第Ⅵ章 図画工作の学習指導
生徒が図画工作の経験を通して,望ましい能力・態度・習慣を身につけるための指導がとりもなおさず図画工作における学習指導である。
図画工作の学習指導にあたっては,およそ次に示すことなどが,その要点になろう。
1 図画工作学習指導の目標
具体的な図画工作の指導は,図画工作の教育目標や生徒の興味・能力・必要によって導かれなければならない。(第1章 図画工作教育の目標参照)
生徒が図画工作の学習を進める裏づけになるものは,生徒の成長発達を考えて現在および将来にわたって必要な問題を解決する能力・態度・習慣である。
図画工作の学習で,生徒が解決しなければならない問題は,これをいろいろな面からあげることができるが,個人として,また社会人として,基礎的な能力や応用力を身につけることから始まる。このように考えて図画工作の学習で,生徒が基礎的に身につけておかなければならない能力は,創造的な表現力・鑑賞力・理解力・技術力の四つをあげることができる。
創造的な表現力は,具体的な材料や用具などを扱い,生徒が自己の思想感情を外に表現する力をさしている。ここでいう創造的な表現力とは,単にまったく独創的な表現結果をうる力だけをさしているのではなく,学習が経験の再構成であってみれば,生徒にとっては,新しい経験はすべて創造的な表現の結果であって,この創造的な経験が過去の経験に密接に関連づけられることによって,生徒の表現力は創造的に成長発達すると考えられる。したがって単に模倣に終る経験は,そのものの意味を認めて進める以外には大した価値をもつものではない。創造的な表現に導くように指導助言を与えることこそ,学習指導における要点である。
鑑賞は,表現が自己の思想感情を外に表出するに対して,外にある自然や芸術美のよさや美しさを味わい楽しみ,その結果美的情操が高まり,広く造形的教養を身につけることが主眼である。
表現はその性質上,限られた分野に限られがちであるが,鑑賞は生徒をして広い領域にわたって,経験を得させる特質がある。
鑑賞の指導では知的な理解に至らせるような指導に比較して,感情のひびきを得させるような面が多いので,一般に指導の困難を思わせるものであるが,環境を整え,生徒が自発的にその感情にひたるように指導を進めることがその要点である。
理解は,表現や鑑賞における学習活動の裏づけになるもので,物の順序や成立ち,考え方の進め方などを生徒に的確に理解させ,この理解力が表現力や鑑賞力,さらに技術熟練の学習の裏づけになるように導かなければならない。
技術熟練の指導では,図面工作の学習を円滑に進める上に必要な基礎的な技術力を身につけさせ,創造的表現力の基礎を確立させると同時に,日常生活に必要な造形的処理力を得させるようにしなければならない。
以上あげた表現力・鑑賞力・理解力・技術力は相互に密接な関連があるので,これを有機的に身につけさせることによって,はじめて一体として,各種の能力が身につくのである。なお,これらの諸能力の指導にあたって,生徒に望ましい態度・習慣を得させることはたいせつである。
2 図画工作学習指導の過程
生徒が望ましい学習を進めるにあたって,一般にどのような過程を通るかを理解しておくことは,図画工作の教育課程を組織し,これを展開していく上に必要である。
図画工作の学習指導を進める過程としては,これにいくつかの要点を見いだすことができる。
1) 学習の目的と意欲
学習はこれがなだらかに進むには,生徒が何のために学習するかの目標を自覚し,これに導かれて進むことがたいせつである。しかもこの学習が効果ある進み方をするには,生徒がその学習に興味を覚え,効果ある結果に到達しようとする意欲に左右されるものである。
このような過程を通って生徒の学習が進むのが一般であるから,図画工作の学習指導においても,この点にじゅうぶん注意を払い,生徒の心身の発達を考え指導内容の選定にあたっても,生徒の能力・興味・適性・必要がどの程度であるか,どこに必要を感じているかをじゅうぶん調査研究して,学習の内容に対して,生徒が積極的に活動できるように,自発的の活動にまで導くように準備することを第一に心がけなければならない。
