各人が芸能教育の一環としての書道の目標に到達できるように、それぞれくふうすべきであるが、要は教師の人間性と実力とが生徒の学習活動や態度の上に、どんなに強く影響するものであるかという事実を見のがしてはならない。まことに教師と生徒とが一つ心になって学習を進めることはいっさいの方法の要けつである。
次に示す学習指導の具体例も、単元の例も一試案にすぎない。望ましい学習指導の精神を生かして、その目標を達成できるように、土地の実情に即応して、それぞれくふうすべきである。
一 芸能科書道学習指導の具体例
目標へ到達するための学習経験の一まとまりが単元である。どんな単元を選び、それをどう組織し、それぞれの単元をどう展開するかが、本章の問題である。
単元を選定するにあたって、教師はまず、生徒の経験・興味・能力や精神的、身体的発達段階や家庭状況などをじゅうぶん調査して、その実態がわかっているとともに、生徒が生活している地域社会にある資料・施設・研究機関や年中行事・習慣などについて、広く深い知識を用意しなければならない。
第二章の二においては、生徒の書道に関する経験・興味・能力の実態を、三においては、書道学習指導の具体的目標をそれぞれあげ、四においては、その目標を生徒の発達段階に応じて具体化しておいたから、これを参考として、さらに、それぞれの学校の実情に即しためやすを立てることが望ましい。そうすれば、現在、生徒は何を必要としているか、何が最も欠陥であるか、それらを満たすためにはいかなるものが必要であるかなどが明らかになり、現実に即した、必要にしてかつ妥当ないくつかの学習経験が予想せられるであろう。これらを生徒の興味や社会的要求に照し合わせて、生徒の立場から取捨選択すると、目標へ到達するために最も効果のある学習経験のまとまりができるであろう。
たとえば、生徒の日常生活において、手紙を書くことは、その機会が実に多い。その際、少しでも美しく、じょうずに書きたいという切なる願いがあろう。そのためには、手紙の形式を知っていることも、ペンや毛筆で気軽に、しかも美しく書けることも必要になってくる。
このように、社会的要求からも、生徒の立場からも、必要欠くべからざるものであるから、当然「手紙を書く」という単元が考えられる。(設定の理由)そこで、生徒の経験・興味・能力や前後の単元の連絡などを考えて、何を目あてに、どの程度に学習したらよいかを定めなければならない。(目標)そうすると、実情に即した無理のない学習経験の範囲を規定することができる。(内容)生徒の生活環境には、学習に有効な資料がたくさんあるはずである。(資料)それをできるだけ利用して、より効果的な学習を展開するのである。(学習活動)よりよい学習指導をするためには、あらゆる部面を常に注意深く観察し、反省して、改善しなくてはならない。 評価 このように単元を計画し展開するには、一般に(一)設定の理由 (二)目標 (三)内容 (四)資料 (五)学習活動 (六)評価を考えなければならない。
「手紙を書く」(硬筆)「臨書作品を作る」「かなの書き方」「展示会」などの単元について、次に具体的に例示する。これらの例を参考にして、他の単元についてもくふうしてほしい。
(一) 手紙を書く(硬筆)
2 手紙を書く場合、能率上、ペンで書くほうが普通であるから、ペンによる手紙の書き方に習熟しておくことが必要である。
3 この時期の生徒は、その生活領域がかなり広くなっていて、ペンで手紙を書くことが多い。しかし、まだ美しく書くとか、気軽に書くとかいう望ましい技術や態度はじゅうぶんではない。生徒の現在と将来の必要から、手紙を書く上の効果的な学習が必要である。
4 この時期の生徒は、他人の手紙の筆跡に関心をもち、同時に自分もより美しく、より能率的に書きたいという欲求をもつから、このような学習経験を与えることに意義がある。
