児童の音楽的発達として,特に取り上げるべき項目に次のようなものがある。
2 児童の音楽的個性はどうか。
3 歌唱能力はどのように発達するか。
4 楽器の演奏能力はどのように発達するか。
5 鑑賞能力はどのように発達するか。
6 創造的表現の能力はどのように発達するか。
7 リズム反応の能力はどのように発達するか。
8 読譜記譜の能力はどのように発達するか。
1 児童はどのように音楽を学習していくか
模倣的・興味的学習から自発的・創造的学習へ,感覚的・直観的学習から知的・論理的学習へと進むのが一般的な傾向である。
このような例によってもわかるように,児童の音楽活動の場がどのようであるかを知ることによって,かれらの音楽的な傾向や能力などを知ることができるというぐらい,周囲からの影響は大きいものである。しかもこのことは,小さな児童ほど著しい。学校全体の音楽活動,特に受持の教師の音楽に対する関心,音楽的な交友,家庭の音楽的環境などは,児童に影響を与える代表的なものである。
ところで,このような自発的,創造的な学習は,読譜や記譜の学習を始めるはるか以前から行われているものである。自己の解釈によって自由に歌ったり,楽器を演奏したり,身体的リズム表現をしたり,ことばにふしづけをしたりすることはその例である。また,以上のような自由に解釈をする機会に恵まれれば恵まれるほど,音楽経験を重ねるに従って,内容や感じを音楽的に解釈して,自発的,創造的に表現できるようになるのである。
たとえば,同じ楽典的な事項を学習するにしても,低学年の間は,実際に耳で聞き,目で見,しかも身体的な動きを伴って理解するのであるが,学年が進めば,知的,論理的に学習できるようになるのである。
なお,この項に関連深い想像と記憶力とについてつけ加えておこう。
想像は創造力の根本である。児童は本来,豊富な想像力を持っているが,これを音楽活動の面で活発に活動させることによって,創造的な面をいっそう伸長させることができる。
また,児童は鋭敏な記憶力を持っている。その記憶力は,一般的な傾向として,低学年では聴覚的記憶力にすぐれ,中・高学年に進むに従って視覚的記憶力が強化される。しかも,これらの記憶力は.知的,論理的な思考力の発達と関連して発達する。しかしながら,小学校時代においては,一般的には論理的な記憶よりは機械的な記憶のほうがすぐれている。また,記憶力は,適切な訓練によって発達するものである。
上述の事がらから,知的理解の指導や読譜指導の開始時期ならびにその方法などが考え出されるし,記憶力の活用による音楽学習指導法のあり方などについて知ることができるのである。
2 児童の音楽的個性はどうか
音楽学習は感覚的,技術的な面が非常に大きく取り上げられるのであるが,この両面は,個々の児童の素質や環境(教育も含む)に支配されることが多い。しかも,これが,児童の音楽的な興味や能力の上に大きな個人差をもたらす要因になっている。
たとえば,家庭における音楽的ふんい気(父母兄弟などの音楽教養),学校における音楽的環境,特に学級担任の音楽教育に対する関心,さらにラジオ放送やレコード・映画などが地域や児童の音楽的個性の面に大きく影響する。
このような音楽的個性は,学年が進むにつれて,しだいにはっきりしてくる。教師は,音楽活動の各分野を偏することなく行い,児童の自由な表現や解釈を尊重して,各自の能力や傾向を発見し,個性に応じた発達を促すことに努めなければならない。
3 歌唱能力はどのように発達するか
歌唱能力の発達については,次のような事がらをあげることができよう。
児童の歌唱能力は,リズムや音程などをどの程度の正確さで表現するか,発声法の会得はどうか,声域・表現力または解釈力の度合はどうかなどによって,その実態を知ることができる。
2) リズムを注意して聞くことが歌うことに先んじる。
幼児や低学年の児童は,リズムに対して鋭敏に身体的な反応をする。まず,音楽の根本的要素であるリズムから,音楽の楽しさを味わい,それがもとになって他の音楽活動へと発展していく。
3) 注意して聞くことは,りっぱに歌うことの基礎になっている。
注意して聞く機会を多く持つほど,耳の鋭敏さが増し,それが基礎になってより高い表現ができるようになる。注意して聞くことは,適切な指導と練習とによって向上する。
4) 暗唱すること(聴唱法で歌うことを含む)は,すべての読譜行為(視唱法で歌うことを含む)に先んじる。
習った歌を,いつどこででも歌えるように身につけること,すなわち,聴覚に訴えて数多くの暗唱歌を持つことは,自然のうちに,各種のリズム型・旋律型・その他いろいろな要素をはあくして,読譜行為を円滑に発展させることができる。また,階名で暗唱することは,読譜能力をつちかう上に,重要な意義を持つ。