小学校の低学年の段階においては,学習する目的が児童の直接の興味によって進められるのが普通であるが,中学年・高学年になるに従がって,その興味の程度も種類も高く,また数も増してくることに気づく,これが中学校・高等学校の段階になるとさらに深化されてくることである。
すなわち瞬間的に興味を感ずるというようなものではなく,自己にとって,決定的な目標を追求するというような態度も含まれてくる。図画工作の学習指導においてももちろん興味の種類や程度は個人によって異なるが,興味が学習と並行し,生徒が健全で調和のとれた興味によって学習が進むように指導することがたいせつである。このような望ましい学習を進めるには,生徒が興味を感じ,自発的に学習を進めるに適切な指導内容を選定し,また生徒の活動を選択することが必要になる。
しかし興味について重要な一面は,前にも述べたように興味における個人差の問題である。この個人差を無視した指導計画をたてて,学習を進めることは,望ましい結果に到達することは不可能であるから,生徒各自の興味の程度や種類に沿った計画をたて,学習を進めなければならない。ただここで注意すべきは,生徒の目前の気まぐれな興味と,学習を進めることによって,興味を覚えて,永続する興味との混同を避けるように,慎重に考慮する必要がある。生徒がある目標に到達しようとして,その学習に対して強い要求をもつとすれば,その過程にどんな困難な点があっても,それを乗り越える意欲が一面に生ずるということを教師は理解しなければならない。このように生徒が積極的に学習を進めることによって,真の興味もわいてくるものである。
学習指導における興味や意欲は,重要な問題であるので,図画工作の学習指導においても,生徒の興味や意欲を無視して,計画をたてたり,その指導の展開にあたって教師が必要と認めたとの理由のみで,たとえば単なる技術習得のためのくりかえしをするということなどは,意味のないことである。
2) 知識と経験
経験は,実際にその事態に即して,試みた結果,人が何物かをうる過程である。この実際に試みたことと,人が何物かを得た二つの間に,相互の関係が理解ができ,意味が判断できた場合,学習は成立し,指導の効果もあったわけである。経験することによって意味が了解できたときに理解が成立し,またこの理解がいっそう明らかになって,他の活動に移りうる真の知識となる。であるから,知識は理解の結果であって,経験の道具となるものである。
このことを他のことばでいえば,経験は学習者が環境に働きかけ,その結果環境との相互作用的な関係をいうのであって,望ましい経験を得させるには,その経験の結果として,生徒に望ましい知識・理解・態度・習慣・鑑賞・技能が適切に身につくようにすることである。
上に述べた学習の意味から考えて,図画工作の教育課程を組織し,指導を展開する上には,生徒の過去の背景になる基礎の知識や経験を明らかにしなければならない。生徒の背景になる経験を無視した指導計画をたてたり,生徒の意欲に沿わない指導を進めても,望ましい結果に到達することはできない。であるから,まず生徒の生活の実態がどのようなものであるか,その生活によって生徒がどのような知織や経験をもっているかをじゅうぶん調査研究して,新しく図画工作の学習を通して得られる経験が,生徒の背景となっている知識や経験に密接に関連をもつようにしなければならない。このようにして生徒の知識や経験を基礎にして,図画工作の教育課程や学習指導法を考慮しなければならないことが要点となるのである。
3) 生徒の思考活動
学習の根本となるものは,生徒の思考活動である。この生徒の思考活動の発達の状態をじゅうぶん理解して,図画工作の教育課程を組織し指導を進めなければ,生徒に望ましい経験を積ませることはできない。
中学校・高等学校の生徒は,青年期に属している。この青年期の生徒がどのような思考の特質をもっているか,どのような思考過程によって学習を進めるかをじゅうぶん指導者は理解していることが必要になる。結局生徒の思考活動の実態に沿った計画であり,指導の進め方でなければ,労多くしてしかもよい結果を期待することはできない。この生徒の思考の特質については,第5章でその慨略について述べてある。
4) 練習の必要
新しい経験によって生徒が得た各種の能力は,これを安定なものとして,生徒の身についたものにしなければならない。
