第Ⅶ章 図画工作教育課程の資料

 図画工作の教育課程を組織し,これを展開する上にたいせつなことは,図画工作の教育目標を達成する上に,生徒の興味・能力・必要を考えて,価値ある資料を実際の指導面に取り入れ,効果のある指導を進めることである。図画工作の教育が主として具体的な資料を扱って進められることを考えれば,いっそうこのことは強調されなければならない。

 このことから,図画工作の教育課程を組織し,これを展開するには,はたして,どのような資料があるか,またそれはいかなる観点から選択して,活用しなければならないかは大きな問題である。

第1節 図画工作教育課程の資料選択

1 教育の一般目標,図画工作教育の一般目標より

 教育はすべて,その目標によって,具体的な計画がたてられて,指導が展開されるものである。

 図画工作教育は,まず教育の一般目標と,図画工作教育の一般目標によって支持される。

 教育の一般目標は,これをいろいろの面からあげることができるが,いずれにしろ,人として望ましい到達点を示したものであって,これに至るために,各教科や,その他の教育諸活動が,全体的な関連のもとに,それぞれに主として関連のある分野を受け持って,具体的な教育を進めていくのである。図画工作教育においても,この全体的な組織のもとに,具体的な教育計画をたてて,指導が展開されなければならない。

 図画工作教育課程を組織するには,教育の一般目標を出発点として,図画工作教育の一般目標がたてられ,さらに,生徒の心身の発達に応じて,中学校・高等学校の具体的な教育目標がたてられる。これらの具体的な教育目標に沿って,好ましい能力・態度・習慣などをつけるために,図画工作の適切な教育計画をたてる資料が選択されなければならない。したがって,教育課程を組織するには,以上述べたような全体の関連を考えながら常に具体的な問題を処理することが必要である。以下図画工作教育の一般目標を中心にして,資料選択について触れることにする。

2 個人的基礎能力

 図画工作教育上,人としてどのような基礎能力をもてばよいであろうか。

 1) 色や形を通して,思想・感情を表現する能力

 2) 自然美および美術工芸の美を鑑賞する能力

 3) 美的能力や,鑑賞力を余暇善用の助けとする能力

3 社 会 生 活

 生徒が社会人として望ましい資質をうるには,知的・情緒的・身体的に円満な発達を遂げることがたいせつで,図画工作教育は主として,情操の方面において円満な発達を遂げる助けとして,その指導を受け持つものである。

 社会生活で人として備うべき能力としては,中学校・高等学校の図画工作の教育目標の項でも述べてあるように,これを大きく分けると,

 の二つに分けることができる。前者は,創造的表現力と,社会生活との関係において,指導の題材を発見し,これを扱うことが中心になり,後者は,主として鑑賞の方面に関係するものである。すなわち前者は,創造的な表現力を家庭生活などの美化改善に役だたせるに必要な能力の発展をはかり,またこれを推し及ぼして,学校生活の改善美化に役だたせることであり,またさらに地域社会の改善美化に役だたせることである。

 わが国は春夏秋冬の四季の変化に富み,自然環境に恵まれた美の国であり,この自然の環境に恵まれた国艮は,古来数多くのすぐれた芸術作品を残してきている。このため芸術の国として世界にその名は知られているが,しかし,一般の社会環境はどうであろうか。なるほど美のかおり高い数多くの芸術作品を残しているが,このかおり高い美へのあこがれが,日々の生活環境にまで及ぼされ,一般の社会環境が美の国にふさわしいとは決していえないのである。たとえば数多くの人々の集まる公園・駅・学校・交通機関の内部やその他公共施設をみると,美や衛生の見地からいって,好ましくないのが実状である。これは今後大いに改善されなければならない。これには環境の美化が必要である。

 生活環境の美化について留意すべき点をあげると,

4 職業および経済生活

 教育は生徒をして,個人としての能力をじゅうぶん伸ばしてやると同時に,社会生活・職業および経済生活にりっぱに参加できる基礎的な教養と能力を生徒につけてやらなければならない。特殊な専門的教養や技術は,特殊の部門や大学において養われる機会があるが,一般的な基礎教養は,中等学校において養われなければならない。したがって,図画工作教育においてもこのことは考えなければならない。

