小学校では、ペンや鉛筆による硬筆書き方を「書き方」といい、毛筆による書き方を「習字」と呼んでいる。ここでいう習字は、毛筆による書き方のことである。習字の学習は、社会生活をしていく上に、どんな意義があるか。習字の学習指導の目標は、どこにおくか。また、その指導は、どう進めたらよいか。さらに、評価の体系をどのようにたてるかなどについて、具体的に考えていくのが、この章のねらいである。
小学校においても、学年がだんだん進んで、高学年になると、たとえば、発表会の掲示やプログラムを書いたり、記録や文集の表紙を書いたり、壁新聞やポスターなどを書いたりする機会が多くなってくる。このような場合に、それに必要な文字をペンや鉛筆で書いたり、またクレヨンなどで書いたりするのよりは、筆で書いたほうが、いっそう効果的である場合がある。これは社会生活をしていく上にも考えられることで、習字の学習の必要性が、このようなところから生れてくる。
それでは、習字の学習指導の意義はどこにあるであろうか。
2 文字を効果的に表記することによって、生活を豊かにすることができる。
3 習字の学習によって文字についての知識や理解が広くなり、また書くことへの関心を深めることができる。
4 微妙に動く毛筆を使ったり、墨をすったり、あるいは手本の文字を注意深く観察することから、よく精神を集中したり、仕事を周到に進めたり、物をたいせつにしたり、身辺を整理して清潔を保ったりするような生活の能力や態度が築かれていく。
5 小学校の習字学習は、中学校における習字学習の基礎をつくり、さらに、高等学校芸能科書道につながる。
習字は、国語科の一部分として行われる以上、習字の学習指導の目標は、一般的には、国語科学習指導の目標に添うものであることはいうまでもないが、用具としての毛筆の長所を生かして、書くことの効果的な技能を身につけさせることにある。これをさらに細かに分けて考えてみると、次の三つになる。
2 毛筆で文字を書く技術を習得し、いろいろな用具の扱い方に慣れる。
3 習字の学習によって、情操を高め、よい生活態度を身につける。
一 初期の段階
(一) 指導の目あてをどこにおくか
2 筆の持ち方や、書くときの姿勢がわかってくる。
3 手本の見方がわかり、生活に必要な文字をおくせず、元気よく書くことができる。
4 硬筆を使って字を書くときと、毛筆を使って字を書くときのそれぞれの特徴や効果に気づく。
5 筆で文字を書くことに興味がでてくる。
(1) 筆の構造や性質、墨の含ませ方、あと始末のしかた。
(2) 墨のすり方、すったあとの墨の置き場所。
(3) 墨・すずり・文鎮・筆巻などの名まえや使い方。
以上のようなことを、経験を通して、だんだんとわからせていくようにする。
2 筆の持ち方や、書くときの姿勢については、次のような点を指導する。
(1) 筆は、人さし指一本をかけるか、または、人さし指と中指の二本をかけるかして、ごく自然で、むりのないように持たせる。
(2) 腰のかけ方、足の位置、胴や頭の傾き、左手の置き方、右手の構え方などに注意して、いつも姿勢を正しくさせる。
(3) 先生や友だちのよい姿勢や筆の持ち方を見て、めいめいでくふうさせる。
3 筆で書かれたはり札・看板・ポスター・広告・書物の表紙などに関心を持ち、筆で書いているわけがわかるようにする。
4 実際生活の中から、筆で書く機会を見いだし、興味をもって学習しようとする意欲を高める。
5 習字の学習指導には、次のような機会が考えられる。
(1) 教科書・学習帳、その他の学用品・所持品に表題や名まえを書くとき。
(2) たなばたのたんざく・年賀状・書きぞめなどの年中行事を行うとき。
(3) 壁新聞・掲示、いろいろな会のプログラムなどを書くとき。
(4) ポスターや標語を書くとき。
(5) 好きなことばや、短い文を、いろいろな紙に書いて掲げるとき。
(6) 学級のいろいろな決まりを書いて張り出すとき。
このほか、学級生活や学校および社会の行事と一体となって、筆で書くことの必要など。
6 文字の練習は、みだりに部分にとらわれることなく、常に全体に注意させる。
2 筆の持ち方や、書くときの姿勢などは、初めから、あまりきびしくいわず、各児童の発達程度や、経験の有無など、個人差をじゅうぶんに考慮して、だんだん正しく導くようにする。
3 墨は、少なくとも一字を書く間は、つけ直さないようにする。
4 硬筆とちがった文字の味わいや、書くことのおもしろさを感じさせ、進んで学習するように導く。
5 手・着物・机・床・手本その他いろいろな道具をよごさないように心がけさせ、さらに、清潔にする習慣を養うことに努めさせる。
6 成績品については、機を逸しないように、評語や評点をつけて批評したり、励ましたりする。また、成績品は、必ず家庭に持ち帰らせるようにする。
(一) 指導の目あてをどこにおくか
2 日常生活において、筆で書くことの必要な機会をとらえ、興味をもって利用するようにする。
3 筆で書く基本的な技法が、しだいにわかってくる。
4 漢字の行書や二、三字続けたひらがなが書ける。
2 筆の持ち方にも慣れ、正しい姿勢を保つことがだんだんできるようにする。
3 毛筆の文字は、線の太さ、墨の濃さ、うるおいなど、書写表現の幅が広いことに気づかせて、筆で書く要領をだんだん身につけさせていく。
4 基本的な技法では、点や、横・縦の線、左右のはらい、はねの書き方などの要領を、しだいにのみこんでくるように導いていく。