生徒は学習の目的をみずから意識し,これに到達しようとする意欲をもって,望ましい自発的な活動を起し,これが原動力になって試みを重ね,理解に達することができる,そして知識や考え方や,表現に対する技術力の自信ができ,次に当面する新しい学習の基礎になる能力が増してくる。しかしここでその状態を放置しておくと,その理解はくずれ,考え方がうすれ,表現技術力についても自信を失う結果になる。それを救うものは,練習であり,練習を重ねることによって,各種の能力は真に身につき,学習は完成され,習熟の機にまで達することができる。
練習は,一定の目的をもってある作業を反復する過程と,その効果を含む全過程をいうのである。練習をすることによって,一定の行動の傾向ができ,それが安定したものになると同時に,そのことが容易にまた正確にすらすらと再表現できるようになる。これは,行動が練習の初期よりも正確に速くなるためである。すなわち進歩が見られるのであってこれによって作業の量が増し,作業時間が短くなり,誤りが少なくなるなどの特徴がみられる。また,練習によって心の働きは鋭敏になり,精密になり,精神が統一されて行動は円滑になるのである。
図画工作の学習においても,新しい学習の題目や,技術の習得において,これらに最初に出合うときは,何を学習するのか,どのような過程を経過して学習が進められるかは,過去の経験の背景によってほぼ見当はついても,情緒の不安定があり,遂行しようとすることに対して自信がもてないのが普通である。しかし試みを重ねるうちに,自ら反省し誤りを正し,さらに作業を続けながら,その過程に創造力が生かされ,最初の予期した結果とははなはだしく距離をもたない結果に到達することができるものである。これは,創造的に描画の構想をいかにするか,図案の全体構成をいかにするかというような,直接的な技術的表現を伴わない段階においても,この練習の段階を経過することによって,構想がいっそうめいりょうになるものであるが,ことに実技の習得の段階では,練習がとりわけ必要で,この段階を通過することによって,技術熟練の段階に達することができるのである。
3 環境の整備
図画工作の教育課程を組織し,学習指導が生き生きと展開されるには,学校や生徒をとりまく環境を望ましいものにしなければならない。
学校は,生徒が望ましい学習を進めるにあたって,適切な環境を整えることが,何よりも必要であり,またこれを意図的に考えられたところが学校である。
学習は,生徒が,かれらをとりまく環境に働きかけ,そこから解決しなければならない問題を発見し,これに対して自発的に学習を進め,望ましい結果に到達する全過程をいうのであって,この場合環境を整えることは生徒によい刺激を与える上に欠くことのできないものである。
図画工作の学習を指導するにあたって,環境を整える上に最初に考慮しなければならない点をあげると次のようである。
1) 人 的 環 境
教師は,健康に恵まれ,一般的教養や教職的教養を身につけ,正しい人生観をもち,広い心と探求的態度をもつことが必要である。特に中学校の生徒の指導では,教師の熱意が生徒に大きな感銘を与えるものであることを忘れてはならない。
さらに図画工作の専門的領域に対しては,専門的教養を身につけると同時に生徒に同情のある心根を持って臨むことがたいせつである。
2) 物 的 環 境
教室における生徒の自発的な学習を進めるには,教室の設備や備品の充実をはかるように心がけなければならない。とりわけ図画工作の学習は,何といっても,物的施設の良否や,備品のいかんが,直接学習の結果に大きな影響を持つものであるから,なおさら積極的に,物的施設の充実をはかるようにすることが必要である。
学校においては,図画工作の施設や備品の整備の必要を感じつつも,経済的な面に左右されて,計画も実施も思うように進まないのが現状であると思われるが,このようなときは,とりわけ学校にある古い施設や備品を最高度に活用することがたいせつである。
学校における設備や備品の整え方は,一般の生産工場のそれとは異なり,作業の能率をあげることのみが目的でないため,たとえば古い設備や備品は必要によって全部を改廃することは,普通にはしないことである。学校においては,古い設備や備品に補充を加え,新しい設備や備品と一体となって活用されることが望ましいわけである。したがって,教師のちょっとしたくふうによって,一見貧弱と思われる設備や備品も,これらの全機能を発揮させることによって,生き生きとした姿に置き換えることのできるものであり,教育的に考えても意義あることであるから,このような点にもじゅうぶん注意することがたいせつである。