2 手紙の書式をじゅうぶん理解する。
3 実用的な手紙においても、美がたいせつであることを理解する。
4 紙面を効果的に処理して、美しく、速く、読みやすい手紙を書く技術を身につける。
5 日常の手紙を気軽に書き、いつも美しく、ていねいに書こうとする態度や習慣を身につける。
2 ペン書きの手紙の収集。
3 集めた手紙の用件による分類。
4 集めた手紙の鑑賞。
5 用件による文案の作製。
6 ペンによる書写。
7 鑑賞と批評。
8 書いた手紙の発送。
2 ペン習字に適する法帖。
3 ペン字参考書。
4 生徒の集めたペン書きの手紙。
5 名家の手紙。
6 書体辞典。
2 目標を決めて、それにかなう学習計画をたてる。
3 類似した仕事によって、グループを編成する。
4 手紙をグループごとに集める。
5 集めた手紙を、書式や目的によって分類し、それぞれのグループに分ける。
6 グループごとによいもの悪いものを見つけ出し、そのよい点悪い点を明らかにする。
7 各自相手と用件にかなった手紙文を作る。
8 各自実習する。
9 各自清書して、実際に発送する。
(2) 各種の手紙において、その書式を理解し、身についたか。
(3) 文字の書き方に習熟し、紙面の処理が適切で、読みやすく、美しくまとめあげることができたか。
(4) 平素の手紙に関心をもつこともに、ていねいに、美しく書こうとする態度をもつようになったか。
(5) ペン書きの手紙に興味をもつようになり、気軽に、速く書く習慣がついたか。
(2) 資料は適切であったか。
(3) 学習指導の方法は適切であったか。
(4) 理解・技術・鑑賞・態度についての観察記録はじゅうぶんであったか。
(5) 単元の計画は適切であったか。
(二) 臨書作品を作る。
2 書の効果的な学習に欠くことのできないものに臨書がある。名跡の臨書によって、形態の美や運筆上の諸法則を体得する。
3 芸能科書道として、高い技術を身につけるためには、各種の臨書学習がなされなければならない。
2 臨書の技術を高め、それを生かす力を身につける。
3 臨書作品をまとめる力を身につける。
4 臨書と創作との関係を理解する。
5 臨書と鑑賞との関係を理解する。
6 古法書に対する鑑賞力を高める。
2 適宜の大きさによる臨書。
3 作品の仕上げ。
4 できあがった作品に対する批評・鑑賞。
2 かい書—薦季直表・黄庭経・洛神賦十三行・鄭文公下碑・張猛龍清頌碑・高貞碑、真草千字文中のかい書、孔子廟堂碑・皇甫府君碑・九成宮醴泉銘・伊闕仏龕碑・雁塔聖教序・建中告身帖・大唐中興碑・光明皇后御書楽毅論・請来目録、三十帖冊子中のかい書、松居遊見叟碑・大久保公神道碑などのうち。
3 行書——蘭亭叙、集字聖教序・孔侍中帖・姨母帖・中秋帖・温泉銘・枯樹賦・哀冊・争座位稿・祭姪稿・越洲録跋・行書千字文・杜家立成聖雑書要略・風信状・灌頂記・天平勝宝七年心経・李詩・伊都内親王願文・屏風土代・白楽天詩巻・浣花帖・左繍叙などのうち。
4 草書——急就草・平復帖、木簡中の草書、十七帖・澄清堂帖、真草千字文中の草書、書譜巻上・唐代草書写経・三十帖冊子などのうち。
5 かな——高野切第一、二、三種、寸松庵色紙・木阿彌切・継色紙・小島切・御物朗詠・曼珠院古今集・関戸古今集・針切・升紙切・大字朗詠・公任朗詠・十五番歌合・藍紙万葉集・香紙切・元永古今集、三十六人集のうち伊勢集・赤人集・貫之集、元暦万葉集などのうち。
2 学習の計画をたてる。
(2) 作品の素材と形式を決める。
(3) 学習の方法を決める。
(4) グループを編成する。
4 練習する。
5 批正を受ける。
6 作品を仕上げる。
7 グループごとに、または、全体で作品の批評鑑賞をする。
(2) 臨書に対する理解は深まったか。
