第Ⅳ章 音楽経験の指導法

 

Ⅰ 音楽経験指導上の基本的諸問題

 

 音楽経験を指導する場合の基本的な問題として,次のようなものをあげることができよう。

1 指導の目標は,どのような基礎の上に設けるか。

2 目標実現のための指導計画は,どのような点に考慮して立てるか。

3 音楽学習の効果をあげるには,どのような配慮が必要か。

4 指導上の一般的な注意として,どのようなものがあげられるか。

 以下,これらについて簡単に述べてみよう。

1 指導目標の設定

 指導の目標は,常に児童の実態の上に設けなければならない。

 指導の目標は,他人の物まねであったり,教師の自己満足のためのものであったり,目標のための目標であつてはならない。児童の音楽経験についてのいろいろな調査を行い,児童の音楽的諸能力の発達設階および音楽への興味や欲求,ならびに社会の必要などを観察して,少しでも現在の児童の生活が向上しうるという,教師みずからの客観性のある自信をもって実現することのできる,児童の立場をよく考えた目標でなくてはならない。

 この本の第Ⅲ章に示されている各学年の指導目標は,音楽教育の目標から具体化されたごく一般的なものである。すなわち,広く児童の一般的な成長発達に照し,児童の一般的な必要や,一般社会の必要を考えて設けられた基準を示しているのである。それゆえ,地域社会や個々の学校の指導目標を設定するにあたって,最も重要な資料であり,基本的な示唆を与えるものである。

 地域や個々の学校では,これを参考として,その地域社会や児童の一般的な必要に欠けているものを補い,程度の合わないものを修正したりして,その地域社会,その学校の特殊事情を反映した指導目標が設けられなければならない。

2 指導計画の立案

 目標実現のためには,教育的および音楽的な立場から,科学的,能率的な指導計画を立てることが必要である。

 科学的,能率的な指導計画を立てるには,次の事がらがじゅうぶんに考慮されなげればならない。

1) 児童の音楽的発達設階を知るために,実態調査を行うこと。

2) 従来の学習経験が,さらに系統を追って発達するように構成されること。

3) 音楽の諸要素(リズム・旋律・和声その他副次的な要素)に対する感覚が,漏れなくかつ有機的,発展的に指導されること。

4) 歌唱・器楽・鑑賞・創造的表現・リズム反応などの実際活動が,相互に内容上の発展的なつながりをもって指導されること。

5) 他教科ならびに教科外の諸活動との密接な関連が考慮されていること。

6) 児童の日常生活経験との密接な関連が考慮されていること。

7) 教師の教養や指導経験が,じゅうぶんに生かされること。

8) 時間割が適切であり,指導時間が有効に使われること。

9) 校舎の設備・備品などが考慮されること。

10) 学校や地域社会の音楽教育に対する理解や関心の度合を考慮すること。

11) 弾力性をもち,実施の過程での修正が予想されていること。

 第Ⅲ章に示した各学年の指導目標ならびに指導内容は,前項でも触れたように,一般的な基準である。各地域社会・各学校では,これを重要な参考資料とし,上記のような事がらを考慮して真に地についた指導計画を立てなければならない。

 なお,つけ加えておきたいことは,指導の計画は綿密に立てなければならないが,実際指導にあたっては決してそれに固執してはならないということである。教師の教育的意志のみによって計画に固執すると,指導の流動性を失い,児童の自然な活動を抑制する恐れがある。したがって,指導の実際にあたっては,計画に対する児童の反応を敏感に察知して,その場の動きに応じる適切な指導が行われなくてはならない。

 すなわち,指導の計画にも弾力性をもたせると同時に,その実施の過程においては常に評価をおこたらず,いっそう望ましい指導を行うように努めなければならない。

3 効果的な学習指導法

 音楽学習を効果的に導くための要点として,次のようなものがあげられる。

1) 総合指導と中心活動

 小学校においては,歌唱・器楽・創造的表現・リズム反応などの表現活動と,鑑賞などの感受活動が,それぞれ独立した学習として行われることなく,相互に深い関連をもちながら,総合的あるいは統合的に指導されることが本体である。

 さらに,音楽の諸活動を能率的に高めるために,中心活動(たとえば歌唱活動を中心とするなど)を設けて,ある期間重点的に指導することもたいせつである。中心活動あるいは強調すべき主題を設定して,さまざまな活動を集中し,目標に向かって有効かつ確実に音楽的能力を伸ばすことは,望ましい指導の方法である。

