第Ⅰ章 図画工作教育の目標

  1.図画工作教育の一般目標

 図画工作教育は,造形芸術と造形技術の面から,日常生活に必要な衣・食・住・産業についての基礎的な理解と技能とを与え,生活を明るく豊かに営む能力・態度・習慣などを養って,個人として,また社会人として,平和的,文化的な生活を営む資質を養うにある。この目的を達するために,図画工作教育では,どんなことを目標としたらよいであろうか。

 (1)造形品の良否を判別し,選択する能力を発達させる。

 われわれは,朝起きるから夜寝るまで,否夜寝ている間にさえも,絶えずいろいろな造形品を使っている。造形品を使うことから離れては,生活をしていくことが困難であろう。したがってこのもろもろの造形品が,よくその使用目的にかなっていて,実用価値が高いかどうかを判断し,ほんとうによいものを選択する力をもっていることは,きわめて必要なことである。また日々使うものの美醜は生活を明るく豊かにする上に大きな影響をもっているものであるからその美的価値の高低を判断し,選択する力をもっていることも,また必要なことである。このような能力をもっていることは,単に個人の生活にとって必要なばかりでなく,国民全般の造形品選択の目が高くなれば,それに伴ってその国の産業の発達によい影響を与えることにもなるのである。そしてこのような能力を発達させる教育は,主として図画工作教育の負わなければならないことであるから,まずこれを図画工作教育の一つの目標としてあげなければならない。

 この造形品を正しく選択する能力をつけるには,

a 形や色に対する感覚を鋭敏にすること。

b 造形品を構成している材料の良否,構成方法の適否を判断する力を発達させること。

c 造形品の用と美との関係を理解すること。

等が必要である。

 (2)造形品を配置配合する能力を発達させる。

 選択した造形品は,それを巧みに使用することがたいせつである。造形品を巧みに使用するには,個々の造形品をその物の持つ目的をよりよく発揮させしかも保存手入れをじゅうぶんにし,長持ちするように使う技能や習慣を養うことのたいせつなことはいうまでもない。各種の造形品は,単独に用いることよりも,いろいろなものを配置配合して使うことが多いのであるから,個々の造形品がたとえよいものであっても,配置配合がちぐはぐで,全体としての関係や調和が,よく保たれていなかったならば,その実用価値や美的価値を発揮することができないのである。造形品を巧みに使用するには,配置配合の能力を発達させることが必要である。

 花びんに花をさすにも,玄関にげたやくつをそろえるにも,事務所の机や戸だなの配置にも,服飾品の取り合わせにも,食器や食物の取り合わせにも,室内の装備にも,部落や都市の計画にも,配置配合の能力を働かせなければ,よい生活はできないのである。したがって配置配合の能力を発達させることは,図画工作教育の目標として取りあげなければならないのである。

 この配置配合の能力を発達させるには,

a 形や色に対する感覚を鋭敏にすること。

b 実験をとおして,均衡・変化・統一・調和等を理解し,それを実際のものに適用する技能を養うこと。

c 造形品の用と美との関係を理解すること。

等が必要である。

 (3)造形的表現力を養うこと。

 人類が今日持っている進んだ文化は,未開の時代から今日に至るまでの,非常に長い間における,数知れない多くの人々の創意くふうや経験が積り積った結果である。

 しかし過去にどんなに優秀な人々の創意くふうや経験があったとしても,それをその人一代に限って,次の時代の人に伝えることができなかったならば,今日の進んだ文化には到達できなかったはずである。しかるに人類は,自分の考えや経験を発表して他人に伝える力,すなわち表現力を持っていたために,人類の文化は進展してきたのである。今後さらに,われわれの文化を高度のものにしていくためには,他人の発表する思想・感情を正しく受けとる力と,自分の持っている思想・感情を正しく表現する力とを備えることが必要である。