5) 歌曲に対する興味の傾向。
低学年の児童は,まずリズミカルな歌曲を歌うことに興味をおぼえる。そして,徐々に,旋律的なものへ,また和声的な歌曲の唱謡へと発展していく。一方学年が進むに従って,しだいに高度な歌唱技術を要求する歌曲の唱謡へと進むのが,一般的傾向である。
6) 輪唱・合唱の能力。
旋律や和声に対する関心や理解力が深まり,他方,社会性・協力性の発達に伴って,輪唱や合唱の能力が向上していく。和声に対する感覚や,合わせて歌う能力は,環境の影響を受けることが大きい。
7) 歌唱の表現力。
発声器官の発達に伴い,声域は拡充され,発声法もくふうされるようになり,さらに,フレーズの表情深い表現や,意味,目的を理解して自覚的に歌えるようになってくる。だいたい,5年から6年ぐらいが,児童の声としてほぼ完成される時期である。
8) 声域の発達。
歌唱教材は児童の声域の発達と関連がなければならない。標準と思われる声域は次のようなものである。
9) 国語の理解力や日常の言語生活と歌唱能力。
国語の理解力や表現力,ならびに日常の言語生活が,発声器官の発達や歌曲の表現力に与える影響は相当に大きい。一般に,劇的表現の巧みな児童が歌唱表現にすぐれていることや,日常乱暴で大きな声をはりあげている男児が,柔らかい豊かな発声表現に困難を感じている事実などは,そのよい例である。
楽器の演奏能力の発達については,次のような事がらをあげることができよう。
児童は,身のまわりに感じられるいろいろな音やリズムに対して,非常に興味を持つ。この傾向が,やがて楽器の演奏への意欲となって現われる。児童は,各種の楽器をもてあそんだり,音色を比べたり,物をたたいていろいろな音やリズムを表現するというような諸経験を通して,楽器の性能を発見したり,演奏法を身につけていく。
2) 楽器で楽曲を演奏する前に,次の事がらが先行する。
b リズミカルな身体的反応。
c 歌唱活動。
3) 用いる楽器ならびにその用法は,次のような段階をたどる。
まず,用いる楽器は単純なものから複雑なものへと進む。すなわち,最初,大まかな動作によって演奏できる簡単なリズム楽器を用い,学年が進み,身体の小筋肉の発達に伴って巧ち性が増してくると,少し複雑なリズム楽器と簡単な旋律楽器の演奏が可能になってくる。
次に,児童は最初,個人的に楽器の演奏を行うが,協力性や社会性の発達と,知的,論理的思考力の発達に伴う読譜能力の発達に伴って,より困難な合奏表現への参加が行われるようになる。3年から4年ぐらいになると,学級合奏団を組織したり,学校合奏団に参加することが可能になってくる。
4) 演奏の機会を多く持ち,絶えず奨励されれば,演奏能力は発達する。
演奏をしたり,発表したりする機会を多く持つほど,演奏への興味や演奏能力が高まり,したがって音楽に対する理解や読譜能力も向上する。また,絶えず奨励されれば,児童自身もよりじょうずになろうとして練習するので,しだいに演奏能力が発達する。
鑑賞能力の発達については,次のような事がらをあげることができよう。
音楽を聞くということは,リズミカルな身体的表現・歌唱・楽器の演奏・創造的な諸活動などの基礎となっている。したがって,このような諸活動の裏づけとして鑑賞能力は発達する。
2) 楽曲に対する興味の傾向。
児童はどのような楽曲に興味を持つかというと,「歌曲に対する興味の傾向」のところで述べたと同じように,最初,リズミカルな音楽に興味を持つが,学年が進むにつれて旋律的なもの,和声的なものへと向い,一方音色・調和美・楽器の組合せ・感情などについては,単純なものから徐々に複雑なものに興味を持つようになってくる。
3) 楽しんで聞くことから,理解・識別して聞くことへ発展する。
低学年の児童は,感覚的な曲を単に楽しんで聞く傾向が強いが,学年が進むにつれて,音楽的理解力を伴い,識別して,より高い楽しさを味わうようになってくる楽曲の形式や構造・和声・表情・標題と音楽との関連,作曲者・社会的背景・歴史的地理的背景などに関する関心や理解は児童の音楽性の発達と必要感の増大に伴って発達する。
4) できるだけ聞く機会を多く持てば,鑑賞能力は発達する。
教師や他の児童の範唱・範奏,レコード・ラジオ・音楽映画・音楽会などによって,できるだけ聞く機会を多く持つとともに,なるべく知っている名曲を多く聞く機会を持てば,鑑賞能力の発達はいっそう促がされる。
5) 創造的,印象的な聞き方をすれば,鑑賞能力は発達する。