 職業生活と図画工作の教育との関係では,これを二つに分けて考えられる。すなわち,図画工作の方面に興味や適性を示す生徒をどのように指導するかということと,他の一つは,将来図画工作の領域以外に向く生徒と図画工作教育との関係である。

 生徒のうち,図画工作に興味や適性とを示すものの指導では,中学校・高等学校の図画工作の目標の項で,その大要については触れておいたが,これをさらに具体的にみれば,生徒が将来進むべき方向は次に示す三つの領域に分けて考えられよう。

などに分けられよう。

 これらの方面に進む生徒の指導においては,学校の教育計画がそれらの生徒に適切に組織されている場合はあまり問題はないが,普通のコースをとる学校においては,図画工作教育を通して,他の大部分の生徒に必要な要求を満たしてやるための計画や指導をぎせいにすることなく,しかもかつ,これらの生徒の要求を満たしてやるための適切な計画や指導をしてやることがたいせつである。

 次に将来いかなる方面の職業につくにしても,図画工作の教養と基礎的な技術が有用であることである。このことを考えるには次に示す二つの点から検討することが便利であろう。

 余暇の善用に造形的教養が価値のあるものであることはすでに述べたが,造形的教養が余暇の善用の助けとなる唯一のものではない。しかし少なくとも高しょうな余暇の善用の助けとなるということはいえよう。たとえば,余暇に造形的表現を楽しむとか,またすぐれた自然の美しさや,芸術品の鑑賞をして,そのよさを味わい,またそのよさにひたることなどである。なにげなく過ごてしまう自然の美しさを発見した喜び,美術品の限りない美しさに触れて,思わず心が清められるようなことは,人生にとって限りない喜びといわなければならない。この安らかな情緒は,明日への力強い出発であり,自己の職業にたいして,心身をうち込み,日々を楽しく送る助けとなろう。

 青年時代は,真実を探究し,それに近づく入門の期だといわれるが,この時代に高しょうなレクリエーションの方法を身につけることは,人生に力強さを増すことであって,堅実に生活を送る基礎ともなるわけである。造形的な教養も一つの価値あるレクリエーションの方法に展開するものであり,またその指導も望まれるわけである。

 職業の能率と,造形的教養との関係では,いかなる職業につくにしても,造形的な基礎の表現力をもっていることが有用である。すなわち,いかなる職業につくにしても,自己の思想感情を表現する手段をもたなければならない。さらにこれを他人に伝達するには,効果ある方法をとる必要がある。その表現や伝達においては,言語や文章による場合や,絵や図のような造形的表現による場合もある。この絵や図をもって,表現したり,伝達することは非常に有効な方法で,この基礎的な技術を身につけていることは,だれしも必要であるから,この基礎能力を指導することがとりあげられなければならない。

5 図画工作教育課程の資料の所在

 前項までにおいて,図画工作教育課程を組織するにあたって,環境の中からどんな観点で資料を選択し,それを組織するかの問題について,第1章の図画工作教育の目標に述べたことと重複することもあったが,見方を明らかにするために触れてきたが,本項では次の問題である具体的な図画工作教育に利用できる資料はどこにあるか,またその資料は環境中にどんな周囲との関係においてあるかなどについて考える必要がある。

 まず具体的に利用できる資料については,これを次に示す二つの観点で考えることができよう。

 1) 具体的な資料についての見方

 

第2節 図画工作教育課程作成の資料

 図画工作の教育課程を組織し,またこれによって,指導を進めるためには,これらの組織やその展開に必要な具体的な資料や種類の内容などをよく調査研究して,その所在を明らかにし,それらの材料がよく利用されるのでなければならない。前にもしばしば述べたことであるが図画工作の教育は,具体的なものを扱って指導することが多いので,それらのものに対して,じゅうぶんな理解を持つことがたいせつである。

1 教科用図書

 1) 教 科 書

 以上の観点に立って編集されるものが教科書のあり方であるから,参考資料としては,重要のものである。

 教科書については,従来極端な二つの傾向が見られる。すなわち,一つは,全然教科書を利用しなくて,まったく指導者の独創によって指導を進めようとする主張と,一つは,まったく教科書に縛られて,一歩も出ることのできない実状を示す傾向とである。教科書が従来のように,すべての教育計画や指導の中心であった時代では,教科書使用の弊害は大きいのであるが,しかし教科書の考え方や扱い方が一変している現在では,教科書の使用によって,生徒の学習が多面的になり,教師はこれによって,指導の能率をあげることが考えられるわけであるから,教科書をつとめて利用するという,考えに立つ必要がある。

