Ⅴ 創造的表現の指導法

 

1 創造的表現指導の意義

 人間は生れながらにして自己表現意欲をもっている。つまり,われわれは,自分のもっている思想や感情を,なんらかの形で表現しようとするのが普通であって,単純卒直で未分化な幼児ほど,思ったことや感じたことをそのまま表現しなければ気が済まない。歌を覚えると必ずそれを大声で自由に歌わずにはいられないし,音楽を聞くと無心に手足を動かさずにはいられないのである。そして,そのような,自由に自己を表現しようとするところに自己本来の姿である個性が発揮されるのであって,それは創造力へと直接発展する。いわば,創造力の芽である。この生れながらにしてもっている創造力の芽をすなおに伸ばし,発育させるのが創造的表現指導なのであって,音楽の学習においては作曲活動が当然その中心になるであろうが,少なくとも小学校の過程においては,もっと広い意味の自己表現全体を指導すべきである。したがって,歌唱においても,それが他人の作曲であるにせよ,いっそう自分のものとし,自己を通して表現されるかぎり,それはやはり自己の創造的な表現活動の一つとして考えられる。また,楽器でリズムを表現することも,音楽を聞いてそれに合わせて身体的な活動をすることもこれとまったく同様である。こうした自己表現の総合的な指導の中に,音楽的な創造を開発し,徐々にこどもにふさわしい作曲活動にはいっていく。そうして自然に自己の創造的な表現活動を経験することによって,音楽を内面的に深く観察する結果となり,ことばでいい得ないところの音楽の真随に直接触れ,それを体得することができるようになるのである。

 音楽は学習すること自体が表現活動にほかならないのであって,そこに児童なりの自己を通じ,創意を織り込んだ学習はすべて創造的な表現活動ということができる。いいかえれば,単に作曲的な活動ばかりでなく,歌唱・鑑賞・器楽の指導を創造的に取り扱うことによることが,この指導の内容であるということができる。学習した歌曲をすっかり自分のものとして,その歌曲にふさわしく解釈して歌うこと,音楽を聞いてその曲にふさわしく自由に身振りをした歌遊びをすること,器楽曲をその曲に合うように表現するにはどのように演奏したらよいかをくふうさせること,日常会話に用いる短いことばや呼び声をそれに合うように節にしてみることなどは,すべてこの指導の内容とするところであって,こうして,徐々に児童の音楽的な創意がじゅうぶんに発揮される作曲活動にまで進めていくことができる。

2 創造的表現指導の方法ならびに指導上の注意

 前項で述べたような創造的表現力は,どのような基盤によって発達するものであろうか。

 次にその2,3をあげてみよう。

1) 音楽的な経験を豊富にすること。

 めいりょうなリズム・美しい旋律・形式や旋律のわかりやすくしかもよく整った歌曲や音楽を,たくさん聞いたり,暗唱したり視唱したりして,それらを完全に自分のものにすること。つまり,音楽の学習を着実に行うことが創造力を伸ばすゆえんである。

2) 想像力を刺激すること。

 児童の想像力は,おとなの考え及ばないほど豊富であって,童話などでも,自由に動物や植物を人間化し,でたらめと思われるようなできごとであっても,別に不思議とは思わない。児童の指導においては,自由にかけめぐるかれらの想像力を刺激し,さらに,それをいっそう豊かにすることは,創造力を発達させる上に忘れてはならないたいせつなものである。

3) 模倣性を指導すること。

 児童はまた,模倣性が強い。教育はすべて模倣から始まるといっても過言ではない。知識・技能はもちろん,品性や道徳に至るまで模倣を根底として発達しながら,漸次自己を完成していくのである。音楽における創造力も,やはり模倣することから始まり,いろいろな音楽的経験・表現法・技能を模倣し,くふうし,錬磨することの中に,しだいに独創性が現れてくるものである。もちろん独創力は個性によってその発達に遅速の差が多いのではあるが,最初は模倣からつちかわれるものであることには変りない。ことに小学校においては,その精神的,身体的発達の段階から考えて,きわめて特殊な児童を除いて,真の独創力の発揮を期待することは無理であって,正しい模倣のあり方を指導することはきわめてたいせつなことである。