(3) 選んだ法書の臨書技術が高まり、その活用ができるようになったか。
(4) 作品をまとめる力はついたか。
(5) 鑑賞力はどう変化したか。
(6) 創作への力はついたか。
(7) グループ活動は適切に行われたか。
(2) 資料は適切であったか。
(3) 学習指導の方法は適切であったか。
(4)理解・技術・鑑賞・態度についての観察・記録はじゅうぶんであったか。
生 徒 氏 名
評 価 項 目 |
|||||||||||||||
|
|
||||||||||||||
|
|||||||||||||||
|
|||||||||||||||
|
|||||||||||||||
|
|
||||||||||||||
|
|||||||||||||||
|
|||||||||||||||
|
|||||||||||||||
墨 色 | |||||||||||||||
|
|
||||||||||||||
|
|||||||||||||||
|
|||||||||||||||
|
|||||||||||||||
|
|||||||||||||||
|
|
||||||||||||||
|
2 漢字と調和できるような品のよいかなを書く能力を養うためにかなの書き方に習熟する必要がある。
2 かなの実用性を理解する。
3 かなの代表的古典を理解する。
4 かなの単体および連綿の書き方に習熱する。
5 かなの美しさを味わう。
6 かなに対する関心を高める。
2 かなの歴史的研究。
3 かなの単体および連綿の書き方の練習。
4 かなの美的表現。
5 かなの名跡の鑑賞。
2 古人および現代人の手紙・はがきなど。
3 色紙・たんざくなど。
4 日記その他。
5 公文書・届書など。
2 かなの学習経験について話し合う。
3 かなの資料にはどんなものがあるかを話し合う。
4 資料を集める。
5 集めた資料を分類する。
6 練習の計画をたてる。
(2) 単体について練習する。
(3) 連綿について練習する。
(4) 和歌一首を書く。
(5) いろいろのことばを書く。
8 批正
(2) 教師が行う。
10 鑑賞
(2) 名跡の鑑賞をする。
(2) 練習に熱意があったか。また、練習の態度はよかったか。
(3) 他の生徒の作品を次の諸点について批評する。
(ロ) 線の性質
(ハ) 配合
(ニ) 力の有無
(ホ) 墨色
(ヘ) 筆の運び方の緩急
(ト) 全体のまとまり
(2) テストによって、かなの代表的な古典がいかにわかったかを調べる。
(3) 観察したり、成績物を比べたりすることによって、かなの技術がいかに身についたかを調べる。
(4) テストによって、かなの鑑賞力がどのくらい高まったかを調べる。
(5) 観察によって、かなに対する関心がどのくらい高まったかを調べる。
(6) 次のことを反省する。
(ロ) 指導計画が適切であったか。
(ハ) 他の単元との関連は適切であったか。
開校記念行事の一環として、校内展示会を開催することになっているので、条幅や色紙・たんざく・折り帖などに書いてみることも、非常に興味のあることであり、また、今まで練習したものの効果的総仕上げの意味で、作品を制作するのも意義深いことである。さらに、それを陳列展示して、父兄や一般の人から批評を受けたり、作品の見方、味わい方、取扱方などを知ったりして、書の芸術性を理解するには最もよい機会である。
二 目 標
2 作品制作に必要な材料の選び方および作品のまとめ方を知る。
3 制作の体験をとおして、書の線に対する理解を深め、書の美に対する感覚を鋭敏にし、鑑賞の力を伸ばす。
4 制作の苦心や喜びを体験することによって、生活を豊かにする。
5 すぐれた芸術を理解し、鑑賞することをとおして、美にあこがれ、情緒生活を豊かにする態度を養う。