5 手本の見方や文字を書く要領がだんだん詳しくなって、筆の入れ方、進め方、収め方、筆画の長短・方向・位置・太さ・細さの関係などに注意するように導く。
6 行書の指導では、楷書と行書との違いや行書の効果を理解させ、つとめて自然に書くように導く。
7 習字の学習指導には、次のような機会が考えられる。
(1) 学校内外にはり出す標語やポスターを書くとき。
(2) 児童会・図書室・こども銀行などの決まりや、実行事項などの掲示をするとき。
(3) 児童会・学芸会・音楽会・発表会などのプログラムを書くとき。
(4) 手紙・封筒・はがき・小包の表書きなどをするとき。
(5) 他教科の学習で、説明・掲示・図表・統計表などを書くとき。
(6) 国語学習のためのことば表や漢字表をつくるとき。
(7) 看板や広告の文字などを利用して、学習の資料とするとき。
2 筆の持ち方、墨の含ませ方に注意し、その性能をじゅうぶんに発揮させるように気をつける。
3 日常生活の上に毛筆の長所を生かすようにさせる。
4 自分の書いたものや友だちの書いたものについて、正しい評価ができるようにしむける。
5 いろいろな機会に展示会を開いて鑑賞批判の目を肥やすとともに、習字の興味と意欲を高めるようにしむける。
(一) 指導の目あてをどこにおくか
2 運筆の要領に慣れて、その緩急や調子をのみこんでくる。
3 文字の組立方、筆脈、全体の調和などが、だんだんわかってくる。
4 文字を効果的に書くために、用紙の形・質・色などにも気を配るようにする。
2 前の段階よりも筆の持ち方や、書くときの姿勢が整い、さらに書く態度が身についてくるようにする。
3 日常生活の上で、機会をとらえ、進んで毛筆を活用し、社会慣用の書式も学習するようにさせる。
4 文字の組立方では、へん・つくり・かんむり・くつなどの関係を考慮しながら書くようにさせる。
5 文字の全体の調和については、字間と行間の取り方、漢字とかなの組合せ、文字の大小、配置など、目的に応じた書き方が、しだいにわかってくるように導く。
6 習字の学習指導には、次のような機会が考えられる。
(1) 自治会で決めたことなど、いろいろな掲示をするとき。
(2) 各種の行事や会合のプログラムを書くとき。
(3) 届・願書などのいろいろな書式のものを書くとき。
(4) 座右の銘・格言・詩・和歌・俳句・短文などを書いて掲げるとき。
(5) いろいろな記念のための寄せ書きをするとき。
2 筆の持ち方、姿勢、運筆などに注意し合い、よい習慣が身につくように、絶えず気をつけさせる。
3 新聞・雑誌・学校・家庭・街頭などで、常に文字に関心をもち、これを集めたり、比較研究したり、鑑賞したりして、理解と興味を深めるように気をつけさせる。
4 他人の作品をていねいに扱うとともに、自分の作品をたいせつに保存するようにさせる。
5 手本について忠実に練習して、書写の基本を確実にするとともに、個性を生かして自分の特徴をのばすようにさせる。
習字の学習がそれぞれの段階と、それぞれの学年において、どれだけ指導の目標を実現し得たかについては、常に評価が行われなければならない。しかし、習字の技能は、特に個人差のはなはだしいものであるから、評価も、それぞれの児童の、進歩の程度に即して行うことが必要である。そうして、各児童の長所の育成に努めなければならない。
評価の対象は、書かれた文字の巧拙が主であることはもちろんであるが、習字に伴う用具の使い方、姿勢や字の書き方の要領、学習への興味と必要、努力の程度など、広い範囲にわたって行われることが必要である。
一 初期の段階
2 用具の名まえを覚えてきたか。
3 用具の整理や手入れのしかたがわかってきたか。
4 筆の持ち方や、書くときの姿勢に、むりがないか。
5 筆の下し方や、墨の含ませ方がわかってきたか。
6 字形の取り方とともに、全体の調和を心がけているか。
7 手本を注意して見るようになってきたか。
8 自分の書いたものを、自分自身で評価する態度ができてきたか。
9 書いたものをたいせつにする態度ができてきたか。
10 硬筆と違った文字の味わいや書くおもしろさがわかってきたか。
11 墨をつけたりして、いろいろなものをよごさないように注意しているか。
2 用具の使い方や整理ができるようになったか。
3 筆の持ち方に慣れ、正しい姿勢が保てるようになったか。
4 筆の下し方や、墨の含ませ方がだんだん身についてきたか。
5 基本的な技法のだいたいがわかってきたか。
6 行書の書き方が、だいたいわかってきたか。
7 手本の見方が深まってきたか。
8 手本を離れても書けるようになったか。
9 自分の書いたものや、友だちの書いたものなどの評価ができるようになってきたか。
10 日常の生活において、毛筆を効果的に使用するようになったか。
2 筆の持ち方や、正しい姿勢などが身についてきたか。
3 毛筆の特性がわかり、運筆の要領に慣れ、その調子や緩急をのみこんできたか。
4 効果的に書くために、用紙の形・質・色などに気を配るようになったか。
5 全体の調和を考えて書けるようになったか。
6 新聞・雑誌・学校・街頭などで見かける文字に関心をもつようになったか。
7 日常生活の上で、毛筆使用の機会をとらえ、進んでこれを活用するようになったか。
8 作品を尊重し、たいせつに保存するようになったか。
9 習字のよい習慣が身についてきたか。