2) 個人指導の徹底

 個人の音楽的諸能力を,最も適切に伸ばす唯一の道は,個人指導である。教育はけっきょく,教師が児童のひとりびとりを,どこまではあくするかにかかっている。音楽の指導は,その性質上,いっせい活動が比較的多いが,努めて個人活動を多くし,各個人の能力の程度および個性を発見して,個人に適切な指導を与えるように努めることがたいせつである。

3) 自発活動と創造的表現活動の奨励

 音楽学習を効果的に導くためには,まず,児童みずからが,音楽の美しさを求め,しかも楽しむところの心情や態度を育てるようにしなければならない。そして,それがもとになって,独創的な表現活動ができるような指導の方法がたいせつである。すなわち,教師は,自発活動と創造的表現活動の奨励を心がけなければならない。そのために,考慮されるべきいくつかの項目をあげると,次のようになる。
   a. 教材の選択や指導の方法は,常に児童の発達段階に即したものであること。

 
b. 児童自身にも学習の計画をもたせること。すなわち,教師の計画に,児童の希望や計画を加えた共同立案であることが望ましい。

c. 成功の喜びを味わわせること。成功による満足感は,以後の学習をおのずから自主的に活発ならしめる動機となる。時に困難な事項でも,それに成功すれば,いっそう自信に満ちた積極的,自発的な音楽学習が行われるようになる。

d. 学習の環境を豊かにし,かつ,機会の自由を与えること。たとえば,努めて児童の希望する音楽を与え,好む楽器を与え,歌いたいときにはほかの活動に支障のないかぎり歌わせるようにする。このような自由は,学習の中に児童の音楽的な趣味の芽ばえをはかり,しだいに,芸術的,創造的に高いものへと導いていく。

e. 創造的,個性的な指導を行うこと。たとえば,一曲の歌を歌うにも,ひとりびとりに歌い方をくふうさせるとか,同じ音楽でもそれぞれ個性的,創造的に聞かせるようにすれば,自発学習がいっそう活発なものになる。

f. 楽しい学習指導を行うこと。小学校の音楽学習指導は,原則として楽しいものでなければならない。もし時間の節約や特殊な目的(たとえば音楽会・研究会など)のために,計画を強要するような場合でも,より高い段階で音楽を楽しませ,自発学習を促進するような方法で行わなくてはならない。深い思慮を払わず,単に能率だけを上げようとするときは,一時的に能力を高めうるかもしれないが,かえって音楽をきらう児童をつくる心配がある。

4 指導上の一般的な注意

 音楽学習を指導する場合の一般的な注意事項として,次のようなものがあげられる。

1) 一般に,学習は全体から部分に進むことが望ましい。

 たとえば,一曲を完成する過程において,曲の初めから終りまでを通してくり返すうちに,必要があれば部分の練習を行って,しだいに細部をかためていく。

2) どのような学習活動を行う場合でも,音楽を感じとる力や,表現をする技能を発展させるように指導する。

 たとえば,歌唱にしても器楽にしても,常にその音楽のもつ感じを味わい,そしてどのようにすればじょうずに表現できるかをくふうさせる。

3) 学習は,単純なものからしだいに複維なものへ進むように計画する。

 指導の目標を達成するための資料や学習活動は,単純なものからしだいに複維なものへ系統的に配列する。

4) 技術や知的理解の指導は,豊かな音楽経験の上に育てる。

 技術は,あくまで音楽の表現力を増すために指導するのであることを忘れてはならない。また,楽譜を読むために必要な知識や,楽器・作曲家などに関する知識・理解の指導は,決してそれが孤立することなく,音楽活動の中で行われるようにしなければならない。

5) 新しく知ったこと,身につけたことは,その場限りのものとして終ることなく,以後あらゆる音楽経験の学習に発展的に生かすように指導する。

 たとえば,強弱記号やその表現法について理解したならば,歌唱のみならず,器楽・創造的表現リズム反応のすべての表現活動に生かすように指導すべきであるし,ひいては,鑑賞の場面にいても,強弱の表現が音楽表現の上に重要な役割を果すものであることを注意させるような指導をする。

6) 用いる方法は,すべて児童の発達の程度にふさわしくなければならない。

 たとえば,読譜指導の場合,最初は感覚的な面を強調した聴唱的な方法をとり,知的発達に伴って漸次本格的な視唱法にはいるような指導が望ましい。また,リズムの指導において,最初身体的動作に訴えて身につけさせ,しだいに視覚に訴えて表現させるようなこともその一例である。

7) 一定の型に固定せず,必要に応じて変化ある学習形態を用いる。

 前にも述べたが,音楽学習はその性質上,いっせい学習の行われる場合が多い。しかし,決してそれのみに固定せず,器楽の指導や,知的理解の指導の場合などは,グループ学習や個人学習などが大いに奨励されなければならない。