4 図画工作学習指導の要点
図画工作の学習指導にあたっては,生徒が全体として望ましい能力・態度・習慣を身につけることがねらいであるので,個々の能力について,わけて考えることは不自然であるが,図画工作の学習指導を考えるにあたって,一応わけてみることが便利であるので,その立場からそれらの概略について触れることにする。
1) 表現力の指導
生徒の心身の発達を基礎にして,表現力の指導では,どのような点について,具体的な目標をたてなければならないかは,第1章で述べたので,ここでは表現力養成の指導計画をたてて,これを展開していく上に留意しなければならない点についてみよう。
(1) 表現の計画を立てること。
生徒の自発的な活動と教師の指導助言によって表現の目標が決定すると,ここにそれを具体的に表現する計画をたてるようにしなければならない。この計画が適切なものでなければ,望ましい結果に到達することはできないので,この点の指導は重要な意味をもってくる。
表現の計画は,指導内容によって異なってくるが,一般に次の点に注意する必要がある。
① 表現活動に直接関係して,刺激になったり,参考になる資料を調査する。
② 参考資料を集める。
③ 全体の企画を立てたり,物によっては,図案や設計図などをかく。
④ 必要な用具や材料を整える。
⑤ 表現の順序方法を考える。
などで,表現しようとするものによって,適切に計画項目が決定されなければならない。
この計画の段階で最も重要なことは,創意くふうをじゅうぶんに働かせることである。単なる意味のない模倣は拾てなければならない。
図画工作の表現指導では特にこの点が強調されなければならない。
表現は試みてはじめて計画の不備も判明することも事実である。したがって表現の実施過程でも,不備の点がわかれば,計画も途中で変更することも考えられる。こうすることによって,かえって望ましい結果に到達することもあるのであるから,要は創造的な思考が,計画の段階でも,実行の段階でも,その背後に強力な裏づけとならなければならない。
(2) 表 現 の 実 行
表現の実行の段階では,生徒が試みて,望ましい結果に到達し,成功感を持たせるようにしなければならない。こうすることによって,将来の実行に対しても自信をもつことができるものである。
実行の段階は,生徒の表現能力と。指導内容との関係が適切であれば,容易に望ましい結果に到達するのが普通であるが。しかし試みては失敗し試みては失敗するうちに,生徒は望ましい結果に到達する表現力法をみずから発見して,学習の目標に到達する場合もある。
表現の実行の段階では,計画と実行とが交互にとり入れられて進むような場合と,初めじゅうぶん計画をたてて,その計画に従って実行を進め,結果に到達する二つの場合がある。後者においては,初めにじゅうぶん計画をたてて,必要によっては設計図などもかき,それに即して実行を進めることが望ましい学習の進め方で,もし実行の段階において,計画の不備を発見したりさらによい創造的な計画を思い浮べれば,計画の変更をして,その計画によって望ましい結果に到達する強い学習態度を身につけることが必要である。
(3) 自 己 評 価
生徒が学習した過程や,到達した結果を自己評価することは,表現力の指導においてだけでなく,他の指導でも必要になるが,表現力の指導では,具体的な作品の形となって生徒の限前に現れるので,自己評価をするには,よい機会と内容に恵まれている。
自己評価は,生徒が学習の目標を自分のものとして,これに導かれて学習を進めた結果に対して,生徒自身が評価をすることである。
生徒が自己評価をするには,生徒の直接の表現行動に対して,教師はその見所や考え方と指導することがたいせつである。次に一例を示してみよう。
(木工学習を例にとる)
① 設計図のように作品ができたか。
② 材料の利用しかたは適切か。
③ 構造は,使用目的やその他の点から考えてよいか。
④ 塗装のしかたはよいか。
⑤ 使ってみた結果はどうか。
⑥ 製作上いちばん困難を感じた点はどこか。
⑦ 製作を通して,どんな点に自信がもてて,よかったと思うか。
