物館をよく調査して,なるべく多く見る機会を与えるように,また適切な鑑賞指導が行われるように努めなければならない。ことに地方で鑑賞指導に不便なところでは,前に述べたように,遠足・旅行などを利用して,これらの施設を生かして鑑賞の指導をすることがよい。
美術館・博物館など一般に知られているものは付録に示しておいた。