Ⅱ 評価の目的

 

 評価の目的は児童の学習の状態を知ることによって,次の指導計画を改善することにあるということができよう。次にそれらのことを列挙してみよう。

1 指導計画達成の度合を知ること

 まず第一に,児童が学習の結果,あらかじめ計画された音楽教育の目標にどれだけ近づくことができたかを知ることは最も重要なことである。指導計画は一つの標準的な望ましい目標・方向をもって作られるものであって,個々の児童全部が必ずしもそれを完遂するものではないし,またそれが自然な姿でもある。個々の児童の目標への到達の度合を知らずして,次の指導を進めることは,程度の低い児童にとってはその学習は困難なものとなり,ついには学習過程からまったくはずれてしまう。特にこのことは音楽学習のように知識や技能の練習を積み重ねて学習活動を進めていく教科において著しい。

 クラス全員の中における各個人の学習到達の位置を知るとともに,それぞれの個人が自分として新しくどれだけ達成し得たかを知ることがたいせつである。

2 指導計画は適正であったかどうか

 指導は児童の精神的,身体的の発達の段階に応じて行われなければならない。教師中心の学校では,児童はあらかじめ教師によって計画立案された教育目標を達成しなければならなかった。しかし,新しい教育においては考査測定の結果,児童の学習活動の状態を知ることによって,指導計画が適正であったか否かを知り,児童の発達の段階に応じて是正され,改善されていくべきであろう。

3 児童の能力・興味・欲求を知ること

 学習活動において,児童はそれが自己の能力に適合し,その内容に興味を持ち,かつ自己の欲求と合致しているとき,自発的,積極的な学習活動を行うものである。

 たとえば,ここに低学年の歌唱の指導をしようとする。その歌曲の音域は,その児童の声域に合っている・音程・リズムなど児童の歌唱能力は,その歌曲の学習にじゅうぶんである。簡単で明快なリズムであるので,カスタネットで打つにもちょうどよい。その題材や曲想は児童の最も身近な興味あるもの,生活の中にあるものであって,児童はそんなふうなスキップのfリズムの身振りがしたくてたまらないとする。こうしたときに,その学習はきわめて自発的に積極的に行われるのであって,教師は常にこうした児童の能力・興味・欲求を,考査や測定・観察によって知っておく必要がある。

4 指導法は適切であったか

 いかに指導計画が正しく,児童の能力・興味・欲求に基いて行われても,教師の指導法が適切でなければ,その学習はじゅうぶん効果をあげることはできない。教師は,考査や測定,あるいは観察の結果などによって,指導法がどうであったかを知り,その研究改善をはかることがたいせつである。たとえば,歌唱指導において,教師の発声の指導法が適切でなかったなら,いかに計画はよくとも学習は進まないのみならず,ついには児童が歌唱をきらいにさえなってしまうことがある。

5 教材は適切であったか

 3項において,学習活動が児童の能力・興味・欲求に基いてなされねばならないことを述べたが,教材の選択も同様な立場から常に適切であったか否かを知って,その選択の改善を期すべきであろう。

6 指導目標達成への障害を知ること

 学習の過程において,児童は教師の予期しないところに困難を感じ,学習への意欲を失うものである。たとえば,特にある児童の音域が一般のそれより狭いため,歌唱が苦しく,いやになったり,拍子がとれないために音楽を聞いても少しも興味を感じなかったというようなことはよくあることである。

 教師は考査や観察などによって,その内容を考察し,児童が学習の過程において困難を感じている障害を取り除いてやらなければならない。

7 次の指導計画改正の基礎資料とすること

 以上の各項で述べた事がらによる資料を基礎として,次の指導計画や教育課程の改正が行われることは非常に重要なことであって,そこに日々成長する児童の生活を基調とする教育の意義がある。もし,これらによる改善が考えられず,教師の一方的な指導計画のみによるとしたら,そこには児童の個性に立脚した自発的な学習は行われず,常に上から与えられた教育が行われるであろう。

8 考察や測定自体が一つの学習活動でもある

 適切な考査における問題が非常に印象強い学習であることは,だれもが経験するところであろう。適切な考査はその学習の目標を明示し,方向づけをすることにもなり,児童はそれによって学習の目標をはっきりとらえて,自己のすぐれた点や欠点を知り,自己の長所を生かして短所を補うことができる。