高等学校の生徒は、興味の方向に、生活上の要求に著しい変化を示し、特色を表わす。興味や関心のないところに妥当な学習はない。生徒の経験や能力を考えない指導計画は効果が少ない。教師は絶えざる観察、諸種の調査統計の結果の利用などのほかに、他の教師、父兄、卒業生などの協力を求めるなど、各種の方法によって、生徒の実態をとらえなければならない。
(二) 学習指導は、具体的な経験に即して行われるのであるから、あまりに孤立的、分析的な学習を計画しないようにすること。
(三) 学習指導計画には、あらゆる機会と環境を有効に利用すること。
一 高等学校教育課程における芸能科書道の位置
言語生活における文字の書写は、見る者、読む者を予想し、文字がことばの表現としてりっぱであり、かつ、文字として美的であればあるほど、相手に与える効果が大きく、書写の目的を達することが深い。文字をことばの表現として、正しく、速く、美しく書くことは、文字の生活においてたいせつなことである。この文字書写の実用面は、鉛筆・鉄筆・ペンなどの硬筆によることが多いが、大字を書くとか、長い保存を必要とするとか、改まった場合とかに毛筆を使うことはもちろんである。また、芸術的書道の大半が毛筆であることはいうまでもない。毛筆は手の筋肉の水平運動に加えて、上下運動の自由が大きいから、これを使いこなすことは高度の技術に属し、精神の集中と、平静な心構えとを必要とする。かくて、毛筆を主軸とする書道上の学習は、その文字の生活をより効果的にする上に、ことごとく役だつのである。かくて、毛筆で文字を書くということ自体と、その結果得られる書道上の心構えが、直接、われわれの日常の生活の上に役だつのである。
書道は、われわれの生活の中にしみこみ、これを創作することができなくても、これを鑑賞できるということは、人間としてその精神生活を豊かにし、その社会生活を美しくする上に役だつ。まして、書道の学習が日常の生活にうるおいを与えるのはもちろん、書道芸術を鑑賞することによって、その美的感覚を鋭くし、さらに、個性的な、創造的な自己表現が可能であるならば、その人間成長に役だつことが大きい。
かくて、芸能科書道は、文字や書道に関する望ましい習慣を身につけることによって、日常の実用に働きかけるとともに、その美を鑑賞し創作することをとおして、個人として、社会人として、また、職業人として必要な豊かな情操を養う上に役だつのである。
由来、芸術は、あらゆるむだを排除して、最も効果的に自己を美的に表現したものである。実用に直結し、芸術に発展する書道の学習は、そのまま日常の生活技術の中にとけこんで行くべき性質のものである。
われわれの国語生活、文字の生活の向上は、その根底に芸能科書道的な教育を必要とすることは、日本の文字の特殊性と、その長い伝統の必然の結果である。
それゆえに、芸能科書道は、社会生活の上からも、個人の完成の上からも、その教育課程において、重要な位置を占めなければならないものである。
かくて、学習指導の計画をたてるには、生徒の経験・興味・能力がじゅうぶんに考慮されなければならないのである。すなわち、
かくて、芸能科書道の学習指導においても、生徒の書道についての経験や興味や能力が、実際にどのようであるか、その実態をはっきりとつかみ、その上に学習指導計画をたてなければならないのである。
(二) 測定すること。
(三) 生徒に自己評定をさせること。
(四) 質問法を用いること。
生徒が書道についてどんな経験をどれほどもっているか、その興味や能力はどうであるかといっても、それは容易につかめない。ことに書道については、その実態調査は、いまだ多く行われていない状態である。
しかし、だいたいのところは次のようである。
(二) 書を学びたいという強い要求、あるいは書への興味をいだくものは、二、三の調査によって見ても、相当数に上っている。これは青年が一般に美や芸術にあこがれる傾きをもっているところからくるものであろうが、適当な指導と機会を与えるならば、それはますます助長され、ひいて、生徒の書の経験はいっそう豊かになるであろう。
(三) 書を理解し鑑賞する能力、筆を使いこなせる能力は、すでに相当に発達している。習熟の点では、なお毛筆は、硬筆に及ばないが、それでも毛筆を使いこなす能力は、すでに備わっているのであって、経験が豊かになり、興味が高まるにつれて、書写の機会に恵まれるならば、これらの能力は、さらに伸長されるであろう。
(四) しかし、ひとりひとりの生徒について見ると、それは千差万別である。生徒は、すぐに毛筆を取って思う文字を書くが、他の生徒は、なかなか筆を取ろうとしない。また、ある生徒は、たびたび掛軸を見たり、法帖を見たりするが、他の生徒は、比較的そういう経験が少ない。それは、生徒の個性とその環境とが、さまざまであることからくるのであって、書についての経験や興味、また書を書き、理解する能力は、各個人によって異なっている。すなわち、個人差が著しいということが、生徒の書道に関する経験・興味・能力の実態である。