 人類が思想・感情を表現するには,言語・文章・音楽等主として抽象的,時間的な表現方法と,絵画・彫刻その他の製作物等主として具象的,空間的な表現方法と,この両者を総合した劇・舞踊・映画などがある。これらの表現方法は,それぞれ人生にとって重要なものであるから,その力を発達させなければならないが,このうち絵画・彫刻その他の製作物による造形的な表現力の養成を分担すべきものは,図画工作科である。

 この造形的な表現力を養うためには,

a 観察力を養い,形や色に対する感覚を鋭敏にすること。

b 創造力を発達させること。

c 美意識を発達させること。

d 表現の材料・用具・方法を理解し,表現技術を発達させること。

e 科学的・研究的・実践的態度を育成すること。

f 表現活動の人生に対する意義を理解させること。

等である。

 なお,前項で述べた配置配合は,個々のでき上がった造形品を組み合わせて,自分の考えや感情,趣味などを表現することであるから,表現力の一種と考えることができるのであるが,特に重要なことであるから,別の項としてあげたのである。

 (4)造形作品の理解力,鑑賞力を養うこと。

 造形教育には,造形的創造活動をさせることによって教育する面と,造形作品を理解し,鑑賞させることによって教育する面とがある。そして造形的表現力を養うことは,前者の教育面を目標として取り扱ったものであり,造形作品の理解,鑑賞の力を養うことは,後者の教育面を目標としたものである。

 造形品には,用を主目的にするものと,美を主目的にするものと,用と美とをともに目的とするものとがあるが,理解は主として用に働き,鑑賞は主として美に働くのである。しかし多くの造形品は,多い少いの差はあるにしても用の要素と美の要素とを兼ねているものが多いのであるから,理解と鑑賞とは同時に働くことが多いのである。

 本章の第一項にかいた,造形品を正しく選択する能力は,造形品を理解する力と,鑑賞する力とが基礎となるものであるから,この項に含めてもよいわけであるが,造形品を正しく選択する能力をつけることは, 図画工作教育上最も重要なことであるから,特に別な項としてあげたのである。

 造形品を理解したり,鑑賞したりする力は,単に造形品を選択するときに必要なだけでなく,もっと広い意味における文化人としての一般的な資質として必要なのである。

 造形品を理解し, 鑑賞する力を養うためには,

a 色や形に対する感覚を鋭敏にし,美的情操を豊かにすること。

b 作品を構成する材料の良否,構成の方法の適否を理解する力を養うこと。

c 造形品を愛好し,よくできた作品や,すぐれた技術を尊敬する態度を養うこと。

d 作品に没入し,,亨受する態度を養うこと。

等が必要である。

 なお,造形的表現力を養うことは,造形品を理解し,鑑賞する力を発達させるのに役だち,造形品を理解し鑑賞する力の発達は,表現力に直接的な影響をもたらすものであるから,すべての目標は有機的な関連を保って,達成するようにしなければならない。

  2.小学校における図画工作教育の目標

 前節に述べた図画工作教育の一般目標は,小学校・高等学校にも通ずるものであるが,小学校における図画工作教育の目標は,現在の時代と社会とがいだく教育理想に基く,小学校教育の目標に基底をおいて,次にあげる諸目標を達成し,図画工作教育の一般目標に到達するための基盤を築くにある。

 (1)個人完成への助けとして。

a 絵や図をかいたり,意匠を創案したり,物を作ったりするような造形的創造活動を通して,生活経験を豊富にし,自己の興味・適性・能力などをできるだけ発達させる。

(a)児童のもっている活動性と造形的欲求とを満足させ,生活経験を豊富にする。

(b)観察力と,形や色に対する感覚とをできるだけ発達させる。

(c)美的情操を,できるだけ豊かにする。

(d)創造的な表現に対する自信と誇りとをもつようにする。

(e)言語では表現できない思想や感情を,表現する手段としての初歩的な技能を得させる。

(f)創造的表現活動を,情緒の安定のために役だてる。

b 実用品や美術品の価値を判断する初歩的な能力を発達させる。 (a)自分の生活を維持するために必要なものが,使って便利か,見て美しいかについての関心を高め,いくらかの物についてその判断ができるようにする。