2 参考室の特設。
3 作品の形式や書体・書風の調査。
4 作品の制作。
5 作品の鑑賞。
6 作品の陳列。
2 条幅・額・色紙・たんざく・扇面・帖など。
3 古筆・古法帖・古文書・記録など。
4 展示会図録・書道雑誌・書道新聞など。
2 展示会に出品したことのある生徒の体験を発表する。
3 展示会の計画や実施要領について話し合う。
(2) 優秀賞・努力賞・進歩賞を出す。
(3) 参考室を特設する。
(4) 役割を決める。
(5) その他
5 各自の出品作の形式・材料などについて、話し合って、それらを決める。
6 グループを組織する。(色紙・たんざく・折り帖・条幅・半紙・硬筆などのグループ)
7 作品を作る。
(2) グループごとに学習を進める。
(3) グループごとに、あるいは全体で、作品を批評し合う。
(4) 清書をする。
9 陳列をする。
10 生徒の作品や参考室にある作品を鑑賞する。
11 入賞作品を決定する。(父兄・職員・一般人・生徒の投票などによる。特に他校の職員の意見などを尊重して。)
(ロ) 形態・運筆・章法・速度・墨色・精彩・創意、全体のまとまりはどうか。
(ハ) 作品制作の喜びを味わったか。
(ニ) 自分の作品と他の作品とを比べてどうか。
(ホ) 理解・技術・鑑賞の力がどのくらい高まったか。
批評者姓名 | ||||||
|
|
|
|
|
|
|
(4) 次のことについて話し合う。
(ロ) 学習は全体として効果的であったか。
(ハ) 各グループの学習はどうであったか。
(ニ) 装飾や陳列の方法および効果はどうであったか。
(ホ) 協力して運営したか。
(2) 指導の方法は適切であったか。
(3) 資料がじゅうぶん利用できたか。
(4) 鑑賞の指導はじゅうぶんであったか。
(5) 目標はじゅうぶん達せられたか。
(6) 他の単元との関連は適当であったか。
二 芸能科書道の単元の例
芸能科書道学習指導の具体的目標に従って、学習内容が用意されると、これがはたして生徒の学習に適切であるかどうかを吟味してみる必要がある。すなわち、生徒の経験や興味や能力に適合しているかどうか、学校・家庭・地域社会の要求にかなっているかどうかなどを調べた上、利用することのできる資料を参考にして、その学校の教育計画に適応させつつ、芸能科書道独自の単元を設定しなければならない。一度学習した単元をくり返すことも時によっては必要である。
次に掲げる芸能科書道単元の例は、もちろん一試案に過ぎない。生徒や地域社会の実情に即して、学校独自の理想的なものを作ることが望ましい。しかし、はじめ理想的に思われたものでも、実施してみると、思わぬ不満や無理や支障が発見されることもある。それらは、評価の結果、より適切なものになるための再計画がなされなければならない。表中の単元は、必ずしも全部を履修しなければならないというものではない。生徒の必要と興味と能力とに応じて適宜選択されるべきものである。また、名跡の鑑賞のごときは、随時適宜に行うことが望ましい。
初 等 の 段 階 | 中 等 の 段 階 | 高 等 の 段 階 |
書道と社会生活
手紙を書く 行書を習う かなを習う 実用書式の書き方 かい書を習う 臨書作品を作る ポスターの書き方 隷書を習う 書きぞめ 履歴書の書き方 漢字とかなの起原を調べる 記念作品集を作る |
掲示の書き方
手紙を書く 行書を習う かなを習う 鑑賞作品を作る 実用書式の書き方 かい書を習う 臨書作品を作る 展示会 日本書道史年表を作る 記念作品集を作る |
標題の書き方
手紙を書く 行書を習う 草書を習う かなを習う 実用書式の書き方 かい書を習う 鑑賞作品を作る 臨書作品を作る 装飾文字の書き方 隷書を習う 中国書道史年表を作る 記念書画帖を作る |