一 書を書く経験
2 立札・掲示・ポスターなどを書く。
3 プログラムなどを書く。
4 案内状などの封筒を書く。
5 サインをする。
6 届書・願書などを書く。
7 文集などの表紙や詠草を書く。
8 展覧会の作品を作る。
9 色紙・たんざくなどを書く。
10 書きぞめなどを書く。
11 進物などの表書きをする。
12 履歴書などを書く。
13 送辞・謝辞・弔辞などを書く。
2 展覧会の作品を見る。
3 掛軸・額などを見る。
4 色紙・たんざくなどを見る。
5 碑文などを見る。
6 看板・ポスターなどを見る。
7 美しい筆跡の手紙などを見る。
8 法帖などを見る。
三 芸能科書道学習指導の具体的目標
(一) わが国の文化遺産の一つとしての書道の理解を深める。
2 文字の起原や漢字・かなの書体。書風を理解する。
3 作品の形式やそれに応じた取扱方を理解する。
4 用具の性能と使用法を理解する。
5 書の芸術性を理解する。
2 執筆・用筆など筆の使い方に習熟する。
3 点画や結体などの形の整え方に習熟する。
4 墨色の出し方について習得する。
5 文字の布置、余白、気脈の貫通など全体のまとめ方に習熱する。
6 作品の目的に応じて適宜な表現のできる技術に習熟する。
2 形の構成の美や運筆による線の変化を味わう。
3 全体から受ける気分、素材や制作意図、脈絡の貫通や余白の美しさ、墨色、表装と作品の調和などによって、作品を鑑賞する。
4 作品に表われた筆者の個性や風格などをうかがう。
5 作品に没入し、美を享受する喜びを味わう。
2 文字を尊重し、これを効果的に書く習慣を養う。
3 用具の取扱に注意し、物をたいせつにする態度を養う。
4 書を飾ることをとおして、広く環境を美しくする習慣を養う。
5 書写に専念することをとおして、おちついて専心仕事をする習慣を養う。
6 個性的な書を書くことをとおして、広く自己表現を喜ぶ態度を養う。
7 古典や名家の書を愛好することをとおして、すぐれた伝統を尊重し、その精神を生かし、国民道徳を高める態度を養う。
四 芸能科書道の学習指導計画のたて方
生徒の学習は、だいたい一か年履修者、二か年履修者、三か年履修者の三種類あるから、その学習段階は初等・中等・高等の三つに分けるとつごうがよい。
1 知識として理解する場合
ロ いろいろな学習資料を集めたり、調査整理したりする。
ハ 書道に関する雑誌・新聞・書籍などを読む。
ロ 地域によっては製紙・製筆・製墨などの実際を見学する。
ハ 神社、仏閣などで名筆・墨跡・碑文・古文書などを見る。
(2) 作品を書いたり、見たりすることによって、書の芸術性を理解する。
(3) 古筆・古法帖を習ったり、名筆や鑑賞作品を見たりすることによって、書風・書体・書式などを理解する。
初 等
1 漢字やかなの起原がわかる。
2 有名な書家の伝記や逸話などがわかる。
3 かい書の書風がわかる。
4 書の実用性がわかる。
5 鑑賞作品の形式、飾る場所、取扱などがわかる。
6 近代名家の筆跡を見てそのよさがわかる。
7 実用上の諸書式がわかって誤りなく使える。
8 筆・墨・すずり・紙の種類や使い方がわかる。
9 筆の良否の見分け方がわかる。
10 書道に関する雑誌や書籍に興味を覚える。
中 等
1 書体の変遷がわかる。
2 行書の書風がわかる。
3 書の芸術性がわかる。.
4 鑑賞作品の形式・表装・用途・保管・取扱方法などがわかる。
5 筆の性能と用紙との関係および使用法などがわかる。
6 日本および中国の各時代の書風の特徴がわかる。
高 等
1 書論や書道史に興味を覚える。
2 隷書や草書の書風がわかる。
3 古文書・古記録・古写本などのよさがわかる。
4 郷土の書道文化に興味を覚え、その価値がわかる。
5 古代の筆跡について料紙や書式や形式などがわかる。
6 書の芸術的価値がわかる。
7 筆・墨・すずり・紙の選択がだいたい自分でできる。
8 変体がなや草書のくずし方のだいたいがわかる。
生徒の学習経験には次のようなものが考えられよう。
2 古筆・碑版法帖を臨書する。
3 願書・届書などの実用的な書を書く。
4 芸術的な書を書く。
5 硬筆でいろいろなものを書く。
2 基礎的なかい書が書ける。
3 基礎的な行書が書ける。
4 基礎的な隷書が書ける。
5 かい書や行書の代表的な法帖が臨書できる。
6 ひらがなや変体がなの単体や平易な連綿が書ける。
7 条幅・額・色紙・たんざくなどが書ける。
8 ペンや毛筆で手紙が書ける。
9 用筆法になれて、漢字やかなが書ける。
10 文字の布置や・気脈の貫通が自然にできる。
11 硬筆で古筆や古法帖の臨書ができる。
12 履歴書などが書ける。
13 鉄筆でじょうずに原紙が切れる。
中 等
1 いろいろの書風のかい書や行書が書ける。
2 掲示類が書ける。