などの点について,自己評価をし,これを口頭で発表させたり,あるいは,記緑させておくもよい。これによって生徒は将来の学習の出発ともなり,教師は指導の立場から評価した結果と生徒の自己評価した結果を合わせ考えて,よりよく生徒を理解することもでき,教師は計画や指導の改善および将来への貴重な資料として役たてることができる。
2) 鑑 賞 の 指 導
鑑賞力のいかんは,創造的表現力と密接な関連のあるもので,表現力は鑑賞力によって裏づけられることが多い。
鑑賞の指導では,美的に表現されたものが,鑑賞の対象になる場合が多いが,単に美を対象にしたものばかりなく,日常生活に密接な関係をもつ服飾品のようなものから,少なくとも,美の構成要素をとり入れて作られたものや,また他人がそれらを使用する場合の巧みさというような面まで,広い頒域にわたって,鑑賞の対象を求めることが必要である。
鑑賞指導の具体的な計画は,まず鑑賞の対象をどのような観点から,どのような領域に求めるか,その具体的な計画はいかにするかが問題になる。鑑賞の対象は,前にも述べたように,広い領域にわたってこれを求めることが望ましい。時間的にこれを見ると,過去のものと現代のものに大きく分けることができる。過去のものとしては,先人が現代にのこした偉大な造形文化を鑑賞し理解して,そのよさに触れると同時に,鑑賞を通して先人の偉大な技術に尊敬の念を払い,またここに創作への理想を求め,また広く造形文化の鑑賞をとおして,国際理解を深めることもたいせつな要件となっている。
生徒が直接当面する生活の場面では,個人生活・学校生活・社会生活における美の構成要素によって形作られているもののよさを味わいまた批判して,自己の趣味の向上に役だてたり,社会生活の美化に関心をもつことなども,その根本に鑑賞力があってはじめて望ましい結果に到達するものである。さらに商業美術における美的構成の要素に関心をもち,よい趣味の養成や,日常生活に必要な実用品の選択にも関心を持ち,消費者としての能力を養うことなども心がけなければならない。
(1) 鑑賞指導の計画
鑑賞指導の計画にあたっては,次の点に留意する。
① 鑑賞の対象を広い領域(現在の新しいものを含める)に求めるようにする。
② 日常生活における身のまわり品や,自然のよさをも鑑賞の対象にする。
③ 鑑賞指導が思いつきの断片に終らないように組織だてて計画をたてる。
④ 鑑賞指導にふさわしい学校の環境を整える。
⑤ なるべく実物に接することができるように計画をたてて,さらに参考資料を豊富に集める。
⑥ できうれば鑑賞指導の特別室を作るようにすることが望ましい。
(2) 鑑賞指導の実行
① 生徒に親しみのある資料や実物に接するようにさせる。
② 比較的理解しやすい古今の名作を対象にして鑑賞を進め,相当鑑賞力がついたら,特定の流派などに対して,代表的作品をもとにして鑑賞力を高めるようにする。
③ 生徒の直接目に触れて起る感覚をもとにして,鑑賞の指導を進める。
④ 鑑賞の結果その感想や感銘したことを発表させたり,討議によって,思想の交換をはかるようにする。
⑤ 美術館や博物館などを見学するときは,あらかじあ,生徒に鑑賞のしかたや鑑賞する態度などについて準備の指導をする。
⑥ 鑑賞指導では,生徒がそれによって感銘し,情操が高められることが本体であるから,理論的な指導などあまりしないがよい。
⑦ 古今の名作品などの鑑賞では,ただ作品を鑑賞させるというだけではなく,作者に関係して,その作品が生れた背景となる事がらなども適切に収り入れて指導の効果をいっそう高めるようにする。
3) 知識や理解の学習指導
図画工作の学習においても,この理解の段階は重要になる。表現活動にも,鑑賞活動にも,知識や理解が裏づけとなることか多く,これによって表現活動も鑑賞活動も,活発になるものである。
図面工作の学習に直接関係して,生徒に知識や理解を得させておく必要のある項目には次にあげるようなものがある。
(1) 表現に必要な各種の材料や用具についての理解
(2) 各種の表現方法の理解
(3) 色彩についての知識や理解
(4) 美の構成要素についての理解
(5) 造形品の用と美との関係の理解
(6) 各種の表現形式・様式や流派についての理解
(7) 各時代・各地域の造形文化についての知識や理解