(b)自分の生活を維持するために,必要ないくらかの物につき,それを作るに用いてある材料の良否,作り方の適否についての関心を高める。

(c)自己の身辺にある造形品が,生活を明るく豊かにするための美しさを備えているかどうかについての関心を高め,いくらかその判断ができるようにする。

(d)新しく選択する造形品が,自分の持っている他の造形品と,調和するかどうかについての関心を高め,いくらかその判断ができるようにする。

(e)自然の美しさや,美術品の美しさに対する関心を高め,美を亨受する態度を発達させる。

(f)自然や美術品の鑑賞を,情緒の安定に役だてる。

c 造形品を有効に使用することに対する関心を高め,初歩的な技能を発達させる。 (a)手の器用さを増し,基本筋肉と微細筋肉との調和的発達をさせる。

(b)自分の生活を維持するのに必要な造形品の手入れ,保存の技能を得させる。

(c)物を美しく,便利に配置配合して,生活を明るく豊かにするいくらかの技能を得させる。

 (2)社会人および公民としての完成への助けとして。

a 造形的な創造活動,造形品の正しい選択能力,造形品の使用能力などを,家庭生活のために役だてることの興味を高め,技能を発達させる。

(a)家庭生活に必要なものを,よく配置配合して,生活を明るく豊かにすることの興味を高め,いくらかの技能を得させる。

(b)家庭用品をたいせつに使い,手入れ,保存することのある程度の技能を養う。

(c)家庭の室,庭園などを整備することの関心を高め,ある程度の技能を得させる。

b 造形的な創造活動,造形品の選択能力,造形品の使用能力などを,学校生活のために役だてることの興味を高め,技能を発達させる。 (a)学校用具をたいせつに使い,簡単なものを製作したり,ちょっとした修理をするある程度の技能を得させる。

(b)他の学習の助けとなるよう,描写技能や製作技能を応用する力を養う。

(c)学校生活を明るく豊かにするために,備品を配置配合したり,作品を展示したりするいくらかの技能を発達させる。

(d)校地・校舎などを整理整頓,美化することの関心を高め,ある程度それができるようにする。

c 造形的な創造活動,造形品の選択能力,造形品の使用能力などを,社会生活の改善,美化に役だてるための関心を高め,いくらかの技能を養う。 (a)造形活動をとおして,地域社会を理解させる。

(b)地域社会の美化,改善のための計画をたてたり,その模型を作ったりすることの興味と,初歩的な技能とを得させる。

(c)造形的な表現活動によって,他人に対して自分の思想や感情を伝えるある程度の技能を得させる。

d 人間の造形活動の文化的価値と経済的価値についての,初歩的な理解を得させる。 (a)消費者の立場に立って,親切に作られたものや,優秀な作品,すぐれた技術を尊敬する態度を育成する。

(b)各種材料の造形的価値と経済的価値について,いくらかの理解を得させる。

(c)造形活動の進歩が,生活を明るく豊かにするために,どのように役だっているかについて,いくらかの理解を得させる。

(d)工芸美術・商業美術の経済的価値について,初歩的な理解を得させる。

(e)家・地方・日本および外国の,文化的資産としての美術品に対するいくらかの認識を養う。

e 美的情操を深め,社会生活に必要な好ましい態度や習慣を養う。 (a)仕事のあと始末をよくし,清潔・整理の習慣を養う。

(b)弟妹やその他の家族のために,自己の造形能力を善用することの態度を養う。

(c)共同の用具・材料・公共物をたいせつに扱い,手入れ,保存についての責任を持態度を養う。

(d)計画した仕事を完遂する態度を養う。

(e)共同の作業をとおして責任を重んじ,協調する態度を養う。