 教科書の使用にあたっては,教科書の基本的性格からいって,一般に教科書に示されている資料そのものが基本を示しているにとどまる程度のものであるため,教師はこれを生徒の生活環境に結びつけて,補足的説明や,その資料が生徒の実際生活の環境中に,どのような関係で存在しているかについてもぬかりのないように取り扱い,あくまでも生徒が問題を解決するために,このましい経験を積むための助けとなるようにしなければならない。

 教科書選定については,いくつかの検定合格の教科書があるので,これらの中からその内容を検討し,地域社会や,学校の事情などを,じゅうぶん考慮して,適切な教科書を選択する必要がある。

 検定に合格した教科書は,前にも述べたように,一定の基準によって,作成されているので,その大綱においては,大きな差違はないと思われるが,しかしそこにもりこまれる内容や,組織については,著者の識見などの相違によって差違があるので,これらについては,じゅうぶん検討して選択することがよいわけである。

 2) 学習指導要領と指導書

 3) 補助用教科用図書その他

2 参 考 書

 参考書は,一般に辞書・百科事典・年鑑・地図・小冊子・雑誌などや,学校の教育に関連のあるあらゆる本をさしている。

 これらの参考書は,参考書の内容をさらに発展させて,学習や指導を多面的に学ぶ上に役だち,またこれに対する指導によって,生徒がひとり立ちして,実習を進めたり,研究を進める上に役だつものである。

 次に参考書の中で,直接に図画工作教育に関連の深いものを示してみる。

 1) 表現の指導に関するもの

 2) 理解を助けるための参考になるもの

 3) 鑑賞を助けるための参考になるもの

 以上あげた鑑賞用の参考資料は,鑑賞の指導に適した多種多様のものが望ましい。またこれらのうち色彩の用いられているものは, できるだけ原画や原物に近いもので,しかもいろいろな学習形態に適した大きさや形式のものが用意されることが必要である。

3 図書館および参考図書や各種の資料

 各学級・各学年,または各教科ごとに,図画工作の指導に必要な参考図書やその他の資料を整えることは望ましいことではあるが,これは経費その他の点から困難である。このような問題も解決し,学校全体として,教師の教育計画や,生徒の学習活動に役だて,学校における教育資料の中心的な役目をなすものが学校図書館や学級文庫などである。

 学校図書館は「学校の教育目的に従い,児童・生徒のあらゆる学習活動の中心となり,これに必要な資料を提供し,その自発活動の場とならなければならない」といわれていることをみても,学校図書館が,今後の教育に大きな役割を果さなければならないことが理解できる。

 図画工作の指導でも,図書館や学級文庫などの各種の参考書や資料を利用し,生徒に自発活動を奨励し,図書館におけるよい態度を身につけさせるようにしなければならない。

 各学級や学年に美術に関する専門図書や参考図書を備えておくよりはむしろ,学校全体の計画として,計画的これらの図書や参考資料を購入し年々図画工作方面の図書や資料の量を増すように心がけることが必要である。

 なお,学校図書館にかぎらず,地域社会には各種の公共図書館やその他の図書館があるので,学校図書館で学習の要求の満されないときは,これらの図書館を利用することも当然起ることであるから,地域社会の図書館の内容などについて,あらかじめ調査しておいて,じゅうぶん利用できるようにすることが大切である。

4 新聞・雑誌および定期刊行物

 新聞雑誌は,生徒に現在の情勢に触れさせる効果がある。図画工作方面に関連をもつ記事も,日々の新聞にも多く取題され,美術雑誌はもちろんのこと,一般の雑誌にも,盛り込まれることがあるので,適切なものを選択して,適当の機会をとらえて,図画工作の指導に生かすことができる。