(8) 造形文化と,人間生活との関係の理解
(9) 造形活動や鑑賞活動がレクリエーションとして価値のあるものであることの理解
(10) 他人の表現技術に対して理解をもち,すぐれた技術に尊敬の念を払うことは社会生活上たいせつなことであることの理解
(11) すぐれた造形文化を保護することに関心をもつことが必要であることの理解
(12) その他
ここにあげた項目の指導においては,これらを単独に抜き出して指導するのではなく,他の表現や鑑賞の指導と一体となって指導することがたいせつである。
4) 技術熟練の指導
図画工作の表現指導において,熟練を必要とする項目は図画工作の一般目標や,中学校・高等学校における図画工作の目標を検討することによってこれを無数にあげることができるが,それらの指導にあたって次のような点が留意点になろう。
(1) 指導にあたっては,具体的なよい模範を生徒に示すことがよい。
(2) 生徒が現在なしとげつつある技術熟練の段階が,どの程度であるか,望ましいと思われる段階と比較して,どの点に未熟さがあるかを理解させる。
(3) 技術習得にあたっては,単なる表現のくり返しはよくないが,しかしその技術を習得するに必要な理論をただそれだけの形で与えても無理であるから,技術習得にあたっては,それに必要な理論が密接に結びつくように考慮すること。
(4) 技術習得にあたっては,失敗することや,誤りを恐れてはいけない。しかし無益な失敗をくり返したり,誤りに陥ることは,生徒の成功感を傷けるものであるから,失敗や誤りの原因をつきとめ,次の試行の段階では同じ失敗や誤りをくり返さないように絶えず発展性が認められるように指導すること。
(5) 部分的な技術習得の学習でも,これが全体にどのような関連があるかをじゅうぶん考えさせ,いつも全体の構想を頭に入れて進むようにさせること。
(6) 技術習得における練習の長さや間隔は,じゅうぶんに計画され,組織されていなければならない。この考慮を欠くときは,むだな疲労を感じ,興味をそぎ,学習者の意欲が減退するから注意すること。
(7) 技術習得の段階中に,生徒の自己評価をなしうる機会を与えること。
(8) 技術が熟練の域に達すると,作業の速度は早められるものである。しかしこれは個人差もあることであるから,一律に考えることは誤りで,じゅうぶんな個別指導が必要になる。
(9) 技術習得の途中,高原(進歩の停帯期)にきたときは,教師の指導助言の最もよい機会であるから,この機会に生徒が興味を失い,自信を失うことのないように,生徒自らの力でこの停帯期を突破して,次の進歩の段階に導くようにする。このようにすることによって生徒は技術熟練の域に達し,技術力が身につくものである。
5) よい態度や習慣をつける指導
(1) よい態度や習慣を得させるについては,生徒にむりにおしつけるということでは望ましい結果をうることはできない。態度や習慣の形成は,理解と情緒に深い関係があるので,生徒に納得のいくようにし,生徒が進んでよい態度や習慣を身につけようとするように暖かい指導と助言が何よりも必要である。
(2) 教師の態度や習慣が生徒に大きな影響を及ぼすものであることを理解しておく。
(3) 青年期に属する中等学校の生徒は,心身の発達上,新しい態度や習慣を身につけようとする意欲が大きいから,生徒のこの心理をよく理解して,指導する。
(4) 望ましい態度や習慣は,一朝一夕にできるものではないから,青年の心理を理解して,気長に絶えず指導助言を続けるようにする。
図画工作教育に直接関係する指導項目としては,次のものをあげることができる。
① 材料,用具をたいせつにすること。
② 創作力や鑑賞力を日常生活に生かすこと。
③ 他人と協力して物事にあたること。
④ 計画を実現するために努力すること。
⑤ すぐれた技術を尊敬すること。
⑥ 物事を合理的,実践的に選ぶこと。
⑦ 表現力や鑑賞力を余暇善用の助けとすること。
⑧ 表現力や鑑賞力を通して,国際理解を深めようとすること。
⑨ 自然のよさや,造形美を敬けんな気持で鑑賞すること。
⑩ そ の 他
いままでに触れてきたことは,図画工作の学習指導についての慨略についてであって,なお学習指導の評価には触れなかったのであるが,これは第9章において述べることにする。