4) 即興の能力を養う。

 児童の行動上の性格は,元来散発的,瞬間的であって,持続性・計画性の少ないのがその特徴でもある。これは未分化で思想の固定しないところからくる児童の天性のしからしむるところであって,この傾向は低学年の児童ほど著しい。この「思いつき」の力を指導すれば,即興の力を伸ばすことができる。即興の力は,創造力と表裏の関係にあり,互に作用することによって進展するものである。

 どんな大きな楽曲でも,その根本となるものはわずか数音からなる動機であり,逆に動機を発展・変化させることによって,大きな楽曲が構成されるのであるが,その動機は,ちょっとした思いつき,すなわち即興の力によって得られる場合が多い。これは創作上きわめて重要で,欠くことのできない能力である。もちろん児童にそのようなことを要求するわけではないが,思ったことを卒直に表現する性格をもったこの時期に,このような重要性のある即興の能力を養うことはたいせつなことである。

5) 批判力を養う。

 演奏や作品に対する批判力を養うことは,創造力を発達させる上にきわめて必要なことであって,これは児童の心理的発達の段階からみて,おもに高学年において指導すべきである。

6) 音楽語いを豊富にする。

 文章を書くのに,たくさんの「語い」をもっていることが,自由な表現をする上にたいせつなことであると同様に,音楽的な創造力をじゅうぶんに発揮するためには,児童に豊富な音楽語いを身につけさせることが必要である。そしてそのためには,よく聞く習慣を養うこと,そして得た音楽語いを反復練習し,じゅうぶん自分のものとしてしまうこと,そして,無意識的に活用しうるまでに消化してしまうことが必要である。

7) 読譜力と記譜力を身につける。

 創造的表現の指導に限らず,音楽の学習には,読譜力と記譜力を身につけなければならないが,特に,旋律や和音を読譜したり記譜する能力は,作品を保存するばかりでなく,即興旋律の備忘,作品のくふうや批正などに必要である。

 以上述べたようなことは創造力を発達させるための背景となる,きわめてたいせつなことであるが,これには精神的な指導,すなわち,適当に鼓舞・激励・賞揚して創造を楽しむ態度,だれにでもできるという気持,自分にもりっぱにできたという成功感,よいものができたという満足感などを与えるような指導がたいせつであろう。

 このような基礎の上に立って,創造的表現の指導は,児童の発達の程度,音楽的な環境,音楽的な能力のいかんに応じ,あらゆる音楽活動の立場に応じて,それに適する方法を教師がみずからくふうして実施することが望ましい。次にその例として2,3をあげてみよう。

1) いろいろな音楽学習を創造的に取り扱うこと。 a. 歌唱指導の創造的な取扱

○ 知っている歌を自分の気持のままに解釈して歌わせる。

 どう歌ったらその歌の気持に合うように歌えるか。静かな歌や勇ましい歌はどう歌えばその気持が現れるかなど,その曲趣に応じた歌い方をくふうさせる。

○ 創造的な態度で聞く習慣をつける。

 友だちやラジオの歌を聞いて,自分の気持とどう違うかを比較させる。

○ 身体的に表現させる。

 歌唱のリズムに合わせて,自由に身振りや遊戯をさせたり,歌詞や曲の内容をとらえて歌遊びをさせる。

○ お互に指揮をさせる。

 お互に自分の気持をこめて指揮をさせる。

b. 器楽指導の創造的な取扱

○ 自分の気持のままに演奏させる。

 どのように演奏したらその曲の感じが表現できるかをくふうさせる。

○ 鑑賞的な態度で聞く習慣をつける。

 友だちやラジオの演奏を聞いて,自分の気持とどう違うかを比較させる。

○ 身体的に表現させる。

○ お互に指揮をさせる。

○ 自由にリズミカルな表現をさせる。

 軽い動作で,自由に拍子やリズムをとらせたり,歌唱に合わせていろいろな楽器で自由にリズム打ちをさせる。

○ 楽器の組合せをくふうさせる。

 楽器の音色をとらえて,いろいろな組合せ,編曲をくふうさせる。

c. 鑑賞指導の創造的な取扱

○ 音楽を聞いて,身体的な表現をさせる。

 レコード・ラジオ,先生の範唱・範奏,ともだちの歌など,よい音楽を聞いて,そのリズム・旋律・和音をとらえて,スキップ・かけ足・ダンスなど,身体の動きとして表現させる。