3 条幅・額・たんざく・色紙などが美しく書ける。
4 かなの連綿が自由に書ける。
5 適当な筆を選んで、いろいろなものが書ける。
6 余白を生かすことができる。
7 墨色の出し方がじょうずになる。
高 等
1 代表的な隷書の法帖が臨書できる。
2 基礎的な草書が書ける。
3 表題類がおもしろく書ける。
4 かなの散らし書きができる。
5 条幅・額・色紙・たんざくなどの鑑賞作品が書ける。
6 実用上の文書が自由に美しく書ける。
7 硬筆で芸術的な味わいが出せる。
(2) 書の所蔵家・専門家などの訪問。
(3) 生徒の作品に対する批評討論会。
(4) 書道の講習会や研究会。
(2) 名家の筆跡や古筆・古法帖などを鑑賞する。
(3) 看板・広告・掲示・ポスターなどを見て批判する。
(4) 手紙やノートや板書などの文字を批判する。
1 ポスターや広告の文字などに注意し、その批判ができる。
2 板書に注意し、その批判ができる。
3 代表的な古筆や古法帖が鑑賞できる。
4 看板・門札・碑文などに興味をもち、それらの鑑賞ができる。
5 漢字やかなの構成の美しさがわかる。
6 墨色の美しさがわかる。
中 等
1 日本の名跡が鑑賞できる。
2 日常の手紙文字について、批判ができる。
3 運筆の美しさが鑑賞できる。
4 筆者によって、書の表現のしかたの違うことがわかる。
高 等
1 中国近代の名跡が鑑賞できる。
2 作品全体に現れている気韻が味わえる。
3 用筆のおもしろさが味わえる。
4 現代の新しい傾向の書が鑑賞できる。
本章の三の(四)に述べたような具体的目標を、生徒にあらかじめ了解させておいて、生徒も教師も常に反省しつつ、理解・技術・鑑賞の学習を、その方向に展開させて行くことが、態度の学習であって、態度のための態度の学習ということは考えられない。
理解・技術・鑑賞の学習をとおして、その学習が実情に即して、計画どおり順調に進められたとき、はじめて望ましい態度・習慣が、自然のうちに身につくようになるのである。それは、理解・技術・鑑賞の各経験の累積の結果得られるものである。
したがって、書道の学習指導の計画をたてる場合には、望ましい態度を身につけうるような価値ある経験を、理解・技術・鑑賞のそれぞれにわたって、豊富に用意されなければならないのでかくしてこそはじめて、書道の学習は生活とも直結し、望ましい生活態度が身につき、ひいては、国民道徳を高めることに寄与することもできて、書道の学習が大きな意義をもつようになるのである。
五 芸能科書道の学習指導上の注意
(二) 文化遺産の一つとしての書道の理解にあたっては、芸能科図画・芸能科工作・芸能科音楽との関連をじゅうぶんに考慮して、芸術全般に対する理解に資し、豊かな教養を身につけるよう注意すること。
(三) 書道の学習指導にあたっては、他教科特に国語科との関連、商業料の文書実務との関連をじゅうぶん考慮して、実際生活から遊離することのないように注意すること。
(四) 特別教育活動特にクラブ活動・研究会などとの連絡をはかり、教室内の学習経験を最大限度に生かすことのできるよう注意すること。
(五) 小学校国語科書き方、特に毛筆による習字および中学校国語科習字との関連をじゅうぶんに考慮して指導すること。特に小学校・中学校における実用的方面との関連に注意し、小学校の国語科書き方、特に毛筆による習字および中学校の国語科習字の学習指導の効果をじゅうぶんに達成し、書道に対する望ましい習慣・態度をますます助長するように考慮すること。
(六) 書道史など知的理解を主とする場合の学習指導は、なるべく広い理解と知識をもたせなければならないが、ある一面に深入りすることなく、しかも精選された資料については明確に理解させ、また、絶えず技術・鑑賞などの学習を伴うように注意すること。
(七) 大字と小字、漢字とかな、毛筆と硬筆におけるかい書・行書・草書などの書体・書風は、芸術的に技術を学習するにとどまらず、社会生活とも密着するよう注意すること。
(八) 技術の学習にあたっては、書を楽しみ喜ぶように習慣づけること。
(九) 技術の練磨にあたっては、特徴と欠陥を速く発見し、助長と補正に努め、各人の特微をじゅうぶんに表現できるように注意すること。
(十) 技術の練磨にあたっては、書を正確に書くとともに、手本などの模倣に終らせず、創意を発展助長するように注意すること。
(十一) 示範や説明については、次の諸点を注意すること。
2 説明の中心点を明らかにすること。
3 説明だおれにならないこと。
4 説明は実地示範によって行うこと。
5 示範は大書で明確にすること。
2 用筆・結体・章法などについて、重点的に行うこと。
3 美点を称揚して、生徒の個性をじゅうぶん生かすこと。
(十四) 書道の学習が学校内にのみとどまらず、あらゆる機会をとらえて、書道に対する理解、書に対する鑑賞を深める習慣・態度を身につけるよう注意すること。