 定期刊行物としては,

 1) 図画工作教育関係

 2) 現代美術関係

 3) 古代美術関係

 4) 工 芸 関 係

 5) 建 築 関 係

 6) そ の 他

以上あげた,新聞雑誌および定期刊行物は,各学校や,学校図書館に備えつけて,学級の生徒の学習に,また学校全体の教育活動に利用できるようにすることがたいせつである。

5 美術表現に必要な用具・材料

 美術の表現活動はどのような美を,どのように表現するかの造形活動であるが,それに必要な用具,材料については,じゅうぶんな研究と,適切な取扱がたいせつである。特に図画工作の学習では,用具・材料に関するひととおりの知識と理解をもって,それらを取り扱うことによって,よい態度や習慣が養われなければならない。たとえば,使用しているパレットをみても,その人の絵の良否や,作画の態度がうかがわれ,絵の具の出し方・ならべ方,絵の具の混合,水・筆の使用,用具の手入なども絵の表現に影響したり,学習態度に関係してくることをよく考えなければならない。

 生徒は一般に表現の結果のみに気をとられて,用具・材料については案外無関心のものが多く,図画工作の学習としても,専門的な研究としてもこれらに対して適切な指導をすることがたいせつである。

 表現に必要な用具,材料については,巻末の付録を参照されたい。

6 鑑賞の材料

 鑑賞力の養成は,図画工作教育のおもな目標の一つである。

 鑑賞指導の対象となるものは,われわれが,日常生活に使用している学習用具・器物・器具・服飾・住居のようなものから,古今東西にわたる絵画・彫刻・建築・工芸の名作品にいたるまで,その範囲は非常に広いのであるから鑑賞のための資料は,広範囲にわたって準備することが望ましい。

 資料を準備するにあたっては,なるべく鑑賞価値の多い現物を用意することが,第一であるが,適切なものが得られないときは,複製品や複製画・模写・模造品・修理品などが対象になるが,できるだけよいものを用意するようにする。

 美術鑑賞の対象となる資料は,次のものが一応あげられよう。

 1) 美術品の分類

 2) 美術品の範囲およびその所在

 3) 美術の複製品

 4) 映画・スライドその他

 実物による美術鑑賞の不可能の場合や不可能のところでは,次のような方法によることがよいだろう。

7 地方の風景や建物

 教育が地域社会の実態に沿って,生徒の好ましい生活経験を豊富にするたすけとするようにしなければならないことを考えると,その地方にあって,利用できる資料は,じゅうぶんに活用することが大切である。

 風景や建物は,どの地域においても,日常容易に接することのできるものであって,喜ばれ,親しまれているものである。したがって,学習の対象として,風景や建物の美しさを味わいつつ,造形美の要素を追求したり,表現学習の対象として大いに利用することがよい。ことに地方で美術についての施設が少なく,利用できにくいところでは,直接目に触れることの多い地方の風景や建物などを対象にすることが,とりわけ意味をもってくるのである。

 1) 自然美としての風景や建物

 人工美と自然美をいかに調和させるかということは,造形美の上では,大きな問題である。自然美に恵まれたわが国では,この自然美の上によって,建築美をいっそう増すように考えられていることは,多くの例で見ることができる。

 2) 人工美としての建物や風景

8 美術館・博物館

 美術の研究や鑑賞として最もよい条件のもとにつくられているものに,美術館や博物館がある。特に近代社会の機構の上で,公共物利用という生活様式にもあてはまっていて,多くの優秀作品を一か所でよく見られることが,その特徴である。

 わが国では近年になって,美術館もしだいに増加してきたが,諸外国と比較すると,きわめて貧弱であり,今後この方面の文化促進運動の一つとして,美術館の増設を企画し,協力することも意義深いものである。

 美術館や博物館には,国立のものもあるが,多くは地方自治団体・公共団体・篤志家のコレクションとしてのものが多い。それらの美術館や博物館の所蔵品は,古今東西にわたる絵画・彫刻・工芸その他のもので,それらは,実物または複製品である。それが時代別・作家別,あるいは作品の種類別などによって主として解説づきのものにして,美術品の鑑賞は容易にできるようになっている。

 作品展示の方法としては,常設陳列・特別公開展示などの方法があり,また他の所蔵品を借り受けて,展示する場合や,現代美術の公募作品展をする場合もある。

 このようにして,美術館や博物館の規模,性質,運営などは,それぞれに違った特徴をもっているので,教師はあらかじめ,これらの美術館や博物館をよく調査して,なるべく多く見る機会を与えるように,また適切な鑑賞指導が行われるように努めなければならない。ことに地方で鑑賞指導に不便なところでは,前に述べたように,遠足・旅行などを利用して,これらの施設を生かして鑑賞の指導をすることがよい。

 美術館・博物館など一般に知られているものは付録に示しておいた。