○ 聞いた音楽を自由に解釈させる。

 聞いた音楽の感じを,文章や絵に発表させたり,劇にくふうさせたりする。

2) 簡単な旋律を即興的に口ずさませる。 a. 導入的な指導

○ 日常会話に用いる単語や短いことばを旋律化させる。

 旋律的な高低をくふうするためのよりどころとして,ことばのアクセントをもととして節づけさせる。

○ 擬声音を旋律化させる。

 動物の鳴き声や呼び声・大鼓の音・雨だれの音など,その感じを表わすように節づけさせる。

○ 節の問答や歌遊びで,即興的に旋律を歌わせる。

 節の問答を,先生と児童や児童どうしで行ったり,自由な節づけで対話遊びをする。また,劇中の問答やせりふを即興的に節づけさせる。

b. 旋律創作の準備的な指導

○ 音楽を聞いたり,楽譜をみて拍子を発見させる。

○ 知っている旋律や,未知の旋律の小節の位置を変えて,順序を考えさせる。

○ 知っている旋律の拍子を変えたり,リズムを変えて,その感じの違いに気をつけさせる。

○ 知っている旋律に似た旋律を作らせて,その感じの違いを比べさせる。

○ 知っている旋律や,自分で作った旋律に歌詞をつけさせる。

c. ややまとまった旋律創作の指導

○ 空白を埋める練習

 旋律中の1音ないし数音を,その旋律に合うように入れさせる。

○ 旋律の終止を理解させる。

 旋律の終上の2,3音を,いろいろ変えて,その感じの違いを比べさせる。

○ 拍子やリズムを理解させる。

 任意な一連の音に,自由に拍子やリズムをくふうして旋律に仕上げさせる。

○ リズムによって旋律を作らせる。

 リズムのみを決めて,それに合う旋律をくふうさせる。

○ 短いことばや詩に合わせて,旋律をくふうさせる。

○ 旋律の一部を与えて完成させる。

○ 形式の整った旋律をくふうさせる。

 一部形式・二部形式・小三部形式を模倣させたり,一部分を与えて完成させたり,全体を作らせたりする。

○ 簡単な楽曲を作らせる。

 親しみやすい標題を与え,あるいは児童に選ばせて,器楽曲をくふうさせる。

○ 編曲をくふうさせる。

○ ハ長調以外のいろいろな調子による旋律や弱起による旋律を作らせる。

○ 音楽劇や行事の歌,クラスの歌などを作らせる。

3) 作曲の初歩的な指導 a. 和音や和声の指導

○ いろいろな和音を経験させる。

 おもに1度・4度・5度の和音を合唱したり,分離したり,分散和音唱をしたりさせる。

○ 終止形合唱によって,和音の機能を理解させる。

○ 和音の組合せをくふうさせて,二部合唱や三部合唱をさせる。

○ 組み合わせた和音から単音の旋律を抜き出して,その関係を理解させる。

b. 旋律や形式についての指導

○ いろいろな音の進行・順次進行・跳躍進行・平進行・反進行などについて理解させる。

○ 動機や旋律型の反復・模倣を,知っている教材について理解させる。

○ 終止・段落について理解させる。

○ 旋律の頂点について理解させる。

○ 旋律型・リズム型などについて理解させる。

○ いろいろな曲の形式について理解させる。

 従来とかく行われたように,楽譜の上だけで創作をするより,実際の音を考え,歌い,聞き分けて旋律を考えたり比べたりする。また,それを楽譜に書きとめる態度を作ることが望ましい。このためには楽譜を見てすぐ歌ったりひいたり,あるいは考えた旋律や和音をすぐ楽譜に書く力を養うこと,つまり楽譜を通じての音楽生活のしっかりした基礎を作ることがきわめてたいせつなことである。