各人の個性を生かした聞き方,すなわち,それぞれ創造的,印象的に聞くことによって,すなおな鑑賞力の発達が促される。
6) 注意の集中力と鑑賞
注意の集中力は,低学年ほど低いが,与えられる楽曲,与える方法のいかんに支配されることが多い。
創造的表現能力の発達については,次のような事がらをあげることができよう。
児童は,いろいろなものごとを模倣することを好む。この模倣による学習ともとにして,創造的表現へと発展していく。たとえば,身のまわりに感じる音やリズムをそのまま模倣したり,それらに関する解釈や想像を,新たなリズムや旋律にして,即興的に創造する傾向が強い。これを奨励すればするほど,いっそう創造的表現の能力は発達する。
2) 児童は,すべての音楽活動を通して自己を表現しようとする。
児童には,すべての音楽活動と自己が一身同体になろうとするきざしがみられる。このように,音楽の中にひたりきることは,創造的な気分を作りあげる重要な足場になっている。また,このような音楽活動を通して,自己を表現しようとする傾向が非常に強い。そこで,児童自身の自由な創意による選択や解釈が許されるとき,創造的な活動は著しく発展していく。
3) 児童は多様な音楽経験を積むことによって創造的表現の能力が発達する。
注意をして聞いたり,歌ったり,楽器で演奏したりする経験のための音楽を多く用意されればされるほど,感じの変化や,リズム型・旋律型の各種を理解し,これらを基礎にして創造活動が営まれ,したがって創造的表現の能力も発達する。
4) 作品や表現の発表の機会を多く持つほど創造的表現の能力は発達する。
児童の作品(作曲)や,創造的な表現について,発表や演奏の機会を与えられたり,結果について適切な指導や評価を与えられたり,あるいは,絶えず奨励されれば,創造力は発展していく。
5) 創造力と記譜・読譜との関係
創造的表現の能力が発達すれば,記譜や読譜への関心や能力も発達する。記譜・読譜の能力と創造的表現の能力とは,おたがいが関連し合って発達していく。
6) 知的・情的発達と創造的表現
学年が進み,知的・情的な面が発達してくるに従い,内容や感じを,音楽的に解釈して創造的に表現できるようになる。
リズム反応の能力の発達については,次のような事がらをあげることができよう。
歩いたり,走ったり、転回したり,スキップしたり,踊ったりする自然で自由なリズム活動の機会を多く持てば,リズムに対する感覚は非常に発達する。ことに,幼児や低学年の児童ほどこの機会を求め,また発達の速度も早い。
2) リズム活動と音楽との関連がうまくでき,その機会が多ければ多いほど発達は促進される。
マーチに合わせて行進するとか,旋律の上昇・下降を腕や身体で表現するとか,リズムや拍子を身体的に自由に解釈するなどのように,音楽と身体的な,リズム活動との一致がうまくでき,またその機会が多ければ多いほど,リズム反応の能力は発達する。
3) 単純なリズム反応から複雑なリズム反応へと進む。
身体的なリズム反応は,筋肉の発達と密接な関連をもち,低学年では単純なリズム反応をするが,学年が進むにつれて複雑なリズム反応が可能になってくる。また,他の音楽的諸能力の発達に伴い,楽曲の形式や構造から身体的な動きのリズムをくふう考案して,創造的表現ができるようになる。
4) 興味的学習とリズム反応。
リズム遊び・リズム運動・リズムバンドなどによって,いっしよに楽しむ機会を多く持てば持つほど身体的なリズム表現はいっそう発達する。
読譜・記譜の能力の発達については,次のような事がらをあげることができよう。
b.新しい歌曲を学習したり,楽器の演奏をするとき,あるいは作曲をするときなどの音楽的な諸活動の際に,楽譜が読めたり書けたりすることが,いかに便利でありたいせつであるかを感じさせること。
c.聞いたり,歌ったり,演奏したり,作曲をしたりすることによって,フレーズの構造や旋律の構造を身につけること。
d.歌曲の暗唱や,歌唱・器楽その他の音楽活動によって,各種の新しいリズム型や旋律型をたくさん経験すること。
b.いままでに経験したことをもとにして,新しいものを発見したり,興味や必要に応じて基礎的な材料を反復練習すること。
c.リズムや旋律の動きを,手や腕の運動,線・音符・休符をえがくこと,身体的に反応することなどで,感覚的・行動的に学習すること。
d.読譜と同時に,記譜(写譜を含む)の作業を常に行うこと。
小学校児童の知的,論理的思考力は,もちろん個人差もあるが,だいたい3年から4年ぐらいの時期からしだいに強化されてくる。したがって,本格的に読譜活動にはいって無理なく学習が進められるのはこの時期からと考えてさしつかえない。